白山神社(八千代町袋)

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 八千代町立東中学校の約500m程西に鎮座する白山神社(結城郡八千代町袋162)。
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 拝殿。
 石燈籠には「遷宮記念 昭和五十二年四月吉日」と刻まれている。1977年にこちらに移って来たことになるが、以前はどこにあったのだろうか。
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 御神木かな。

 以上で1月25日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA15mmとFA31mm、FA77mm。K-7にDA20-40mm。
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香取神社(八千代町今里)

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 今里生活改善センターの北側に鎮座する香取神社(結城郡八千代町今里16)。
 鳥居は平成二十四年(2012)三月の建立。
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 参道。
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 拝殿と平成二十三年十二月造立の狛犬。
 左手前の石燈籠は文化二乙丑年(1805)十月の造立。
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 斜めから。
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 末社殿。
 左から三王神社、三峯神社、二荒神社、八幡社、不明、不明、天神社、不明、高霊社。

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 大師祠。
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 旗竿の横に不動祠。その隣には庚申塔と馬頭観音。
 左奥に見える青い建物は上記の大師祠。

八幡神社(八千代町川尻)

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 八千代町立東中学校の約600m程北東に鎮座する八幡神社(結城郡八千代町川尻900)。
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 拝殿と平成九年(1997)九月造立の狛犬。
 赤松本家屋敷跡地に建てられた石碑には、観応の擾乱(1350~52)で敗れた赤松祐弁が当地に落ち延び、後に館地内に八幡宮を勧請したと記されているので、創建時期は南北朝時代になるのだろう。
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 西側から。
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 なんだろうコレ。宝塔かな?
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 平和の碑。
『川尻平和の碑は川尻出身及び川尻在住の元出征軍人により計画されました。
 戦後既に四十年の歳月がすぎた今日、共に出征軍人として戦場において武運に恵まれず、尊い生命を失った郷土の勇士の慰霊とその遺徳を永く後世に伝えると共に、あらゆる困苦に堪えて帰還せる者の従軍の記念を、又更に今後あのような戦禍がくりかえされないように世界の平和を祈願して八幡神社の境内に建立するものです。
 昭和六十年三月吉日』
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 八幡神社の南西に位置する赤松本家屋敷跡地。奥に見える杜が八幡神社。
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『赤松本家屋敷跡地
 川尻赤松氏は播磨国守護赤松氏(村上天皇の末裔)一族の権律師祐辨を始祖とすという。
 祐辨は室町時代初期の人にて、観應の擾亂の敗者として川尻村に隠棲す。後に圓福寺再興に盡力し、また己の館地内に八幡宮を勧請す。子孫代々川尻村に住し、季範、祐俊、高海の三代に亘り、古河公方に忠勤を勵む。
 川尻不動院は季範の創建するところなり。高海は下妻多賀谷氏の旗下に属し、常總の野に勇名を轟かす。その子常範は元亀二年(1571)の後北条氏下妻来攻に際し、古澤村にて大功あり。佐竹義重と多賀谷政経より感状を授與され、同村を賜る。これより古澤氏とも稱す。江戸時代には豊田郡に豪農として家門繁栄す。明治十四年(1881)、赤松新右衛門は飯村丈三郎等と宗道村に同舟社を創立し、常總の自由民権運動の魁をなす。明治二十三年(1890)に帝国議会開設さるるや、新右衛門は第一回総選挙に於て衆議院議員に選出され、大成会に属し活躍す。
 名門赤松氏は昭和六十一年(1986)二十五世赤松光子を以って長年に亘る歴史を閉じる』
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鹿嶋神社(八千代町野爪)

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 鹿嶋神社(結城郡八千代町野爪430)の一の鳥居。
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 参道左手側に八龍神社。
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 参道。
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 平成二十五年(2013)七月造立の狛犬。でかい。
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『鹿嶋神社とその文化財
 鹿嶋神社は、平安時代初期の大同元年(806)に藤原鎌足の後裔藤原音麿によって、常陸国一の宮の鹿島神宮の神霊が、当地に分祀されたのに起源する。
 鎌倉時代以降、結城家代々の尊崇を受け隆盛をみるが、度重なる戦乱や天災に遭遇し、社殿喪失の憂目をみている。しかし、結城家一族や地域の人々の信仰に支えられ、また当神社の神官の献身によって再建され今日に至って居る。江戸時代には、真壁郡下十六ヵ村の郷社として崇拝されてきた。当神社の歴史的社会的役割は、幕府からも高く評価され、慶安元年(1648)の家光将軍からの発給を初めとして、合わせて九代の将軍から朱印状が授与されている。
 当神社は創建以来、祭祀の場にふさわしい静寂な神域を保持し来たり、社殿も整備され数々の社宝が伝承されてきているが、それらの中から、これまでに次のものが、八千代町文化財の指定を受けている。

