門田稲荷神社

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 門田稲荷神社は八幡宮の境内社なのだが、前エントリーが長くなってしまったので新規に。
 こちらの神社は日本三大縁切稲荷の一つとして知られており、縁切り以外にも病気・災難・厄除けの御利益があるそうだ。自分が中学生くらいの頃には、神社裏の木に丑の刻参りに使われたと思われる藁人形が打ち込まれていたとの話も聞いたことがあるが、最近はそう言う話も聞かなくなったなぁ。
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 朱塗りの稲荷鳥居がいくつも連なっているのを見ると、稲荷神社だなぁと実感してしまうのは何故だろう。やはり伏見稲荷神社の千本鳥居のイメージが強すぎるせいだろうか。
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 参道途中にある八坂神社。
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 八坂神社の隣に鎮座する石祠。どなたを祀ったものなのかは残念ながら不明。
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 稲荷神社前の堀には神橋が架かり、その手前にお狐様。
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 拝殿前には摩滅しかかったお狐様が。台座には宝珠紋が見える。
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 拝殿。
 八幡宮の境内社であるからか、賽銭箱と棟木には三つ巴の神紋が見える。
 パンフレットによるとこちらの御祭神は倉稲魂命で、昔はここより南西の門田郷にあったことから門田の稲荷と呼ばれたとある。
 八幡宮の境内には七つの末社があり、そのうちの一つであった稲荷社に明治40年5月5日、宇宮前の稲荷神社(俗称縁切稲荷)を合祀して現在の門田稲荷神社になったそうだ。
 ところで七つの末社ってどれだろう。八幡宮本殿脇の大山祇神社と日枝神社、天満宮、若宮八幡宮。それに稲荷神社と八坂神社を合わせても六社しか無さそうなのだが。・・・八坂神社脇の石祠が残りの一つなのかな。
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 拝殿の壁にずらりと並ぶお狐様ーず。

 これで11月23日参拝分終了。
 24日は写真のレタッチとブログへのupで時間を取られて文化財巡りが出来なかったが、どのみち午後には雨が降ってきてしまったのだから、ま、いいや。結局、51箇所中見に行けたのは6箇所だけか。織姫神社と芋の森神明宮には行けなかったし、思いの外回れんものだなぁ。
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下野國一社八幡宮宝物館

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 神楽殿の裏に宝物館がある。近代的なデザインがいまいちマッチしていないよーな。
 履物は入り口で脱ぎ、宝物館の中に置かれたスリッパに履き替えることになるのだが、大きめのダンボール箱に無造作にスリッパが入れられているところをみると、やはりこちらも普段は開放されてはいないのだろうな。
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 宝物館に入ってすぐ左側には日本刀が五振展示されていたが、一番奥の物は撮影し難かったので見るだけに。
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 入り口右側には鬼瓦が床に直置きされている。
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 目を上に向ければ、木彫りの龍や獅子・・・かな?
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 流石は縁切り稲荷として名高い門田稲荷の絵馬だけあって、男女が背を向け合っている様はシュールレアリスムのかほりが。
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 実際にはもっと多くの文化財が展示されているのだが、撮影の楽なものだけ撮っているのでどうしても少なめになってしまう。
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 あぁぁ、反射が・・・。PLフィルターも持って行けば良かったかな。尤も、正面からの反射なのでPLフィルターを使ってもあまり効果は望めそうにないが。
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下野國一社八幡宮

