浅間神社(藤江町)

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 黒川の東岸に鎮座する浅間神社(鹿沼市藤江町812)。
 鳥居は昭和五十七年(1982)十一月三日の造立。
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 鞘殿の左右に五基づつ計十基の石祠が並んでいる。
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 本殿。
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 鞘殿裏に「冨士■ 目眼神社」と刻まれた石柱。■の部分は峯かな? 聞き覚えの無い名だが、読み方は「めがんじんじゃ」でいいのだろうか。なんだか自爆でもしそうな響きだが。
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 遠景。

 以上で3月23日参拝分終了。
 この日は運転免許更新の為に免許センターに行っていたので、そのついでに近場の神社を巡っただけなので少なめ。
 使用機材はK-5IIsにDA15mmとDA70mm、DA20-40mm。K10Dに50-150mm II。
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愛宕神社(藤江町)

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 藤江町コミュニティセンター(鹿沼市藤江町833-3)の南西にある愛宕神社の社号標石。ちなみに大正十三年(1924)十一月二十四日の造立。
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 NAVITIMEを見ると、この右手側に愛宕神社がある筈なのだが……見当たらない。
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 そのまま道を歩いて行くと、寶曆十三癸未年(1763)九月造立の明神鳥居が見えてくる。
 神社が見つからないので帰宅後にググってみたら、なんとこちらの鳥居はここから約700m程東に鎮座する愛宕神社(鹿沼市藤江町1518)の一の鳥居なのだそうだ。
 ではNAVITIMEに載っているのはなんなかのと言えば、どうやら真言宗普門院の跡地であるようだ。
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 そしてこちらが愛宕神社の二の鳥居。柱に刻まれた文字は少し読み取り難いが、承應三甲午年(1654)九月かな。
 鹿沼カントリークラブの西際に位置し、この左右に駐車場もある。
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 嘉永五壬子歳十二月(1853)造立の狛犬。
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 参道途中右手側、少し参道から離れた位置に石祠。
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 石段の先には神門……で、いいのかな?
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 愛宕神社全景。
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 振り返って見てみると、門と言うより休憩所かなにかのような。
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『愛宕神社由緒と新築の歩み
 所在地 鹿沼市藤江町1518番地
 祭 神 軻遇突智命
 境 内 1,070坪
 本社は名所伊吹山の中腹に鎮座し創立は不詳なるも寛海法印の開山なりと伝えられる。往古は太郎坊愛宕山大権現と称し口碑には京都の愛宕山を次郎と称し江戸の愛宕山を五郎と称した。江戸時代には公家等日光社参の節は御参詣になったとも伝えられる。徳川家代々崇敬の神社にて慶安元年(1648)三代将軍家光公より石高十石余の御朱印田一町七反畑三町一反を賜り境内も伊吹山全面積十三町三反二畝八歩と拡大なものであった。元文二年(1737)十二月十三日宗源宣旨正一位を授けられ御神威益々高く別当に真言宗智山派普門院が奉仕に当たった。明治初年愛宕神社と改称村社に列せられた。元来氏子の信仰が厚く春祭二月二十四日夏祭七月二十四日例祭十一月二十三日には太々神楽の奉納もあり盛大な祭典が執行される。本社に正一位七社大明神幣帛が奉安されているが由緒は詳らかでない。
 社殿は三百有余年風雨に耐えたが老朽化が進み倒壊の恐れあり年々懸念されたが、平成十年(1998)自治会総会にて新築が決定されたので建設委員十七名を選任委員は新築された各地の神社を参考に新築の予算寄附金等慎重に検討を重ね平成十四年(2002)三月十一日工事に着工同年十一月十五日荘厳な社殿が完成し十八日竣工奉祝祭が盛大に斎行されました。これ偏に氏子崇敬者関係業者の御協力の賜と感謝を申し上げます。敬神の念ますます厚い氏子の皆様併せて関係各位の御健勝と御多幸を祈念いたします』
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 天保十五甲辰年(1844)正月造立の狛犬。
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 厳島神社。
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 天照皇大神宮・豊受大神宮・熱田大神宮、官幣月山大神・國幣出羽大神・國幣湯殿山大神×2。
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 神楽殿。
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 愛宕神社に向かう途中の、鹿沼カントリークラブ西際の砂利道脇にある萬延元年(1860)九月造立の庚申塔。
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 藤江町コミュニティセンターの敷地の端にある石碑。
『普門院由来
 愛宕神社の別当真言宗普門院と言って、神仏混淆の頃建てられたそうである。御朱印十石余りあったが、維新の時上地となり、明治四年(1871)八月廃寺となり、翌明治六年その廃寺を藤江学校としていた。ところが偶々明治三十五年(1902)九月二十八日の大暴風で全潰してしまった。ただ校庭の隅に破れた薬師堂が残っていたのみで、それもやがて昭和九年(1934)に老朽が甚しいので取壊となる。
 昭和三十一年三月一日』
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 普門院宝物堂。