指定第二号(工芸品)銅鋳製鈴一口
 延文二年(1357)の銘があり、祭祀に際し神霊を振起させるための神具である。
指定第二七号(史跡)鹿嶋神社境内及び木立地一円
 創祀以来の清麗な神域が今日まで残されている。
指定第二八号(建造物)鹿嶋神社本殿一宇
 天明三年(1783)の再建であるが、雄渾な三手先斗栱の組物や精緻な装飾彫刻が各所にみられる。
指定第二九号(彫刻)随身像二軀
 製作技法や立纓などから室町時代の作とみられる森厳な坐像である。
指定第三○号(古文書)朱印状九通・朱印地絵図二面
 九代の将軍の朱印状が完全な状態で保存されていて、貴重である。
 平成六年三月』
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『常陸国十六郷総鎮守 鹿嶋神社御由緒
一、御祭神 武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比咩大神
一、由緒沿革
 当社の創建は古く、奈良朝時代と云われている。社伝によると平城天皇の御代、大同元年(806)大織冠藤原鎌足公の苗裔藤原音麻呂、常陸国一の宮鹿嶋神宮の御分霊を迎へて之の地に奉斎し子孫代々祀事する。承平五年(935)五月平将門の乱の兵火により社殿炎上する。将門記にある野本の戦いは即ち之である。
 永享十二年(1440)結城合戦の折にも社殿炎上した、然るに結城城主は代々当社を崇敬すること殊に厚く十一代氏朝公は直ちに小川城主小川弾正又五郎を作事奉行として宝徳二年(1450)社殿を再建造営し、奉謝の誠を捧げた。
 安永元年(1772)八月大風災により社殿大破に及び安永七年(1778)起工、寛政元年(1789)九月竣工正遷宮を厳修する現存の本殿は之である。
 慶長十九年(1614)徳川家康公は伊奈備前守に命じて当社の由緒を調閲せしめ寄付地を寄進せられた。次いで慶安元年(1648)八月三代将軍家光公は神官大久保治部守藤原政植の時代、御朱印地社領石高十五石を寄進せられた。以後代々の将軍も先規に任かせ社領を寄進され、その御朱印状判物等今もって現存する。
 寛永二年(1625)二月神祇官は正一位鹿嶋大明神の神位を進奉せられた。
 明治以前は社中境内七千七百坪を有し十六郷総鎮守旧郷社として近郷の信仰の中心であった。明治四十年(1907)七月川西村神餞幣帛料供進神社として縣より指定される
一、境内社
 別雷神社  稲荷神社  息栖神社
 八幡神社  大山祇神社 大杉神社
 三日月神社 天神社   十二所神社
一、祭日
 元旦祭  正月元旦  節分祭 二月三日
 神武祭  四月三日  夏越祭 七月三十一日(輪くぐり)
 祇園祭  八月一日  七五三祭 十一月十五日
 御化粧式 十一月二十一日~二十三日夜
 秋季大祭 十一月二十四日 太々神楽』
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 二の鳥居。
 左手側に聳えているのは夫婦杉。
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 手水舎と……手前のこれはなんだろう?
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 祓戸乃大神。
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 手水舎の横には改修記念碑が建てられている。
『常陸国十六郷総鎮守 鹿嶋神社平成の大改修事業記念碑
 鹿嶋神社の創建は古く奈良朝時代と云われている。社伝によると大同元年即ち第五十一代平城天皇の御代、常陸国一の宮鹿島神宮の御神霊を藤原音麿公がこの郷に奉斎し、当地方発展の基を築きました。降って承平五年平将門の兵戦にあって社殿炎上、さらには永享十二年結城合戦の折にも戦のちまたとなり社殿記録等を焼失してしまいました。しかし、結城十一代城主氏朝公は神威をおそれて直ちに社殿を再建造営し奉謝の誠を捧げましたことは歴代城主の尊崇のいかに篤かりしかを物語るものであります。
 爾来十六郷総鎮守として、徳川三代将軍家光公より以下代々将軍の代る度御朱印地十五石を寄進され、諸産業、安産守護の霊験あらたかなりとして年々神徳隆盛をきわめて参りました。
 此度本殿をはじめ随神像、御朱印状、唐鈴境内地等が八千代町の文化財並びに史跡として指定を受け今更ながら当社の歴史の重みを感ずる次第であります。然るに近年社殿の老朽化が進み憂慮に堪えず、ここに平成の大改修を計画し拝殿の一部増築並びに屋根銅板葺に改修し大神の神威と祖恩に応えんと奉賛の会を起し、広く氏子崇敬者にその意を訴え浄財をえて、今日その事業を完成しこの豪壮華麗な社殿を永く子孫に伝えるべくここに記念碑を建立する。
 平成八年三月吉日』
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 三日月神社。
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 拝殿。
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 本殿。
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 末社群。
 左から不明(社名は刻まれているが御幣で隠れていて見えない)、十二所神社、合祀社(大杉神社・大山祇神社・八幡神社・愛宕神社・息栖神社・稲荷神社・別雷神社)、影向石、天満宮。
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 境外には伊賀神社。
『伊賀神社御由緒
一、御祭神 鹿嶋神社神官 大久保伊賀守藤原政重命
一、御創建 昭和三年(1928)十一月二十一日鎮座 氏子崇敬者の浄財により奉建する。
一、御神徳 神道の修行に励み諸神秘の極意を究め特に安産、疳虫除、水子供養の守護神として信仰されている』

