福富町八幡宮

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 御厨工業団地の北側の住宅地の中にある神社。道が細いので車で入って行くのは少々面倒かも。
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 移築記念碑の左にある石祠は額が無いので何を祀った祠なのか不明。
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 鳥居と拝殿。拝殿の右の建物は八幡宮の社務所と南猿田自治会館を兼ねている。
 鳥居には安永六丁酉歳正月吉祥日と刻まれていたが、まさかこの鳥居が231年前からあった筈もないので、最初の鳥居が安永六年(1777年)に奉納されたのだろう。
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 拝殿左側の壁際に並ぶ境内社群。
 左奥は疱瘡神。その一つ手前の祠はかなり崩れかけていたが「火」「愛」という文字が読み取れたので、愛宕神社かも知れない。その手前は崩れていて不明。その手前も崩れかけてはいたのだが、一文字目が「稲」のように見えたので稲荷神社かも。その手前は天満宮。そして不明が二つ連続し、元祖食行身禄霊神。そして不明、舩王宮。舩王宮と言う名前は聞き覚えが無く、検索をかけてもイマイチよく判らなかった。
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 八幡宮前の参道を奥へと歩いて行くと、そちらには遍照寺がある。
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 遍照寺山門。
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 山門の内側に描かれた四天王像。
 刀を持っているのが持国天で宝塔を持っているのが多聞天、巻物を持っているのが広目天で戟を持っているのが増長天・・・で合ってる筈。

 これで6月14日参拝分終了っと。
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福富町天満宮

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 稲荷神社から50号線へ戻り、北西へ向かうと右手側にすき家が見えて来るのでその前の歩道橋の掛かった交差点を右折。そのまま直進して二つ目の十字路を左折すると右手側に円成院というお寺があるのだが、天満宮はその隣にあるので円成院前に駐車。
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 右の方にちょこんと見える赤い屋根はTOPの写真に写っているお堂の屋根。円成院の山号は天神山であり天満宮との関連性も見えるが、本尊は大日如来であるそうだ。菅原道真公と大日如来がどう繋がるのか判らないのだが、静岡県下田市には大日如来を祀った天神神社というものもあるそうだし、なんらかの繋がりがあるのだろうなぁ。阿弥陀如来か文殊菩薩、或いは十一面観音ででもあったのならまだ判るのだが。
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 それはさておき、狛犬。大量生産品ぽくてあまり面白味は無い。
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 拝殿。幾つかの絵馬が奉納されていた。
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 社殿の裏手、左奥に並ぶ境内社と石碑。
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 額のあるべき場所にはなぜか小鳥の姿が刻まれており、何を祀った祠なのかは判らなかった。
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 百神社と彫られた石碑と富士塚でよく見るアレ。
 百神社とやらは検索をかけてもコレと言ったものが見当たらず、よく判らない。

下渋垂稲荷神社

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 足利中央病院の南東にある歩道橋の掛かった交差点を東へ折れ、100m程も進むと左手側にある。
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 鳥居をくぐって左手側に八幡宮。
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 その裏に境内社・・・ではないな、これは。壊れた石祠を置いてあるだけだろうか。
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 八幡宮向かい側、つまり鳥居をくぐって右手側には石碑が三つ並んでおり、左から伊勢参宮太々御神楽、元祖角行食行霊神、浅間大菩薩と彫られている。
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 どっしりとした造りの拝殿。
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 拝殿右側にある境内社二つ。右は大神宮とあるが、左は判らない。
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 社殿裏手にある境内社二つ。どちらも何を祀っているのかは不明。
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 社殿左側にある境内社三つ。中央は雷電宮だが、左右は不明。
 それにしても、いくら稲荷神社だからとは言え、全ての祠に狐の置物を置いておくこともないんじゃなかろうか。
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下渋垂雷電神社

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 国道50号線の下渋垂町交差点を東へ200m程進むと左手側に雷電神社がある。通りに面してはいるが、車を二~三台は置けるスペースがあるのでそちらに駐車。
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 手水舎の奥に見える藤棚は大きく、これからの時期だとこの下の日陰で涼むと気持ちが良さそうだ。更にその奥に見えるのが↓
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 神楽殿かな?
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 本殿覆屋裏に並ぶ境内社。左から金刀比羅宮、八坂神社、雷電宮。
 雷電神社の境内社に雷電宮があると言うことは、それぞれ祭神は違うのかな。そう言えば、そもそもこちらの雷電神社の祭神ってどなただろう。大雷神かな。
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 金刀比羅宮なのに、なぜかお狐様が二組。
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 拝殿前に戻って、なんだか表情にアブナイモノを感じないこともない狛犬。
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 拝殿左手前、社務所前にある富士塚。左側に見える建物にはかつての御神木の根が綺麗に洗って安置されている。よく見えるようにガラス張りになっているのはいいのだが、撮影するといらないものが多く写り込んでしまうのでそちらの写真は無し。
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 祠の手前左側には食行霊神と角行霊神。手前右側には小御嶽磐長姫命、その下に櫻大刀自神と苔虫神。久しぶりにこの名前見たな。

