不明(吉見町古名新田)

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 古名新田集会所脇に鎮座する神社(比企郡吉見町古名新田)。
 社名を記したものが無いので何神社なのかは不明。近くにいた方に尋ねてみたのだが、神社名はわからないとのことだった。ただ、川の神様と言っていたので水神宮の可能性有り。
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 本殿。
 扉が三つあると言うことは、三柱の神を合祀しているのだろうか。
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稲荷神社(滝馬室)

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 鴻巣市と比企郡吉見町の境付近、県道27号線脇に鎮座する稲荷神社(鴻巣市滝馬室)。
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 鳥居。
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 拝殿。
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 お狐様。
 台座には「昭和五十一年十一月十四日建之」と刻まれている。
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 本殿。
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 末社。
 社名はわからないが、屋根に卍が陽刻されている。側面には「延享二乙丑天二月十六日」と刻まれているので1745年の造立。
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 稲荷社の前には旧御成橋の親柱が並んで置かれている。

青面金剛(滝馬室)

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 御成橋のすぐ南側、コウノトリ郷公園脇に位置する青面金剛(鴻巣市滝馬室)。
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 三面六臂の青面金剛。
 正徳四甲午天十一月吉日と刻まれているので1714年の造立。
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 「奉納 秩父西国坂東所願成就」の文字の左右に「右■■ 左■■」とあるので道標も兼ねているのだろう。側面には「文化十四丁丑年三月吉日」と刻まれているので1817年の造立。

氷川神社(滝馬室)

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 荒川の左岸、御成橋南側に鎮座する氷川神社(鴻巣市滝馬室1151)。
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 柱には「明治三十九年九月吉日建立」「平成四年九月吉日再建」と刻まれている。
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 二の鳥居。
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 鳥居の脇には平成十四年十二月に建てられた鳥居建設記念碑。 
 旧赤鳥居が何時建設されたか不明であるが 近年 老朽化甚だしく 平成十四年十月一日台風二十一号の被害に遇い倒壊し修繕不能となった為 役員協議の上氏子一同にご通知申し上げ 再建設と致しました

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 石段。
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 不動明王。
 台座には宝永二乙酉天十月十三日と刻まれているので1705年の造立。
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 辨財天。
 背後でガサガサと音がするので振り向くと、30cm程の長さの蛇がすぐ傍の池に入って行くところだった。白蛇でなかったのは少々残念か。
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 狛犬。
 天保十一子年(1840)六月吉祥日造立。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 狛犬。
 昭和九年(1934)十月十七日造立。
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 須賀神社。
 左の石碑は聖徳太子尊と日露戦捷記念碑。
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 金剛山。
 側面には「文政八年乙酉九月吉日」「武刕足立郡滝馬室村上分 講中」と刻まれている。文政八年は1825年。
 後ろの石祠は文字が薄くなっていて読み取れず。
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 疱瘡神、■子皇・天照皇大神・八幡大神、坂東西国秩父百番所願成就十一面観世音菩薩。
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 愛宕神社。
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氷川神社 御由緒
 鴻巣市滝馬室一一五〇‐二
□ 御縁起(歴史)
 滝馬室は、隣の原馬室と共に、室町期‐戦国期に見える「馬室郷」の遺称地で、その郷名は『埼玉県地名誌』によれば、古墳の石室を示す「むろ」から生じたという。元禄年間(一六八八‐一七〇四)までに分村したらしく、『元禄郷帳』に滝馬室村と見える。
 当社は荒川低地を望む台地上に鎮座している。老樹に囲まれた境内の一角からは清水が湧き出し、「御手洗の地」となっており、更に滝となって水路に注ぎ、当地一帯の耕地を潤している。この滝が村名の由来になったといわれており、古くから当地の重要な水源であったことが推測される。恐らく、いつのころからか当地に住み着いた人々が、湧き出る水の恵みを称えてその傍らに当社を祀ったものと思われる。また、伝説によれば「延暦年間(七八二‐八〇五)坂上田村麻呂が東征の途次、農作物を荒らす大蛇を退治して、頭を当社に、胴体を地内の常勝寺に、尾は吉見町の岩殿観音に埋めた」とあり、当社と常勝寺のかかわりもうかがわせる。常勝寺は開山開基共に不詳であるが、境内には文永七年(一二七〇)「為種法入道也」などの古碑が残されており、古い時期の草創と思われる。
 往時の別当は、当社隣地にあった真言宗吉祥寺で、常勝寺の末寺で竜泉山と号し、開山光瓊が天正十一年(一五八三)に寂している。
 当社は寛延二年(一七四九)に神祇管領卜部兼雄から幣帛を受けた。
□ 御祭神と御神徳
 ・素盞嗚尊・・・災難除け、安産、家内安全
□ 御祭日
 ・元旦祭(一月一日)・的祭り(一月十二日)   ・風祭り(四月一日)
 ・祈年祭(五月五日)・天王様(七月十四・十五日)・夏越大祓(七月二十八日)
 ・例 祭(九月五日)・新嘗祭(十一月二十三日) ・越年大祓(十二月二十八日)

