ニホンギのエノキ(板倉町西岡新田)

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 県道57号線と県道364号線が交わる除川交差点から420m程南下した所に位置するニホンギのエノキ(邑楽郡板倉町西岡新田)とその脇に並ぶ庚申塔群。
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 案内板。
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 左端の石柱には「縣道擴幅之爲移動す 昭和四十五年十一月吉日」と刻まれている。
 その右に庚申塔、庚申三ヶ月廿三夜供養塔(寛政二庚戌年十一月吉日)、青面金剛(元禄)、不動庚申道標(文政十三庚寅九月吉日)。
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 青面金剛と不動庚申道標。
 案内板によれば、不動庚申道標には「たてばやし さの こが ふ志おか」と記されているとのことなのでぐるりと見てみたのだが、そんなのあったかなぁ?
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長柄神社(細谷)

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 細谷農村公園の中に鎮座する長柄神社(邑楽郡板倉町細谷1846)。
 こちらもまたお詣りするのは九年ぶり。前回と見比べてみると、変わったのは幟旗竿が設置されていたことくらいか。
長柄神社 旧村社 細谷
 所 在  板倉町大字細谷甲一八四六番地
 祭 神  事代主命・大山祇命
 祭礼日  二月二十日(祈願祭) 四月十日(春祭) 十一月二十八日(秋祭)
      三月二十五日(天満宮祭礼・耕地役員改選)
 由緒沿革 創建不詳。明治五年村社に列す。末社御嶽神社外三社を合祀している。細谷村鎮守として尊崇が厚い。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

群馬縣管下上野國邑樂郡細谷村字宮前 村社 長柄神社
 祭  神 事代主命
 由  緒 不詳
 境内末社 福田神社  祭神 大山祇命
      稲荷神社  祭神 倉稲魂命
      菅原神社  祭神 菅原道眞公
      淺間神社  祭神 木花開耶姫命
(『上野国神社明細帳』より抜粋)

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 参道。
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 拝殿。
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 狛犬。
 台座には昭和十六年三月六日と刻まれているので1941年の造立。
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 末社。
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 天満宮。
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 日露戦役記念碑。

水神宮(板倉町細谷)

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 細谷長柄神社の東側、用水路に架かる橋の傍に鎮座する水神宮と馬頭尊(邑楽郡板倉町細谷)。
 水神宮の側面には「明治三十三年十二月一日 細谷村中」、馬頭尊の側面には「大正十四年旧二月二十四日 川邊庄作 仝 佐市 建」と刻まれている。明治三十三年jは1900年で大正十四年は1925年。
 『板倉町史 通史 下巻』に依れば、水神宮はここの他にも寛政三年に建てられたものが細谷上耕地にあると言うことなのだが、上耕地ってどの辺りなのだろう。
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 奥に見える森は長柄神社の杜。
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 ここから200m程東の三叉路脇に青面金剛がある。
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 青面金剛(板倉町細谷)。
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 享保……あー、何年だろう。よく読み取れない。

長柄神社(板倉町離)

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 県道373号線の東側、畑に囲まれた地に鎮座する長柄神社(邑楽郡板倉町離1057)。
 こちらにお詣りするのはおよそ九年ぶり。特に変わったような気はしなかったが、前回と見比べてみると社号標石の位置が変わっていた。
長柄神社 旧村社 離
 所 在  板倉町大字離字蓼沼一〇五七番地
 祭 神  事代主命 大山祇命 菅原道真(末社)
 祭礼日  四月九日(春祭)、七月二十五日(天満宮夏祭)、十月十五日(秋祭)
 由緒沿革 創建不詳。明治五年村社に列し、明治四十年七月十五日群馬県の許可を得て福田神社(大日神社)を合祀する。末社には天満宮(祭神菅原道真)を祭祀し、明治十三年四月に御輿を建立し夏の厄神除を実施している。弘化四年水害に悩んだ村民は水防神として、出羽国湯殿山神社を勧請(真言系修験)し祭祀した。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

群馬縣上野國邑楽郡離村字蓼沼 村社 長柄神社
 祭  神 事代主命
 由  緒 不詳
 境内末社 菅原神社  祭神 菅原道眞公
      稲荷神社  祭神 倉稲魂命
      湯殿神社  祭神 大山祇命
      佐田彦神社 祭神 猿田彦命
      道祖神社  祭神 猿田彦命

