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新井堂(里矢場町)

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 矢場川公民館に東側に位置する新井堂(足利市里矢場町1782)。
 お参りする予定は無かったのだが、後は帰るだけだと適当に走っていたら視界に入って来たので立ち寄ってみた。
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矢場川地区史跡 新井堂
秩父三十四観音霊場まで参詣できない人々のために、宝暦三年(一七五四年)、現在の太田市強戸町の大沢山瑞光寺薫動住職が金山の周辺に新田秩父三十四観音霊場創設、その時創建されたものと思われます。
堂内には聖観世音菩薩、境内には馬頭観世音菩薩を祀る。
通称「新井観音」と呼ばれ里矢場町の「新井姓」系の守り本尊と言われ、現在も毎年春に祭事を行い、十二支の午年には稚児行列が行われております。
境内には宝暦十年(一七六一年)に建立された石造や宝塔。明治十三年に建立された「新田・秩父二十番観世音」の石柱も当時のまま現存。堂あちこちに今なお多数の納札が見られ、往時の巡礼者の姿が偲ばれ、堂の正面に巡礼歌が掲げられております。
「いわやより御影のうつる観世音
    不浄の罪をきよむ矢場川」
現在も新田秩父三十四観音霊場二十番札所であり、御朱印は里矢場町の崇壽山明林寺で頂くことができます。
  令和元年五月
         矢場川地区文化財協会
 「新田・秩父二十番観世音」の石柱なんてあったかなと思ったが、案内板の隣にある石柱がそれだった。
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 宝暦十庚辰天十月吉日造立の宝篋印塔。
 四面に文字が刻まれているのだが、一面だけ読み取り難い。
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 馬頭観世音。
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 新井観音堂。
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 石祠。

 以上で5月18日参拝分終了。
 使用機材はX-T100にXC15-45mm。X30。
 そろそろ7月も近いと言うのに5月分だけで今月が終わってしまう。まあ今月は天気が悪かったり珍しく仕事が忙しかったりで一度も参詣に出かけてなかったのではあるけれど。
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賀茂神社(台之郷町)

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 韮川小学校の100m程東に鎮座する賀茂神社(太田市台之郷町893)。
 鳥居の柱には「大正八年四月十五日建之」、幟枠石には「明治廿五年九月」、社号標石には「昭和十四年十月」と刻まれている。
 こちらにお詣りするのも十一年ぶりか。
群馬縣管下上野國山田郡韮川村大字臺之郷字原八百九拾参番地ノ壱鎮座 村社 賀茂神社
祭  神 別雷神 菅原道眞公 市杵嶋比賣命 倉稲魂命 大己貴命 大山咋命
     木花咲耶姫命 速須佐之男命 伊邪那美命 大物主神 大山津見神
由  緒 承和年中創立之由口碑ニ傳フ
     明治四十年十月二十三日許可、仝所字原無格社松尾神社、仝境内末社一
     社、及仝所字新屋敷無格社八坂神社ヲ合併セリ
     明治四十三年三月二十五日許可、本社境内末社三社、及仝所字久保無格
     社北野神社ヲ合併セリ
     大正元年十二月四日許可、仝所字登戸ヨリ移轉並社殿建築セリ
本  殿
本殿上屋
幣  殿
拝  殿
境  内 三百六十坪
神 楽 殿 右新築大正七年十月二日許可、仝九年二月廿一日落成届出
社 務 所 右新築昭和三年十月十一日許可、仝年十二月二十七日竣工届出
(『上野国神社明細帳』より抜粋)
 ちなみに字原の松尾神社(祭神は大山咋神)は境内社に浅間社(祭神は木花開耶姫命)があり、字新屋敷の八坂神社(祭神は速須佐之男命)は境内社無し、字久保の北野神社(祭神は菅原道真公)は境内社に厳島社(祭神は市杵島比賣命)、六社神社(稲荷社、赤城社、白山社、琴平社、熊野社、三島社の合殿で祭神は倉稲魂命、大己貴命、伊邪那美命、大物主神、伊邪那美命、大山津見神)があったそうだ。
 字久保の北野神社は岩松寺隣の天神社のことだろうか。そして字新屋敷の八坂神社は韮川駅北の方か或いは東の方か。はてさて。
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 拝殿。
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 神楽殿。
 前回お詣りした時には周囲をロープで囲われたりはしていなかったのだが、老朽化が進んだようだ。
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 末社。左の二基は社名が記されておらず、右の二基は産泰社と金毘羅大権現の名が刻まれている。
 『上野国神社明細帳』に依ると、大正元年にこちらへ移転してくる前は琴平神社と北野神社、稲荷神社の三社を境内末社としていたとあるので左の二社は北野社と稲荷社の可能性もあるだろうか。ただ、この境内末社三社は明治四十三年三月二十五日に本社に合祀されたとも記されているし、産泰社の名前は全く出て来ないのに現存していることを考えると明細帳出版以後にこちらで祀られるようになった神社である可能性もある。要するに、わからん。
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 なんだろう? なにか長い物を置く為のものだろうことはわかるのだが。
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 富士塚であるそうなので、塚上の石祠二基は浅間社だろう。
 塚裾左側の石塔には「小御岳石尊宮・大天狗・小天狗」の文字が見えるが、右側の石祠は不明。
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 斜め後ろから。
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 以前のエントリーでは水天宮と書いてしまったが、よく見ると額の文字は水天宮じゃないなこれ。一文字目が判り難いがおそらく辨天宮だろう。側面には「昭和四己巳年四月■■」とある。

秋葉神社・浅間大神(石原町)

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 県道128号石原東交差点の220m程南西に並ぶ石祠群(太田市石原町)。
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 左から馬頭観世音、秋葉神社、浅間大神、二十■■、庚申塔。
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 50m程北にも庚申塔と馬頭観音(太田市石原町469-1)。
 庚申塔は萬延元年十二月の造立。十二月だと1861年か。
 また、ここから80m程北東の県道128号脇にも馬頭観音がある。

三峯神社(下小林町)

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 いいじまクリニックの50m程東の道端に鎮座する三峯神社(太田市下小林町)。
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 嘉永四亥年(1851)造立の馬頭観世音。その奥の石塔にも「音」も文字が見えるので馬頭観音だろう。

一行寺(下小林町)

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 国道122号下小林交差点の100m程南西に位置する浄土宗松栄山九称院一行寺(太田市下小林町175
一行寺(大字下小林字駒形)
宗派・系統 浄土宗、本村正運寺末寺
本尊 阿弥陀如来
由緒 不詳
本堂 間口六間 奥行三間
境内 千五百に十二坪 民有地
境内 仏堂一宇
  観音堂
   本尊 馬頭観世音
   由緒 不詳
   堂宇 間口二間半 奥行二間
檀徒 百六十二人
(『休泊村誌』より抜粋)

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 観音堂。
 扁額には「駒形馬頭観世音」と記されている。
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 馬頭観音像。
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 天神社。
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 左から庚申塔、庚申塔、青面金剛、庚申塔、千庚申塔、庚申塔、庚申塔、庚申供養塔、馬頭観世音、馬頭観世音。
 青面金剛は延宝八庚申年(1860)の造立。庚申供養塔は享保二十卯歳(1735)、馬頭観世音は左が文化九申年(1812)、右が天保三壬辰年(1832)……かな。
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 田虫地蔵尊。
 里矢場の田蟲地蔵尊はたむしの治癒に霊験ありと『山田郡誌』に記されていたが、こちらのお地蔵様も名前から見て同じ御利益があるのだろう。
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