飯塚町長良神社

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 新井町から東へ向かい、国道407号線を越えて飯田町に入り、中央公園の南にある雷神社に行くつもりだったのだが、この日(7/12)は祭りでもあったのか、開け放たれた拝殿の中におっちゃん達がたむろしていたのでパス。そのまま南下して九合小学校の南にある長良神社へ。そしてまたここで自転車の後輪がパンク。呪われてるんかい○刀乙

 ところでこちらの鳥居は久々に見る両部鳥居なのだが、よく見ると稚児柱が八角形になっている。ちょっと珍しいかも?
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 拝殿。
 長良神社と言うことなので、藤原長良公を祀った神社なのだろうと思っていたら、
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 賀茂神社と合祀されてるよ。
 どちらがメインなのだろうかと思ったが、群馬県神社庁のサイトを見ると飯塚町にある神社は長良神社だけのようなので、藤原長良公が主祭神で別雷神が相殿神なのだろう。
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 拝殿手前右手側にある建物に納められた壊れかけた祠二つ。なんだろう。
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 その隣に並ぶ境内社やら石碑やら。
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 二段目の石碑には「元村社賀茂神社社殿遺跡」と彫られており、後ろには小舞木村社惣代とあったので、もしかしたらこちらの賀茂神社はかつては小舞木町にあったのかも。ちなみに、長良神社の東100m程の距離にある交差点を越えるとすぐ小舞木町だったりする。

 これで7月12日参拝分は終了。
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新井八幡宮

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 伊佐須美神社から南西へと進み、新井町北交差点脇にあるセブンイレブンの南側に八幡宮がある。この近くにある文真堂やブックマンズアカデミーにはよく行っていたのだが、こんな近くに八幡宮があるとは今まで気付かなかったわさ。
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 狛犬。筋肉質ながらももっちりした感じが。
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 拝殿正面。
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 西側にも神明鳥居。
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 獅子舞と言うとどうも正月のイメージがあるのだが、この神社では九月に行われるのね、へー。
 こちらを見ると、他にも獅子舞を奉納する神社があるみたい。
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 拝殿左側にある境内社。稲荷神社と金毘羅神社、山神神社が合祀されている。
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 朱色も鮮やかな本殿と覆い屋。
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 本殿の裏に並ぶ末社群。
 左から二つ目が稲荷神社、右奥の二つが八幡宮と出雲神社。それ以外は不明。
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 更にその右奥に並ぶ石碑群。
 左から、大日本捷軍萬祈彦男奇神魂、冨吉?元命、正一位笠葉稲荷大神、産(神虫)豊臺姫嘉美奉魂、謎の石祠。右から二番目の石碑は木花開耶姫と磐長姫を纏めたかのような名前だなぁ。
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 右奥の石祠の中には金属製っぽい円い鏡が安置されていた。御神体、ということだろうか。
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 石碑群の前、本殿の右側に浅間神社。背後の石碑群と併せて富士塚を形成しているのかな。

伊佐須美神社

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 平和通りを南下して行くと、太田駅の西200mちょい程の距離にある。
 写真の左右の標石には出雲神社、伊佐須美神社とあるが、実は奥にもう一つ、出世稲荷神社がある。四方にそれぞれ80mほどの広さの敷地の中に三つの神社が存在しているわけだ。なお、上の写真に写っているのは伊佐須美神社。
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 東側から見ると正面に出雲神社。その右手前に伊佐須美神社があり、その手前は社務所になっている。
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 南側から入り、鳥居をくぐる前に左を向くと境内社。金刀比羅宮と弁財天が並んでいる。
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 弁財天の隣には神楽殿と思しき建物と、その奥に出雲神社。
 境内のあちこちに車が停まっていたりネームプレートが立てられていたりするが、どうやら月極めの駐車場として使われているようだ。世知辛いねぇ。
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 神楽殿(?)の壁には落書きの跡も。いやだねぇ。
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 出雲神社拝殿正面。
 出雲神社ということは、祭神は大国主だろう。
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 出雲神社の右側に五十猛神社。熊野神社にはいなかったのに、何故に・・・。
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 伊佐須美神社拝殿正面。額には伊産濟宮と書かれていた。
 崇神天皇の勅命により北陸を平定した大毘古命(オオビコノミコト)と東海を平定した建沼河別命(タケヌナカワワケノミコト)の親子が会津で合流した際に天津嶽山頂に伊弉諾尊と伊弉冉尊を祀ったのが伊佐須美神社の始まりであり、伊弉諾尊と伊弉冉尊、大毘古命、建沼河別命を纏めて伊佐須美大明神と呼ぶらしい。・・・で、なんでそんな戦神っぽいのがこんなとこにある訳なのさ?
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 本殿。
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 出世稲荷神社。
 本殿が拝殿に飲み込まれとる・・・。
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 稲荷神社の隣に建つよく判らないお堂のようなもの。別満堂、でいいのかしらん?
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 ブロック塀を挟んで末社群と夫婦杉。
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 左奥から二番目が神明宮であることは判ったのだが、あとは不明。
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 南側から見て、左から出雲神社、出世稲荷神社、伊佐須美神社。

