稲荷社(柳崎五丁目)

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 柳崎氷川神社北側のマンション脇に鎮座する祠(川口市柳崎5-20-15)。
 社名は記されていなかったが、宝珠紋らしきものがあったので稲荷社であろう。
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柳崎氷川神社(柳崎五丁目)

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 埼玉県道235号大間木蕨線の脇に鎮座する柳崎氷川神社(川口市柳崎5-20-1)。
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氷川社 御由緒
 川口市柳崎五-二〇-一
□ 御縁起(歴史)
 柳崎は八木崎とも書き、見沼に突き出た台地上にある。戦国期に見える地名で、永禄七年(一五六四) の太田氏資判物写に「柳崎之内原分」とある。更に『風土記稿』によれば、元は大谷口・井沼方・中尾・柳崎の四か所で一村をなしていたといい、元禄年間(一六八八-一七〇四)のころに分村したとされる。
 本社である武蔵国一宮氷川神社は、正保期の古図を見ると、広大な見沼を望む高鼻と呼ばれる高台の鬱蒼たる杜の中に鎮座しており、当社もこれに倣って見沼を望む台地上に祀られたものであろう。
 『風土記稿』には 「氷川社 当村及び井沼方等二村の鎮守なり、観音院の持、社内に慶安二年(一六四九)の棟札があり、表面の中央に奉新造氷川大明神云云と書し、左右に武州足立郡木崎領八木崎村、同郷之内八木崎云云、御代官熊澤彦兵衛と記し、左傍の下に野口左京・小嶋金彌と並べ書し、其外に外記といへるをも並べ記したれど、名のみにて姓氏の所は消て読得ず(以下略)」とあるが、その棟札の所在は不明である。また、別当観音院は大慈山東光寺と号する天台宗の寺院で、本尊の子安観音は元亀二年(一五七一)の織田信長による比叡山焼き打ちの際、坂本の地から難を逃れた僧恵海がこの像を背に東国に霊地を求め巡錫に出て、この柳崎の地が、坂本の旧地に似ていたのを見て喜び、尊像を奉安したとの由来が伝えられている。
□ 御祭神
 ・須佐之男命・・・災難除け、安産・縁結び、家内安全
□ 御祭日
 ・元旦祭(一月一日) ・お日待(十月十五日)

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 一の鳥居。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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柳崎氷川神社
 本社の草創は明らかではないが、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』によると、当時、柳崎及び井沼方二村の鎮守であったとの記載が見られる。本殿の建立年代は、棟札の記述から慶安2年(1649)頃と伝えられるが、その後、明治6年(1873)村社となり、同41年(1908)には、字後町の稲荷神社及び白山社、字西ヶ原の稲荷社を合祀し現在に至っている。なお、現在本殿は、拝殿付覆屋の中に納められている。
 現本殿の形式は、一間社流れ見世棚造、屋根は目板葺で、桁行1.305m(4.31尺)梁間1.180m(3.89尺)の身舎に0.970m(3.20尺)の向拝を付ける。身舎は、切石上に井桁を組んだ土台に円柱を立て、内法長押で結び、舟肘木で桁を支える。妻飾りは猪子扠首組で、破風拝みの装飾は猪の目懸魚。向拝は、面取りの方柱上に舟肘木、軒桁が渡されており、身舎と直線的な繋虹梁で結ばれている。また、向拝柱前面に七段の木階が付く(これはこの地域の見世棚造の特徴である)。本建築は江戸時代中頃のものと考えられるが、見世棚造の原型を思わせる簡素な構造と意匠を持ち、当地域における同建築様式を知る上で、大変貴重な例である。
(平成6年8月18日 市指定)

見世棚造
 神社本殿建築様式の一つ。比較的小規模な建築で、井桁に組んだ土台上に建てられ、身舎の前面から向拝柱にかけて床板が貼られている特徴を持つ。その様相が店舗の陳列棚に似ていることから、その名が付けられたともいわれている。
 古くは、平安時代の『信貴山縁起絵巻』や江戸時代初頭の『洛中洛外図屏風』等の絵巻物や屏風絵中に、しばしばその姿が見られる。鎌倉時代から江戸時代にかけて造られたものが全国各地に現存する。
 この柳崎氷川神社本殿は、組物に舟肘木を用いることや、繋虹梁に施されている簡略化された眉彫等、全体的に見て簡素な見世棚造の典型ともいえ、僅かに、三芳野神社末社蛭子社、大黒社(川越市/県指定文化財)、愛宕神社本殿(上尾市/市指定文化財)等に類例がうかがえるのみである。また、木階の数も7段と多く、当地域の木階付見世棚造として大変珍しい存在である。