群馬縣管下上野國邑樂郡離村字酉新田 無格社 福田神社
 祭神 大山祇命
 由緒 不詳
 四十年七月十五日許可、仝大字村社長柄神社へ合併
(『上野国神社明細帳』より抜粋)

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 拝殿。
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 天満宮。
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 水神宮。
 側面には「元治元甲子年十二月吉祥日」、台座前面には「離村 細谷村 大荷場 大曲村 除川村」と刻まれている。元治元年は1864年。
 水神宮の隣には鳥居手洗新築寄附者芳名碑や出羽三山塔などが並んでいる。
水神宮(録事法眼) 旧無格社 離
 所 在  板倉町大字離 旧渡良瀬川右岸堤
 祭 神  罔象女命 市杵島姫命
 祭礼日  十二月一日(川浸朔日)
 由緒沿革 創建不詳。水害で破堤した場所に水神を鎮めるため、仏教の水を司る神「録事法眼」を弘化二年七月吉日に建立し、次いで「水神宮」の石祠を元治元年十二月吉祥日に、離村 細谷村 大荷場 大曲村 除川村で共同建立している。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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朝日森天満宮(板倉町細谷)

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 細谷交差点から県道364号除川板倉線を540m程南下した所の十字路を東へ40m程向かった所に鎮座する朝日森天満宮(邑楽郡板倉町細谷)。
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 表面に「朝日森天満宮」、裏面に「寛政十戊午年正月分靈 大正八年三月再興」と刻まれている。寛政十年は1798年で大正八年は1919年。
 佐野市の朝日森天満宮から分霊したものなのだろうか。
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 左から普門品供養塔、十九夜念佛供養塔、地蔵菩薩、庚申塔。
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冨士浅間神社(板倉町大荷場)

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 大荷場住民センターの250m程南東、県道373号脇に鎮座する冨士浅間神社(邑楽郡板倉町大荷場)。
冨士淺間神社 旧無格社 大荷場・大曲
 所 在  板倉町大字大荷場
 祭 神  木花咲耶姫命
 祭礼日  旧六月一日 現在七月十日
 由緒沿革 創建は不詳であるが石祠の銘文には、安政四年三月大荷場村・大曲村中で建立したものである。
 末 社  小御岳石尊大権現 文久三年四月 大荷場村・大曲村(石祠)
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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 額には「冨士山」、向かって右側面には「當所 先達 大田北行 安政四丁巳年三月吉日再建」と刻まれている。安政四年(1857)に再建と言うことは、創建自体はそれよりも前になるのだろう。左側面にも文字が刻まれているのだが、薄くなっていてわかりにくい。
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 石祠正面に陽刻されたこれは二猿かな。
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 食行身禄イ杓と小御岳石尊大権現・大天狗・小天狗。
 小御岳石尊大権現の側面には「文久二戌年四月初申日」と刻まれているので1862年の造立。
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 西側から。

石仏群(板倉町大荷場)

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 大荷場住民センター(邑楽郡板倉町大荷場660)前に並ぶ石仏群。
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 左から宝篋印塔、十九夜塔、大乗妙典六拾六部供養塔、十九夜念佛供養塔、地蔵菩薩、不明、大日如来、馬頭観音、地蔵菩薩。
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 如意輪観音(十九夜念佛供養塔)、大日如来、馬頭観音アップで。
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 左端はおそらく稲荷社か或いは大口真神だろうか。その右隣は……馬頭観音? それから石祠、庚申塔、出羽三山供養塔、青面金剛。青面金剛は元禄六癸酉天十一月吉祥日と刻まれているので1693年の造立。
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八幡宮(板倉町大曲)

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 群馬県道373号海老瀬館林線に面して鎮座する八幡宮(邑楽郡板倉町大曲444)。
八幡宮 旧村社 大曲・大荷場
 所 在  板倉町大字大曲四四四番地
 祭 神  誉田別命 応神天皇 神功皇后
 祭礼日  旧三月十五日(春祭祭礼当番引継式)・旧八月十五日(夏祭・相撲)
      二月初午(稲荷様)・五月初巳の日(弁天様)
 由緒沿革 創建は不詳。往古大曲村浄蓮院の東北にあったが、元禄十三年正月に新に仏守沼を埋め新殿を造営し、現在地に遷座させ、大曲・大荷場両村の村鎮守とした。明治四十年神社合廃の訓令がでたため、両村の氏子が協議した結果八幡宮を村社に昇格して永久保持をすることになり、明治四十三年二月、群馬県より村社の認可をえて現在におよんでいる。
 末 社 天満宮      安政四年二月吉日(石祠)
     冨士淺間大明神  文化十一年二月吉祥日(石祠)
     諏訪大明神    (石祠)紀年なし
     三峯神社     嘉永五年二月二月十五日(石祠)
     稲荷神社・弁財天 (石祠)
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