熊野町熊野神社

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 県道128号線を西へ向かってだーっと走り、熊野町交差点の先、341号線とぶつかる交差点から北へ向かって進むと程なく見えて来る。
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 拝殿手前右側に建てられた記念碑。
「熊野神社は元久元年(1204年)出羽の修験者小坂上人により御遷座されたとも言い伝えられています。当時から鎮守の杜として近郷近在の人々から「おくまん様」(御熊野様)とも呼ばれ尊崇されていました。境内には神社守護職としての観音寺が建立されており稲荷様、弁天様、山の神々も祀られ例祭には大変賑わいをみせていました。ところが、幕末の頃の廃仏毀釈により廃寺となってしまいましたが神社は寺とともに崇められ心の拠りどころとなっていました。特に神社は何度も改修を重ねましたが昭和十五年には皇紀二千六百年記念事業として大改修を経て現在に至りました。しかし、その後六拾有余年経過し屋根の傷みが進み修理のことが話題に上るようになりました。折しも、今年が御遷座八百年に当たることから昨年、拝殿改修委員会を設置し改修等の諸工事や募金方法について鋭意検討してまいりました。その結果、地元の皆様の賛同を得て平成十六年七月には関係者出席のもと工事の安全祈願祭を執り行うことができました。そいて平成十六年十月、秋季大祭の佳き日に落成式が盛大に挙行されました。ここに改修等の趣旨に賛同され惜しみない、ご尽力ご協力をいただいた地元氏子の皆様、神社、守護会、工事関係者のお蔭と深く感謝申し上げ、その一端を記すものです。
平成十六年十月十七日 熊野神社拝殿改修委員会撰」

 今年が平成20年だから、まだ4年前か。・・・あ、拝殿の写真撮るの忘れてた○刀乙
 熊野神社だから祭神は熊野三神(家都御子神、熊野速玉男神、熊野牟須美神)かと思ったら、櫛御気野命(クシミケヌノミコト)と大屋津姫命(オオヤツヒメノミコト)、抓津姫命(ツマツヒメノミコト)の三神だった。家都御子神と櫛御気野命はどちらも素盞嗚尊の別名だそうなので、熊野神は素盞嗚尊が主ってことなのかね? ケツとかミケとか稲荷神に通じる音を持っているのも興味深いなぁ。古事記においては宇迦之御魂神は素盞嗚尊の子ということになっているし。
 ところで素盞嗚尊、大屋津姫命、抓津姫命と揃っていて五十猛命がいないのは何故よ?
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 三つ並んだ本殿。それぞれに一柱ずつ祀られているのだろうか。
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 本殿右側にある小さな祠には小坂上人が祀られていた。

 熊野神社の南東300m程の距離に八坂神社があるのでそちらも参拝するつもりだったのだが、この日はどうも例祭だったらしく近在の人達で賑わっており、お邪魔するのもなんなので立ち寄ることなく次の神社へ。

東長岡町八坂神社

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 神明宮前から128号線を西へと向かい、東武伊勢崎線の踏切を越えた先にある交差点を北東へ進んで行くと右手側にちんまりとした社が見えて来る。八坂神社である。
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 隣には正体不明の末社。

