古峯神社(日向町)

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 多々良沼の畔に鎮座する古峯神社(館林市日向町1744)。
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当社は多々良沼の守護神として明治初年沼持一同により現在の栃木県鹿沼市草久古峯ヶ原古峯神社 祭神日本武尊を勧請した 然しこの神社との関係は更に古く江戸時代中期の沼争論の頃の古峯信仰に因由するか 以後尊崇をあつめ越えて大正十年 一九二一年 三月石宮に改めるなど奉斉につとめてきたたまたま昭和五十三年 一九七八年 一月十三日奇しくも祭神日本武尊と深いかかわりをもつ白鳥が多々良沼に飛来以来例年越冬を続けている
このたび館林市多々良沼公園野鳥観察棟完成に当り白鳥と古い因縁をもつ古峯神社を三度整備拡充し神徳の隆昌と将来に予定される県立自然公園にふさわしい環境の保存を望んでやまない
 平成四年十一月吉日
 日向漁業協同組合員一同

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 「鷲宮 明治卄五年一月十日」と刻まれているが、鷲宮神社だろうか。
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 西側へと桟橋が伸びている。
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 南側に目を向けると浮島弁財天が見える。
 一ヶ月前は改修中だったが、それももう終わったようだ。
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 以上で10月8日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm。X30。
 ウォーキングカウンターは5,024歩。走行距離は約52km。
 さーて、フラッシュどうしようかな。銀塩時代に使っていたリコーのXRスピードライト300Pならあるのだが、さすがにK-5IIsと組み合わせるのは無理がある。フラッシュのガイドナンバーは大きいほど良いとは聞くものの、普段フラッシュの使用率は低いから悩む。
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厳島神社(松原二丁目)

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 松原会館脇に鎮座する厳島神社(館林市松原2-7)。
 富士獄神社の前にお詣りするつもりだったのだがどうやらこの日が例祭日だったようで、先に富士獄神社にお詣りしてから戻って来れば丁度良いかと思い後回しに。
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 社郷標石には「當所鎮守 厳島神社」「明治十七年甲申歳十月穀旦建之」と刻まれている。明治十七年は1884年。
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 左端の祠は八坂神社。その右隣の祠は何神社なのかわからないが、鬼飾りに羽団扇の形をしているので琴平神社か阿夫利神社あたりなのかも。その右隣は天満宮。
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 「四國六十四番 伊豫國 松■ 里前神寺移」「文政八乙酉年七月 施主 村■ 従是竜泉寺」と刻まれている。文政八年は1825年。
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富士獄神社(富士原町)

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 国道122号線富士原交差点傍に鎮座する富士獄神社(館林市富士原町1127)。
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 絵馬殿。
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 二の鳥居。
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富士嶽神社由緒
 祭神 木花佐久耶毘売命 外十柱
 当社創立の年月は詳らかでないが、徳川幕府時代に代々の館林城主によって、修復・営繕が行なわれ、広く住民の尊崇を集めた。
  文禄元年 (一五九二年) 榊原式部大輔康政 再建
  寛永九年 (一六九二年) 榊原式部大輔忠次 修復
  明暦二年 (一六五六年) 松平和泉守乗寿  修復
  寛文七年 (一六六七年) 館林宰相徳川綱吉 修復
  元禄一一年(一六九八年) 五代将軍綱吉   銀子二十枚寄進
 明治九年(一八七六年)区内九ヶ村(羽附・赤生田・松原・谷越・新宿・小桑原・青柳・堀工・近藤)の郷社となる。
 明治四三年(一九一〇年)本社境内の稲荷神社・大山祇神社・菅原神社、近藤村の菅原神社、松原村の厳島神社・長良神社・稲荷神社、新宿村の長良神社・神明宮・琴平神社・根本神社・相殿八坂神社、小桑原村の神明宮・稲荷神社・菅原神社・琴平神社・相殿大山祇神社・雷電神社を合祀する。
 境内末社に八幡宮・愛宕神社・織姫神社。清滝神社・日枝神社・小御嶽神社がある。
  例祭日 初山祭 六月一日
      火 祭 (旧暦)八月一日
      元旦祭 一月一日
 古来より夫婦和合、結縁、安産、子育、及び酒造り、火鎮めの神として厚い信仰をうけ、特に初山祭に赤子の成長を祈願して額に御神印を押す行事は、当社独特の神事として広く伝承されている。(一般に浅間神社のペッタンコ祭と言われる。)
  邑楽郡誌 館林市誌より
              秀城設楽 操謹書