薬師神社

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 宝蔵寺前から東へ200m程も走ると左手側に寿徳寺への参道があるので、そこを入って寿徳寺の駐車場に駐車。ちなみに寿徳寺の駐車場のすぐ隣が薬師神社。
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 薬師神社ということは薬師如来を祀っているのかなとも思うが、薬師如来は仏様だからなぁ。薬師如来の垂迹神を祀っているというならまだ判るのだが、しかし薬師如来の垂迹神は牛頭天王(素盞嗚尊)だったり東照大権現(徳川家康)だったりと一定でないし、また、それらならば八坂神社や八雲神社、東照宮などの名前になっているようにも思われる。
 なのでここの情報は無いかと調べてみたら、こちらの神社はこの辺りでは弁天様と呼ばれていると書かれているサイトがあった。薬師如来と弁才天がどう繋がるんだろう? つかどっちも本地仏じゃん? と思ったがとりあえず検索してみると、田心姫命の本地仏が薬師如来であると書かれているところや市杵嶋姫命の本地仏が薬師如来であると書いてあるところもあった。また、田心姫命は沖津宮に祀られているが、日本書紀の中には辺津宮に祀られているとする記述もあるらしく、辺津宮に祀られているのは通常市杵嶋姫命であることから市杵嶋姫命の別名とされているともあり、田心姫命=市杵嶋姫命=薬師如来という関係が無理矢理ながらも成立するならば、薬師如来=弁才天というのもまた成り立つことになるのだろうか。・・・自分で書いていて無茶苦茶だという気がしないでもないが、本地垂迹を持ち出すと大抵辻褄の合うような合わないような変なことになるんだよなぁ。
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 撮影をしていたら、なんだか車の数が増えて来た。しかも皆知り合いのようだ。どうやら寿徳寺で法事があるようだなと思い、手早く撮影を済ませることに。
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 祠内部。どう見ても仏教色が濃厚。周囲にいる人型のものは薬師十二神将だろうか。15体あるけど。
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人丸神社

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 御嶽神社前を走る県道8号線を東へ道なりに進んで行くと、県道148号線と合流する手前右手側に宝蔵寺があり、その南西に人丸神社がある。まっぷるなどには柿本大明神と記載されているが、神社検索サイトには人丸神社の名前で登録されている。
 名前からも判るように、こちらの神社では柿本人麻呂を祀っている。
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 柿本人麻呂は朝廷の高官であったとする説と下級官吏だったとする説があるそうなのだが、今では正一位柿本大明神と言う立派な神様だ。
 神として祀られたと聞くと、つい非業の死を遂げて祟り神になったのかと考えてしまうが、山部赤人や大伴家持を祀った神社もあるそうなので、歌聖とも呼ばれる柿本人麻呂を称えて祀ったのだろう。近代でも東郷神社とか乃木神社があるものね。
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 拝殿右側に並ぶ境内社や石碑など。
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 文字が薄く読み取り難いが、左はおそらく稲荷神社。右ははっきりと象頭山の文字が読めた。象頭山と言う事は琴平神社か。
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 左側には手前に祭具殿、奥にあるのは境内社の覆屋だと思うのだが、イマイチ確証は無い。
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 祭具殿の中には大小の御神輿が。
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 奥の建物は3ブロックに分かれており、奥と手前のブロックはからっぽ。上の写真は中央のブロックの内部。祠・・・なのかな?
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 更にその奥に並ぶ境内社群。右から二番目は稲荷神社とあったが、他は不明。

 2008年8月10日追記。
 Wristletさんのサイトを見たら、こちらの神社は元慶元(877)年に創建され、明治43年に神明宮二社、天満宮、愛宕神社、浅間神社、八坂神社、稲荷神社を合祀されたと書かれていた。
 正体不明の末社群はこれらの神社なのであろうか。

久保田町浅間神社

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 八幡宮前を南下、突き当たった所で東へ進むと変形十字路があるのでそこから再び南下。この十字路の脇には下加子薬師堂があるのだが、ユニットハウス的なお堂は面白くないのでスルー。
 しばし進むと信号機付きの交差点があるので、その先にある細い道を入って行くと左手側に神社への入り口が見えて来る。ここを入って行くと突き当たって右側に馬場集落センターと浅間神社の社務所を兼ねた建物があるのでその前に駐車。
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 参道脇にある天満宮。左上の方にちらりと見えているのが浅間神社。
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 中を覗き込むと、左から厳島神社、天満宮、稲荷神社。木造の祠は雰囲気があって良いね。
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 天満宮脇にある石祠と水盤と石塔。渡凢聖善巧と言うのはなんだろう? 仏教関連であるようなのだが、判らない。
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 石段を上ると浅間神社。左奥に見えるのは集落センター兼社務所。
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 木に埋もれるようにして頭だけを覗かせている石碑は富士塚だろうか。
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 拝殿の周囲はとても狭く、超広角でも収めきるのは難しい。
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 手摺の脇には石尊大権現と大天狗小天狗。
 木花開耶姫命と大山祇神がいるのに、磐長姫命がおらんね・・・。
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 拝殿内部と本殿。

久保田町八幡宮

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 御嶽神社前から伸びる道を南下すると右手側に見えて来るので、車一台分程の幅の農道を通ってそちらへ。
 ここを撮影している頃に眩暈を感じたが、すぐにいやこれ地震だわと気付き、それほど大したこともなさそうだったので撮影続行。まさかこれが岩手・宮城内陸地震の余波だなどとはこの時はまるで気付かず。
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 参道前にあるクロマツ。天然記念物だとか八幡宮記念老松永代保存之碑だとかが並んで立っている。
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 狛犬。
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 プレハブっぽい拝殿。
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 拝殿手前右側に並ぶ境内社。お稲荷様と思われる方だけ覆屋付き。
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 こちらは拝殿手前左側にある石碑。天照皇大神と仁徳天皇も祀られているようだ。
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 裏手にある境内社。詳細不明。

 2008年8月10日追記。
 Wristletさんのサイトを見たら、こちらは延暦二(783)年創建、明治41年に木皿木神社・大神神社・稲荷神社を合祀したものであり、境内社には雷電社と天満宮もあると書かれていた。
 大神神社(おおみわじんじゃ)は三輪山の主である大物主を祀る神社。木皿木神社というのは検索をしても判らなかったのだが、読み方の同じであろう衣更着神社というものが愛媛県と長野県にあった。愛媛の方は判らないが、長野の方は事代主神を祀っているようだ。木皿木=衣更着であるという確証は無い上に、自分の推測は大抵外れるのでかなり怪しいものではあるが。