日吉神社(池ノ森)

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 鹿沼市立池ノ森小学校の北西に鎮座する日吉神社(鹿沼市池ノ森858)。
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 鳥居の額束に「■■二癸巳■建立八月吉日」と刻まれている。こちらの神社は寛正二年(1461)に宇都宮明綱から池ノ森に村を拓くよう命じられた瓦井左京が、池ノ森村開発に着手すると時を同じくして日吉神社を勧請し村の鎮守と伝えられているのだそうだ。1461年より後で「二癸巳」となるのは天文二年(1533)、承応二年(1653)、安永二年(1773)の三つだが、額束の文字と形が似ているのは安永かな。
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 拝殿。
『主祭神 大山咋神、大日孁貴命、素盞嗚尊
 当社の創立は、寛正二(1461)年一一月一五日。元文二(1737)年、正一位山王権現と号し、慶応二(1866)年九月、正一位都賀日吉神社と改称した。明治三九(1906)年、神饌幣帛料供進社に指定される。現在は氏子数も多く、池の森を守護する社として崇敬され、賑やかな例大祭が行なわれている』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 明治四年(1871)十一月造立の狛犬。
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 土俵かな?
 左の石祠は厳島神社。右の石祠は雷電神社。
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 神楽殿。
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 左の石祠はたぶん雷電神社。右の石祠は不明。
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 男體山。
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 末社や庚申塔など。中央の祠は金精大明神。
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 天保十一年(1840)正月造立の金精さま。
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 鎮守の杜東端近くに……えっと、なんだろこれ。馬頭観音かな。文化二乙丑(1805)三月の造立。

 馬頭観音の傍は拓けており、そこに駐車可能。こちらの神社は、東にあるうどん茶屋いちょう庵前の道を入って来るのが一番わかりやすいので、大体この場所に到着することになると思う。

八龍神社(亀和田町)

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 北赤塚十字路の南西に鎮座する八龍神社(栃木県鹿沼市亀和田町67)。
 この日の神社巡りは北赤塚十字路北西の天満宮から開始したので、大体一日かけて周辺をぐるりと一周して来たことになるか。
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『主祭神 海津見命
 創立は、一条天皇の御代(986~1011)と伝えられる。四月三日の祈年祭と、一一月の例祭を、氏子二○戸で厳粛に斎行している』(「栃木県神社誌」より抜粋)
 栃木県神社誌には北赤塚町20に鎮座と記されているが、GoogleマップやMapionなどを見るとここは亀和田町である。でもNAVITIMEでは北赤塚町20になっていたりする。

 以上で3月21日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA15mmとDA70mm、DA20-40mm。K10Dに50-150mm II。

観音堂(亀和田町)

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 稲荷神社北側の道を、東へ少し歩いた所に鎮座している観音堂(鹿沼市亀和田町352)。
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 鳥居は貫が外れてしまっている。
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 塚の上に鎮座し、また逆卍も見えるので富士講に由来するものと思われる。となると、こちらは浅間神社なのだろう。
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 塚から少し離れて石祠二基。
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稲荷神社(亀和田町)

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 小倉橋東交差点の南東に鎮座する稲荷神社(鹿沼市亀和田町)。
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 鳥居に隠れて見えないが、軒下には大きなスズメバチの巣がぶら下がっていた。
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 狛犬。
 台座には「文久三年六月生 願主大橋森右衛門 昭和十一年十月七日」と刻まれている。
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 稲荷社の左右に末社。