八坂神社(八千代町坪井)

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 坪井研修センター脇に鎮座する八坂神社(結城郡八千代町坪井)。
『八坂神社再建記念
 八坂神社の御祭神は素盞嗚命・櫛稲田姫命・八柱御子命の御三神で、古来祇園天神の名で崇められ、祇園祭りで親しまれて来ました。
 当社の創建は詳らかではないが由緒沿革等より推察するに、五百有余年の昔、私達の祖先は悪疫退散、郷中安穏、一家繁栄を祈願して、京都八坂神社より祇園天神の御分霊を勧請してここ坪井の地に奉齋、鎮守の社として崇敬してきました。
 然るに長い年月と、その間の風雪のため社殿は甚だしく傷み、氏子一同は恐懼憂慮してしまいました。
 この度大神様の神恩と祖先達のみ心に応えようと奉賛会をおこし、広く同感の士にその意を訴え、浄財を寄進し、御社殿を再建しました。
 後世子孫の鑑となるべく由来を誌して、ここに記念の碑を建立する次第です。
 昭和五十八年二月二十日』
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 大師祠と不動祠……かな。
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 茨城県道136号高崎坂東線を挟んで西側に鎮座する祠。何神社なのかは不明。

鷲神社(八千代町高崎)

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 鬼怒川西岸に鎮座する鷲神社(結城郡八千代町高崎1018)。
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 参道右手側に石祠一基と不動明王。不動明王は享保四己亥年(1719)二月の造立。
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 邦君仁政社。背面には「萬延元庚申冬十二月吉旦 佐倉領高崎村 萬民敬樹」と刻まれているので1860年のものであるのはわかるのだが、邦君仁政社ってなんだろう? 佐倉藩主の仁政を讃えたものだろうか。この当時だと安政六年(1859)に堀田正倫が佐倉藩主になっているか。それとも藩主ではなく徳川家茂か孝明天皇のことなのかな。
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 拝殿。
 右端の水盤には享保四年三月の文字が刻まれている。
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 本殿。
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 左から大杉神社、天神神社、八幡神社。

十二所神社(八千代町大渡戸)

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 クリーンパークきぬの南に鎮座する十二所神社(結城郡八千代町大渡戸66)。
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 七■神社。
 ■はムの部分が大きく右に張り出しているが、おそらく鬼の異体字であるように思える。とすると七鬼神社だろうか。
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 拝殿。

十二所神社(八千代町大里)