野田町御嶽神社

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 聖徳太子尊の前に車を置いたまま県道8号線へ戻り、先程素通りした御嶽神社へ。
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 一口に御嶽神社と言っても、神社によって祭神が違うので御嶽神社だから祭神は誰、と断言することができない。ここは境内に大黒天の石像があったので、少なくとも大己貴命は祀られているのだろうと思われる。
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 社殿裏左側に並ぶ境内社。
 奥に見えるお堂には壽徳寺との額が掛かっていたので、ここより東にある壽徳寺の飛び地境内なのかも知れない。お堂前には複数の石仏が並んでいた。
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 大黒天。春日神社の愛染明王もそうだったが、なぜか顔が無い。
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聖徳太子尊

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 川崎橋を渡って川崎橋南交差点を東へ、途中御嶽神社の前を素通りしたりしながら450m程進んだ所にある十字路を左折、それから130m程も進むと左手側にお堂が見えて来る。
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 お堂の中には赤やら青やら金色やらのきらびやかな厨子があったのだが、上がるのは躊躇われたので未撮影。また、屋根の下辺りにはネットが張られていたが、改修作業中なのだろうか。
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 裏手から。お堂の左に見えるのは茂木集落センター。
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 お堂の手前右手側にある石仏とか石塔とか。右端の大きなものは社号標石。
 このお堂の由緒などはさっぱり。

奥戸町春日神社

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 県道128号線から樋詰橋西側の変形十字路を南下するのが一番判り易いかも知れないが、自分がとったのは天満宮から128号線を越えて田圃の中の道を直進するというルート。堤防上の道路から合流できるのでそちらからでもいいかも。
 駐車場は無いが、神楽殿と道路の間に僅かなスペースがあるのでそちらに駐車。
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 神楽殿。
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 拝殿。
 春日神社の祭神は春日神であり、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)と天美津玉照比売命(アメノミツタマテルヒメノミコト)、武甕槌命、経津主命の四柱を纏めて春日神と呼ぶそうだが、経津主命を除けばいずれも藤原氏の氏神であることから、藤原氏所縁の神社なのだろう。ただ、経津主命は物部氏の氏神と言われているが、武甕槌命の別名に建布都神(タケフツ)や豊布都神(トヨフツ)などがあり、武甕槌命と経津主命を同一視する向きもあるようだ。
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 階段を上ると両脇に狛犬。鼻や口が突き出していないので、妙に人間的な顔立ちになっている。
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 拝殿前左側、石塔の向こうに見える境内社の中には柔和な顔付きの木造が安置されていたのだが、これは一体どなたを象ったものなのだろう?
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 拝殿左側に並ぶ境内社群。
 三つ巴の刻まれた石碑の向こうは左から水神宮、水天宮、水神(三文字目は崩れていて読めず)。
 少し離れて仏像を刻んだ石塔があるのだが、これはなんだろう。青面金剛かとも思ったのだが、調べてみると一面六臂で弓を持ち、宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐という姿をしているのは愛染明王だけであるらしい。しかし、なぜここに?
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 更にその奥、本殿覆屋の左に位置する境内社と石碑。
 石碑には御嶽山三柱大神とあり、その下の小さな石碑は梵字なので読めなかった。右側の境内社が御嶽神社なのか、或いは別の神社なのかは不明。
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 本殿の両脇に置かれた小さな狛犬。

川崎町天満宮

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 渡良瀬川に架かり、川崎町と野田町を結ぶ川崎橋の北西に位置する神社。
 川崎橋の北側にセーブオンがあるのだが、その南西140m程の距離にある十字路を入って行くと判り易い。
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 一の鳥居をくぐり、その先で直角に折れると二の鳥居。
 参道左手側には天満宮移築の経緯と由緒を刻んだ銅板をはめ込んだ石碑と、その先に神楽殿がある。 
「天満宮移築記念碑
 国家百年の大計に則り渡良瀬川河川改修建設省直轄工事着工に當り近傍の名社である當宮聖地六八七坪八合のうち四三五坪七合五勺を其の用地として売収せらるることとなり本殿以下諸建造物一切移転の止む無きに至り氏子一同心痛慎重重審議を重ね適地を求め奉斎することとなり幸ひ隣地清水竹次郎氏所有二一八坪を理解ある協力に依り分譲を得浄地と決定御厨町栗原材木店請負工事にて昭和四十年一月起工爾来移築委員並氏子一同協力の支援に依り工事進捗尊厳裡に諸祭儀を斎行同年四月二十日竣工同二十五日盛大なる奉祝式典を挙行恙く終了茲に記念碑を建立し併せて由緒を後世に伝ふべき左に之を記し記念事業の一端とす
 昭和四十年四月

 由緒
 天満宮は菅原道真公を奉斎す創立年代は不詳であるが旧例幣使街道筋に鎮座し皇政維新に至るまで日光例幣使参向の際必ず立寄られて拝礼大前に奉納物を献上せしとの由緒ある名社なり故に広く庶人の尊崇することは勿論川崎町の守護神なり」

 この由緒の左には更に例幣使の奉納した短冊に書かれた歌も刻まれていたのだが、それは拝殿手前右側に立つ看板にも記されている。
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 拝殿正面。額には天満宮ではなく、聖廟とある。
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 左側から。逆光イヤン。
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 神楽殿。
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 拝殿左側に並ぶ境内社。
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 左から二荒山神社、阿夫利神社、稲荷神社。
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 不明、不明、水天宮。
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 和歌の刻まれた石碑。見易いようにシャドウ部をかなり持ち上げてみたり。
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田中町厳島神社