周辺の見世棚造神社建築
 近年の調査研究の結果、全国的にみても、埼玉県、特に本神社の周辺地域(主に見沼低地以西)には、板葺屋根で向拝柱前面に木階を設け、猪子扠首の妻飾を有する見世棚造本殿が数多く分布することが明らかにされた。
①柳崎氷川神社本殿 :江戸時代(川口市:市指定)
②前川神社本殿   :桃山時代(川口市:市指定)
③搗島氷川女体社本殿:江戸時代初期(浦和市:市指定)
④大牧氷川女体社本殿:寛永13年(1636)(浦和市:県指定)
⑤太田窪氷川神社本殿:桃山時代(浦和市:市指定)
⑥大谷場氷川神社本殿:寛文6年(1666)(浦和市:市指定)
⑦本太氷川神社本殿 :慶安3年(1650)(浦和市:市指定)
⑧片柳沖郷弁天社本殿:桃山時代(大宮市)
 (社殿の規模は、大谷場氷川神社のみ三間社、他は一間社)

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 氷川天神社。
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 その奥には稲荷社と第六天。
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 白山神社、桜稲荷社、三峰神社。

伏見稲荷大明神(柳崎五丁目)

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 ヨークマート柳崎店北西の駐車場奥に鎮座する伏見稲荷大明神(川口市柳崎5-2)。
 狛犬は金網の中に入れられており、少し見え難い。
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 二の鳥居を境内側から。
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 本殿覆い屋とお狐さま。
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 本殿と石祠。
 石祠には宝珠紋があるので、こちらも稲荷社であろう。
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 馬頭観世音と馬頭観音、青面金剛。

朝日神社(木曽呂)

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 見沼代用水東縁を挟んで神根グラウンドの東側に鎮座する朝日神社(川口市木曽呂193)。
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朝日神社 御由緒
 川口市木曽呂一九三
□ 御縁起(歴史)
 当社は元来氷川神社と号し、応永三年(一三九六)に創建したと伝えられる。
 その後、江戸期に入るまでの事歴は不明で、社記によれば、享保七年(一七二二)神祇管領吉田家から正一位に叙せられると共に本地仏の十一面観音像が本殿に安置された。更に、文久二年(一八六二)社殿大破につき、神階叙位にかかわる宗源宣旨・宗源祝詞・幣帛が破損したため、吉田家に願い出てこれらの品々を改めて拝受したという。先の享保七年の宗源祝詞には、氏子の間で禁忌とされていた「四間半の家作る事」「蕎麦蒔事」を尊神に許しを乞うた一文が見える。
 慶応三年(一八六七)の社殿再建の棟札写しには発願主として「名主石井忠左衛門」、奉幣使として「別当薬王寺住貞祐」の名が見える。
 神仏分離により薬王寺の管理下を離れた当社は明治六年に村社となり、更に同三十年に十一面観音像が薬王寺に移されて名実共に神仏分離がなされた。
 明治四十年から同四十四年にかけて木曽呂・東内野・源左衛門新田・神戸・安行領在家・道合の六大字の各神社を当社に合祀し、大正二年に至り、社号を朝日神社と改めた。社名の由来は、御遷宮(合祀祭)を執り行った十月十日にちなみ、「十月十日」の四文字を組み合わせて「朝」の字を冠し、朝日のごとき隆盛を祈ったものである。
□ 御祭神と御神徳
 ・須佐之男命・・・災難除け、安産・縁結び、家内安全
□ 御祭日
 ・元旦祭(一月一日)       ・小 祭(四月十五日)
 ・天雲神社祭(七月十四・十五日) ・例 祭(十月十日)