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 大里集落センター脇に鎮座する十二所神社(結城郡八千代町大里96)。
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 拝殿。
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 いくつか祠や神輿などが見えるが、何神社が合祀されているのかなどの詳細は不明。
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 昭和五十九年(1984)十二月造立の狛犬。

 ここから西へ向かって行くと流原湖の南に神明宮があるのだが、見落としていた○刀乙

浅間神社(八千代町高崎)

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 浅間神社古墳(結城郡八千代町高崎)。
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 鳥居。
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 墳頂に鎮座……はしていないな、うん。嘗てはここに神社があったのだろうが、今は見ての通り。
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 古墳の麓に転がる浅間大神。

久下田神社(八千代町久下田)

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 川西郵便局の西に鎮座する久下田神社(結城郡八千代町久下田169)。
 表からは入れないので、神社裏の久下田農村公園に駐車。
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 拝殿。
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 昭和十二年(1937)六月造立の狛犬。
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 賽銭箱のそばに置かれたマネキンの首。
 疚しいことをしていなくても、こんなのがあったらビクっとするわー。
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 社殿斜めから。
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 本殿。
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 御神木の皁莢。その右の祠の中には如意輪観音。
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 庚申塔。

山王愛宕神社(八千代町瀬戸井)

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 山王愛宕神社(結城郡八千代町瀬戸井678)。
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 熊野神社と神明神社。残りの石祠は不明。
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 生駒神社。
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香取神社(八千代町佐野)

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 真言宗豊山派菩提山円満寺(結城郡八千代町佐野355)の南に鎮座する香取神社(結城郡八千代町佐野)。
 この鳥居は昭和三年(1928)五月の建立。
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 拝殿。
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 平成十九年(2007)一月二十三日造立の狛犬。
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 円満寺。

香取神社(八千代町瀬戸井)

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 川西地区運動広場の西北に鎮座する香取神社(結城郡八千代町瀬戸井306)。
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 拝殿。
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 村取稲荷社と白山神社。

愛宕神社(八千代町新井)

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 川西地区運動広場のやや東に鎮座する愛宕神社(結城郡八千代町新井442)。
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 拝殿。
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『愛宕神社再建記念碑
愛宕神社の御祭神は軻遇突智神、又の名を火産霊神と申し上げ古来より霊験あらたかな火伏の神様として広く信仰されてきました。当社の創建は詳らかではないが由緒沿革等より推察するに五百有余年の昔、私達の祖先は五穀豊穣郷中安全子孫繁栄を祈願して、ここ新井の地に奉斎鎮守の社として崇敬してきました。然るに幾星霜を経た今日御社殿は風雪のため甚だしく傷み、氏子一同は恐懼憂慮してしまいました。この度大神様の神恩と祖先達のみ心に応えようと氏子一同相計り奉賛の会をおこし広く同感の士にその意を訴え、浄財を寄進して御社殿を再建しました。後世子孫の鑑となるべく由来を誌しここに記念碑を建立する次第です。
 昭和五十八年七月二十四日』
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 庚申供養塔と大日如来。

惣前神社(八千代町平塚)

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 八千代町立下結城小学校の北側に鎮座する惣前神社(結城郡八千代町平塚3428)。
 御祭神は保食神であるそうなので稲荷系の神社であるのだろうが、社名の由来や創建時期、由緒沿革等は不明。
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 拝殿。
 大棟には惣前の文字と右三つ巴紋が見える。稲荷系で三つ巴紋は珍しくはあるが、他に例が無い訳でもない。
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 惣前神社事蹟碑と思兼大神。
『結城郡下結城村大字平塚境内編入許可
 一林弐反四畝廿四歩
 明治丗六秊十月五日許可
 合併神社
  字菱毛   浅間神社
  字二ッ釜  八坂神社
  字野ノ内  愛宕神社
  字太夫父保 雷電神社
 明治四十二秊二月八日許可
 合併跡地譲與
  字菱毛   神地四反二畝廿歩
  字二ッ釜  神地参畝廿六歩
  字野ノ内  神地弐畝十八歩
  字太夫父保 神地壹畝壹歩
 明治四十四秊十月丗日許可
 六林区梯下 菱毛 山林七反三畝廿九歩
 大正元年十月九日許可
 惣前神社拜殿 大正三年三月七日新築
 末社三柱合殿 大正七年六月十五日新築』
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 拝殿脇に並ぶ石仏など。
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 庚申塔と青面金剛。その隣には如意輪観音に不動明王、青面金剛。
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 地蔵尊が二体並び、その隣には平岡大明神、聖徳太子、稲荷宮、龍の絡み付いた降魔の利剣。
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 末社殿。
 左から浅間神社、八坂神社、愛宕神社、稲荷神社。……あれ? 雷電神社はどこだ?
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 末社殿の裏にはなぜかフィールドアスレチックの遊具と思しき物が。
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 戦没者芳名碑。
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 蠺影神社と明治三十七八年戦役(日露戦争)記念碑。
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 龍の刻まれた石碑。平成六年(1994)十一月に奉納されたものだが、なんだろうこれ。
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 山車格納庫と奉納相撲用の土俵。

