天満宮(小俣町)

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 鶏足寺の東側に鎮座する天満宮(足利市小俣町2764)。
『天満宮
主祭神 菅原道真命
例 祭 四月二五日(現行は四月第四土曜日)
由 緒 創立年・由緒などは不詳。安政二(一八五五)年九月八日に類焼し、その後本社
   を再建した。昭和二六年、本殿雨覆・幣殿・拝殿を新築し、同年一〇月二五日に遷
   座祭を行なった』
(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 参道。
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 拝殿。
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 末社。
 社名等は記されていない為、何神社なのかは不明。
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 末社。
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 以上で1月14日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm、DA FISH-EYE 10-17mm、50-150mm II。X30。
 ウォーキングカウンターは7,896歩。
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鶏足寺(小俣町)

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 真言宗豊山派仏手山金剛王院鶏足寺(足利市小俣町2748)。
 参道入口の石柱には「別格本山 鶏足密寺」とある。
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 山門。
 駐車場は寺の東西に二箇所あるが、山門前にある城山町自治会館の駐車場に停めさせてもらった。
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『仏手山金剛王院鶏足寺
 當山は、開創一千二百年に及ぶ大本山で釈迦如来を本尊とし、また五大尊(不動明王など)の寺院として天慶(九四〇)以来著名である。
 はじめ天台・真言兼帯の寺院であったが、文永六年(一二六九)下野薬師寺の長老・慈猛上人を迎え、真言宗慈猛流全國総本寺となり、末流はその数三千といわれ、遠く四國の善通寺までその教線は及んだ。
 天皇祈願寺として、又、修行道場の基盤を古くからととのえ密教文化の聖地として栄えていたが、天文二十二年(一五五三)上杉謙信関東鎮定の折り兵火にかかり勅使門を除く堂舎はみな焼失する。江戸期再建され、やゝ旧観に復したが十分の一程度の規模に縮小されたのは惜しまれる。
 現在、不動尊の霊験弘布をめざし正五九の各月参拝者で賑わいをみせている』
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 参道。
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 勅使門。
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『足利市重要文化財(建造物) 鶏足寺勅使門 一棟
 紅梁蟇股で棟を支え、各柱上は出三斗の組物で桁を受けている。控柱(方柱)の面取りは少なく、軒廻りは二重疎垂木で、板蟇股の曲線も複雑で、その他細部に後補の分が多い。修理によって屋根の柿葺が銅板で覆われているが、正和年間(一三一二~一三一六)の築造という寺伝のとおり鎌倉時代末期の面影を残している古建築である。
  昭和四十五年三月二日指定』
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 本堂。
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 別角度から。
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『仏手山金剛王院鶏足寺
 大同四年(八〇九)東大寺の定恵上人が世尊寺という寺を建てたのが鶏足寺の始まりです。その後、比叡山の円仁上人(慈覚大師)により寺域が拡大・整備されました。
 天慶二年、平将門の乱平定に際し、常裕法印は、秀郷の請いをうけ将門調伏の修法を行いました。功により秀郷は将門を倒し、寺も鶏足寺と改められ、寺領をふやし、寺の基礎を不動のものとしました。
 鎌倉時代文永年間、下野薬師寺の慈猛上人をむかえ真言宗にかわり、慈猛流の全国総本山として山内に二十四院・四十八僧房をもち全国に三千十余の末寺があったと伝えられています。室町時代天文年間、兵火にかかり寺の堂宇は焼失し、古くからの什宝も多く失われました。今に伝わる次のような文化財に寺の盛時をしのぶことができます。
  ○ 重要文化財
   銅印   (平安時代)
   太刀銘力王(室町時代)
   梵鐘   (鎌倉時代)
  ○ 県指定文化財
   両界曼荼羅図
   絹本著色 五大明王像
  ○ 市指定文化財
   銅造 釈迦牟尼仏坐像、紋織物(山藤の錦)
   鶏足寺勅使門
 その他未指定の不動明王坐像、五大尊像、などの仏像、鶏足寺文書、梵鐘、仏画、陶磁器など多数あります。
  昭和六十二年四月』
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 布袋尊。
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 不動尊堂。
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 唐破風に施された彫刻。
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 斜めから。
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 閻魔天堂。
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 延命観音。
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 七福神。
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 猿田彦大明神と不動明王。
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 サルスベリの木。
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『足利市重要文化財(天然記念物)鶏足寺のサルスベリ 四本
 それぞれの目通りの太さ(胸囲幹囲)は一m以上あり、高さはいずれも八mを超える。花は紅色で七月から九月下旬ないし十月初旬まで咲いている。太さに多少の差はあるが、配置から見て同時期に植えられたと考えられる。寺の記録には残されていないが、樹齢は二〇〇~三〇〇年のものと推定される。
 サルスベリは中国南部原産の樹木で、寺院等に多く植えられている。別名百日紅といわれるように花期が長く、およそ三ヶ月にわたって花を咲かせる。
 市内では他にも寺社や公園等によく植えられているが、これほど太いものがそろって健在しているのは珍しい、また、太さが一mを超えるものは今のところ見当たらない。四本ともそろって大切に保管されたいものである。
  平成十四年十一月十四日指定』
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 赤門。
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 城山町自治会館の南側にある五大明王像を安置した蔵……で、いいのかな。
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「足利市指定重要文化財 五大尊付不動明王頭部」と書かれた案内板が設置されているのだが、本文は判読できないほどに薄くなっており詳細は不明。
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 宝篋印塔。
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 庚申塔。
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 タブノキ。
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『足利市重要文化財(天然記念物)五尊教会のタブノキ 一本
 目通りの太さ(胸囲幹囲)二・五m、高さ約十五m。枝は東西に十四m、南北に十六m張り出している。新芽と花梗は赤色を帯びる。花は五月に咲き、果実は八月頃紫黒色に熟す。
 タブノキは元来暖地海岸生のものであるが、関東地方の内陸部にも点在する。県内では太平町の太平山に、群馬県では館林市や板倉町、千代田町でその存在が確認される。
 この木が自然に根付いたものなのか、人為的に植えられたものかは不明であるが、この地が山裾で冬の北西風から守られ、適度な水温にも恵まれていることから、古い時代に分布したものの子孫が生き残った可能性も考えられる。市内の両崖山頂のホソバタブとともに希少なもので、樹齢は二〇〇年を超えるものと思われるが、樹勢もよく大切に保存されたいものである。
  平成十四年十一月十四日指定』