東長岡町神明宮

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 先日参拝した石原賀茂神社の西側に東長岡交差点があるのだが、そこから県道128号線を西へ200m程も進むと右手側に見えて来る。
 神明鳥居の手前右側には東長岡神明宮お田植祭と刻まれた石柱があり、その脇に詳細を記した看板がある。
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 鳥居をくぐるとすぐ左側に並ぶ庚申塔。
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 その先に並ぶ末社群と庚申塔。前列左端が金刀毘羅宮であることと、前列右端が八幡神社と賀茂神社を合祀したものであることは判ったのだが、あとはさっぱり。
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 拝殿正面。
 狛犬はおらず、替わりに石臼のようなものがある。これは以前参拝した碓神社でも見かけたことがあるが、はてさて、どんな意味があるのだろう?
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 本殿。
 瑞垣の下の隙間から覗き込んでいるので、左上の方に瑞垣の一部が写り込んでしまった。
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 本殿の右に建つ摂社・・・だと思う。どなたを祀っているのかは判らなかったが、菊花紋がついていたので、皇室に関係しているのではないだろうか。
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 社の下には小さな石碑のようなものがあったのだが、しかし一部が削り取られたかのような有様になっていた。まるで、この石を上の社で封印しているかのようではないか。
 ・・・ま、それなら見えるようにしている筈も無いので考えすぎなのだろうけど。

下小林町神明宮

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 下小林交差点から122号線を北西へ進み一つ目の信号で日本梱包運輸倉庫前の道へと入って道なりに進むと若葉幼稚園の先に神明鳥居が見えて来る。
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 7月13日は八坂神社の夏祭りと言う事であったが、12日のこの時点ではまだ準備などをしている人の姿は見られなかった。尤も、このエントリーを書いているのが既に14日だったりする訳なのだが。
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 神明宮拝殿。中を覗きこむと、既に長机などが運び込まれていた。基本的な準備は済んでいたようだ。
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 拝殿手前右側に八坂神社。
 神明宮前で出会った人の話によると、明治時代の一村一宮政策により、近在の神社を纏めてこの神明宮に遷座して合祀しているのだそうだ。
 確認しただけでもこの八坂神社の他に産泰宮、三笠山神社、御嶽山神社、八海山神社、小御嶽石尊大権現などがあった。・・・山関係多いな。
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 拝殿左裏手にある産泰宮。
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 こちらは拝殿右手側。左から三笠山神社、御嶽山神社、八海山神社。
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 更に右手奥。境内の端あたりにある小さな塚の上に小御嶽石尊大権現・・・なのだが、見ての通り崩れてしまっている。
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 拝殿の裏手にはなぜかアスレチックコースが・・・。

竜舞町白山神社

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 国道122号太田バイパス下小林交差点北側にあるセブンイレブン前から伸びる道を東へ400m程進むと民家の間に細い道があり、そこを入って行くと白山神社がある。
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 神社の左側は公園になっており、小学生くらいの子供が何人も遊んでいた。元気そうでなによりだ。
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 拝殿は開け放たれており、格子の隙間から覗き込まなくても中が見られた。
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 裏手に回ると神輿が出されていた。祭りでもあるのかな?
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 覆い屋があるところを見ると、摂社かな。額が掛かっていなかったので何神社なのかは判らないが、おそらく八坂神社ではないだろうか。下小林の神明宮にある八坂神社や熊野町にある八坂神社では13日が夏祭りだったから、或いはそうなのかも知れないと言う推測でしかないのだが。ちなみに撮影したのは12日じゃよ。
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 その隣にちょこんとおられる石祠。中に陶器の小さな狐が置かれていたが、それだけで稲荷神社と判断するのは早計か。
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 拝殿前のフェンス際の目立たない位置にある庚申塔。

