武蔵一之宮小野神社(一ノ宮一丁目)

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 聖蹟桜ヶ丘駅の北西500m程の位置に鎮座する小野神社(多摩市一ノ宮1-18-8)。
 こちらの神社は大宮の氷川神社と共に武蔵国一宮を称している。公式サイトはこちら
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 随神門と狛犬。
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 随神。
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 随神門のあちこちに彫刻が施されている。
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 西面の彫刻。
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 南面の彫刻と北面の彫刻。
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 門に入ると左右に雷神と風神の彫刻。
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 玄武。
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 東面には虎の彫刻と龍の彫刻。
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 随神門を抜けると広い境内。
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『東京都指定有形文化財(彫刻) 木造随身倚像
 所在地 多摩市一ノ宮一丁目18番地8
 指定  昭和五十年二月六日
 小野神社の起こりは古く八世紀中頃とも言われ、中世には武蔵国衙に近在する筆頭の神社、武蔵一宮であった。
 武蔵一宮小野神社については現存する史料が極めて乏しい中で、昭和四十九年にこの随身倚像に墨書銘があることが発見された。
 墨書銘によれば、この二軀にうち古い方の随身像は、元応元年(1319)因幡法橋応円・権律師丞源らにより奉納されたもので、その後、寛永五年(1628)に相州鎌倉の仏師大弐宗慶法印によって彩色などの補修が行われ、その際新しい方の像が新調されたことを伝えている。
 どちらも檜材、寄木造、胡粉地に彩色が施され、頭部は挿首、玉眼。
 都内では、室町時代以前の随身像は数少なく、また武蔵一宮小野神社の歴史を伝える数少ない資料の一つとして貴重な文化財である。
 平成十三年三月三十一日』
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『延喜式内 武蔵国一之宮 小野神社
御祭神
 天乃下春命
 瀬織津比咩ノ大神
 伊弉冉尊
 素戔嗚尊
 大己貴大神
 瓊々杵尊
 彦火火出見尊
 倉稲魂命
末社
 伊勢神宮内宮
 伊勢神宮外宮
 三嶋神宮
 八坂神社
 愛宕神社
 安津神社
 日代神社
 鹿島神社
 子安神社
 嚴嶋神社
 方便神社
 秋葉神社
 稲荷神社
 堰宮神社
例祭
 元旦祭    一月一日
 節分祭    二月節分
 初午祭    二月初午
 祈年祭    二月第二日曜日
 末社祭    四月第一日曜日
 六所宮神幸祭 五月五日
 例大祭    九月第二日曜日
 新嘗祭    十一月第二日曜日
 除夜祭    十二月大晦日』
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 拝殿。
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 狛犬。
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 本殿。
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 少し引いて。
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 稲荷大神宮。
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 末社殿。
 左から八坂神社、愛宕神社、日代大神、方便神社、子安神社、安津神社、厳島神社、三嶋神社、鹿島神宮、天照皇大御神・豊受姫大神が祀られており、末社殿の右に見える赤い小祠は秋葉大権現。
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 末社殿の中に堰宮神社の名は見当たらなかったが、こちらが堰宮神社なのだろうか。
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 絵馬掛所の脇に注連縄を巻かれた石があるが、こちらはなんなのだろう?
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 南門。
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 南の鳥居。
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 川崎街道に面して建てられた参道入口の標石。
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関戸九頭龍神社(関戸四丁目)

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 聖蹟桜ヶ丘駅の南東に鎮座する九頭龍神社(多摩市関戸4-19-2)。
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 由緒書き等は見当たらないのでググってみると、創建時期は不詳だが中世の頃、大洪水により川上から九つの頭を持つ龍のようなものが流れ着き、それを御神体として祀ったのが始まりであると伝えられているようだ。また、何故か歯痛を治す神としても崇められているのだとか。


 以上で3月30日参拝分終了。
 この後は秋葉原から東京スカイツリーまで歩いて行ったりもしたせいか、ケータイのウォーキングカウンターを見るとトータルで44,602歩ほど歩いていたようだ。
 使用機材はK-5IIsにDA18-55mm WR。Coolpix P7100。
 今回撮ったものを見返してみると、どうもDA18-55mm WRはK-5IIsで使うには力不足(主に解像力的に)であるように感じられる。とは言えどのレンズを購入するかと考えると、悩むなぁ。18-70mmくらいをカバーして、歪曲収差が少なく、防塵防滴で、F4より明るければ文句は無いんだけど、そんな都合の良いの無いし。