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 次は八幡町にある下野國一社八幡宮。足利で八幡さまと言えば、普通はこちらの神社を指していると言ってもいい。
 ぶっちゃけここは文化財だらけなのでいちいち書く気にもならない。県の指定文化財が三、市の指定文化財が七と、他の神社に比べ圧倒的に多い。ちなみにこの銅造鳥居も市の指定重要文化財で、寛政年間に造られたものだと言う。寛政年間と書いたのは、鳥居脇に立つ説明看板には寛政4年(1793年)に献納されたと書かれており、こちらで頂いた資料には寛政7年(1795年)に造られたと書かれている為、どちらが正しいのか判らないから。
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 鳥居の脇に聳える黒松。こちらも市の天然記念物で、樹齢はおよそ600年~640年にもなるらしい。
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 参道と二の鳥居。右側に社務所、左側に神楽殿が見える。
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 神楽殿。左奥に見えるのは宝物殿。
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 狛犬。吽形にはきちんと角が生えている。なんだか知らんがちょっと感動。
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 二の鳥居をくぐり、拝殿へと続く階段の左右にも狛犬。先程の狛犬は昭和15年(1940年)のもので、こちらの狛犬は天保3年(1832年)のものだそうだ。
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 拝殿。こちらも市の指定文化財。
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 拝殿右側へと回りこむと説明看板。
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 説明看板の奥に大きな石碑があり、それに隠れるようにして境内社が並んでいる。
 左から大山祇神社、日枝神社、天満宮、若宮八幡宮。
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 瑞垣についた扉が開かれており、そこから拝殿の中に入れるのだが、その前にまずは本殿の周りをぐるりとな。
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 こちらも当然文化財。それも県指定。
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 次は拝殿へと上がらせていただくことに。
 入ってすぐ左手側には飾りの付いた槍が置かれている。これらは奉納されたものだと言うことだったが、青竜・朱雀・玄武はあるのに白虎が見当たらなかったのは残念。
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 絵馬に描かれた女武者。女武者と言うと真っ先に思い浮かぶのが巴御前なのだが、こちらに奉納されている絵馬は源義家公に関係したものであるそうなので、一体誰を描いたものなのだろう。
 それはそれとして、絵馬のすぐ隣にライトがあるおかげでゴーストが出てしまっているが、レンズフードを着けておけばよかっただろうか。どのみち右側の写真はフードがあっても無意味だが。
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 拝殿の天井絵と大絵馬も市の指定文化財だが、まだ2年半前に指定されたばかり。
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 これらを撮影していた時に少々イラついたのが、他の拝観客の一部。貴重な文化財にフラッシュを焚くんじゃねぇぇぇ! 係員がなにも言わないところを見るとフラッシュ使用可だったのかも知れないが、どうにも気分的によろしくない。
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 天井絵の一部。今更になって、魚眼使えばもっと広く収められたかなとか思ってみたり。
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 幣殿と本殿。
 本殿の扉に施されている彫刻は中国の二十四孝。
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 社殿裏手から。