竜舞町神明宮

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 賀茂神社を後にしたのが大体9時頃。ここに辿り付いたのが大体9時40分。賀茂神社からここまで直線距離で1kmも離れていないわけで、普通ならそんなに時間がかかるわけもないのだが・・・えー、道に迷ってました。地図持っていて○刀乙
 とりあえず、目的地には着けたから良し!
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 神明宮の社号標石は隠れてしまっていて、正面からはまず見えない。
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 鳥居に対して背を向けているのは珍しくないかい?
 手前の建物は神明宮の社務所と竜舞一区区民会館を兼ねており、駐車場はそれなりの広さがある。
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 左側の建物はおそらく神楽殿だろう。その右が社務所。そして拝殿。
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 拝殿正面から。
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 拝殿の内部を覗き込んで見ると、いくつかの神社が合祀されているのが判る。
 判るのだが・・・右から二番目はなんて読むんだ? IMEパッドを使っても出て来ないし、漢和辞典を見ても判らない。
 とりあえず、御霊神社と大山祇神社、羽黒神社、八幡宮、春日神社、菅原神社は確定。拝殿の周囲にこれらの境内社は見当たらなかったので、ここ一箇所に纏めてあるのだろうか。
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 拝殿手前右側に浅間神社。隣の小さな祠はなんだろう。小御嶽神社かな?
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 浅間神社のある塚の麓に並ぶ石碑やら石祠やら。
 右端の石仏はなんだか判らないが、その隣は食行霊神&角行霊神の毎度おなじみ富士塚コンビ。その奥二つは共に馬頭観音。
 奥の八つの祠は左奥から順に優鉢羅龍王(うはつらりゅうおう)、摩那斯龍王(まなしりゅうおう)、阿那婆達多龍王(あなばだったりゅうおう)、徳叉迦龍王(とくしゃかりゅうおう)、和修吉龍王(わしゅきつりゅうおう)、娑伽羅龍王(しゃからりゅうおう)、跋難陀龍王(ばつなんだりゅうおう)、難陀龍王(なんだりゅうおう)の八大竜王。ちょっと珍しいような気もするが、どうも以前は神應寺の管理下にあったようなので、そういった関係もあるのかも知れない。

竜舞町賀茂神社

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 竜舞西交差点から西へ200m程進むと休泊公民館があり、その隣に賀茂神社の一の鳥居が建っている。
 ちなみにこの時は全く気付かなかったのだが、ここから西10mほどの所に八坂神社があり、この道をまっすぐ120m程進むと左手側に熊野神社があったらしい。なんで見落としてるかな○刀乙
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 一の鳥居から北へ300m程も進むと駐車場があり、その向こうに二の鳥居が見える。神社の東側は休泊小学校。
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 鳥居の手前右側には神社の由来書きがある。これによると、藤原長良公によって京都賀茂神社より別雷神を勧請して創建されたらしい。
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 鳥居の手前左側には萬燈祭を記した看板。
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 参道途中に社務所。その奥に神楽殿と拝殿。
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 狛犬。
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 拝殿。
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 神楽殿。右側に境内社三つ。右端のものは稲荷神社。
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 本殿裏側に建つ蔵のようなこれは、祭具殿だろうか?
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 本殿右側に半ば草に埋もれかけている石祠。
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 拝殿右側に小高い塚があり、その上に浅間神社。
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 浅間神社の階段手前に石碑二つ。左側の小さな方には大国主、磐長姫、日本武命とあり、右側の大きな方には食行身禄霊神とある。・・・あぁ、これは富士塚なのか。
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羽黒神社

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 休泊小学校北の交差点から256号線を南下すると、竜舞西交差点の北西100m程の位置にちんまりと鎮座ましましている。
 鳥居の隣は神楽殿なのか違うのか、ちょっと悩む。
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 祠の手前右側に並ぶ石碑群。
 右二つは庚申塔。その左は出羽三山、その左が天満宮。左端は碑石三基移設記念碑。
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 羽黒神社、なんだろうなぁ。手前に出羽三山あったけど。

塚廻り古墳群第4号古墳

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 国道122号線と県道256号線の交差する、休泊小学校の北側の交差点より北へ200m弱の位置に立つ案内標識。ただしこれは北側から見た場合。交差点側から見た場合は矢印は右向きになる。
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 案内標識からずずいっと東へまっすぐ進んで行くと、右手側に塚廻り古墳群第4号古墳と刻まれた標石が見えて来る。周囲は一面の田圃で見渡しは良いのだが、墳丘が低いので近付かなければここが古墳であるなどとは全く気付けないだろう。
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 前方後円墳? と思いきや、帆立貝式古墳と言うものであるらしい。大量の埴輪は出土品のレプリカだそうだ。
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 確かに帆立貝のような形をしている。
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 う、ビネット出た。F13まで絞ってるんだがなぁ。少し望遠側にズームすればこんなに顕著には出ないのだが、ここは広く撮りたかったから仕方がない。

根本神社古墳

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 そして今度は北へ北へと進み、朝倉町。先月参拝した天満宮からそう遠くもない位置にあるのだが、周りを民家に囲まれた中にぽっかりとできた空間にちょこんと建っている。看板が無かったらまず判らんよこれ。
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 根本神ってなによ? 桐生や市原にも根本神社があるらしいのだが、根本神というのがどういった神様なのか判らない。
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 これも石室の一部?