群馬縣上野國邑樂郡大曲村字大原 村社 八幡宮
 祭  神 譽田別命
 由  緒 不詳
 境内末社 稲荷神社  祭神 倉稲魂命
      諏訪神社  祭神 建御名方命
      嚴島神社  祭神 市杵島姫命
      菅原神社  祭神 菅原道眞公
      三峯神社  祭神 伊邪那美命
(『上野国神社明細帳』より抜粋)

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 鳥居の柱には「昭和四己巳年十月建設」と刻まれている。
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 石段上り口脇に狛犬。
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 拝殿前の狛犬。
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 拝殿。
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 稲荷社。
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 末社。
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 冨士浅間神社。
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 出羽三山塔と末社。
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八幡宮ハ古来大曲村浄蓮院東北ニ鎮座マシマス元禄十三年辰正月新ニ佛守沼ヲ埋メ新殿ヲ營造シ今オ所ニ遷御セリ爾来大曲大荷場両村ノ村社トシテ村民ノ崇敬深シ然ルニ明治四十年神社合廃ノ訓令出テ本社亦當ニ他ニ合社セラルベシ氏子之ヲ聞キテ大ニ驚キ相會シテ保存ノ策ヲ構ス即チ相爭ヒテ土地及基金ヲ献シ永遠維持ノ方法ヲ立テ官ニ請ヒテ本年二月村社ノ格ヲ得タリ氏子欣喜措ク能ハズ依テ碑ヲ建テ其名ヲ録シ之ヲ後世ニ傳フ
  維持明治四十三年三月

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 弁財天。
 現在の石祠は平成八年七月に建てられたものであるようだ。
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 板倉町指定史跡である施田大明神。
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板倉町指定史跡 施田大明神
 平成三年九月二十五日指定
 この石祠「施田大明神」は、銘文「布施孫三郎様御儀」とあるように、寛政年代において、当時の代官布施孫三郎が農民達に新田開発を説き水田の新規開発に成功し、大曲村の農民の生活安定に多大な貢献をした。
 他方、布施代官は開発に係わる土地税金を一定期間免除したり、親孝行夫婦の顕彰を行うなど善政を施し、これに感動した大曲村中が合力してこの石祠を建立したものである。
 もともと旧大曲村名主 堀口與右エ門屋敷跡にあったものを町と地元神社総代等の協力により平成三年に現在地へ移設したものである。
 この石祠には、江戸中期に善政を施した布施代官を生神として祀ったうらには農民の苦闘の歴史が刻まれているといえる。

施田大明神石祠移轉の記
 本石祠の祭神は代官布施孫三郎である。江戸時代中期に寛政の改革が断行された時、毎年水害で悩まされ苦しむ農民を奮起させ、新田開発を成功させ豊かな生活を確保することができた。農民達は布施代官の善政に感泣し報恩のため名主堀口与右ヱ門と大曲村全戸が貧しい中から合力して石祠を寛政九年九月吉日建立し、生神として祭祀した。今までは廃居の竹藪内に朽ち果てていたが、村民と町当局の熱意が実り偉大なる先人の足跡を発掘し顕賞することにより村づくりの一助とすることを願い、大曲大荷場両村氏子の産土神である八幡宮境内地に町指定史跡を記念して遷宮して後世に伝えるものである。
  平成四年二月二十四日
     八幡宮宮司 井上邦男
     〃責任役員 青木喜美男

浄蓮院(板倉町大曲)

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 大曲住民センターの隣に位置する真言宗智山派石水山淨蓮院(邑楽郡板倉町大曲1066)。
 公式サイト有り。
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 大日堂。
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 双体道祖神と十王十仏板碑の案内板。
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 左から青面金剛、庚申塔×2、双体道祖神、板碑×3、十王十仏板碑。
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 青面金剛と双体道祖神をアップで。
 青面金剛は正徳四甲午年十一月吉日…かな。正徳四年は1714年。双体道祖神は寛延二己巳歳十二月二十八日。寛延二年は1749年。
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 大日堂脇のこれはなんだろう。中に地蔵菩薩像のようなものが見えたから地蔵堂かな?
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赤子稲荷神社(明和町斗合田)