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 アピタまで買い物に行った際、そう言えばこの辺りに厳島神社があるとWristletさんの参拝記に書いてあったなと思い出し、大した距離でもないので立ち寄ってみた。そんな訳なので、ここの撮影はFinepix F10で行っている。
 F10は発売日に買ったのだが、2005年3月発売だったから、3年程経ったのか。それからF11、F30、F31fd、F40fd、F50fd、F100fdと後継機が出ているわけだが、新型になるほど魅力を感じなくなって行くのは何故なんだろう。F10はAEロックとAFロックが別々に掛けられないとかマクロ時のAF速度が異様に遅いなどの不満点があるものの、サクサク動くしバッテリーの持ちも良いのでメモ代わりには丁度いいのだよね。
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 それはさておき、この神社は今井病院の北側にある交差点を東に130m程進んだ所にある。東側から見るとこんな感じ。神社前の道を奥へと進んで行くと国道293号線に合流する。
 ちなみにこの神社、GoogleマップにもまっぷるにもMapFanにもMapionにも載っていない上に神社検索サイトにも登録されていない。こういった神社が他にもあるのだろうと考えると、足利市内の神社だけでも巡り切れるかどうか判らなくなる。
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 幅広の額には開運と大書されている。ふと、開運野望神社なんてものもあったななどとどうでもいいことを考えながら中を覗きこむと、
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 本殿の後ろの壁には七福神だの達磨さんだのの描かれたタペストリー(?)が貼られている。いっそ招き猫が無いのが不思議なくらいだ。
 本殿の中に安置されている像が恵比寿神のように見えるのだが、ここって厳島神社だよね? 鳥居が両部鳥居どころか明神鳥居ですらなかったりするけど、厳島神社だよね?
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 社殿裏手に回り込むと、「嚴島神社敷地 拾貮坪」と刻まれた石碑と境内社がある。こちらはどなたを祀った祠なのかは不明。

2011年12月追記
 GoogleマップやMapionには、こちらの厳島神社のある場所に八雲神社と記載されている。もしかしたらこの石祠が八雲神社であるのかも知れない。

青龍神社

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 175号線を星宮神社前から大体300m程も南下した所で十字路を右折、200m程進むと西宿公民館があるがそのまま西進して出流川を越え、突き当たった先にある民家の脇の細道を入って行くと青龍神社がある。
 と、簡単に書いたが初めは見つけられなかった。なにせGoogleマップに表示されている所はどう見ても民家にしか見えず、勝手に入って行くのは躊躇われたので確認のために近所の人に場所を訊いてみたら、その民家の脇の道を入って行くと教えて頂いたものの、脇と言うよりほとんど庭先を横切っている気分だった。
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 鳥居をくぐって短い石段を上ると覆屋があり、左右の標石には青龍神社と御嶽神社の名前が見える。
 話を訊いた近在の方は小さい神社なので期待しないようにと言っていたのだが、なかなか綺麗に掃き清められていて悪い感じは受けない。確かに大きくはないが、覆屋の無い神社も少なくはないし、特に小さいということもないだろう。
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 左手側には「御嶽神社 青龍神社 木曽登山 三十三度 補権少講義」と刻まれた石碑と馬頭観世音と刻まれた小さな石碑がある。
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 本殿。そう言えば、こちらの祭神はどなただろう?
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赤見村忠魂塔

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 市場瓜柵公民館前の道を北東へ60m程も歩くと神明鳥居が立っており、社号標石には赤見村忠魂塔とある。護国神社のようなものだろうか。
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 一面草茫々ではあるが、歩き難いと言うほどでもない。半ば木に覆われて見え難いが、奥に石段がある。
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 石段を上るとその先に忠魂塔。
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 狛犬の姿も。
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 階段を下り、左手側へと回ると思いの外に敷地が広い。
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 忠魂塔のほぼ真裏辺り。庚申塔がぽつぽつと見える。
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 なぜかそれぞれ大小のセットになっている。

赤見町星宮神社

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 神明宮前から東進し、県道175号山形寺岡線と合流したら南へ向かうと左手側に見えて来る。駐車スペースがあるかどうか判らなかったので市場瓜柵公民館に車を停め、あとは徒歩。・・・あとで地図を見たら、もっと近い所に市場町公民館があった○刀乙
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 石垣で固められた土台の上に社殿がある姿はちょっとしたお城のようでもある。ここは元々は古墳であり、ぱっと見にはまるでそのようには見えないが、直径約20m、高さ約4m程の規模の円墳なのだそうだ。
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 石垣の脇には左側に青面金剛、右側によく判らないお堂。
 石垣一段目の巨大な庚申塔がやたらと目立ち、青面金剛はいまいち地味な感じ。
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 石垣二段目の境内社群。左側二つは判らないが、右側は奥が豊受媛大神、手前が庚申塔。
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 石垣三段目、つまり墳頂。意外と広いものの、奥の方は手摺が無いので要注意。
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 上二枚は手摺と狛犬の隙間に身体を入れ、超広角で至近距離から撮影しているためにかなり強烈なパースがかかってしまっているが、それでもなめらかなラインを持った造型であることがよく判る。
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 右側に回り込むと、鞘殿の側壁に大きなしゃもじが貼り付けられているのだが、一体なぜ・・・?
 ところでこの神社は星宮神社なのだから、祭神は瓊瓊杵尊か天津甕星かと思いきや、
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 なんで猿田彦大神? まぁ、星宮神社には天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)や磐裂神・根裂神(イワサクノカミ・ネサクノカミ)を祀っている所もあるそうなので、瓊瓊杵尊や天津甕星でなかったとしても驚くことはないのだろうが・・・。
(2010年9月11日追記。こちらの御祭神は豊城入彦命であるそうだ)