 それにしても、ここに着くまでに陽に焼かれまくって両腕真っ赤。もう痛いのなんの。帰宅してから両腕に冷却シートを貼ったりしたものの、未だに少しひりひりする。かと言って今の時期に長袖というのも暑いし、今回参拝した神社は駐車場の無い所の方が多かったし、やれやれだねぇ。

藤本観音山古墳

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 御霊神社から自転車を押しながら農道を東へ東へと2km程も歩いて行くと、左手側に木々の密集した小山が見えて来たので、もしかしたら古墳かもと思い立ち寄ってみることに。
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 あぁ、ここが観音山古墳だったのか。名前だけは知っていたのだけど、場所までは把握してなかったわ。
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 階段途中、左手側に・・・これは不動明王?
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 階段を上り切ると小さな石祠が三つ。何を祀っているのかは判らなかったが、帰宅してから調べたら阿夫利神社であるとのこと。つまり、大山祇神か。
 なんでもこの古墳は前方後方墳としては栃木県内で最大、関東では2番目、全国でも5番目の規模であるとのことなのだが、まぁ、確かに小さくはなかったなぁ。
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 墳頂部。
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 反対側に下りてみたり。
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 トンボがいた。
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 7/13追加 古墳遠景。

御霊神社

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 太田工業高校の北西に位置する神社。
 御霊神社ということなので怨霊を鎮める目的で創建された神社なのかと思っていたら、五霊の方の御霊だった。
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 祭神は久々能知神(ククノチノカミ)を筆頭に、火産霊神(ホムスビノカミ)、金山毘古神(カナヤマヒコノカミ)、波邇夜麻賣神(ハニヤマメノカミ)、彌都波能賣神(ミズハノメノカミ)の五行の神の他、速須佐之男命(八坂神社)、木花咲耶姫命(浅間神社)、大日霊命(神明宮)、大山祇命(大三島神社)、菅原道真公(菅原神社)、倉稲魂神(稲荷神社)、市杵島姫命(厳島神社)の計十二柱。
 ただ、大三島神社と書いてありながら、その後すぐに阿夫利神社と書かれているのはどういうことか。他にも、天照皇大神を大日霊命(オオヒルメノミコト)と書いているのは珍しいような。
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 社号標石の左にある道祖神社と二十三夜塔。上の改築記念碑に道祖神社の名は無かったから境外社なのか、或いは庚申関係は除外されているのか。
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 参道左手側に並ぶ境内社やら記念碑やら。改築記念碑の向こうの建物は神楽殿。
 一番手前は秋葉神社。その奥は一文字目が富なのは判ったのだが、あとが判らなかった。富で始まる名前の神社って、なんだ?
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 神楽殿正面から。
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 拝殿。
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 狛犬。大量生産品っぽいが、ユーモラスな表情が良い良い。
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 拝殿左側にも境内社。伊勢宮とは神明宮のことだろうか。
 裏手もぐるりと回ってみたのだが、他に境内社は無し。むーん? 数が足りなくね?