大神宮(八千代町平塚)

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 東仁連川に架かる坂下橋の西側、道路端に鎮座する大神宮(結城郡八千代町平塚字番田1844)。
 実はこちらの神社の存在は事前に知らず、惣前神社に行くつもりでうっかり大幅に通り過ぎてしまった時に偶然目に入って来たので立ち寄ってみたもの。川縁の三叉路脇にあるので水神か道祖神かなと思ったのだが、中の石祠には大神宮の文字が。成程、確かに良く見てみれば鳥居も伊勢鳥居だ。
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香取神社(八千代町松本)

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 茨城県道56号つくば古河線と県道137号若境線が接続する交差点の北側、エネオス八千代西SSの向かい側に鎮座する香取神社(結城郡八千代町松本264-11)。
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 拝殿。
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 平成十九年(2007)十一月二十三日造立の狛犬。
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 末社。
 左は不明。右は山王社・権現社。

香取神社(八千代町水口)

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 茨城県道56号つくば古河線に面して鎮座する香取神社(結城郡八千代町水口293)。
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 拝殿。
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 ■山神社と稲荷神社。
 上部分が欠損しているけど白山神社かな、とも思ったのだが、僅かに残っている部分は白には見えないので、白山神社ではないようだ。
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 八坂神社と愛宕神社。

香取神社(八千代町村貫)

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 天台宗歓喜寺の南西に鎮座する香取神社(結城郡八千代町村貫)。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 本殿。
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天神社(八千代町磯)

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 村貫香取神社の南東に鎮座する天神社(結城郡八千代町磯1)。
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 鳥居。
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 拝殿。
 左手前の石燈籠は昭和十二年(1937)十一月十五日の造立。

稲荷神社(八千代町芦ヶ谷新田)

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 東仁連川に架かる稲荷橋の南東に鎮座する稲荷神社(結城郡八千代町芦ケ谷新田527-1)。
 御祭神は宇迦之御魂神。
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 拝殿。
 右側の改築記念碑には昭和五十三年十二月十六日とある。
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 三つの祠が収められているが、何神社が合祀されているのかは不明。もしかしたら全て稲荷社なのかも。
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 左から庚申塔、道祖神、水神宮。いずれも嘉永七甲寅年(1854)十一月の造立。

大神社(八千代町東蕗田)

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 新筑波変電所の南西に鎮座する大神社(結城郡八千代町東蕗田714)。
 御祭神は天照大御神。
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 拝殿。
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天満神社(八千代町大戸新田)

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 茨城県立八千代高校の北東、ライブライン(猿島広域農道)脇に鎮座する天満神社(結城郡八千代町大戸新田70)。
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 鳥居。
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 拝殿。

香取神社(八千代町蕗田)