石尊宮(小俣町)

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 石尊山に鎮座する石尊宮(足利市小俣町)へ向かう為、まずは登山口へ。
 入口傍の道端には崩れた石祠がコンクリートブロックでそれっぽく整えられており、額部分にはうっすらと「山神」らしき文字が見える。
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 義倉跡の案内板。
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 石燈籠。
 奥の石柱には「石尊山不動尊」と刻まれている。この先に駐車場があり、六~七台くらいは置けるスペースがある。
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 水垢離場。小さな川から水が流れ込むようになっており、角には石造の龍頭と不動明王がある。
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『足利市重要文化財(民俗文化財) 小俣石尊山の梵天祭り
 この行事は、標高四八六メートルの石尊山に地元叶花の住民が、毎年八月十四日の早暁、梵箭と約十五メートルの杉丸太を下の沢から一気に直線的に担ぎ上げ、それぞれを結び付け組み立てて、日の出とともに山頂にうち立てる。山頂では予め炊いて担ぎ上げておいた赤飯と御酒が配られる。近在から老若男女が登拝してくる。やがてこの杉丸太の頂上に付けた梵天を若者が登り競って名板、帝釈天、幣串を抜き取り、それぞれ家内安全、商売繁昌、五穀豊穣を願って家に持ち帰り飾るという祭りである。
 昭和五十七年四月二十一日指定』
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 自然環境保全区域案内板。
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 石尊山不動尊
 石段脇の丁目石には「三丁」の文字が見える。
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 不動堂から奥へ向かうと登山道になっているが、道は整備されていてとても登り易い。
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 八丁目の丁目石と不動明王。
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 女人禁制と刻まれた石柱と十三丁目の丁目石。
 ここまでは楽なのだ。が、少し先からは傾斜が強くなり、また途中から岩山へとなる為少々足場も悪くなる。とは言え、まぁそれほどきついわけでもない。
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 奥の方に石尊山の頂が見えてくる。この辺りは周囲の木々が少ない為、風を遮るものが無くて寒い。岩場になるまでは少し暑いくらいだったのに、一転して寒い。
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 南に目を向けると採石場が見える。その向こうの山は彦谷湯殿山だろうか。
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「山の神様がむこうの尾根にいる」
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 釈迦岩。
 お釈迦様と言うよりも観音様のように見えるのだが、別の方角からならお釈迦様に見えるのだろうか。
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 見晴らしはとても良いのだが、やっぱり寒い……。
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 少し登ると石尊宮。
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 拝殿の前はすぐ崖になっている。
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 東側から。
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 石尊宮の扁額の両脇には小天狗と大天狗の面が設置されている。
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 崩れた石祠。

 この後は隣の深高山まで行き、山頂の石祠にお参りする予定だったのだが、雪が降ってきたので撤退。しかし下りている途中で雪は止み晴れ間も出てきた。ガッデム。
 まぁ、また後で登ることにしよう。寒くない時期に。

織姫神社(西宮町)

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 この日最後にお参りしたのは織姫神社(足利市西宮町3889)。まぁ、スタート地点が織姫公園駐車場だったからなんだけど。
 織姫神社の過去ログはこちらから
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 歩道橋の上から。
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 七日ともなれば参拝者は少ないだろうと思っていたのだが、結構いた。
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 前回の時はまだ建設途中で、なんだっけこれとか言っていたのは「愛の鐘」となっていた。鳴らしたい人は社務所に申し出てくださいとのことだが、うーん、神社にはいまいちそぐわない物のような気がする。まぁ神前式には良いイベントになりそうではあるが。
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 あまり落ち着けなさそうなテーブルと椅子。

 以上で1月7日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm。X30。
 ウォーキングカウンターは15,580歩。大して歩いてないな。

不明(通三丁目)

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 通三丁目児童公園の端に鎮座する小祠(足利市通三丁目)。
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 背面に宝珠型の穴があるのでおそらく稲荷社だろうとは思うのだが、社名を記したものが見当たらないので確証は無い。
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 公園端の螺旋階段を上るとすぐ前に「渡良瀬橋」の歌碑がある。
 ……どういう曲だっけ。YouTubeで聞いてみるかな。
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