寄木神社(東品川一丁目)

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 州崎公園の西側に鎮座する寄木神社(品川区東品川1-35-8)。
 日本武尊東征の折、荒海を鎮めるために入水した弟橘媛の船の残木を拾い上げ、これを祀ったのが始まりであるとのこと。主祭神は日本武尊と弟橘媛の二柱。
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 石段の左側には栄亀大明神。
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 石段脇の狛犬。
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 拝殿。
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 昭和六十三年(1988)三月造立の狛犬。
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 文政十一戊子年(1828)五月造立の狛犬。
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 大正二年(1913)三月造立の狛犬。
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 稲荷神社鳥居。
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 稲荷神社とお狐さま。
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 品川区指定有形文化財「鏝絵天鈿女命功績図」案内板。
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 品川区指定有形文化財「添浦高札(一)」案内板。
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 社殿斜めから。
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北浜三社稲荷神社(北品川二丁目)

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 北浜公園の南東側に鎮座する北浜三社稲荷神社(品川区北品川2-28-9)。
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 社殿の脇に双体道祖神。
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稼穡稲荷神社(北品川二丁目)

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 品川区立品川図書館の脇に鎮座する稼穡稲荷神社(品川区北品川2-32-3)。
 銀杏の案内板はあれども神社の案内板は見当たらないのでググってみると、鹿児島藩島津家の抱屋敷(安永九年(1780)に分家である日向国佐土原藩八代藩主島津淡路守久柄に譲渡され、後、嘉永六年(1853)に豊後国森藩々主久留嶋家の家臣である有冨玄説の所有となるが、その二年後の安政二年(1855)には売却されている)に祀られていた稲荷社であるとのこと。
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 二の鳥居と社殿。
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『品川区指定天然記念物 稼穡稲荷のイチョウ
所在 北品川二丁目三十二番地三号 稼穡稲荷社
指定 昭和五十三年二月十四日(第四号)
 イチョウはイチョウ科に属する落葉の高木で、高さ三十メートルにもなり、葉は扇形で秋に黄葉する。雌雄それぞれ別の木となる。
 本樹は雄樹で、幹の囲りは四・一メートル、高さは二十三メートルもあり、推定の樹齢は五百年から六百年である。木の勢いも盛んで、姿も整っており、本区内のイチョウの中でも屈指の巨木である。
 本樹は、長い間稼穡稲荷社の神木として保護されてきた古木で、遠くからの景観も大変美しい木である。
 平成七年三月三十一日』
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荏原神社(北品川二丁目)

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 目黒川に架かる鎮守橋のすぐ北側に鎮座する荏原神社(品川区北品川2-30-28)。
 七五三の時期だけあってか、この橋の上で記念撮影をしている親子連れもちらほらと見受けられた。
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 鳥居。
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『明治天皇と荏原神社 内侍所御奉安所史跡
 明治元年七月二十七日明治天皇江戸を東京と改め帝都を東京に移すと詔す。この年九月二十日天皇内侍所(今日の宮中賢所)を相具し奉りて京都御発輦諸官三千三百人を従えて陸路東海道を東京へ向われた。下って十月十二日朝神奈川駅御発輦川崎梅屋敷にて御小憩の後午後三時頃当荏原神社に御着輦本社幣殿に内侍所を拝殿に御羽車を御奉安遊ばされた。翌明治二年三月二十七日明治天皇御再幸の節も内侍所を当社に御奉安せらる。この両度の内侍所御奉安所に使用せられた建札はじめ菊花御紋章の高張提灯その他調度品を当社に御下賜せられ今日に至るまで用いられている次第である。明治五年京都に在せし英照皇太后東京へ行啓の際明治天皇は御出迎えのため御通輦の途次当社をもって御休殿に充てられし事は重なる光栄とするところである』
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 恵比寿様。
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 拝殿。
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『祭神 高龗神 須佐之男命 天照皇大神 豊受姫命 天手力男命
 郷社荏原神社は元明天皇御代和銅二年(709)九月九日の創立にして明治元年(1868)十月十二日明治天皇御遷都の際畏くも内侍所御鎮座あらせられし所なり
 例祭は毎年六月六日より九日迄小祭は毎月九日』
 詳しいことは荏原神社公式サイトで。
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 狛犬。
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 屋根の上からは龍の頭が下を覗き込んでいる。これ、胴体の部分とかどうなってるんだろ。
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 末社の鳥居。
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 左から八幡宮、稲荷神社、熊野神社。

三岳神社(南品川二丁目)