竜舞町八幡宮

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 賀茂神社からここへ向かう途中に自転車がパンクしたので、そこから押しながら移動。普通に歩く方が楽なくらいだが、そこらへんに捨てるわけにもいかないので、面倒だけど仕方がない。やれやれ。
 ところでここは、まっぷるでは白山神社と記載されているのだが、行って見たら八幡宮だった。まっぷるは時々神社の名前を間違っていることがあるんだよなぁ。
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 拝殿左側に並ぶ境内社。
 真ん中の祠には狐が沢山置かれているので稲荷神社かと思ったら、額を見たら若宮と刻まれていた。つまり、若宮八幡宮だろう。
 左右の祠は不明だが、もしかしたら右側の祠が白山神社なのかも知れない。

台之郷町賀茂神社

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 東長岡交差点を東へ向かうとすぐに石原東交差点があるのでそこを北へ。文真堂書店を越えた先の十字路を東へ折れるとやがて賀茂神社が見えて来る。
 ちなみにこの道を東へ1kmちょい進むと住吉大明神社前に辿り着くことができる。
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 社号標石の右側には小さな神橋がかかっており、その先に水天宮がある。
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 鳥居の左側にある境内社。手前右下にある矢印のようなものは何神社なのかは判らなかったが、左側の石には小御嶽石尊宮とあり、その左右に小天狗・大天狗の文字が見える。
 奥にある祠が小御嶽石尊宮なのかどうかは判らない。
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 よく見ると、隣にもう一つ祠がある。これはなんだろう?
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 神楽殿の隣に並ぶ境内社。
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 奥二つ。残念ながら、正体不明。
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 手前二つ。左から産泰社、金毘羅大権現。

石原町賀茂神社

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 国道122号線と県道128号線の交差する東長岡交差点の東100m程に位置する神社。
 賀茂神社は賀茂別雷命(カモワケミカヅチノミコト)を祀る賀茂別雷神社と賀茂建角身命(カモタケツノミノミコ)・賀茂玉依姫命(カモタマヨリヒメノミコト)を祀る賀茂御祖神社の二つがあるそうなのだが、ここはどちらになるのだろう。
 社号標石の隣には「鳥居のない神社」と刻まれた石柱が立っているが、別に鳥居のない神社なんて珍しくもないよなぁ。などと思いながら左を向くと、
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 鳥居の無い由来の碑、とな?
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『鳥居の無い由来の碑
 徳川のむかし、京都を発した日光御礼参の例幣使の行列が道中の安全祈願をかねてしばらく賀茂神社の境内で休んでいる時、にわかに一匹の犬が激しく吠えはじめた。不審に思った供侍が吠えたてる犬を追い払おうとして何度も何度も制したけれど犬はなお激しく訴えるように吠えたてて逃げようともしなかった。怒った供侍はとうとうこの犬を切り捨ててしまった。すると意外なことに胴をはなれた犬の首は空に飛び上った。あれよと人々が見上げると犬の首は鳥居の上の大蛇に噛みついた。たまたま鳥居下に休んでいた例幣使に犬は大蛇のいる危険を知らせる為に盛んに吠えたのだった。例幣使は自分を助けようとして吠えたことがわかった。このため日光から帰ってくるまで犬の供養をして塚をこしらえておくようにいってこの神社を去った(帰ってくるまでに三ヶ月かかったという)
 そこで犬を供養しその上に石尊様をまつった。この為村では鳥居があったので蛇がそこへあがったということで神社の鳥居をはずしてしまい今もないのだという。また、はたし(機織機)にも鳥居がついているため正月には鳥居を出さないということで正月中は機を織ってはいけないといわれている』

 ・・・なるほど。別に鳥居があったこと自体が悪いわけでもなかろうになぁ。
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 庚申塔やら末社やら、えーと・・・なんだ? 中を確認するの忘れてた。
 末社群の覆い屋には石尊様と書かれた扁額がかかっているので、これが犬の供養のために作られたものなのだろう。
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 拝殿手前左側にひっそりと建っている祠。額はあるが文字は消えており、また中には鈴のような形をした石がいくつか転がっているだけで、なにを祀った祠なのかは判らなかった。
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 拝殿。

台之郷町八坂神社

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 岩松寺側から見て韮川駅手前の踏切を渡り、100m程も進むと右手側に八坂神社と刻まれた標石と倉庫のような建物が見えて来るのだが・・・はて、神社はどこ?
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 標石の隣に立つ石碑。奥には庚申塔が並んでいる。
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 やたらと広い境内・・・境内? どう見ても公園です。つかあの倉庫みたいなのはなんだ。
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 そしてやたらと狭い神社。石燈篭のすぐ前がブロック塀になっており、正面から撮影しようとしたらDA14mmでもぎりぎり収めるのがやっとと言うくらいに狭い。
 拝殿の中には本殿の他に大きな神輿が二つと子供神輿が一つあったので、祭りはそれなりに賑やかなのだろうなぁと思うのだが、拝殿が境内の端にあると言うのはなんなのだろうな。

