大山神社(方南二丁目)

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 浄土宗念仏山東運寺の傍に鎮座する大山神社(杉並区方南2-5)。
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 水盤には「文久元辛酉年十一月吉祥日建之」と刻まれ、狛犬の台座には「方南神社改修工事 昭和四十六年三月吉日建之」と刻まれたプレートが埋め込まれている。文久元年は1861年で昭和四十六年は1971年。
 以前は方南神社と称していたのだろう。
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 大山・御嶽山・榛名山合併記念之碑。
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 狼型狛犬。
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谷中稲荷神社(方南一丁目)

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 タイムズ方南第7駐車場の北隣に鎮座する谷中稲荷神社(杉並区方南1-39)。
 由緒等は不明。
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 拝殿。
 社号標石には「大宮八幡宮境外社 谷中稲荷神社」と刻まれている。大宮八幡宮はここから2km程西北、和田堀公園の南側に位置している。
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 お狐さまはケージに閉じ込め……ではなく納められている。
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 社殿側から見た鳥居。
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天祖神社(高円寺南一丁目)

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 東高円寺駅北交差点の南西100m程の位置に鎮座する天祖神社(杉並区高円寺南1-16-19)。
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『高円寺天祖神社
 当社は、「新編武蔵風土記稿」多摩郡高円寺村の項にある神明社で、「除地六畝十歩、小名小沢ニアリテ村ノ鎮守ナリ、本社ハ四尺ニ三尺、拝殿三間ニ二間、上屋二間ニ三間、東向、神体白幣、木ノ鳥居ヲタツ、例祭九月十五日、村内長仙寺ノ持」と記されているように、旧高円寺村の鎮守で祭神は天照大御神です。
 創建は、寛治元年(1087)と伝えられ、由緒は次の通り伝えられています。
 当時、極めて敬神の念厚い郷土民山下久七が、伊勢神宮へ参拝し、御分霊を賜ってこの地に仮に社殿を建てて奉斎したことが始まりで、その後、永長元年(1096)に村人が議り産土神となりました。
 現在の拝殿は天保二年(1831)九月、幣殿と本殿は明治二十一年(1888)二月に建設されたものです。
 関東大震災後、当社の氏子区域内に居住者が急増したのを契機に、大正十五年(1926)社殿の大修築とその他建物が整備され、昭和二年(1927)十月に村社となりました。
 境内末社には三峯神社と清姫稲荷神社があり、境外末社には、「新編武蔵風土記稿」の稲荷社の項に、「除地三畝、村ノ東ノ方田ノ畦ニアリ、田中稲荷ト称ス、社ハ三尺四方、上屋二間ニ二間半、鳥居ヲタツ、村民ノ持」と記された田中稲荷神社(祭神受持命、高円寺南1-30)があります。
 境内には、「寛文四年」と刻まれた手洗水盤や、拝殿正面には「宝永二年」の墨書銘のある「天照大御神の献額」があります。
 平成二十三年三月』
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 狛犬。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 清姫稲荷神社、三峯神社。
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 神輿庫群。

田中稲荷神社(高円寺南一丁目)

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 東京都道433号線大久保通りの東高円寺駅北交差点より100m程東に鎮座する田中稲荷神社(杉並区高円寺南1-30-15)。
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『田中稲荷と堀之内新道
 田中稲荷神社は、「受持神」を祭神とした旧高円寺村の農家の守り神で、高円寺天祖神社(高円寺南1-16)の境外末社です。創建等の由緒については不詳ですが、桃園川ぞいに広がっていた水田の中にあったことから、田中稲荷の名で呼ばれるようになったといわれています。
 以前は、毎年二月最初の午の日(初午)に村の家々で赤飯を炊いておむすびを作り、神前に供えて豊作を祈願したとのことです。現在でも「稲荷講」として、一月遅れの三月の初午の日に、近くの商店や町会の人々によって続けられています。
 当社の前の道は、「堀之内新道」です。この道は、中野で馬糧商を営み、日蓮宗の熱心な信者で妙法寺の檀家総代をしていた関口兵蔵が、明治二十九年に私財を投じて作ったものです。中野駅から田中稲荷神社の前を通り、現在の蚕糸の森公園の西側を経て堀ノ内妙法寺の門前までの農道を整備して、道幅四間(七・二メートル)距離約二キロメートルの新道を作りました。「かいば屋」の叶屋が開いた道なので、通称「かいばや道」つまって「かいば道」といわれました。新道は、参詣人や地元の人々にたいへん喜ばれ、昭和三年翁の功績を讃えて地元有志により、「故関口兵蔵翁開道記念碑」が建てられました。
 平成五年三月』
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 お狐さま。
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 お狐さま。こちらは台座に昭和五年十月と刻まれている。

氷川神社(高円寺南四丁目)

