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新PC組み立て

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 七月末頃からPCが不調になっており、なんとか誤魔化しつつ使ってはいたのだが九月に入ってからもうあかんと言うレベルになって来たので昨日は千代田区の神社を数か所お詣りしてから秋葉原でパーツを購入して今日組み立てて新PC完成。

 CPU
  Intel Core i5-8400
 CPUクーラー
  Scythe SCIZ-1000I IZUNA
 マザーボード
  Asus TUF H370-PRO GAMING
 メモリ
  CFD W4U2666BMS-8G (PC4-21300 8GBx2)
 グラフィックボード
  Asus PH-GTX1050TI-4G (GeForce GTX1050Ti)
 SSD
  Western Digital Blue 3D WDS250G2B0B (250GB)
 ハードディスク
  Western Digital WD40EZRZ-RT2 (4TB 5400rpm)
 ブルーレイドライブ
  Pioneer BDR-208XJBK/WS
 電源ユニット
  Enarmax ERX550AWT-DP (550W 80+GOLD)
 PCケース
  Antec THREE HUNDRED
 OS
  Microsoft Windows10 HOME パッケージ版

 重いゲームとかほとんどしないので割と安価な構成で。マザーボードはTUF PRO GAMINGなんて名前だけどゲーム目的ではなく耐久性に期待してこれをチョイス。でもGIGABYTEのZ370 AORUS GAMING 7はオーディオ機能が良さそうでちょっと気になる。予算的に無理だけど。
 ブルーレイドライブとPCケースは前のPCからの使い回し。PCケースは前面のUSBが2.0のみのTHREE HUNDREDではデジカメのデータを送るのにちょいと時間がかかるので、USB3.0のあるEnarmax ECA3360 Fukmo Qを新たに買って来ていたのだが、電源ユニットの次にマザーボードを取り付けようと思ったらぶつかってしまってダメだった。なので仕方なくTHREE HUNDREDの使い回しと言うことに。
 前PCからのデータの移動やシステム再構築には少し時間かかりそう。前使っていたPhotoshop Elements 11はペンタブ付属のバンドル品だったから新たに買ってこないといけないし。Elementsは大体10月の頭頃に新製品出るからそれを待つのも……?
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巣烏神社(総社町総社)

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 群馬県道6号線脇に鎮座する巣烏神社(前橋市総社町総社1138)。
巣烏神社(巣烏)
 当社もその由来については何等古記録を存しないが、古老の伝承
が郷土誌に記されているので左に記す。
 古くは元惣社に近き巢烏分に有りしものなりと云ふ然るに同地の
 住民吾が現在巣烏町に移住するに及び新住地の鎮守となさんと欲
 し時の社掌赤石備前守に対し同社移転の稟請をなすこと数次なり
 しが何時も許されざりしに止むなく一夜青年大挙して押しかけ夜
 更け人静まるに乗して社殿諸共舁き来り以て現在の位置に引据え
 たるなりと今猶宮の旧址には巣烏大明神の板宮あり備前守十世の
 孫赤石重蔵氏十一月三日を祭日と定め毎年必ず祭ると云ふ。
  (右の伝承は赤石家に代々伝わる遺言として伝えられたもので
  あり、移転の年代は元亀・天正の頃と伝えているが、秋元氏の
  総社の町づくりから見てもっと後代のことと思われる。古老の
  言によると、以前群馬社附近に朱鳥神社とならんであったが朱
  鳥神社は古市へ、当社は総社へ移転したという。或はその前身
  の神社は当地にのこる古図に朱鳥神社のあることより推して国
  府の朱鳥神社の分布されたものか。)
 祭典は古くは九月十九日に祭ったといわれているが、その後九月
十六日に変り、今では十月九日となった。なお境内には末社として
次の神々がまつられてある。
  八坂社  祭神 須佐之男命 由緒不詳
  疱瘡社  祭神 素菟神   由緒不詳
  菅原社  祭神 菅原道真  由緒不詳
(「總社町誌」より抜粋)

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巣烏神社
 当社は古く元総社町の巣烏分に鎮座していた。慶長9年(1604)同地の住民が現在の巣烏に移住した際、新住地の鎮守として崇敬しようと旧地総社神社境内から夜半当地に遷宮したと伝えられている。
 境内には、八坂社・疱瘡神・菅原社などが合祀されており、社宝には、四神の木彫がある。奈良時代国府の南の鎮めの神(朱雀)として奉安されていたと考えられる。
 社地には湯殿講碑、月待塔、庚申塔など庶民信仰の石神・石仏が安置されている。 祭神、経津主命 例祭日 4月15日
  平成8年3月吉日 総社地区史跡愛存会