水参神社(亀和田町)

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 国道293号線例幣使街道と栃木県道3号宇都宮亀和田栃木線が接続する小倉橋東交差点のすぐ北側に鎮座する水参神社(鹿沼市亀和田町)。
 境内には小薮堰導水堤防竣工記念碑と災害復旧事業之碑、竣工之碑と記された三つの石碑が建てられていたが、こちらの神社の由緒などを記した物は見当たらなかった。
 社名や鎮座地などから見て水神系であるのは間違いないだろう。また、千木が内削ぎで鰹木が偶数と言うことは、御祭神は女性神であると思われる。栃木県神社誌に記載は無く、ググってみても詳しいことはわからない。やはり図書館にでも行って来るべきか。
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 車では入って来られないと聞いていたので磐裂根裂神社に車を置いて歩いて来たのだが、うーむ、大きい車でもなければここまで入って来られた気がする。

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 例幣使街道を挟んで水参神社の北東に鎮座する小祠。
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 鳥居もある。
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 石祠の背面には「昭和五十九年五月五日 大橋氏建立」と刻まれている。
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 石祠の裏にもう二基の石祠。

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 遠景。

磐裂根裂神社(亀和田町)

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 国道293号線例幣使街道脇、亀和田集落センターの隣に鎮座する磐裂根裂神社(鹿沼市亀和田町605)。

『主祭神 磐裂神、根裂神
 創立年代は不詳。往古は星宮と称し、日光例幣使からの奉幣があった。燈籠は明治三七(1904)年に深津傅之進が奉納。狛犬は昭和一三(1938)年に橋本為作が、鳥居は平成七年に氏子一同が奉納したものである。末社として稲荷神社(豊受姫命)と愛宕神社(火具土命)が鎮座する』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 狛犬。
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 拝殿。
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 社殿東から。
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 末社。
 稲荷神社と愛宕神社があるはずなのだが、どれがなにやら。

神明宮(亀和田町)

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 北赤塚の磐裂根裂神社と亀和田の磐裂根裂神社の中間辺りに鎮座する神明宮(鹿沼市亀和田町523)。
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 拝殿。
『主祭神 大日孁貴命
 徳川時代は大日堂として庶民の信仰を集めていたが、明治初年に至り、神明宮と改称、村社に列せられた。境内には四基の灯籠があり、二基は大正一五年に深津正一郎が奉納し、ほかの二基は平成六年に餘澤由右衛門が奉納したものである』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 狛犬。
 台座には明治三十七八年日露戦役紀念と刻まれている。
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 斜めから。
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 大日如来。
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 遠景。
 左が神明宮の鎮守の杜。右奥は愛宕神社の鎮守の杜。

磯山神社(磯町)

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 鹿沼市立南押原小学校の南西に鎮座する磯山神社(鹿沼市磯町66)。
 駐車場は表参道入口手前右側(上の写真の砂利部分)と社殿東側の社務所脇、それから西の鳥居前の三箇所。西の鳥居前は駐車場の看板が無かったので、もしかしたら違うかも知れないけど。
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 一の鳥居。
 参道脇には紫陽花が植えられており、雨期に入ると鮮やかに彩るのだそうだ。その頃にまた来て見るのも良いかもしれない。
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『主祭神  国造大己貴命
 配 神  伊弉冉命 大日孁貴命 木花咲耶比売命
 境内面積 4389.75坪
 社伝に九百九十三年前一条天皇の永延二年(988)九月高野下野藤原権介の創立にて當山明神と称し磯亀和田赤塚七ツ石羽生田の鎮守神であった。後館の堀鳥丸大納言郷の祈願所と伝えられる
 永禄十年(1567)十二月壬生城主壬生彦次郎藤原氏勝鰐口奉納、徳川将軍代々の崇敬の社にて慶安元年(1648)三代将軍家光公より高七石一斗余の朱印を附せられから代々の将軍より同待遇を受け神主金子氏別当円徳寺を以って本社に奉仕された
 享保元年(1716)十一月十五日神位守源宣旨正一位を授けられた
 明治五年(1872)第一区八小区の郷社に列格後行政区割の改正によって村社となった
 明治四十一年(1908)一月十七日女体神社西の割山の神明宮浅間神社合祀
 大正七年(1918)九月十一日幣帛神饌料供進指定
 昭和二十五年(1950)木羽葺であった本殿屋根を銅版に葺替えた
 昭和三十九年(1964)十月拝殿改築落成
 昭和五十五年(1980)十月本殿塗換える
 昭和五十五年十月二十九日』