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 谷田川右岸に鎮座する赤子稲荷神社(邑楽郡明和町斗合田)。
 谷田川堤防上を走っていたら神社が見えたので立ち寄ってみたのだが、近づくにつれて「あれ、なんか見覚えある。赤子稲荷じゃなかったっけここ」と思ったものの、折角だからお詣りしていこうかと。前回お詣りしたのが2012年6月2日だから、五年半ぶりか。
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 前回のものと見比べてみると、かつての二の鳥居が無くなり、三の鳥居の位置が現在の二の鳥居になっている。そしてこの鳥居も以前のものとは違うのでこの五年の間に新たに建てられたものであるのだろうけれど、それにしては塗装の剥がれが目立つ。
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 拝殿。
 周囲の木々も随分と切り倒されてしまっている。拝殿前の胡桃下稲荷神社などは変わった様子も無いが、石柱が倒れてしまっていた。
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 本殿。
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 社殿裏の稲荷大明神石塔。右側の稲荷大善神石塔は倒れてしまっている。
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水神宮(板倉町大高嶋)

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 天神池公園の北端に位置する水神宮と石仏群(邑楽郡板倉町大高嶋1665)。
 去年の11月3日にこのすぐそばを通っていたのになんで気付かなかったのかなと思わないでもないが、道路側を向いているわけでもないので注意していないと見落とし易いわ、うん。
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 左から水神宮、地蔵菩薩、地蔵菩薩、地蔵菩薩、……馬頭尊かな? 馬頭観世音。

日枝神社(板倉町下五箇)

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 谷新田集会所左脇に鎮座する日枝神社(邑楽郡板倉町下五箇1186 )。
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 本殿。
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 右の建物が谷新田集会所。
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 青面金剛。
 側面には「寛延二巳歳己十月吉日」と刻まれている。寛延二年は1749年。
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 集会所の右脇にも小祠があるが、こちらは何神社なのかわからない。
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水神宮(板倉町下五箇)

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 普光寺の450m程北東、道路脇に鎮座する水神宮(邑楽郡板倉町下五箇)。
(石造物)水神宮
所在地 板倉町大字下五箇地先(堤上)
概 要
1 呼称はスイジンサマです。
2 もともと「水神宮」が建っていましたが、明治43年に決壊し、流れてしまいました。そのため、昭和33年に内務省がサクラの樹木を植えた際に、「川入部落9戸がサクラを見ながら仲良くやってくれたら」という願いからあらたに建立したものです。
3 信仰域は下五箇川入9戸で代表者は毎年交替します。
4 祭事はとくに行っていませんが、しめ縄等で祀ります。ただし大杉様で神輿(毎年3月第2日曜日と7月第2日曜日)が出たときに、この水神宮のあたりが字境なのでここで清めをしながら休みます。またサクラの管理を行っています。
(『文化的景観の重要な構成要素』より抜粋)

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水神宮
 昭和33年、内務省がサクラの樹木を植えた際に新たに建立したものです。もともと、この地に建っていましたが明治43年にオオミズで流されてしまいました。下五箇字川入9戸の方々で守っています。

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 向い側には小さな池がある。

普光寺(板倉町下五箇)

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 真言宗豊山派明星山普光寺(邑楽郡板倉町下五箇22)。
 板倉町役場のサイトに依れば、寛永年間に法印法宿により中興開山されたが200年程後に住職が没すると寺は荒れ、明治の中頃に再興されたとのこと。
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 本堂。
 右手側には平成三年に建てられた本堂改修記念碑がある。
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 薬師堂。
 建立記念碑もあるが、下の方は白カビにより読み取るのが難しくなっている。
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 道祖神。

稲荷神社(板倉町下五箇)

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 前宇奈根住民センターの40m程南に鎮座する稲荷神社(邑楽郡板倉町下五箇)。
 こちらには二ヶ月程前に来たばかりだが、前回は新築準備中だった社殿が完成していたのでお詣りして行くことにした。
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 前宇奈根住民センター脇には青面金剛、庚申塔、二十三夜塔、十九夜塔、地蔵菩薩などが並んでいる。
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水龍宮(板倉町大高嶋)