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 二の鳥居の右手側に織姫神社。
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 左手側には大神宮と日枝神社・清滝神社。
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 拝殿。
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 石段の右側に稲荷神社と八幡宮。左側に愛宕神社と大山祇神社。
 この写真では拝殿側から見ているから左右逆になっているけれど。
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 狛犬。
 台座には「文化十三丙子天十一月吉祥日」と刻まれている。文化十三年は1816年。
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 辯才天、石尊宮、石尊大権現、水子地蔵尊、雷電宮。
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 参拝順路出口側の鳥居。
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 神楽殿。
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 道祖神、庚申塔、甲子塔。右端の石塔には「竣敷石■■」と刻まれている。
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 社殿裏手から。
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普濟寺(羽附町)

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 こちらにお参りする予定は無かったのだが、前を通り過ぎようとした際にちらりと鳥居が見えたので立ち寄ることにした曹洞宗龍洞山普濟寺(館林市羽附町1691)。
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 惣門をくぐり、参道を少し進むと左手側に稲荷社が鎮座している。
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 陶器製の、あー・・・・・・獅子、でいいのかなこれ。伊勢崎の寶珠寺で見たのと似ている。
 台座に記されている中国宜兴は中国の宜興市のことだろうか。その下の果売箱ってなんだろうとググってみたら・・・・・・え、ゴミ箱? 狛犬や獅子ではなくそういう形をしたゴミ箱なのこれ?
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 二の鳥居と本殿。
 台座には「昭和四十年五月二十二日」と記されている。
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 稲荷社の向かい側には水子供養の観音像。
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 茅葺きの山門。
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 鐘楼。
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館林市指定重要文化財 銅鐘
一.指定年月日 昭和五十年(一九七五)三月
一.所在地   館林市羽附町一六九一番地普済寺
一.時代    江戸時代
 この銅鐘は、慶安二年(一六四九)羽継村に住む小林太郎左衛門、小林彦左衛門、藤原安信の三人が、近郊の人々の助力によって、現世と来世の安楽を願って下野天命(栃木県佐野市)の鋳物師藤原重次に作らせ寄進したものです。
 鐘の大きさは、口径六九cm、銅の高さ九九cm、竜頭を含めると一二六cmになり、乳の配列は四乳四列、下帯の文様は巧妙です。
 その姿は、全体的に細長く、駒の爪が大きく外に突出し、撞木座の部分がふくらみ、上部のツバが出ないなど、江戸時代の洪鐘の特徴を良く表しています。
 銅鐘には「大日本国上野州邑楽郡佐貫荘 羽継郷志柄村龍洞山普済寺 遠近村里 四衆以助力 新奉鋳一鐘 而為二世安楽寄進焉者也 本願羽継郷住人 小林太郎左衛門 小林彦左衛門 江田讃岐守藤原安信 大工下野州天命住人横塚内藤原重次前永平当山九世月新雪叟代新添之慶安二己丑二月吉祥日」と刻まれ、寄進者や鋳師の名の他、銅鐘を鋳造し寄進した理由を読み取る事ができます。
 江戸時代初期の館林領内の様子を伝える資料です。
               館林市教育委員会

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 本堂。

不動明王堂(楠町)

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 楠町他上集会所脇に位置する不動明王堂(群馬県館林市楠町1848)。
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 文政九年(1826)造立の出羽三山塔と湯殿山納経供養塔。出羽三山塔は台座の部分が道標にもなっている。
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 馬頭観世音。
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