『主祭神 大己貴命、須世理姫命、事代主命
 当社は永延二(988)年、高野下野藤原権助による創建で、当山明神と称した。永仁六(1298)年、西方城主西方遠江守烏丸景泰が宇都宮二荒明神を勧請合祀して祈願所とした。江戸初期に磯山明神と改称。慶安元(1648)年、将軍家光より高七石一斗余の朱印を付せられた。正月一五日頃の旧宮座の祭りと、例祭には奉納相撲がある』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 二の鳥居。
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 狛犬。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 本殿。
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 本殿裏から。
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 少し引いて斜めから。
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『栃木県指定有形文化財(建造物) 磯山神社本殿
 所有者 磯山神社 昭和62年4月17日指定
 寛文二年(1662)建造と伝えられる三間社流造で、建物全体が弁柄塗となっている。屋根は建造当初は檜皮葺だったものが、後に柿葺になり、さらに昭和二十五年に現在の銅板葺になった。
 基礎は布石で、身舎軸部は丸柱に土台を置き、頭貫には木鼻をつけ、三間とも板唐戸で、跳高欄■きの縁を三方にめぐらしている。斗栱は三斗組和様、中備えは板蟇股妻は虹梁に大瓶束の構えで、破風の流れが軽妙である。
 軸部、軒回り、破風、海老虹梁、懸魚、木鼻などの木部がよく残り、全体的に建造時代の形状を今日までよく伝えている』
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 お堂。
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 お堂裏には八坂神社や地蔵尊、勝善神などが並んでいる。勝善神の側面には天保十三辛寅年四月十八日と刻まれているが、天保十三年(1842)は壬寅のはず。
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 末社殿。
 左から八坂神社、天満宮、八幡宮、皇産霊神社、雷電神社、千勝神社、愛宕神社、琴平神社、稲荷神社、道祖神社。
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 土俵。
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 鹿沼市指定天然記念物である磯山神社の杉の案内板。
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 本殿西側に夫婦杉。
 その脇から西参道が伸びており、そちらから本殿裏に回ると御神木の杉が聳えている。社殿の周囲には浅い堀が廻らされており、館跡のようにも思えるが、さて、どうだろう。
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 西の鳥居。
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 東の鳥居。

稲荷神社(北赤塚町)

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 北赤塚町判官岱集会所から少し西に向かった場所に鎮座する稲荷神社(鹿沼市北赤塚町)。道端に駐めるのも何なので、集会所に駐めてから徒歩で。
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 北赤塚町判官岱集会所(鹿沼市北赤塚町847-4 )裏の石祠。
 地図には北赤塚町一区集会場と記載されているが、看板には北赤塚町判官岱集会所と書かれている。

水神宮(北赤塚町)

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 新田橋の西側に鎮座する水神宮(鹿沼市北赤塚1014)。
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 正面参道の入口にはテープが張られており、注連縄代わりなのか通行禁止なのかわからなかったので、遠くから。
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 水門の脇から水神宮前まで道があるようなので歩いて行ってみたのだが……
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 倒木で道が塞がれている。この先の階段を上れば水神宮なのだが、乗り越えるには微妙に高く、下をくぐるには狭いと言う絶妙なガード力に阻まれて断念。
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 新田橋跡。

愛宕神社(北赤塚町)