日光鹿島神社

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 次は県道67号桐生岩舟線を東へ向かい、着いた先は大久保町にある日光鹿島神社。
 こちらの文化財は平成5年3月19日に市の重要文化財に指定された天井板絵。
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 参道の右側が駐車場になっており、充分な広さがあるため車を停めるのに苦労しなくて済むのは良い。
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 こちらの御祭神はどなたかと尋ねてみたところ、よく判らないけど鹿島神の他に沢山の神様が祀られていると言い、合祀されている神社を記した板を見せていただいた。が、それはまた後で。
 拝礼した後は拝殿へと上がらせていただくことに。
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 拝殿内には多くの絵馬が掛けられていたが、流石は武神を祀っている神社だけあってか、戦争図や武者絵などが多く見受けられた。
 この絵馬は兵士健全祈願の為に明治20年8月に奉納されたものであるそうだ。
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 左の写真は左からお参りの図(天保14年12月奉納)、武者絵(明治元年12月奉納)、西南戦争図(明治29年8月14日奉納)。
 右の写真は左から神社境内図(明治7年8月奉納)、男女の絵(奉納日不明)、関羽と周倉のようにも見える武将絵(奉納日不明)。
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 左は日光鹿島神社境内図(明治8年4月奉納)。
 右は勲八等瑞宝章叙勲記念奉額(明治35年10月30日奉納)。
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 左の写真は左から、弁慶と牛若丸のように見える武者絵(文化14年奉納)、日露戦争図(明治29年8月14日奉納)、武者絵(奉納日不明)。
 右の写真は左から愛馬四頭徴発の図(明治28年8月奉納)、木剣としゃもじ?(天保12年奉納)。
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 幣殿の梁に象・獅子・龍の守護霊獣。
 この奥に本殿と天井板絵のある鞘殿があるのだが、本殿正面の撮影をするのを忘れていた○刀乙
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 本殿正面・・・の一部。解説の方によると、この本殿は梁田の星宮神社と同時代のものではないかと言うことであったが、後の時代に手を加えられてしまった為に文化財に指定してもらえなかったのだそうだ。ちなみに、この写真の左右の赤い板の部分が手を加えられた場所であると言う。
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 左に回ると、本殿の壁に彫刻が施されている。
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 後壁。本殿と鞘殿との壁の間が人一人が横歩きでようやく通れる程度の隙間しかないので、ここでも魚眼ズームのお世話に。
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 隙間を通り抜けて反対側へ。こちらにも彫刻が施されているが、中華風な弓兵と・・・トンベリ?
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 天井を見上げると、なるほど見事な天井絵が。天井だけでなく鞘殿の内壁にも花鳥図が描かれているが、柱で分断されてしまっているのが残念か。
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 天井一面に花鳥図がある訳なのだが、本殿に遮られて見えないところがあるのは残念。仕方がないけどね。通常は例祭の時であっても鞘殿の中までは入ることができないそうなので、これだけ見られただけでも充分だろう。
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 クローズアーップ。
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 鞘殿の中に立て掛けられた板には合祀されている神社やら本殿の由緒やらが書かれている。
 これによると無格社の飯蔵神社、天満宮、愛宕神社、浅間神社、伊勢神社、諏訪神社、山神社、小田神社、石上井神社、神明宮、浅間神社の十一社が明治41年に合祀されたようだ。また、裏面には嘉永2年(1849年)3月に本殿が建造されたと書かれている。
 ちなみに栃木県神社庁のサイトの記述によると、こちらの神社は足利荘成立(保延3年=1137年)の際、大窪郷が開発され、鎮守として日光大権現を勧請。後、永禄4年(1561年)小野寺景綱が長尾景長配下として大窪郷を拝領すると、鹿島大明神と菅原道真公を奉祀。延宝7年(1679年)社殿を再建し、延享2年(1745年)に再々建したそうだ。
 と言う事で、こちらの神社の御祭神は日光大権現(普通は大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命の三柱だが、しかしこの辺りの日光神は大己貴命・事代主命・須勢理姫命の三柱となっているようだ)、武甕槌神、菅原道真公ということになるのだろうか。
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 拝殿より下りて、拝殿左手側にならぶ石碑やら境内社やら。
 左側に庚申塔や青面金剛が並び、その右側に天王宮と正体不明の石祠。その右は日露戦争記念碑と小野寺龍麿先生碑。・・・小野寺龍麿って、誰? こちらの宮司さんが小野寺さんだそうなので、血縁者かな?
 Wristletさんの参拝記を見ると境内社には八坂神社と十二所神社、織姫神社、塞神社、三峯神社がある筈なのだが・・・見落としたかな?

樺崎八幡宮

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 こちらに参拝するのは昨年10月の秋季例祭以来だ。
 こちらの文化財は本殿(赤御堂)。平成13年1月に国指定の史跡になったそうだ。説明のビラを貰ってこなかったので細かいことはよく判らないけど、ウェブで検索すれば結構判るしいいや。
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 賽銭箱の横から撮影。拝殿内部と幣殿。奥に見えるのが本殿。
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 御神楽はやっていなかったが、神楽で使う衣装や道具が展示されていた。
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 前日に三箇所の文化財を見たが、こんなに人居なかったなぁ。
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 人が少なくなるのを待ってから本殿へ。
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 本殿の下には足利義兼公の墓標。義兼公は赤御堂の傍らで生入定なさったそうだ。
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 ついでに、昨年5月に初めてこちらを参拝した時の写真も貼っておこう。
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 一の鳥居。
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 社号標石と神橋。その先に二の鳥居。
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 足利市の天然記念物に指定されている神木の杉。
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 そう言えばこの時はまだ樺崎寺の発掘途中だったのだな。
 左に見えるのが一の鳥居と参道。