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 清瀧山宝性寺(邑楽郡板倉町大高嶋1347)前の公園脇に鎮座する水龍宮
 背面には「昭和二十二年五月吉日 宇那根耕地一同」と刻まれている。詳細は不明。
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大作神社・秋葉神社(板倉町大高嶋)

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 大塚山古墳の墳頂に鎮座する大作神社・秋葉神社(邑楽郡板倉町大高嶋)。
大作(オザク)神社 秋葉神社 旧無格社 大塚・新田耕地
 所 在 板倉町大字大高島字高鳥
 祭 神 磐裂命 根裂命・武甕槌雄命(大作神社) 火之迦具土神(秋葉神社)
 祭礼日 四月十八日(大作神社)、十二月十八日(秋葉神社)
 由緒沿革 創建不詳。同社は方墳の墳丘上に建立されており、大作神社は栃木県鹿沼市上久我字石裂に鎮座する加蘇山神社(石裂山)旧県社より分祀し、また、静岡県周智郡春野町領家秋葉山に鎮座する秋葉山本宮秋葉神社を分祀したものである。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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板倉町指定史跡 大塚山古墳(大箇野二号墳)
 板倉町大字大高嶋一七三二
 昭和五十年四月二十五日指定
 大塚山古墳は「上毛古墳総覧」によると円墳とされ、七世紀ごろ築造されたものと考えられています。
 墳丘部は直系約七メートル、高さ約二・五メートルで、かなり良好な状態で遺されています。
 谷田川下流域の古墳群として、六世紀代に岩田の舟山古墳、道明山古墳が築造され、次いで筑波山古墳が築造されました。
 七世紀に入り、松ノ木古墳(飯野─消滅─)、大塚山古墳、稲荷神社古墳(高鳥)が築造されました。
 この大塚山古墳は出土品が全くなく、発掘に関する伝承もないため、完全な形で石室が遺されている可能性があります。未知の部分が多い古墳であり、その分だけ貴重な古墳であると言えます。
 平成二十六年二月

天満天神社(板倉町飯野)

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 中新田集会所から360m程東南に位置する侍邊天神様住民センター(邑楽郡板倉町飯野)。
 名前からして天神社がありそうな感じがしたので寄ってみたのだが、それらしきものは見当たらない。しかし『板倉町史 通史 下巻』には板倉町大字飯野字侍辺に天満天神社があると記されている。侍邊天神様住民センターの中に祀られているのだろうか?
天満天神社 旧無格社 侍辺耕地
 所   在 板倉町大字飯野字侍辺
 祭   神 菅原道真公 大己貴命 罔象女命 市杵姫命 倉稲魂神
 神事と芸能 井上流獅子舞(現在中止)
 祭 礼 日 二月二十日~二十四日(春祭)
       七月十四日夜~十五日(獅子舞─厄神除・夏祭)
 由緒沿革  創建不詳
 末   社 荒神社、道祖神石祠、水神宮石祠、稲荷大明神石祠
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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 住民センター脇に並ぶ石祠群。
 石塔三基は左から青面金剛塔(寛政四年星宿壬子孟冬)、凱旋記念碑、孝心塔。
 石祠は水神宮、稲荷大明神、道祖神(天保二己亥歳二月)。右端は傷みがひどく文字の確認はできないがたぶん荒神社。

浅間神社(板倉町飯野)

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 中新田集会所の隣に鎮座する浅間神社(邑楽郡板倉町飯野869)。
浅間神社 旧無格社 中新田耕地
 所 在  板倉町大字飯野字中新田
 祭 神  木花開耶姫命
 祭礼日  一月七日(謡い初め)、三月十七日(梵天祭─村役改選)、
      六月一日(初山)、七月十五日(夏祭り─獅子舞・厄神除)、
      八月十四・十五・十六日(祭り)、九月(二百十日嵐除・お日待)
 由緒沿革 創建不詳
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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 拝殿。
 拝殿内に掛けられた額には「冨士浅間宮」と記されていた。
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 本殿。
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 薬師如来。
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 石段左側に愛宕山と弁才天。右側に無縫塔、十九夜供養塔、庚申塔、青面金剛、その他。
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 如意輪観音と青面金剛アップで。
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 無縫塔、先祖供養塔、不動明王など。その前には水準点。
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 不動明王アップ。
 浅間神社の石段脇に無縫塔と烏帽子岩元祖食行身禄イ狗。
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長良神社(板倉町飯野)