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 磐裂根裂神社からそう離れていない、日光西街道脇に鎮座する愛宕神社(鹿沼市北赤塚町954-8)。
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『主祭神 迦具土神
 社伝に清和天皇の御宇(858~76)の創立という。境内に八坂神社(須佐之男命)・大國魂神社(大国主命)・大日神社(大日孁貴命)を祀り、また、樹齢一五○年に及ぶ御神木がある』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 社殿斜めから。
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 後ろから。
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 東の鳥居。こちらの石段を上って行くと、境内末社の前に出る。
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 末社。
 左から大日神社、八坂神社、疱瘡神、三峰神社。
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 中央に寛政七年乙卯霜月造立の白雲山。その右に万延元年庚申(1860)九月二十九日造立の猿田彦大神。右端に甲子大黒天。左端は天明四甲辰(1784)十一月造立の石祠。
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 日清戦争徴馬記念碑の右には馬頭観音や馬力神などが並んでいる。
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 判官塚古墳側から見た愛宕神社の鎮守の杜。

磐裂根裂神社(北赤塚町)

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 日光西街道脇に鎮座する磐裂根裂神社(鹿沼市北赤塚町1053)。
 神橋の下には用水路が流れているが、幅は狭く、一歩で跨げる程度。
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 安政五戊午年(1858)正月造立の狛犬。
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 本殿覆屋。
『主祭神 磐裂命、根裂命
 地元では虚空蔵さまともいい、国土を護り貧窮を救う神、また山・天・農の神として信仰されている。また虚空蔵様の乗り馬が鰻とされることから、信者の多くは鰻を食べない。本殿の三枚の彫刻は、作者・年代とも不明。祭典には春祭りと秋祭りとがあり、おのおの四月と一一月の第一日曜日に開かれる』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 磐裂根裂神社の正面には判官塚古墳。
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 判官塚古墳から見た磐裂根裂神社の鎮守の杜。

金刀比羅宮(北赤塚町)

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 日光西街道脇に鎮座する金刀比羅宮(鹿沼市北赤塚町)。
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 木祠。
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金刀比羅宮(北赤塚町)

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 稲荷神社から少し東へ歩いていくと、十字路の角に金刀比羅宮(鹿沼市北赤塚町220)が鎮座している。

稲荷神社(北赤塚町)

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 天台宗烏丸山廣濟寺の南側に鎮座する稲荷神社(鹿沼市北赤塚町210)。
 鳥居は平成十六年(2004)五月の建立。
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 拝殿。
『主祭神 倉稲魂命
 由緒不詳だが、桃園天皇の宝暦四(1754)年六月六日に社殿を造営し、また文化五(1808)年九月一三日に円宗寺栄順が祭祀したことが、本殿の御扉に記されている。また、本殿の右・左・後側の胴羽目には仙女西王母を主題とした彫刻がある。これらは、江戸で彫物修行中の後藤周治正秀が三四歳の時に彫ったものである』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 社殿北側から。
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 昭和廿四年秋御道具修理寄附と書かれた芳名板が打ち付けられているので、祭具殿なのかも。
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 駐車場は無いので、鳥居前に駐車するしかない。
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 遠景。

天満宮(亀和田町)

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 国道352号線日光西街道と栃木県道3号宇都宮亀和田栃木線が交差する北赤塚十字路の北西に鎮座する天満宮(鹿沼市亀和田町187)。
 駐車場は無いので、道端の邪魔になり難い所に駐車。
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 参道。
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 拝殿。
『主祭神 菅原道真命
 創立年は不詳。往古、五代目壬生筑後守が、この地に社を建立して大神の御神霊を勧請し、鎮守として奉斎したもの。享保四(1719)年に、壬生鳥居丹波守が免税の届出をした。明治になって現本殿を造営。末社に稲荷神社(倉稲魂命)を祀る。また樹齢二百年におよぶ杉の御神木がある』(「栃木県神社誌」より抜粋)

 んー、壬生氏五代目と言うと壬生義雄(1552~90)かな。でも義雄は上総介のようだし、筑後守となると二代目の壬生綱重(1448~1516)になるのだろうか。
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 狛犬。
 台座には「盗難ニ遭ヒ再建ス 平成三年十一月吉日」と記されている。
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 稲荷神社。
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 八龍神社側からの遠景。

磐裂神社(下石川)

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 下石川公民館脇に鎮座する磐裂神社(鹿沼市下石川345)。
 五年前と特に変わったところもないので、銀残し(イエローフィルター)+ホワイトバランス調整(曇天)で古い感じの写真にしてみたり。