梁田町星宮神社

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 今年の三月に参拝して以来の、二度目の参拝。
 こちらの文化財は本殿と地租改正絵馬の二つで、本殿は平成6年8月22日に、地租改正絵馬は平成6年3月22日に足利市の文化財に指定されている。
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 以前のエントリーにも記したが、こちらは主祭神に天津日高彦火瓊瓊杵尊、配神に大物主命と素盞嗚尊、保食神、大山祇神を祀っている。
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 地租改正絵馬。
 地租改正の説明、土地の測量に関する心得、測量の様子、村民の神社への祈願の姿などが描かれているそうだ。
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 壁には幣束が並んでおり、境内社として祀られている神様達のものであるそうだ。
 星宮神社のしおりには境内社として記されているのは琴平神社、大杉神社、八坂神社、豊川社の四社のみなのだが、他に判る範囲内では水神宮、水天宮、小御嶽神社、雷電宮、天満宮、それに食行霊神と二十三夜塔、名の記されていないものが六社。解説係の方が幣束を二つほど裏返して見せてくださったので、名の記されていない石祠のうち二つが秋葉神社と浅間神社であることは判った。
 そう言えば前回のエントリーで雪川社と読めたものは豊川社が正解だった。つか、まぁ・・・よく見たらすぐ脇に豊川稲荷神社と刻まれた標石が建っていたのだね○刀乙
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 幣殿から見た本殿正面。
 これまた前のエントリーで記したが、こちらの神社では神仏判然令の施行前は虚空蔵菩薩を祀っていたとのことで、階段下には虚空蔵菩薩の御使いである鰻の彫刻が施されている。
 ちなみに天香香背男(天津甕星)との関連を尋ねてみたのだが、こちらの星宮神社は全く関係が無いそうだ。栃木県内には星宮神社は結構な数があると言うが、どれくらいが天香香背男を祀ったものなのだろう。
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 平成10年度に彩色保存修理が行われたとのことで、現在でもとても鮮やかだ。
 龍の上には霊獣の獏の彫刻があり、その左右には獅子や象。更に上には犀の彫刻が施されている。
 係員の方の説明によれば、ここより先は神のおわします領域であることを示すために犀が彫られているのだとか。一種の注連縄のようなものであるが、単に神域との区別をつける為のものと言うよりも、積極的に守護するためのものなのだろう。日光東照宮や北野天満宮にも犀の彫刻はあるらしいが、象や獅子、龍に比べ目にすることが少ない守護霊獣だ。
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 14mmでも全体を収め切れないので、魚眼ズームで撮影して歪み補正。それでも歪んではいるけど、まぁ仕方がない。
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 張果老。八仙人の一人であり、唐の時代の道士であるそうだ。
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 張果老の下には・・・誰? しおりには右壁に張果老、左壁に馬師皇、後壁に列子、他に李白観瀑・林和靖・西王母・菊慈童・唐子遊びの彫刻があると書かれていたが、うーん、これは菊慈童かな。
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 列子。春秋戦国時代の道家だとか。これは列子御風図というものらしい。
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 列子の下に唐子遊び。
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 馬師皇。中国神話時代の黄帝の頃の馬医師だが、あるとき龍神が訪れ治療を求めたという。
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 馬師皇の下に西王母。
 さて、李白観瀑と林和靖はどれだったのだろう。張果老と馬師皇の脇にあるものがそれっぽいのだが、どちらがどちらなのか判らない。