台之郷町八坂神社

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 台之郷町にある岩松寺の隣に小高い丘があり、その上に小さな祠が建っている。
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 右側の小さな建物は末社用の覆い屋だと思われるのだが、肝心の祠が一つも無かった。
 左側の建物には本殿の他に神輿が置かれていたのだが、そこでふと疑問が。
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 まっぷるでは八坂神社と表記されているのだが、本殿の扉に見える金色の紋は、これは梅鉢紋ではなかろうか? であるならば、ここは八坂神社ではなく天満宮なのではなかろうか。
 GoogleマップやMapFanではそもそもここに神社があるとは書かれていないしなぁ・・・。

雀神社

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 雷電神社の前にこちらに寄っていたのを忘れていた。
 半年程前にも参拝したことがあるのだが、その時に撮り忘れていたものがあったのを思い出して立ち寄ったのだった。
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 以前のエントリーでは祭神も由来も判らないと書いていたのだけど・・・社号標石の隣に立っている記念碑にそこらへん全部書かれてた○刀乙
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 脇の参道に沿って社務所(?)と末社群、摂社が並んでいる。
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 ずらりと並ぶ末社群。左から天王様、疱瘡神社、白山神社、兒屋根神社、厳島神社、愛宕神社、八幡宮、菅原神社、三峯神社。八坂神社や八雲神社ではなく天王様ということは、素盞嗚尊ではなく牛頭天王として祀っているのかしらん?

植木野町雷電神社

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 県道256号線と国道407号線の合流する矢場団地入口交差点を西へ100m程進むと左手側にそこそこ広い駐車場があり、その端っこにお堂のようにも見える神社が建っている。
 社の囲いには大雷神と彫られているので、祭神は大雷神だろう。
 右側には震為雷とあり、易占の記号のようなものも彫られているのだが、調べてみるとこの卦ってあまり良くない卦なんじゃ・・・。
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 狛犬。
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 ガラス窓から覗き込んで、本殿。
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和泉神社

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 県道5号足利太田線から南大町荒金通りを南下し、踏切を渡らずに道なりに進むと右手側に見えて来る。両脇を民家に挟まれており、特に左側の民家の犬が激しく吠え立ててくれる。
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 参道の突き当たりには小さな石祠と、その手前に改築記念碑。

 この神社の由来等はさっぱり判らないのだが、Google先生に訊いてみると大坂の和泉市に泉井上神社という神社があり、そこの祭神が和泉大明神であるという。
 そして和泉大明神とは独化天神の別名であり、天之御中主神と高御産巣日神、神産巣日神のいわゆる造化三神のことであるそうな。
 尤も、ここの和泉神社の祭神が和泉大明神であるのかどうか判らないし、すぐ近くを矢場川が流れているのでそちらに関連した水神であるのかも知れない。正直、判らん。

住吉大明神社

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 県道128号線と256号線の交差する矢場交差点を北へ向かい、300m程先の十字路を西へ向かって100m程進むとまた十字路があるので、そこで北を向くと奥の方に鳥居が見える。
 鳥居の額には「正一位住吉大明神」とあるので、祭神は住吉三神(底筒男命(ソコツツノオノミコト)、中筒男命(ナカツツオノミコト)、表筒男命(ウワツツオノミコト)と気長足姫尊(オキナガタラシヒメノミコト)だろうか。
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 鳥居左手前に立つ石祠。しかし正体不明。
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 拝殿。なんと時計付き。
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 境内はやや広く、公園も兼ねているようだ。子供の姿は見えなかったが、散歩をしている御老人が二人ほどいた。
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 拝殿左側に立つ改築記念碑と凱旋記念碑。その更に左奥の小山の上には覆い屋のようなものがあるのだが、肝心の祠はなぜかみな野晒し。
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 ひーふーみー・・・五つしかない。どれがどれだかも判らないが、あと一つはどこだろう。

 本日一箇所目から駐車場の無い神社だったが、今回は自転車で移動していたので無問題ー。
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