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 茨城県道20号結城坂東線と茨城県道56号つくば古河線が重複する交差点の脇、蕗田農村集落センターの隣に鎮座する香取神社(結城郡八千代町蕗田439)。
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『法木田村香取明神宮由緒
一、祭神 経津主命
一、勧請 壽永二癸卯年(1183)四月五日
一、慶長九甲辰年(1604)十一月三十日伊那備前守忠次公より社領地高二石を賜わる
一、天和元辛酉年(1681)八月蕗田邑となる大久保加賀守支配下
一、元禄九丙午年(1696)十月鳥居建立。天保十四癸卯年(1843)五月西参道より正面南参道へ移転す
一、正徳二甲午年(1712)四月二十三日正一位追贈(神祇管領卜部兼敬)
一、明和五戊子年(1768)六月本社再建
一、明治五壬申年(1872)四月一日村社列格
一、明治二十九丙申年(1896)七月愛宕神社(大字蕗田五六四番地軻遇突智命)を合祀す
一、明治三十六癸卯年(1903)九月九日火災のため全焼す
一、明治四十丁未年(1907)五月幣殿並に拝殿を新築す
一、明治四十一戊申年(1908)五月鹿島神宮(大字蕗田二八八番地武甕槌命承應元壬申年(1652)九月八日勧請)を合祀す
一、明治四十一年十二月十七日(第七五三号)供進指定
一、明治四十五壬子年(1912)一月八日八幡神社(大字蕗田九八番地)を合祀す
一、昭和二十二丁亥年(1947)農地改革のため社有地六,七九八平方メートルを解放す
一、昭和二十七壬辰年(1952)十二月九日宗教法人設立
一、昭和二十八癸巳年(1953)四月境内の老木を伐採し拝殿を新築す
一、昭和四十五庚戌年(1970)三月旧拝殿を改造し公民館として使用す
一、例祭日 四月五日、旧暦九月四日。大正七年度より十一月十五日と改定す
一、昭和三十九年度より十一月二十三日と改定現在に至る』
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 拝殿。
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 末社。

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 以上で1月11日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA15mm、DA35mm Macro、DA70mm、DA20-40mm。Coolpix P7100。
 うーん、ねんどろいどは使い所が難しいな。F22まで絞っているから回折で甘くなるし、と言って絞らないと背景がボケすぎるし、それよりなにより構図的に配置する場所が難しい。

香取神社(八千代町芦ヶ谷)

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 真言宗豊山派明光山蓮宝寺の北側に鎮座する香取神社(結城郡八千代町芦ケ谷1607)。
 神社の西側は芦ヶ谷農村公園になっている。
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 拝殿。
 左の建物は神輿庫……かな? 大小一つずつの神輿が収められていたので神輿庫だと思うけど、でもこう言う場合は八坂神社だったりすることも少なくないのでわからない。

天神社(八千代町大間木)

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 大間木公民館の260m程北に鎮座する天神社(結城郡八千代町大間木390)。
 駐車場は無さそうだったので大間木公民館に車を置いて歩いて来たのだが、なんとか駐車スペースはありそうだ。
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 拝殿。
 御祭神は菅原道真公。例祭は一月二十五日と十一月二十五日だそうだが、由緒等は不明。
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 拝殿手前の看板にはこんな文字が……。
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 稲荷神社。
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 社殿裏の末社。何神社なのかは不明。
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 大間木公民館脇の大師堂。
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 公民館裏には猿田彦命と六地蔵、馬頭尊。

八坂神社(八千代町尾崎)

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 尾崎公民館脇に鎮座する八坂神社(結城郡八千代町尾崎144-3)。
 左側の三つの祠はいずれも大師堂と思われる。
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 こちらにも大師像。
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 尾崎公民館前にも大師堂。

秋葉神社(八千代町尾崎)

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 常総市との境附近、秋葉山古墳北側に鎮座する秋葉神社(結城郡八千代町尾崎415-1)。
 古墳の南側に見学者用の駐車場がある。
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『八千代町指定文化財 昭和五十三年四月一日指定
秋葉山古墳
指定第十三号
種別 記念物 史跡
所在地 八千代町大字尾崎字前山四一五ノ一
所有者 八千代町尾崎 秋葉剛士氏
管理者 同上
形態  前方後円墳
規模  全長約四五m
年代  古墳時代後期
 秋葉山古墳は、旧飯沼入江西岸の台地突端に立地し、台地下の水田地帯を一望できる。古墳の北側には秋葉神社が祭祀されている。
 古墳は測量調査の結果、全長約四五mの前方後円墳であることが分かった。かつては他に二・三基の古墳があったということだが、現在は消滅している。
 秋葉山古墳は、明治二十四年(1891)十二月二十四日に発掘調査されている。その時の様子が、当時のいばらき新聞や古文書からも知ることができる。それによると、石棺の中から人骨二体、刀剣二口、槍一幹、小刀二口が出土したことが分かる。
 石棺は竪七尺(約212cm)横二尺五寸(約76cm)深さ三尺(約91cm)あったということである。また、出土した遺物は現在残っていないが、刀剣二口は反りがないということから直刀であったと考えられる。人骨は神社北側に埋め戻され、石棺の一部が石碑として現在も残っている』
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 秋葉山古墳測量図。
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 秋葉神社覆屋。
 石棺の一部を用いた石碑と言うのは行った時には気付かなかったが、改めて写真を見てみると、左奥に石碑が写っているのが見える。その辺りは隣の自動車販売店の敷地だとばかり思っていたので意識の外にあったのだろう。先に案内板をしっかり見ておけば良かったか。
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 秋葉神社本殿。
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 秋葉神社側から見た後円部。