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巣烏共有地寄贈顕彰碑
 明治十九年 国の土地台帳整備のため 巣烏共有地は当時住んでいた 五十四戸の全戸主が連名で登記致しました。百十九年を経た現在 土地の権利者は三百八十余名になり沖縄から北海道まで全国に拡散していました。
 時代の変革と共に交通機関も発達し 町内を通る前橋・箕郷県道も 住民の多大な犠牲のもと 二十二メートルと二倍に拡幅し 共有地も八十七.四平方メートルを提供しました。この登記に権利者全員の実印 印鑑証明書 登記申請書等を揃えるために 十七年余りの歳月と六百万円を越す費用や手間を掛けて完了させました。
 この苦い経験から残地二百八十九.四四平方メートルの処理については 各地権者にお願いし 総会の結果 法人巣烏自治会に寄贈して頂きました。
 ここに 関係者の御意思に感謝するとともに 明治期に活躍されたご先祖五十四名の芳名を石に刻み 先祖の住んだ地を訪ねる人達の手引きとなることを願い この顕彰碑を建立しました。
  平成十六年 四月吉日
   前橋市総社町総社 法人巣烏自治会

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 拝殿。
 裏手に回るのを忘れていたが、末社はそちらにあったりしたのだろうか。たぶん先にお詣りした八坂神社がこちらの境外末社なのだろうと思うけど。
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 南側から。

 以上で7月14日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm、DA FISH-EYE 10-17mm、DA35mm Macro。X-T100にXC15-45mm。
 ウォーキングカウンターは22,665歩。

八坂神社(総社町総社)

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 巣烏神社の50m程北に鎮座する八坂神社(前橋市総社町総社1139-3)。
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八坂神社 天王様
 総社領主秋元長朝侯は、慶長12年(1607年)総社城の築城と城下町を形成した。巣烏町は元総社村巣烏分の人達が移り住んできた町である。旧佐渡奉行街道に沿って中央に用水路、両側が通りであった。巣烏分に祭祀されていた八坂神社(石宮)を用水路上に移設した。
 八坂神社は須佐之男命を祭神とし、本社は京都祇園町に鎮座している。一般には牛頭天王の仏を祀っているので天王様ともよんでいる。巣烏では毎年7月14日の宵祭には、灯篭に作物の絵を描き各家の戸口に掲げた。15日の本祭には、神社に注連縄を張り、赤飯や野菜・果物を供え災厄や病魔退散を祈願した。地元の伝承では、農業神・水の神として、用水路の流れで祓い清めるという民間信仰としている。またオギョン(祇園)祭ともいい、市神(市杵島姫)の性格もある。本神社は尾張対馬神社の御師により勧請されたものであろう。
 昭和8年大渡橋の新架橋・街路拡幅により、用水路は南側に移り、八坂神社は現在地に移設祭祀された。
  平成23年3月吉日 総社地区史跡愛存会

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 左奥から庚申の文字が五つ刻まれた庚申塔、庚申塔、庚申塔、湯殿講碑、八坂神社。
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 馬頭観世音と地蔵尊と無縫塔。
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遠見山古墳(総社町総社)

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 城川公民館の南側に位置する遠見山古墳(前橋市総社町総社1410)。
 Google Mapでは総社城跡案内板の写真が表示されるが現地では見当たらなかった為見落としたのかと思ったが、この案内板が設置されているのは300m程北東にある城川公園である。後で行ってみようかな。
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遠見山古墳
 長さ80mほどの前方後円墳で、墳丘は前方部が低く、埴輪破片が多く出土している。堀の土層の状態から六世紀初頭ごろの築造と推定される。後円部の中ほどは構築当時より削平され若干低くなっているが葺石が多く見受けられ、周囲に10~20m幅の堀の跡が確認された。遠見山の名称は慶長9年(1604)総社城の築造の時、遠見のための櫓が設置されていたことから名付けられたと考えられる。
  平成8年3月吉日 総社地区史跡愛存会