十二神社(和田)

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 野猿街道殿田橋交差点の北西、日蓮宗経王山大乗寺の隣に鎮座する十二神社(多摩市和田1525)。
 奇しくもこの日十二番目に参詣したのがこちらになる。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 社殿斜めから。
 拝殿の近くを通るたびにセンサーが反応してピンポンピンポンと鳴り響くのはいささかうんざりする。
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『鎮守十二神社由緒
 太古の昔縄文時代と呼ばれる頃、この和田村には多くの人々が集落を作り暮らして居た遺跡が数多く発掘され少し小高い大地に清らかな水にと豊かな生活が始まっていた事が知られる。その後、神聖な場所として多くの古墳が営まれ、後に国分寺の造営が始まるや、上り釜を築いて瓦の生産が営となまれた遺跡や鉄を鍛えた遺跡など、先人の残した足跡が随所に見られる。鎌倉時代から南北朝を過ぎ、統一国家の始まりを告げるこの頃「応永二十七年二月(1420)和田郷の北の小高い丘にこの郷を守護するに相応しい社が創建されたと記録は伝えている。南に「愛宕神社」を戴き安穏な村はこの様に早くから栄え「天文三年(1534)、文禄三年(1594)、寛永十四年(1637)御検地」には今と殆ど変わらない耕地を拓き、その度の御検地でも縄入れずと広大な社地と山林は免租地として認められてきたのである。社地は壱反七畝十七歩と壱反六畝五歩があって多摩市の中で二番目に広い境内地を有している。
 日清、日露、前の大戦にこの社に武運長久を祈願し戦陣に赴いた事もそう遠い事ではない。秋にはお籠りと称して舞台をひつらえ親戚縁者を招き御馳走を持って一夜を過ごし村人の憩いの場としての社でもあった。
 昭和廿六年頃故あって社叢の老杉を伐採した事はその時代の混乱を意味する事なのでしょう。その後参道を整え石階を造り環境に配慮し村人の参詣しやすい場として氏子を束ねる人達が常に先頭に立ち実行されてきました。江戸時代まで長い年月掘っ立柱の社でしたから歴史と共に祖先の苦労が偲ばれます。
 元日を初め七五三の祝いなど家の慶事には親族手を携えて詣で神と共に在った事が理解されます。
 今年は当郷民念願の社殿の再建が成就しこれを記念する石に刻して後世に伝えるものです。
 平成十八年九月吉日』

 ……御祭神が書いてないヨー? なのでいつものようにググってみると、熊野十二所権現であるようだ。

天満宮(和田)

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 野猿街道の脇、中和田天神バス停留所そばに鎮座する天満宮(多摩市和田1025-11)。
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『中和田天満宮由緒
 太古よりの段丘の中腹に伏流水が湧き出で「おみたらし」状を呈していた処に旧北野村より移り住んだ人が故郷の天満宮を村人と計り勧請したと和田村旧記は伝えている。神と水は不可分であるが、この条件を満す社は近郷で当社のみである。一段と高い所にある社殿は寛永三年(1626)の創建である。新編武蔵風土記稿に寛永九年とあるが誤読で赤外線写真での確認である。
 旧和田村は江戸時代末期まで戸数は拾五軒ほどの村であったが明治初年頃より人口も増加し現在の活況を呈する様になった。平成の初めの頃か古棟札は失われてしまったが各所に大木の切り株や都道改修の際まで旧参道に梅の老大木が緑のトンネルの如く茂り古社の雰囲気であったが、その姿も今は失われ、古来の産土神とし、また学問の神天地の神五穀豊穣、身体安全の守り神として広く崇敬を集め、今は鳥居を結界として石段より上方が神域となった。平成十八年(2006)御鎮座三百八十年を記念して社殿の再建と覆屋の改修も完了し、何時までも平和で安穏な日の続くことを希い、当社の由緒を識しおくものである。
 平成二十年二月神吉日』
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 社殿。
 石燈籠には安永元年壬辰十二月建之と刻まれているので1772年のもの。
 左奥にも祠が見えるが、そちらは隣家の敷地であるようなのでパス。
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