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 京急本線新馬場駅南口のやや南東に鎮座する三岳神社(品川区南品川2-12-10)。
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 扁額には三岳神社とあり、その左右に大山祇命と倉稲魂命の名が記されている。
 三岳(みたけ)は御嶽(みたけ)の文字が変わったものだろう。こちらの神社はGoogle Mapには阿那稲荷神社とも御嶽稲荷神社とも記されているので、御嶽・稲荷共に品川神社境内にある御嶽神社と阿那稲荷神社からの分霊であるのだろうか?
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 お狐さま。
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 稲荷神社と御嶽神社の名が刻まれた石碑と、その脇に狛犬らしきものがある。

寶藏稲荷神社(南品川四丁目)

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 時宗深広山無涯院海蔵寺の境内に鎮座する寶藏稲荷神社(品川区南品川4-4-2)。
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『寶藏稲荷神社縁起
 當稲荷社は稲荷の神と同一とする夜叉神の吒枳尊天を本尊とする明治二十三年(1890)九月町内稲荷講中により旧跡に再建され火防の稲荷として霊験あらたかで土地の人々の安全守護神として尊崇され春秋二季に大祭が盛大に行われる』
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 小さなお狐さま。
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 少し角度を変えて。
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 先代のお狐さまかな。
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 海蔵寺境内。
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『品川区指定史跡 海蔵寺無縁塔群(首塚)
 所在 南品川四丁目四番二号 海蔵寺
 指定 昭和五十三年十一月二十二日(第十四号)
 山門を入って右手奥の塚は江戸時代、品川にあった溜牢(牢屋)でなくなった人々の遺品を集めて、宝永五年(1708)に築かれたものです。鈴ヶ森刑場で処刑された人の遺骨の一部も埋葬され、「首塚」と呼ばれるようになりました。また、この塚にお参りすると頭痛が治るということから、古くより「頭痛塚」とも呼ばれています。この塚には天保の大飢饉(1833~39)で亡くなった二百十五人を祀る「二百十五人塚」も合葬されています。
 このほか、当寺院には慶応元年(1865)に建立された「津波溺死者供養塔」や、大正四年(1915)の「京浜鉄道轢死者供養塔」などがあります。いずれも引き取り手のない死者や不慮の死をとげた者の霊を供養してきたため、本寺は俗に品川の「投込寺」と言われました。
 平成六年十月三十日』

東關森稲荷神社(南品川四丁目)

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 松下稲荷神社の北西に鎮座する東關森稲荷神社(品川区南品川4-17-8)。
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 由緒等を記したものは見当たらなかったのでググってみると、元々こちらには熊野神社があり、後に稲荷神社を合祀して宇迦之御魂神・伊邪那岐命・伊邪那美命の三柱を御祭神としているとのこと。また、古くは稲荷森稲荷と称しており、稲荷森(とうかもり)が東関森(とうかんもり)に転訛して現在の社名になったようだ。大井町駅と西大井町駅の中間辺りにも東関森稲荷神社があるが、そちらから分霊したものであるのだろうか。

松下稲荷神社(南品川五丁目)

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 品川第二地域センターの西隣に鎮座する松下稲荷神社(品川区南品川5-3)。
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 アーケード付きの神社と言うのも珍しいような気がする。
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諏方神社(南品川二丁目)

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 青物横丁駅の北東に鎮座する諏方神社(品川区南品川2-7)。
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 鳥居。
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 拝殿。
 案内板等は見当たらないのでググってみると、諏方神社の北西側すぐの場所にある顕本法華宗鳳凰山天妙国寺の開基である天目が、自身の生国である信州から諏訪神社を勧請して弘安年中(1278~87)に創建されたと伝えられているのだそうだ。ちなみに天妙国寺の創建は弘安八年(1285)であるのだとか。
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 天保二辛卯年(1831)六月造立の狛犬。
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 いつ頃造られたものなのかはわからないが、獅子や龍の彫刻が施された石燈籠。
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 稲荷神社。

千躰荒神堂(南品川三丁目)

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 青物横丁駅の東側に鎮座する曹洞宗龍吟山海雲寺(品川区南品川3-5-21)。
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 千躰荒神堂。
 Lightroom5のUpright機能を使ったら右端が切れちゃったけど、んー、まぁいいや。
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 品川区指定有形民俗文化財である千躰荒神堂奉納扁額の案内板。
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 烏瑟沙摩明王堂。
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 明王堂の裏に海雲寺鎮守稲荷所在地跡碑。
 先の幸稲荷が古くはここにあったのかな? とも思ったが、考えてみれば幸稲荷のある場所は海晏寺へ向かう道の途中だった。とすると、違うのか。
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 役小角像。
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 その左下には元文二巳年十二月(1738)造立の三寶大荒神。

幸稲荷神社(南品川三丁目)

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 京急本線青物横丁駅の南側に鎮座する幸稲荷神社(品川区南品川3-3)。
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 ストリートビューを見ると、2009年とは周囲が少し変っているのがわかる。
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 お狐さま。
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