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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 斜めから。
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鬼瓦
 屋根の頂きにある両端や、降り棟の端を飾る瓦で、七〇〇年以降建築物の安泰を祈り、鬼面を飾ったものが主として用いられたため、鬼瓦の名称が一般的となった。
 また、鬼面がなくても、前途の場所に飾られてある瓦も鬼瓦と呼ばれている。
 ここに安置してある鬼瓦は、大正十年(一九二一)に当神社の屋根が、茅葺きから銅板に葺き替えると同時に、この鬼瓦を使用したものである。その英姿は威風堂々として、誠に他に類を見ないものである。
 平成五年(一九九三)社殿建て替えによってその務めも終わり、古色蒼然、永年の労を偲び設置した次第である。
 平成十八年十月吉日

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 稲荷社。
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 左は天照皇大神。中央は歌碑かな。「やくもたつ いつもやえかきつまこみに やえかきつくる ■のやえかきを」と刻まれているが、これは素盞嗚尊が詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」を平仮名で記したものだろう。右端は氷川神社と刻まれているが、なんだか社号標石のように見えなくもない。
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 諏訪社。
 こちらを撮影している時、いきなりAFが作動しなくなり、フォーカスモードレバーはAF.Sなのにファインダー内の表示はMFになっているという現象が発生。電源Off→Onでも直らないが一度レンズを外して付け直すとAFが作動したので安心したのだが、しかし一枚撮るとまた同じ状態になり、何度かレンズを外したり付けたりしながら撮影。修理に出したばかりなのにまた故障かよと少し気分が落ち込んだものの、この諏訪社以外を撮ろうとすると普通にAFが作動し、以後一度もその現象が発生しないと言うちょっと不思議な体験。なんだったんだろうなぁ、接触不良でもなさそうだし。
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 天雲社。
 こちらについては特に由緒書きには記されていないが、ググってみたら木曽呂にあった天神社及びその境内社である稲荷社と神明社、八雲社を合祀したものであると猫の足あとさんのところに書かれていた。
 Google先生に訊くと猫の足あとさんのヒット率が高くてしばしば御世話になっておりますね。有難いことです。
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 拝殿と本殿。
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浅間神社(東内野)

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 厳島神社の北側に位置する「木曽呂の富士塚」脇に鎮座する浅間神社(川口市東内野594)。
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国指定有形民俗文化財 木曽呂の富士塚
 昭和五十五年四月二十四日指定
 富士塚は、富士山を模して築造した塚で、江戸高田の行者藤四郎が、老若男女だれでも心やすく、富士に登山できるようにと、安永九年(一七八〇)、高田水稲荷(みずいなり)の境内にこれを築いたのが始まりである。
 木曽呂の富士塚は、地元で”ふじやま”または”木曽呂浅間”と呼ばれ、寛政十二年(一八〇〇)に、富士講の一派である丸参講(まるさんこう)の信者蓮見知重(はすみともしげ)の発願によって、見沼代用水と通船堀(つうせんぼり)の連結点の縁に築造されたもので、高さ五・四m、直径約二〇m、塚全体が盛土で築かれている。頂上には、お鉢めぐりができるよう火口が掘ってあり、又、今日では入口が埋没しているが、塚を貫いて胎内くぐりの穴を設けている。
 富士塚の麓には、文化二年(一八〇五)造立の蓮行知道居士(蓮見知重)の碑があり、富士塚築造の由緒が刻まれている。この他、塚ならびに周囲には、享和四年(一八〇四)の石燈籠天保四年(一八三三)の石鳥居等丸、参講によって造立された石造物が多く残されている。
 富士塚の中でも古い築造で、特に埼玉県下のものでは最も古く、庶民信仰の様相を示すもので、貴重である。

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 社殿が塚の麓にあるのは珍しいような気がする。
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 なんでしょうかねこれ。
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 伊勢太々碑、鹿嶋太々記念碑、登山隔年修行碑、登山三十三度碑。
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 富士塚。
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 塚頂上。
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 富士嶽神社。
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 塚の南側には石碑らしきものがあるが、案内板の配置図にシモガミと書かれているのがこれなのだろうか。碑文は殆ど判読できないが、「文化六己巳」くらいは読み取れた。
 この後ろに胎内くぐりの穴があり、そして穴のほぼ真上に先に富士嶽神社がある。
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 富士塚西側。左上に浅間神社が見える。
 胎内くぐりの穴は閉じられているが、南側の穴と繋がっているのだろう。西側の口の上には浅間神社があり、南側の口の上には富士嶽神社があることになるが、どちらが入口でどちらが出口などの決まりはあったのだろうか。
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