『主祭神  磐裂命、根裂命、経津主命
 本社の創立は不詳。中古、白川殿より正一位を賜わり皇宮大神と称す。明暦年間(1655~58)には祭田を廃し、毎年氏子応分に献穀して祭を行なったという。天保九(1838)年一二月一五日、本社を再建。明治四四(1911)年一一月九日、無格社の大神宮・琴平神社を合併。大正五(1916)年三月一三日、拝殿・幣殿を新築した』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 鞘殿。
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 金剛愛染尊・勢至大菩薩と石祠二基。
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 神輿庫。

根裂神社(上石川)

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 鹿沼市立北犬飼中学校の南東に鎮座する根裂神社(鹿沼市上石川1383-1)。
 こちらに参拝するのは五年ぶりか。前回はこちら
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 鹿沼市指定有形民俗文化財である天棚の案内板。
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 拝殿。
『鹿沼市上石川五四四
 主祭神  根裂命、磐裂命、天津瓊々杵尊
 配 神  大日孁貴命、素盞嗚尊、大山祇命、国常立命、火産霊命、罔象命、大雷命
 境内社  稲荷神社、大杉神社
 境外社  雷電神社、磯部神社
 由緒沿革 往古、石川村に三つの川があり、泉源星体を生じる三宝石があった。これを宝物として斎祀するという。また創立当時の碑石と思われる古石があり、表面に星空大明神、裏面に大同三(808)年とある。星を斎祀した故に星宮と称するのである。元久年間(1204~06)に火災にあい、久しく荒廃していたが、文禄二(1593)年に再建。奥平美作守が宇都宮城主になると社殿を再建し、鎮守神とし、尊崇した。嘉永二(1849)年九月二○日、神祇官公文所より神霊の奉遷があり、副翰を下付される。明治四○(1907)年五月三日、栃木県告示第二○六号をもって、神饌幣帛料供進の指定をうける。大正元(1912)年一一月五日付で長官の許可を得、大正元年十二月三一日、同所字中の磐裂神社、および境内社の大杉神社と足尾神社、字植竹の皇大神宮、字極瀬の皇大神宮、字寺前の皇大神宮、字東原道下の八坂神社を合祀。大正三(1914)年三月二○日付許可により、同年八月一五日、同所字和田の愛宕神社、および境内社の八坂神社を合祀。大正五年四月一日付許可により、同月二月八日、字児子沼の水神社、雷神社を合祀。大正八年六月二四日、拝殿と幣殿の新築を申請し、同九年二月三日付で許可、同一○年三月二六日に竣工届けを提出した。
 特殊神事  天祭 九月一日に境内地に建てた天小屋で、神々を招いて天災除けの祈祷をする』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 狛犬。
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 狛犬二号。
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 拝殿斜めから。
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 高野槇の根元に末社。
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 本殿裏手の末社群。
 前回の写真と見比べると毘沙門天が足りないような……あ、この倒れてるのがソレだ。

熊野山神社(上石川)

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 天満大威徳天神社のすぐ南隣に鎮座する熊野山神社(鹿沼市上石川)。
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 拝殿。
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 火除明神。
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 熊野山神社の南隣にもう一社鎮座しているのだが、こちらは何神社なのか不明。
 そしてこちらの鳥居もまた内宮源鳥居。
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 社名は記されていないが、神紋が陽刻されている。
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 丸に笹竜胆紋……ではなく、石川竜胆紋だろうか。

天満大威徳天神(上石川)

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 曹洞宗石雲山永林寺前の参道西側に鎮座する天満大威徳天神社(鹿沼市上石川)。
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 詳細は不明だが、石燈籠には慶應記元乙丑九月二十五日と刻まれているので、1865年より前の創祀となるだろうか。
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柴宮神社(上石川)

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 東原公民館のすぐ南に鎮座する柴宮神社(鹿沼市上石川646-2)。
 周辺の道は車一台分程の幅しか無いが、そうそう対向車に出くわすことも無い……と思う。
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 鳥居は形状を見るに、内宮源鳥居。上石川一区集落センターの鳥居は貫が失われていたが、あちらも同じタイプの鳥居だ。
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 拝殿。
 栃木県神社誌にこちらの記述は無く、ググってみても詳細不明。岩舟町静戸の宇都宮神社が古くは柴宮大明神と称していたが、何か関係あるのだろうか。
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 拝殿横から。
 大棟は正面から見ると左三つ巴紋が付けられているが、大棟獅子口には寿の文字が見える。
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 末社。
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 全景。