 これで11月22日参拝分終了。
 それにしても、ISO感度を上げても手ぶれを抑えるのがしんどいわー。それ以上に色被りの補正の方が面倒だけど。

三崎稲荷神社

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 次は大前町にある三崎稲荷神社へ。こちらの文化財は大型の絵馬十一面。平成14年6月18日に足利市の重要文化財に指定されたそうだ。
 鳥居前に駐車場は無く、神社北側の広場に駐車場が設置されていたが、どうやら普段はゲートボール場としても使用されているようだ。
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 二の鳥居。
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 三の鳥居。
 これらは近年まで放置されていたために保存状態が悪く、地元の人だけで補修したので苦労したと係員のお爺さんが語ってくださった。ことに一の鳥居は腐食が酷く、境内の端に転がっている穴の開いた大きな石は元は鳥居の台座であったそうだ。今のものは建て直したものだったかな。
 また、両部鳥居であるのは、かつては三崎稲荷神社の南東に位置する遍照寺の管理下にあったからだそうだ。ちなみに正式には光明山自性院遍照寺と言うそうで、慈覚大師が世尊寺(現在は鶏足寺)に住持の際に建立されたとのこと。初代の住職は平将門調伏の勅命を奉じた常祐上人と護摩祈祷を修した円浄僧都であるそうだ。
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 三の鳥居の右手側に神楽殿。
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 境内一望。白い天幕の中では四枚の絵馬が公開されている。
 手前の石碑は鳥居建築記念碑。
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 中央に鶴を描いたもの。
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 左側に七福神図。右側に神楽図。神楽図は往時の三崎稲荷神社を描いたものであるらしく、とても興味深い。
 これらの絵馬はいずれも260年~280年前のものだと言うことだ。絵馬の前に補修工程を記したものが置かれていたが、それを見ると以前は微かに元の絵が見られる程度のもので、補修した職人さんって凄いなぁと感嘆するしかない。
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 拝殿前に狛犬よろしく一対のお狐様。殆ど汚れの無い綺麗なものだが、それもその筈。去年置かれたばかりのものなのだそうだ。
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 拝殿内部。上がって見ても良いと言われたので遠慮無く。
 左右のお狐様や左大臣・右大臣も神社創建の頃からのものだそうで、神楽図に描かれているのはこのお狐様であるらしい。
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 真っ白なお狐様だが、補修の際に一度金色に塗られてしまったそうで、すぐに白に塗り直させたと係員のお爺さんが話してくれた。狐なら金色もありかと思わないでもないが、やはり神使としては白狐の方がイメージに合う。
 それにしても、顔に険しさの無い綺麗なお狐様だ。
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 お狐様の奥に本殿とその左右にも小さめの社があるが、何れの神様を祀っているのかと尋ねてみたら、なんと全てお稲荷様であるとの答えが。こちらの御祭神は倉稲魂命だと言うことだが、相当に厚い信仰を受けていたのだろうなぁ。
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 上の三つとは違い、こちらは拝殿内の端に置かれていたが、やはりお稲荷様であるようだ。
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 お狐様らの前の梁に掛けられた絵馬には一対の狐と宝珠が描かれている。
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 拝殿内左側に掛けられた繋馬図(白)。
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 こちらは拝殿内右側に掛けられた繋馬図(黒)。
 絵師は狩野即誉藤原豊信で、加賀松平家のお抱え絵師であった人物だそうだ。こんな地方の小さな神社に狩野派絵師の絵馬が揃っているのは、大前村出身で八代将軍吉宗の御典医頭であった丸山昌貞が創建し、江戸小石川の三崎稲荷大明神をこちらに遷座したものであるから、と言うことらしい。なんでも、御典医頭ともなると格式は一万石の大名にも匹敵するのだとか。
 ちなみに藤原豊信(芝愛宕下狩野家)以外にも、融川寛信(浜町狩野家)や洞益春信(駿河台狩野家)の描いた絵馬もあるらしい。
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 拝殿の屋根にある鬼瓦。こちらと神楽殿の鬼瓦は改築前から残るものだそうで、やはり相当に古いもののようだ。
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 拝殿右側に並ぶ境内社。が、左三つはやはりお稲荷様。
 右端のものは山の上にあった祠をこちらに移したもので、本当の所はどうなのか判らないが、とりあえず若宮八幡宮としてお祀りしていると教えて頂いた。

小俣町鹿島神社

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 名草小俣線を北上して行くとやがて左手側にふるさと学習・資料館が見えて来るのでそちらの駐車場に車を置き、ふるさと学習・資料館脇にある鹿島神社へ。
 鹿島神社と言うことは祭神は武甕槌神であると思われるが、先程の春日神社も春日神(天児屋根命、武甕槌命、経津主命、比売神)を祀っていることを考えると、この辺りはかつて藤原氏の勢力範囲だったのだろうか。
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 階段を上ると拝殿。右を向くと観音堂がある
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 本殿。こちらも由来を記したものが無いので詳しいことは判らないのだが、それなりに古そうだ。
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 拝殿左手側に境内社三つ。
 左から天王宮、辯才天、不明。
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 拝殿右手側に境内社二つ。
 左から不明、熊野神社。
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 外から見ただけでは何のお堂なのか判らないが、中を覗き込むと厨子に納められた聖観音像が見えるので観音堂だろうと判断。
 武甕槌神の本地仏は不空羂索観音だと言うことだが、不空羂索観音も聖観音もどちらも観音菩薩の化身であることには違いないので、いいのかな。