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 寛政元己酉年(1789)閏六月吉日造立の水盤。
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鴻巣市指定無形民俗文化財 滝馬室的祭
 昭和四十五年三月十日指定
 滝馬室の氷川神社に的祭(まといさい。まとうさいともいう)の神事が伝えられている。
 延暦年間(七八二~八〇五)征夷大将軍坂上田村麻呂は東北遠征の途中、この地の住民に悪竜(大蛇)退治を依頼されたという。
 田村麻呂に追いつめられた悪竜は滝馬室常勝寺の山林にのがれ、桜の巨木に巻きついたので、田村麻呂は竜の目を射抜いて退治したという。竜の頭は氷川神社境内に、胴体は常勝寺に埋められた。ために常勝寺は竜蔵山と山号が付され、桜は蛇桜と呼ばれるようになった。
 的祭はこの口伝にちなんだ五穀豊穣の祈願祭であり、一時中断されていたが、貞享年間(一六八〇年代)島田常勝という人が復興し、氷川神社の祭礼として現在まで伝えられている。昔は、衣服に関しても直衣を着用するなど格調高く、儀式も厳しく、関係者は心身を清めてそれぞれに奉仕したようであるが、今はその点ゆるやかになっているのは時勢によるところである。
 的祭は例年一月十二日に執行されている。神事は氏神に祝詞を奏上した後、地元の十二歳になる子供たちが、葦の網代に蛇の目を描いた的をめがけて矢を射た後、氏子一同神饌物を食し豊作を祈願して終了となる。
 平成二十八年六月

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 神楽殿。
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 石祠。大……なんとか。よく読み取れない。
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 御成橋から見た参道。

勘兵衛稲荷神社(滝馬室)

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 荒川の左岸、御成橋北側に鎮座する勘兵衛稲荷神社(鴻巣市滝馬室1131-21)。
 鳥居の柱には昭和四年三月と刻まれている。
 前述の聖徳太子塔兼道標から道なりに西へ250m程歩いた所にあるが、社殿は西を向いているのでこちらは裏参道になるようだ。
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 拝殿斜めから。
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 裏から。
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 本殿。
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 奥の院だろうか。
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 ずらりと並ぶお狐様。
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記念碑
 謹惟に當社は創始鎮守府将軍左近衛将監利仁の後裔加藤甚左衛門尉慶長十一年歳二十一歳此地に鎮齋家祠とす 永代一家孫裔永へに隆昌別家尊崇四隣敬賽客其数を知らす威徳愈々昭々たり 寶暦三年四月廿一日京都官幣大社より勘兵衛の懇望に依り正一位勘兵衛稲荷大明神の神璽を授かる
 奉齋尊神怠慢なく大道を履み年々初穂を献じ今日に至る偶十四代加藤平七敷地喜捨の儀擧あり一族相議りて浄財を集ひ社殿を営み神威を尊嚴にす 時に昭和二十八年皇紀二千六百十三年卯月十二日なり 仍て此処に梗概を摘録す
 昭和二十八年四月十二日
     御瀧山鎮座  勘兵衛稲荷神社氏子中
                    加藤平七撰文
                    加藤富司謹書

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 御神燈の上にお狐様。
 御神燈には大正八年十月一日と刻まれている。
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 辨財天でも祀っていそうな感じだけれど無かった。溜池にしては小さいような気もするが、なんだろう。
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 鳥居。
 柱には昭和二年十二月改築と刻まれている。
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 本来はこちらからお詣りするべきなのだろうが、逆方向から来てしまったのだから仕方が無い。
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