神明神社(深津)

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 上州屋ガソリンスタンドのすぐ南側に鎮座する神明神社(鹿沼市深津1192)。
 栃木県神社誌にはこちらの記述が無いのでググってみると……おや、神明神社ではなく山崎波満姫稲荷神社という名前が出て来たぞ。撮った写真を見返してみると、確かに石祠の中の木神札に山崎の文字が見える。こちらでは天照大神の他に山崎波満姫命なる神を合祀されていると言うことか。
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 末社。
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 全景。

八坂神社(深津)

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 鹿沼工業団地内下野新聞印刷センターのすぐ東側に鎮座する八坂神社(鹿沼市深津808)。
 奥にブルーシートが敷かれているが、以前はそこに鳥居が建てられていたようだ。現在は新たに建てる為の基礎工事中と言うところだろうか。まっすぐは進めないが、迂回路があるので参拝するのに問題は無い。
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 拝殿。
『主祭神 神速素盞嗚尊
 社伝によると、養老五(721)年、備後国深津郡の須佐能袁能神社を勧請したもので、往古より深津郷の産土神として鎮座した。天正年間(1573~92)に社殿を再建したという。明治時代に村社に列格。明治四四(1911)年七月一五日、一五社の神社を合祀。大正七(1918)年一○月八日、神饌幣帛料供進社に指定された』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 平成十六年(2004)十月造立の狛犬。
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 大正十四年(1925)四月造立の狛犬。
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 社殿横から。
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 護国神社。
 その右側に文政十三寅年(1830)三月造立の白雲山、明治三十年(1897)十二月位造立の磯部神社、同じく明治三十年十二月造立の大杉神社。
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 左から雷電神社、天満宮、粟嶋神社。
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 神楽殿。
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 東参道側の社号標石。

日吉神社(上石川)

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 鹿沼インターチェンジの南側に鎮座する日吉神社(鹿沼市上石川1171)。
 駐車場は無いので、上石川一区集落センターに車を駐めてそこから徒歩で。
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 拝殿。
 栃木県神社誌にはこちらの記述が無いのでググってみたが、やはり詳細不明。図書館で鹿沼市史でも見れば載っているのだろうか。
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 狛犬。
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 冨士浅間神社と八幡神社。
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 稲荷神社。
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大杉神社(上石川)

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 上石川一区集落センター(鹿沼市上石川1257)前に建てられた鳥居。
 八角形の柱や斜め切りの笠木、貫は失われているが板状であることなどから見て、内宮源鳥居(または外宮鳥居とも)になるのだろう。
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 集落センター裏の倉には大杉神社御輿殿と記された扁額が打ち付けられている。隣の石祠が大杉神社なのだろうか。また、その隣には甲子大黒天が祀られ、明治二十五年十一月と刻まれている。
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 北東から。
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 鳥居を南から。

下奈良部町磐裂神社

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 南上野町の星宮神社の北東400m程に位置する磐裂神社。
 右側に見える石祠には雷電大神・豊年大神・八坂大神と書かれた木札が収められていた。
 こちらの神社は文永元年(1264年)に再建されたとのことなので、創建はそれよりも古くなるのだろう。また古くは星宮と称し虚空蔵菩薩を祀っていたそうだが、明治初年に磐裂神社に改称したのだそうだ。
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 参道は綺麗に掃き清められていた。
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 拝殿。
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 本殿脇に境内社群。
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 反対側にも境内社。

南上野町星宮神社

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 大和田町の星宮神社から直線距離でおよそ600m程北東にもう一つ星宮神社がある。
 敷地は大分広いようで、右奥の方にも鳥居が見える。
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 境内。
 二の鳥居は白木造りの神明鳥居。
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 参道の左側にプレハブがあり、その裏手に境内社群。
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 参道から右側に外れるとこちらにも境内社。
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 狛犬。
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 裏手より。
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 三の鳥居・・・に、なるのかな?
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