小俣町春日神社

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 11月22日~24日の三日間は足利の文化財一斉公開と言うことなので、何箇所か回ってみようかな思い、まずは小俣町の春日神社へ。こちらの本殿が昭和53年12月5日に栃木県の文化財に指定されたそうだ。
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 鳥居の脇と本殿覆屋の前に説明書きの看板が立てられている。
 が、神社自体の由来などにはまるで触れられていない。
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 拝殿は無く、本殿保護の為の覆屋に鈴が付けられている。この覆屋自体も古い物であるらしく、係員のおじさんが言うには子供の頃には既にこの覆屋は存在しており、壁を攀じ登って屋根の上に乗って遊んでは怒られていたと話してくれた。
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 本殿。中に入っても良いですよとのことだったので、覆屋の中から撮影。
 昨年塗り直したばかりだそうで、鮮やかそのものだ。
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 桟唐戸には鹿の彫刻が施されている。
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 妙に目の怖い象だが、桃山時代の名残をとどめる貴重なものであるらしい。
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 社務所。集会所も兼ねているそうだ。
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 境内社。
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 本殿の裏手に鎮座する境内社。

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 春日神社前の道を東へ少し進んで行くと、左手側に祠がある。係員さんに尋ねてみたところ、山神様の祠であるそうだ。
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 県道218号名草小俣線を挟んで、春日神社の西側に庚申塔群と地蔵堂。

収穫祭2008

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 ここ数年の恒例となった、ココファームの収穫祭に行って来た。自分と、友人のらいらいとその彼女。他にもう一人参加すると聞いていたし、今年も奥様ーずが来るのかと思っていたら、どちらも来やしねーっ! なんですかね、これじゃわたしゃただのお邪魔虫ではありませんかね。うががががが。
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 去年もデジタル一眼で撮影している人たちは見かけたが、今年はペンタックス、ニコン、ソニーが多かったかな。ことに、K10D(K20Dかも?)にFA50mmを着けて撮影しているおばちゃんを見かけたときにはちょっと驚いた。

長良神社index

 さて、今までの参拝記録を振り返ってみると、自分が参拝したのは長柄神社が5、長良神社が邑楽24、館林11、太田4、羽生2で計41。それに小泉神社を合わせると合計で47社。神社庁のサイトに記載されている41社を軽く上回っている。神社庁管轄外のものも結構あるのだな。

長柄神社
板倉町
飯野    細谷  籾谷
邑楽町
篠塚

長良神社(邑楽郡)
板倉町
板倉  岩田  海老瀬  海老瀬  下五箇
邑楽町
赤堀    狸塚  中野
大泉町
古海  坂田  古氷  吉田  寄木戸
千代田町
下中森  瀬戸井  舞木
明和町
大佐貫  下江黒  大輪  田島  斗合田  中谷  矢島

長良神社(館林市)
赤生田本町  青柳町  岡野町  楠町  下三林町  新宿一丁目
代官町  代宿町  高根町  野辺町  日向町

長良神社(太田市)
飯塚町  東別所町  東矢島町  古戸町

長良神社(羽生市)
本川俣  弥勒

小泉神社
大泉町城之内

長良神社(佐野市山形町)
人丸神社 境内社

坂田長良神社

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 先週は参拝できなかったので、改めて坂田の長良神社へ。
 鳥居は南側に面しているが、神社の東側から入ると駐車場がある。
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 拝殿。左側に見える石柱は社号標石。何故そんな所にあるのか。
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 拝殿の壁には由緒を書き記した看板が掛けられている。
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 拝殿裏手に並ぶ境内社群。しかしいずれも名を記したものが無く、どなたを祀っているものなのかは不明。
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 拝殿左手側の境内社群。やはり不明。
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 塚の上にあることから見て浅間神社かな、と思ったら当たり。ただ、覆い屋だけがあって肝心の祠が無い。
 浅間神社の右側にある小さな石祠には三柱の神の名が刻まれていたようだが、右側は破損していて一番下の「神」以外は読み取れず、中央は「勝」らしき文字と「神」らしき文字だけが読み取れ、普通に読めるのは左側の経津主大神の名だけだ。「勝」と言う文字のつく神と言うと・・・誰? 千勝大神(猿田彦神)くらいしか思いつかない。
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 富士塚の向かいにある蚕福山神宮の壁に掛けられた浅間神社の由緒書き。
 「せんげん」は仏教系の読み方で「あさま」は神道系の読み方であるとか、あさまは昔の読み方であると言う記述を読んだことがあるのだが、どうなのだろう。浅間神社の大半は「せんげんじんじゃ」でも、笛吹市の一宮浅間神社は「いちのみやあさまじんじゃ」が正しい読み方な訳だし。
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 蚕福山神宮拝殿。
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 拝殿の壁に掛けられた由緒書き。
 大山祇神なら天狗云々は判るとして、養蚕の神と繋げるのが判らない。元々養蚕の神が祀られていたなら、祭神は大山祇神よりも木花開耶姫命の方が妥当ではないかと思うのだが。
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 蚕福山神宮の裏手にある、平将門公のお墓と言われる石碑。
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 蚕福山神宮本殿裏の壁に掛けられた由緒書き。
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 社殿一望。