 お堂の脇を通って奥へと進むと、庚申塔がごろごろと転がっている。猿田彦神を祀っている神社であるなら不思議はないが、まるで打ち捨てられているかのようで、少し物悲しい。
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 半ば埋もれてしまっているこちらは青面金剛だろうか。
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 庚申塔群手前には石碑や石塔がいくつかある。その内の一つに太子神社と刻まれているのだが、太子神社と言うのは聞き覚えが無い。
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 鬼神のようなものが彫られているが、一体なんだろう? そして、読めない○刀乙
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赤見町神明宮

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 駒場交差点を南東へと進んで一つ目のX字路を右折、出流原川を渡ると右手側に社号標石が見えて来るので、その先の十字路を右折すると標石前に到着する。駐車場は無いが、ここで道が終わっているので道端に停めても交通の妨げになる心配は無い。
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 鬱蒼と茂る木々の中に神明鳥居があり、その先から石段が伸びている。
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 石燈篭の裏にちょこんと顔を覗かせている庚申塔。
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 石段は短そうに見えて意外と長い。
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 階段を登り切ると、狛犬がお出迎え。
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 拝殿の脇になぜか石仏が。庚申関係かとも思ったが、青面金剛でもないようだし、なんだろう。
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 社殿左側境内社群。不明、不明、大平山神社。
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 社殿右側境内社群。いずれも不明。

寺久保町熊野神社

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 寺久保町公民館から西側へとてとてと歩いて行くと、やがて見えて来る看板s。熊が出るっすか・・・とは言え熊が人里に下りてくるのは秋頃の筈だし、山の中にでも入り込まない限りは遭遇することもそうそう無かろうよ。
 ともかく、熊野神社はこの先にある筈なので熊に出会わないことを祈ろう。
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 熊どころか人とすら出会わない。
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 数分も歩くと、右手側に鳥居が見えて来る。なぜか神明鳥居と明神鳥居が連続して。
 額には熊埜神社と彫られているのだが、肝心の神社の姿が見当たらない。まさかここから藪を掻き分けて進むのか・・・いや、それはナイ。
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 逆から見ると、こう。なぜそんな所に鳥居があるのかは判らないが、神社はまだ先のようだ。
 ところで、ここでふと異臭が。果物が腐ったような臭いだったのだが、参拝を済ませて再びここを通りかかった時にはもうその臭いはしなくなっていた。なんだったのだろう。
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 それはさておき、そこから歩くこと二~三分、奥の方に石段らしき物が見えて来た。
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 進んで見ると、間違いなく神社がある。左奥に見えるのは社号標石だろう。
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 間違いなく、熊野神社とある。輝度差ありすぎて屋根が白飛びしまくり。
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 さほど高くも無い石段を上ると、正面に拝殿、左脇に水盤、奥には境内社らしきものが見える。
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 脇から。拝殿の奥には幣殿と鞘殿が見える。
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 本殿背面。
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 本殿左右。
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 拝殿手前左側にある皇紀二千六百年記念碑と石祠。祠の額には木霊神社と刻まれていたが、聞き覚えの無い名前だなぁ。
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 石祠の隣からは奥へと道が伸びており、境内社がずらりと並んでいた。
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 長山正行嘉彦命と塩嶌正行和人命、だろうか? 聞き覚えの無い名前だし、Google先生も知らないようだ。 正行というのは食行や角行などと同様の行名だと思うので、長山嘉彦という人と塩嶌和人という人を神格化したものではないだろうか。
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 富士の図柄の下にお坊さんのような絵が見て取れる。右下に塩嶌和人、左下に塩嶌忠?との文字も。
 その右には小御嶽石尊命、大天狗小天狗。小御嶽なら磐長姫かとも思うが、石尊・・・? 大山祇神だろうか。
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 高尾山。あとは不明。
 高尾山ということは薬師如来か飯縄権現か。天狗繋がりで飯縄権現である可能性が高いが、どうにも自分の推測は外れる方が確立高いようなので、なんとも。
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 一つだけ離れた、やや高い位置にあるこちらはなんだろう。社名を示すものは見当たらなかったが、鎌倉の大仏のミニチュア像と高崎の白衣大観音のミニチュア像が置かれていたのでお堂かも。

寺久保町雷電神社

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 出流原弁天前の通りを北西へとひた走ると寺久保町公民館があるのでそちらに車を停め、そこから北東へと細い道が伸びているので山際に沿って歩いて行くと突き当たりに雷電神社がある。
 特に祭神を示すようなものは無かったが、佐野ならば別雷神(ワケイカヅチノカミ)だろうか。ところで別雷とは若雷(ワカイカヅチ)のことであると書かれていることが多いのだが、八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)の若雷とは別物だよね? 別雷神の両親は大山咋神と玉依姫で、若雷神は伊弉冉尊から発生したわけだし。
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 覆屋の隙間から本殿を覗き込める。
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 龍の彫刻が施されている。別雷神は雨をもたらす水神としての性格も持っているとのことなので、その象徴だろうか。
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 背面には雷神。なんともユーモラスな造形だ。
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 こちらは大雨を描いたものか。
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 社殿左奥の斜面を上った所には境内社群。
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 左から生馬大神、不明。狐の置物が散乱しているので、稲荷神社かも知れない。
 ところで生馬大神とは生駒神のことだろうか。島根県にある生馬神社は生駒神では無いようだが、奈良県にある往馬大社は伊古麻都比古神と伊古麻都比売神を祀っており、生駒明神とも生馬八幡大菩薩とも呼ばれていたようなので、生馬大神とは生駒神であると見ていいだろう。
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 勝善神。九尾の狐を退治した勝善親王を神格化したものとも、馬頭観音の化身であるとも言われる神様で、どちらも馬に関わりがあることから生駒神とも縁が深いようだ。
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 左から秋葉山、大神宮、象頭山。ということは軻遇突智命、天照皇大神、大物主神か。