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 谷田川排水機場の150m程東に鎮座する長良神社(邑楽郡板倉町飯野555)。
 こちらにお詣りするのはおよそ九年と三ヶ月ぶりだが、ここから100m程南にある水神宮・風天宮には二ヶ月程前にお詣りしたばかり。その時に立ち寄っておけば良かったのだろうが、帰宅後に九年前のエントリーを見直してみてから「雑だなぁ、撮り直したいなぁ」と思ったのだから仕方がない。
長良神社 旧村社 新耕地
 所   在 板倉町大字飯野字新
 祭   神 藤原長良公・木花開耶姫命・罔象女命・倭大物主櫛甕玉命
 祭 礼 日 一月七日(祭当番引継)、三月十七日(梵天祭─雹乱除)、
       七月十四・十五・十六日(夏祭─獅子舞・厄神除)、
       九月十五日(お日待─嵐除)、十月十五日(お日待)、
       六月十七日・八月十七日・九月十七日(水神祭─燈明あげ─水害封じ)
 神事と芸能 日光文挟流三頭獅子舞 演目 五曲
 由緒沿革  創建不詳
 末   社 水天宮風天宮石祠(天明七年八月)
       大杉大明神石祠(文化四年八月吉日)
       八大龍王神石祠(弘化三年四月)
       仙元大菩薩石祠(嘉永二年六月吉日)
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

群馬縣管下上野國邑楽郡飯野村字新 村社 長柄神社
 祭  神 事代主命
 由  緒 不詳
 境内末社 浅間神社  祭神 木花開耶姫命  由緒 不詳
      琴平神社  祭神 金山彦命    由緒 不詳
(『上野国神社明細帳』より抜粋)
 さて、相変わらず長良神社なのか長柄神社なのかわからない神社であるが、板倉町役場のサイトでは長良神社となっているからエントリー名はそちらに合わせておこう。群馬県神社庁のサイトでは長柄神社になっているけれど。
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 末社群。
 左から不明、愛宕山(文化七庚午年十一月吉祥日)、琴平神社、大杦大明神・大天狗・小天狗、不明、不明(明神、天狗の文字有り)、不明(小天狗の文字有り)。
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 社殿東側から。
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天神社(板倉町岩田)

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 原新住民センター前に鎮座する天神社(邑楽郡板倉町岩田)。
 祠には社名を記したものが無い為何神社なのかはわからなかったものの、梅の木が植えられていることから天神社だろうかと当たりを付けていたのだが、『板倉町史 通史 下巻』に以下の記述があったので天神社で間違い無いだろう。
天神社 旧無格社 原新田耕地
 所 在  板倉町大字岩田字新田
 祭 神  天御中主神、菅原道真公
 祭礼日  一月二十五日(初天神)
 由緒沿革 創建不詳

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祐天堂(板倉町板倉)

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 石塚集落センターの隣に位置する祐天堂(邑楽郡板倉町板倉乙2882)。
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 堂の中には祐天上人、虚空蔵菩薩、阿弥陀如来、弘法大師の像が並んで置かれており、提灯には真言宗豊山派と書かれている。の、だが、祐天上人で検索すると浄土宗の僧侶であると言う。
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 祐天堂脇の石祠には笠間稲荷神社の神璽と陶器の狐が納められているので、こちらは稲荷社だろう。

 『板倉町史 通史 下巻』に依ると石塚耕地には日枝神社と浅間神社があるとのことなのだが、稲荷神社の記述は無い。検索をかけると富士塚があるのは確かなようだがどこだかわからない。

八幡大神・稲荷大神(板倉町籾谷)

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 花見道集会所北側の道端に鎮座する八幡大神・稲荷大神の石祠(邑楽郡板倉町籾谷)。
 右の石祠には八幡大神と稲荷大神の名が刻まれているが、左の石祠は苔が生えていてわからない。
 『板倉町史 通史 下巻』に以下の記述があるが、こちらの石祠のことだろうか。
八幡宮 旧無格社 花見道耕地
 所 在  板倉町大字籾谷字花見道
 祭 神  誉田別命、末社稲荷神社(倉稲魂神)
 祭礼日  旧八月十五日(夏祭)、末社稲荷祭(二月初午)
 由緒沿革 創建不詳

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 ここから200m程北東に卍の刻まれた小さな祠があったが、中を覗いてみたら神前幕に阿弥陀の文字があったので、じゃあいいかとスルー。

愛宕神社(板倉町西岡)