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 秋葉山古墳から少し西に歩くとすぐに尾崎前山遺跡(結城郡八千代町尾崎404-4)がある。フェンスが閉まっていて入れなかったけど。
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『八千代町指定文化財 平成六年九月二十六日指定
尾崎前山遺跡製鉄炉跡
指定第三十一号
種別  史跡
所在地 八千代町大字尾崎字前山四○四番地の四、五
管理者 八千代町教育委員会
範囲  二九三平方メートル
遺構  製鉄炉三基、粘土置場、木炭置場、作業場、柱穴
遺物  土師器、須恵器、鉄滓等
時期  九世紀
 尾崎前山遺跡は、南側に飯沼から入り込んだ谷津を望む台地に立地する。現状は山林・畑になっている。
 台地下の斜面から水田にかけて、多量の鉄滓が散布していたことから、茨城県立歴史館や東京工業大学によって、昭和五十三年(1978)から五十五年にかけて発掘調査された。調査の結果、先土器時代から縄文時代、弥生時代、平安時代の複合遺跡であることが分かった。
 特に、指定された南斜面の部分からは、製鉄炉三基の他、木炭や炉を築くための粘土等の材料置き場、明らかに地形を形成して造った作業場等の施設が確認された。
 また、台地上からは、製鉄に携わったと見られる人々の住居跡や工房跡(鍛冶)が確認されており、当時の社会を考える上でたいへん貴重な遺跡である。
 製鉄炉は、出土した土器から九世紀に操業されたと考えられる。当時の炉の構造は、近世の「たたら」と異なり、地形や炉底の構造、また復元実験等から南から斜面をかけのぼる風を利用した、自然送風による「竪型炉」と考えられている』
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 測量図。

東蕗田天満社(八千代町東蕗田)

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 東蕗田運動公園の南側に鎮座する東蕗田天満社(結城郡八千代町東蕗田242)。
 車では鳥居側から入れないので、天満社東隣の東蕗田集落センターに駐車。
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 参道左側に大日神社。御祭神は天照大御神。
 その隣の赤い石祠は何神社なのかわからなかったが、東蕗田天満社の公式サイトを見ると厳島神社であるようだ。
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 雷電社。御祭神は別雷命。
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 拝殿。
 公式サイトを見ると、主祭神は菅原道真公。配祀神は天児屋根命と金山彦命。
 創建は正応元年(1288)二月十八日。その後明治二十年(1887)八月 に琴平神社と大平神社を合祀。同四十年(1907)五月に神饌幣帛料供進神社に指定。同四十二年(1909)三月に八幡神社と雷電神社を合祀。昭和二十七年(1952)九月一日に宗教法人設立したとのこと。
 由緒書きが見当たらないなと思っていたのだが、どうやら由緒を記した石碑を見落としていたようだ。
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 木鼻。
 柱には梅の木の彫刻も施されている。
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 狛犬。
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 左は稲荷神社(御祭神は豊受姫命)・東照宮(御祭神は徳川家康公)。右は八幡神社(御祭神は誉田別命)。
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 三峯神社。御祭神は伊弉諾命。
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 疫社二社。
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 祖霊社。御祭神は東蕗田氏子の祖霊。
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 参集殿。
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 裏参道一の鳥居。
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 裏参道は160m程あり、表参道よりも長い。
 そしてこのねんどろいどは昨年末に友人と秋葉原に行った時に買って来たもので、頭飾りの鳥居を見てネタに使えそうだなぁと。しかし左手にねんどろいど、右手にカメラは手振れやら被写界深度やらで少々しんどいな。
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 裏参道二の鳥居。
 左奥に見えるのは参集殿。そして参道左手側、つまり東側は東蕗田集落センターの駐車場になっている。
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