清明塚皇大神宮

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 国道293号線へと戻り、出流原町方面へ向かう途中の右手側にぽつんと小さな古墳のような盛り上がりがある。実際、清明塚古墳と呼ばれる円墳なんだけど。
 周りは一面田圃だが、古墳の前に細い農道があるのでそちらに駐車。
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 標石には清明塚皇大神宮と刻まれている。名前から察するに、祭神は天照皇大神だろうか。
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 頂は然程広くも無く、石祠が二つと石塔、水盤があるのみ。
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 名を示すものは無いが、中央部に鎮座していることから見て、こちらの祠が皇大神宮だろう。
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 こちらは浅間神社。
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 三拾三度大願成就と刻まれた、富士塚などでよく見かけるあれ。
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 北西側から。もっと引いて撮影すれば良かったかな。

赤見町金毘羅神社

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 八幡宮前の道を西へと歩いて行くと、金毘羅神社がある。
 琴平神社ではなく金毘羅神社であるというのは、この辺りでは珍しいような気がする。通常、琴平神社や金刀比羅神社の祭神は大物主神であるが、神仏判然令以前は金毘羅大権現は宮比羅大将であるともされており、宮比羅大将の原型となったインドの水神が鰐であった為、日本では龍神とも見なされている、とウィキペディアに書いてあった。
 この辺りは山が多いが平野部は田圃が広がっているので、雨を降らせてくれる龍神を信仰していたとしてもおかしくはないなぁ。実際、近くには青龍神社とかもあるし。尤も、由来書きが無いので正確なところどうなのかは判らないのだけどね。
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 拝殿には天狗の描かれた絵馬が何枚か見られたが、金毘羅神社で天狗と言えば関わりがあるのは崇徳上皇なので、崇徳上皇が祀られているのは間違いなさそう?
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 拝殿と本殿を繋ぐ部分が無くなっているので直に本殿に拝礼することが出来るが、既に拝殿前で拝礼しちゃってるんだよなぁ。
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赤見町八幡宮

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 ゴルフクラブから南下し、本願寺の看板が見えたところで右に曲がるとすぐに二岐に分かれるのでそこを左に入って行くと、少しして右手側に鳥居が見えて来る。鳥居の脇に車を置けるかとも思ったのだがかなり傾斜がきつく、ここに車を停めるのは躊躇われたので今来た道を戻り、駒場公民館に車を停めることに。
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 公民館から歩いて来ると、途中に小さな祠があることに気付いた。はてさて、何の神様なのか。
 先程の鳥居まで戻り、そこから入って行くと
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 奥に社殿が見えてくるのだが・・・あれ? なんか横向いてね?
 拝殿前まで行くと、今入って来たのは裏参道だったということに気付いた。不本意ではあるが、今更仕方がない。
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 拝殿は堂々とした造りで威厳がある。
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 向かって左側に神楽殿。こちらでは駒場神楽が奉納されるようだ。
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 向かって右側の奥にある境内社。どなたを祀った社なのかは不明。
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 この写真では判り難いかも知れないが、左側には境内社が一列に並んでいる。
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 左から浅間神社、不明、台座だけ。
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 浅間神、不明、壊れてる。
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 不明、織姫神社。
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 境内は一通り見たようなので、表参道へ。
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 狛犬。こちらの狛犬はきちんと頭に角のような物が付いている。
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 そして正しい入り口へ。
 なんと右側には数台分の駐車スペースがあり、公民館に車を置いて来る必要は無かったことが判明○刀乙

鳩峰神社

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 越床トンネルを佐野方面へと抜け、駒場交差点の手前の交差点を左へ曲がってそのまま道なりに進んで行くと佐野ゴルフクラブへと到達するのだが、ゴルフクラブ入り口の手前に立っている鳥居が上の写真。
 鳥居をくぐり階段を登ると、そこはもうゴルフコース・・・え? 神社は? 神社はどこ?
 周囲をぐるりと見回してもゴルフコースとゴルフを楽しむ客の姿しか見えない。左奥の池の上に赤い神橋のようなものが掛かっていたが、しかし客でもないのに勝手にコース内を歩き回るわけにもいかず、撤退することに。
 数年前まで鳩の峰にあった鳩峰山神社をこちらに遷座したものなのかと思っていたのだが、これではさっぱり判らない。
 ところでこのゴルフクラブの東端にある山の頂には岩峰神社という神社があるようなのだが、そこ、入って行っていいのかな? 293号線からコース内へと繋がっているようなのだが、しかし、そこもゴルフコースの中だしなぁ・・・。

樺崎町浅間神社

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 国道293号線沿い、越床トンネル手前にひっそりと建っている浅間神社。
 300m程西にみどりの一里塚と言うパーキングエリアがあるので、そこに車を停めることに。1kmほどの距離に樺崎工業団地があるせいか、この道はトラックなどの通りが多い。もっとも、見通しは良いので横断にはそれほど困らないのだが。
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 小さな碑にも文字が刻まれていたのだが、草書体なのでさっぱり判らない。
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 拝殿右奥、一段高くなったところには小さな祠があり、正一位應永稲荷大明神と書かれている。
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 越床トンネル足利側口。トンネルの半ばから先は佐野市になっている。