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 JR高円寺駅の南東、徒歩1分程の近距離に鎮座する氷川神社(杉並区高円寺南4-44-19)。
 高円寺と言うと「パタリロ!」で使われていた高円寺のおばさんと言うギャグしか思いつかないが、まぁそれはさておき、この日は12時から新宿で行われる「PENTAX K-1 体感&トークライブ」に行くので、それまでは神社巡りをしておこうと思い、まずはこちらから。ちなみにこのとき7時47分。
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『高円寺氷川神社
 この神社は、旧高円寺村小名原の鎮守で、祭神は素盞嗚尊です。
 創建について口碑によれば、天文年間(1531~1555)、村内曹洞宗高円寺の創建と同じ頃といわれます。また社伝によれば源頼朝が奥州征伐の際、この地に着き、安達藤九郎盛長に命じて社殿を建立させたとも、家臣の村田兵部某が高円寺村にとどまり農民となった時、大宮の氷川神社を勧請して社殿を建立したのが起源ともいわれています。しかし、詳細なことは詳かではありません。
 当社は「新編武蔵風土記稿」多摩郡高円寺村氷川社の条に「除地四段三畝十歩、外ニ供免一段五畝、小名原ニアリ、是モ鎮守ナリ、本社三尺四方南向、上屋二間二三間、木ノ鳥居ヲタツ、村内高円寺ノ持」と記されており江戸時代には、原の鎮守様として農民の信仰を集め、高円寺が別当職を務めていたといわれます。明治七年、村社となりました。
 境内には、三社の末社が祀られていますがなかでも気象神社(祭神・八心思比顕命)は、全国でも数少なく、非常に珍しい神社です。この社は、戦時中、旧馬橋四丁目にあった陸軍気象部内に祭られたものですが、戦後、関係者の要請で当神社の境内に遷されました。
 例祭日は、八月二十八日です』
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 拝殿。
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 狛犬。
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 気象神社の一の鳥居と二の鳥居。
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 何故か気象神社の参道脇に設置されている氷川神社の由緒書き。
『氷川神社について
 江戸名所図絵によれば、その昔源賴朝奥州征伐のとき武蔵国杉並の地に至り給う際、随兵の中に当高円寺村にとどまり終りに農民となる者あり……と記されている。
 一説によれば村田兵部某云々ともいわれ(因みに村田姓は高円寺の旧家なり)その時武蔵国大宮高鼻の本社よりの御神意の使者が同氏に伝え、この高円寺村の位置高く燥松杉稠茂し遠く水田を望みて風致絶佳とされる当地に社殿を建立したのが起源といわれている。御祭神は素盞嗚命で国土開発、災難除けの信仰がある。氷川神社の御分社は約一千社あり関東地方が大部分を占めている。当社の創建された時期は不詳であるが、口碑によれば天文年間曹洞宗高円寺の創建と同時に剏祀されたといわれている。末社には気象神社、稲荷神社、御嶽神社、日枝神社が祀られている。
 昭和四十六年十月十四日、社殿、社務所、神楽殿、神輿庫、手水舎が新しく御造営され、今日に至る。例大祭は毎年八月二十七、二十八日に行われる』
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 気象神社・御嶽神社・日枝神社合殿。
 高円寺氷川神社のサイトは無くなっているのに、気象神社のサイトはある不思議。
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 明治十丁丑年(1877)造立の狛犬。
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『気象神社由緒
 御祭神 八意思兼命
 この気象神社は昭和十三年、陸軍気象勤務の統轄、教育機関として旧馬橋四丁目(現高円寺北四丁目)に創設された陸軍気象部の構内に、昭和十九年四月十日造営、奉祀されたが、翌昭和二十年四月十三日空襲に因り焼失し、当社殿は終戦直前に急遽再建されたものである。太平洋戦争の終戦に当り神道指令に拠り除却される筈の処当局の調査漏れのため残存しており連合軍宗教調査局に申請して払い下げを受け当所に移設し、昭和二十三年九月十八日当氷川神社大祭に際し遷座祭を執行、奉祀して現在に至ったもので爾来毎年六月一日の気象記念日に例祭が執行されている。
 平成七年一月吉日   第三気象聯隊戦友会・気象関係戦友会有志 寄贈』

『気象神社由緒
 御祭神 八意志兼命
 この気象神社は、旧陸軍気象部の構内(旧馬橋4丁目、現在高円寺北4丁目)に昭和19年4月10日造営、奉祀され、途中空襲に因る焼失、再建されたが太平洋戦争の終戦に依り気象部隊解散に伴い旧気象部隊関係者によって払い下げを受け当高円寺氷川神社に昭和23年9月18日遷宮祭を執行し、移設されたものである。
 以来気象部隊関係者を始め多くの方々のご参拝、奉仕を受けて参りましたが月日の経過と共に社殿の腐蝕が甚だしく遷宮55年を記念して新しい社殿の御造営に着手し、平成15年6月1日の気象記念日に竣工式を挙行した。
 平成15年6月1日    氷川神社宮司 山本雅道』
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 三社いずれも稲荷神社。
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