前橋市指定史跡 遠見山古墳
指定年月日 平成22年3月29日
所 在 地 前橋市総社町総社甲1410、乙1410

 利根川右岸の総社町から大渡町にかけて広がる総社古墳群の中で最も古い時期の古墳である。墳丘の一部は削平されていることが判明したが、周掘及び南西コーナーが確認された。また、周掘の最下層からは、6世紀初頭の榛名二ツ岳火山灰層が確認され、埴輪片も検出された。墳丘約70m、周掘まで含めると全長100m以上の大型の前方後円墳であったと推定される。総社古墳群を築造した豪族は、ヤマト政権との深いつながりを持つ有力豪族であったと推測されており、5世紀後半から急速に力をつけ、この地域一体を支配した豪族の勢力拡大過程や総社古墳郡の成立を解明する上で極めて重要な古墳である。
  前橋市教育委員会

熊谷稲荷神社(総社町総社)

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 総社神明宮の200m程北に鎮座する熊谷稲荷神社(前橋市総社町総社1475-3)。
 案内板には記されていないが、大小路山古墳と呼ばれる円墳の上に建てられている。
稲荷神社(新田)
 新田の稲荷様は確たる由来を記したものはなく、村民の伝承によると当社は寛文三年(一六六三)総社領主安藤出雲守が検地竿入れ以来、相つぐ虐政に耐えかねた農民が遂に総代を選んで江戸に出て直訴することをくわだてた。その折総代達は熊谷の稲荷で落合い、この神社の加護を祈った。その後一同は獄舎に繋がれ辞世を詠み死を覚悟したが、農民側は珍らしくも勝訴となった。この状況は別稿総社騒動に詳述したが、封建時代には珍らしいことであり、この勝訴こそ熊谷稲荷の加護であると信じここに熊谷稲荷を勧請したのである。なお当時その惣代として獄中に歿せられた人々の姓名並びに辞世の歌はこの稲荷神社に宝蔵されていたというが、明治の頃に紛失して今は見当らず、古老の記憶によりその氏名を記すと次の人々であったという。
 神保市兵衛、曾我三左衛門(粟島町)、新木某、山田某(巣烏町)、
 山宮三太郎、外一人(新田町)、山田某(立石村)、福島久左衛門(高井村)、
 本多伝右衛門、真塩甚平(塚田村)
なお祭日は二月初午の日をまつることになっているが、境内には次の末社がまつられてある。
 八坂社   祭神 須佐之男命  由緒不詳
 雷電社   祭神 火雷神    由緒不詳
 八幡社   祭神 誉田別命   由緒不詳
 琴平社   祭神 大己貴命   由緒不詳
 水神社   祭神 罔象女命   由緒不詳
 大山祇社  祭神 大山祇命   由緒不詳
(「總社町誌」より抜粋)

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熊谷稲荷神社
 祭神は宇迦之御魂神、農業神である。社殿は元禄9年(1696)光巌寺東北の紅葉山の日枝神社を移築したものといわれ、近世初期の建造物で桃山時代の様式をもつ方建造である。神社の由緒は、寛永10年(1633)総社城主秋元泰朝侯が甲州谷村城(都留市)へ転封後、高崎城主安藤重長の領地となり、5000石が三男出雲守信富の知行地に与えられた。信富は総社町に陣屋を構え、高田弥兵太代官(後家老)に支配させた。重税・殿様無尽・検見の豪遊・夫銭などの調達に農民が困窮、領内28人の代表は陣屋へ軽減を陳情したがとりあげられず、遂に江戸表へ直訴(越訴)に及んだ。神保市兵衛(粟島名主)等10名は熊谷稲荷に参集し、加護を祈り、地頭信富や評定所で弥兵太の悪政を訴えた。四代秋元喬朝(元老中)の援護により勝訴となった。宝永6年(1709)8月のことである。明暦3年(1657)より宝永6年までの53年間の農民の難儀を救ったのはひとえに熊谷稲荷の加護によるとして、御分神を勧請し、熊谷稲荷と称したと伝えられている。
  平成19年3月吉日 総社地区史跡愛存会
 御霊神社の案内板には社殿が紅葉山から移築されたのは明治元年(1868)と書かれているが、こちらの案内板では元禄九年(1696)となっている。172年の差はさすがに大きすぎると思うのだが、どちらが正しいのだろう。
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 二の鳥居。
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 ずらりと並ぶ庚申塔。
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 社殿。
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 青面金剛石塔と石祠。
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 庚申塔と絹笠大神。
 絹笠大神には「昭和二年四月十五日 町内中」と刻まれているので1927年の造立。
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 水天宮、石仏、石祠。
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 普門品一万巻供養塔。
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 南東から。
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