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 渡良瀬川の右岸堤防南側に鎮座する愛宕神社(邑楽郡板倉町西岡1261)。
愛宕神社 旧無格社 西岡
 所 在 板倉町大字西岡字中妻
 祭 神 軻遇突知神
 祭礼日 一月二十四日(毎月二十四日)
 氏 子 中妻耕地で祭祀している。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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庚申塔(板倉町除川)

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 録事尊の200m程西南に位置する庚申塔(邑楽郡板倉町除川)。
 左の庚申塔は寛政十……年? 十と年の間がよく読み取れない。十二年の干支が庚申だから寛政十二年(1800)かな?
 中央の青面金剛は「延享二乙丑天十二月吉日」と刻まれている。1745年の造立。
 右の庚申塔は側面に「萬延元庚申年十二月吉日」と刻まれている。萬延元年は1860年だけど十二月だから1861年か。
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録事尊(板倉町除川)

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 渡良瀬川の南岸堤防法面に鎮座する録事尊(邑楽郡板倉町除川1604)。
 板倉町役場ホームページの『利根川・渡良瀬川合流域の水場景観』には、「石塔は明治31年(1898)の決壊により流されましたが、堤防改修工事の際に基台のみ発見されたものです。昭和33年2月20日に建て直されました。仏教の影響を受けた水を司る録事尊信仰によるものです」と記されている。
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除川神社(板倉町除川)

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 県道57号線の北側すぐ傍に鎮座する除川神社(邑楽郡板倉町除川998)。
羣馬縣管下上野國邑楽郡除川村字口傳 村社 赤城神社除川神社
祭神 大穴牟遅神 豊木入日子命
相殿 高木神 磐裂神
   菅原道真公 木花開耶姫命 天穂日命 少彦名命
   譽田別命 大日孁命 大山祇命 市杵島姫命
由緒 不詳
   明治四十一年六月十八許可、字口傳無格社菅原神社、仝境内末社一社、及仝所
  字北原無格社鷲宮神社、仝境内末社一社、仝所無格社八幡宮、仝所字イセ原無格
  社神明宮、仝所字北原無格社大山祇神社、并ニ仝所字尾崎無格社厳島神社ヲ合併
  シ仝時ニ村社除川神社ト改称セリ
   昭和十一年六月十九日明治三十九年勅令第九十六號ニ依リ神饌幣帛料供進神社
  トシテ指定セラル
境内末社 稲荷神社
(『上野国神社明細帳』より抜粋)

除川神社(旧称赤城神社) 旧村社 除川
 所  在 板倉町大字除川字志山九九八番地
 祭  神 大穴牟遅神 豊木入日子命 高木神 磐裂神
 由緒沿革 創建不詳。明治四十一年六月に、菅原神社(口伝)浅間神社(志山)鷲宮神社(北原前)八幡宮(北原入口)大山祇神社(口伝)神明宮(尾崎東)厳島神社(北大崎)神明宮(北大崎)の村社鎮守を赤城神社(志山)に合祀し、神社の呼称を「除川神社」とし現在にいたっている。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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 一の鳥居。
 柱には「大正十四年四月吉日」と刻まれている。大正十四年は1925年。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 狛犬。
 台座には「昭和十年四月」の文字が見えるので1935年の造立。
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 社殿斜めから。
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 神楽殿。
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 稲荷社。
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 冨士嶽神社と烏帽子岩霊神。
 石祠の前面には下がり藤紋が陽刻されており、背面には「明治九年丙子第四月吉日 上州邑樂郡除川村」と刻まれている。明治九年は1876年。
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 小御岳磐長姫神・櫻大刀自神・苔虫神。
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 県道57号線側から。

八幡神社(板倉町西岡)

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 真言宗豊山派補陀落山観音寺花蔵院の400m程北西に鎮座する八幡神社(邑楽郡板倉町西岡)。
八幡宮 旧無格社 西岡
 所 在 板倉町大字西岡字山南
 祭 神 譽田別命 比咩大神
 祭礼日 旧八月十五日夜
 氏 子 北山福自・北山伊之助・北山喜三・北山忠蔵・北山義男・北山金次郎の六軒の氏神として祭祀している。
(『板倉町史 通史 下巻』より抜粋)

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前原弁財天(板倉町西岡)

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 日本山妙法寺西岡小僧伽の50m程東に鎮座する弁財天(邑楽郡板倉町西岡)。
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