蔵王権現古墳

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 208号線を北上し、ガソリンスタンド手前で右折。大坂橋を渡った先を北へ向かうと左手側に名草下町自治会館があるので、そこの駐車場に停めてぐるっと回り込んだ所にある。
 まっぷるを見ると御嶽神社と記載されているのだが、蔵王権現古墳と言う事は蔵王権現を祀っているのだろう。いや、神社だから安閑天皇かも。
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 古墳系サイトを見ると、この辺りは丸木古墳群と呼ばれ、多くの古墳が存在しているらしい。
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 階段脇には左側に庚申供養塔、右側に仏坐像。蔵王権現像と言う事でもないようだ。
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 階段を上った先はそこそこ広い敷地になっており、正面に本殿とそれを覆う鞘殿。左側に社務所がある。
 鞘殿と社務所の間には奥へと通じる小さな上り道があるのだが、そちらが古墳の頂になるようだ。蔵王権現古墳は前方後円墳と言う事なので、こちら側が後方になるのだろう。
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 鞘殿は見ての通り屋根と骨組みだけになっているので、隙間から本殿がよく見える。
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 奥へと入ると、頂の手前に富士を象った図形と浅間大神と刻まれた石碑がある。
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 古墳の頂には大きな木が生えており、その脇辺りに石祠がある。ここから背後へ振り返ると、奥の方にこんもりとした盛り上がりがいくつか見えたので、それらも古墳なのだろう。
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 雷電宮、と刻まれている。
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 頂付近から下を見ると、左側に鞘殿、右側に社務所が見える。この写真だとかなり暗い所のように見えるが、実際のところ、そうでもない。単に奥の景色が白飛びしないようにしたらこうなっただけ。

 この後、講利記念稲荷神社があるということで奥右側に見える山の方へと歩いて行ったのだが(大体1kmくらい)、登り口が発見できず断念。Google先生に訊いてみても手掛かり無し。

名草下町八坂神社

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 栃木県道208号飛駒足利線を北上し、登戸橋を越えて100mと行かぬうちに十字路(形的にはX字路と言いたいけど)を左折するとすぐ脇にある。五月の頭頃に参拝した八剱神社とは直線距離にしてほぼ140m程しか離れていないのだが、その時は登戸橋は越えなかったので気付かなかった。
 ロープが張られているので神社の境内には入ることができない為、鳥居の前から拝礼。奥の方に見える石祠よりも隣にある社務所の方がきちんとした建物になっているのは少々納得のいかないものが。
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 こんな時こそアポランターの出番だよ! 普段は持ち歩かないんだけど、今回はなぜかカメラバッグの中に入れてあったんだなぁ。

長尾弁天

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 足利七福神の一つで、通六丁目にある厳島神社。
 67号線沿いにある足利銀行東側の交差点を北へ向かうとその先の交差点手前左手側に目にも鮮やかな両部鳥居が見えて来る。
 こぢんまりとした神社で、境内にはベンチやテーブルなどが設置されているせいか、休憩所として使っている人もいるようだった。
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 この写真では見えないが、拝殿の右奥には小さな池があり、鯉の泳ぐ姿が涼しげであった。
 手前には絵馬がずらりと奉納されていたが、その隣には
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 こんな立て看板が。んー、金運ねぇ。そう言えば自分の財布の中にも上野の不忍池弁天の五円玉が入っていたな。・・・御利益ねぇなぁ。
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 境内には由緒書きがなぜか二つあり、それによれば、この長尾弁天は足利長尾氏の守護神として祀られていたのだが、神仏判然令により厳島神社となり、祭神に市杵島姫命を据えたということであるらしい。

「御社はもと長尾家伝来の守護神として西宮町の長林寺に祀られておりましたが1868年の神仏分離令により当地へ遷座されたものであります。
 弁財天は古く農耕水運の守護神として良民に福徳を与え尚情操とやすらぎをほどこす女神として住民にしたしく弁天様といわれ拝神されてまいりました。
 遷座以来当地域に於ては水火の災なく今日隆々として楽しく生活が暮らせますのも御神威の御加護によるものであります。
 御祭神の御祈祷については家内安全、商売繁盛、開運福徳、交通安全の御神威はもとより入試合格良縁祈願の御加護も大きく尚長尾城主の但馬守景人は山ノ内上杉氏の老臣長尾景仲の一族で文正六年(1466年)に足利庄の地頭として来足六代にわたり百二十余年領主として大過なく務められたのも御神威によるものとされております。今日御神威のしからしむるところにより崇敬者は年々増加しておりますのも御加護によるものと存じます。
 足利市通六丁目 厳島神社奉賛会」

「六丁目弁天は足利領主三代目の長尾景長が西宮の長林寺に祀ったものであり、長尾七弁天の一つとされている。その後、明治元年の神仏分離令により現在地に遷座し、厳島神社となった。以来地域の守護神として厚く敬神され、安芸の宮島を見学して、それを模した鳥居も奉納された。この地域は、水害、火災もなく、各家庭や町内が仲よく和合して人情も厚い。弁天様のおかげと深く信仰され清掃もみんなで行っている。弁天様は水の神、芸術の神であり、財宝利得をもたらす女神である。
 お祭り 五月第二日曜日」

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 ここから北へと向かって行けば長林寺や西宮神社、本経寺などがあるのだが、なんだか気が乗らなくなったのでこの日はこれで撤収。
 帰りがけに本屋に寄って、ふおんコネクト!の2巻と落花流水の3巻を買ってみたり。

子安観音堂

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 常念寺の脇から伸びる階段に子安観世音菩薩と書かれた幟が立っていたので上ってみることに。
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 階段の手摺に掛けられた標識。簡単に天狗山~両崖山などと書かれているが、そもそもここから天狗山に行くまでに山を四つほど越えなければならなかった筈なのだが。
 標識の上にはガラス張りの看板が立てられており、子安観音の縁起が書かれていた。角度がうまく合わなくてPLフィルターをかけても反射を消しきれなかったが、なんとか読み取れる程度には撮れたのでとりあえず良し。

「 坂東三十一番札所 子安観音縁起
 この坂の上の御堂には子安観音がまつられて居ります。子供を抱いた高さ約十センチの銀の立像で白銀観音とか、昔の地名にちなんで清水川観音、念誦坂観音とも呼ばれ、安産、子育てのほとけとして知られて居ります。
 文治四年(1188年)足利義兼の婦人時子姫が懐妊したとき、多くの占い者が女子と占いましたが、どうしても男子が欲しかった義兼は伊豆走湯山般若寺の理眞上人を招いて変成男子の呪法を行わせました。この結果後に源姓足利氏三代目の統領となった三男義氏が生れましたが、この呪法に使われたのが四明道人作と伝えられる子安観音の像で、修法の場所は福厳寺だったので御座います。
 像はその後一時所在不明となっていましたが享保二十一年(1736年)三月、福厳寺の工事の時、裏の岩窟の中から呪法を刻んだ一枚の鉄板と一緒に発見され今日に至って居ります。以来その尊像はこの坂の御堂に安置され近在近郷の人達から霊験あらたかな子育て観音として信仰者を集め常に参拝者が絶えず縁日(四万八千日)には多くの露店も出て誠に賑やかなもので御座いました。その折角の御堂も永い間の風雪に晒され荒れ果て次第に朽ちてまいりましたのでこれを痛く心配なされた第二十七世福厳寺住職福山忠道師がこれが改修を志し永年に亘って極めて質素な生活をなし営々と観音堂改築の費用をたくわえそれを全額提供致しました。それがため忠道老師単独のお力にて現在の御堂が立派に新築完成されたので御座います。 時 昭和五十二年十二月二十一日 」

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 階段を上りきると、その先にはなかなかに立派なお堂が建っている。
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 境内の端から下を見遣れば、常念寺と上って来た階段が見える。右奥の方に見える山は浅間山で、山頂には浅間神社がある。この日は初山祭(通称ペタンコ祭り)が行われていた為、周辺の道路はかなり混み合っていた。
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 それはさておき、お堂の脇には石塔やら石碑やらが点在している。
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 石塔の横には上り道が見える。ここからハイキングコースへと続いているのだろう。
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 上り道に入ってすぐ左手に庚申塔群。
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 少し上ると、また庚申塔群。
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 そしてまた少し上ると庚申塔群。
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 その向かい側にも庚申塔群。・・・実はこの奥にもある。
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 少し上り、振り返って見るとこんな感じ。奥に見えるのは観音堂。こうして見ると、庚申塔がちょっとしたコロニーを形成しているようだ。なぜこんなにも固まってあるのだろう。

 天狗山山頂には山神社があるということなので行ってみようかとも思ったのだが、地図を見ると本経寺まで車で上り、そこから天狗山を目指した方が早そうなので今回はパス。

今福町弁財天

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 白山神社の参道入り口から北西へ250m程進むと右へと伸びる道があるのでそちらへと入り、200m程も行くと二岐に分かれるので左へと進むと道端に朱も鮮やかな両部鳥居が立っている。まっぷるでは弁財天とのみ表記されており(GoogleマップやMapFanでは存在すら判らない)、また鳥居の額束にも弁財天と書かれているので神社としては登録されていないのかも。
 比較的新しそうに見えるが、いつごろ創建されたものなのだろうか。
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 弁財天とはなっているが、社殿の周囲を水に囲まれている辺りを見ると、やはり市杵島姫命と習合したものなのだろう。
 それはともかく、柱にいる守護獣がなんだか怖い。目の部分が黒目しか無いせいか、グレイかなにかのように見えて仕方がない。
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 境内社もあったのだが、どなたを祀ったものなのかは判らなかった。

今福町白山神社

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 常念寺の西200m程の距離にある交差点を北側へと向かい、60m程進んだところで右を向くと白山神社参道への入り口がある。駐車場は無いが、この時は水道山の駐車場に停めてそこから徒歩で来ていたので困ることは無かった。
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 石段を上って行くと、突き当たりに鳥居が見える。鳥居の手前を左に折れるとその先は墓地になっており、この日は新たに墓石の設置でもしていたのか、ミニユンボの姿が見えた。
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 白山神社と言う事は、祭神は白山比神(シラヤマヒメノカミ)、伊弉諾尊、伊弉冉尊か。
 しかし、この白山比神というのがどんな神様なのかよく判らない。一般的に菊理媛神(ククリヒメノカミ)が白山比神ということになっているのだが、白山比神と菊理媛神を繋ぐエピソードが見当たらない。そもそも白山は奈良時代に泰澄大師によって開山したもので、泰澄大師が祈念していると九頭龍王が現れ、それを白山妙理大菩薩と称して本尊に据えたと言われているそうなのだが、この白山妙理大菩薩とは伊弉冉尊のことであり、本地仏は十一面観音であると言う。伊弉冉尊の本地仏は千手観音だとも聞いたことがあるのだが、十一面観音も千手観音もどちらも観世音菩薩の化身だそうだからいいのかね。そもそも本地垂迹云々はごちゃごちゃしていてよく判らん。
 ともかく、白山比神が伊弉冉尊なのであるならば、どこから菊理媛神が白山比神ということになったのだろうか。てことで更にGoogle先生に訊いてみると、泰澄大師の父は高句麗からの移民であり、泰澄大師が祀ったのは白山妙理大菩薩ではなく高句麗媛だったとする説もあるそうで、高句麗媛(こうくりひめ)が菊理媛に転化した、ということであるらしい。どちらかが正しいと言うよりも、色々な説が混ざってしまった結果、白山比神=菊理媛神ということになったのかも知れない。
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