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 長良神社の境外、南東側の十字路の角に鎮座する道祖神。

 これで11月1日参拝分終了。
 使用機材はK10Dと*ist DS、DA21mm、FA43mm、DA10-17mm Fisheye Zoom、IXY DIGITAL 400。最近はもう、K-mもG1もイラネ。
 ところで、これで長柄/長良神社は全て参拝したのかな。群馬県神社庁には長柄神社8、長良神社32の計40社が記載されているが、はて、何ヶ所参拝したのだっけ。

細谷長柄神社

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 離の長柄神社の東から北へと回り込み、宮前橋を渡って細谷の長柄神社へ。
 駐車場は無いので、交通の妨げにならないように細谷農村公園南側のフェンス脇に停めることに。
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 参道。
 こちらや離の長柄神社は形状的に見て古墳の上にでも建てられたのかと思ったが、調べてみたら全くそんなことはなかった。
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 狛犬。吽形の方はまるでものもらいでもできているかのようだと思ったが、とっしー的にはスト魔女のもっさんとでも言うべきだろうか。
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 別角度から。
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 拝殿。
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 境内社その一。吽形の狛犬の裏にひっそりと鎮座していたが、どちら様だろう。
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 境内社その二。拝殿脇にあるものの、こちらもなにやら判らない。
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 鳥居前から左に延びる道を進んで行くと、右手側の藪の中に祠が見える。
 近付いてみると、額には天満宮と書かれていた。

離長柄神社

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 昭和橋を渡って右折、まっすぐ進んで踏切を越えたら360m程先にある実橋を渡って県道373号海老瀬館林線を2km程も北上すると右手側に神社前バス停があるのでそこで右折。一つ目の十字路を左に折れると神社前まで・・・のはずなのだが、途中軽トラックによって道を塞がれていたので迂回。北西側の農道から入って行ったのだが、車高の低いロードスターでは腹を擦りそうで少し怖かった。
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 階段前左側には境内社や石碑が並んでいる。
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 左側、長柄神社。右側、天満宮。
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 長柄神社拝殿内部。額の文字はぐにゃぐにゃしていて判り難いが、どうやら長良大明神と書かれているようだ。するとこちらの祭神は藤原長良公と言うことか。
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 天満宮内部。
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 境内全景。

 ところで、神社前東側にある農家脇の道から入って来れば、あんな車の腹を擦りそうなルートを使わずとも済んだのね○刀乙

海老瀬長良神社

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 県道367号海老瀬飯野線をまっすぐ北東へ進み、海老瀬交差点で右折。海老瀬跨線橋を越えて一つ目の交差点で左折し、昭和橋を越えて120m程北上すると左手側に松安寺があり、その向かい側に海老瀬で二つ目の長良神社がある。
 一つの区域で長良神社が二つあると言うのは珍しいが、この二つは2km近く離れているのであまり同一区画という感じがしない。
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 狛犬。何故に獅子の方に角が生えているのか。
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 再建竣工記念碑。
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 拝殿。

海老瀬長良神社

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 板倉長良神社前を東へ進み、ゴルフ場入口交差点で左折。まっすぐ進んで小保呂交差点で左折し、250m程も進んだ所でまた左折。そして100m程も進むと左手側に朱塗りの神明鳥居が見えるので、その先にある集会所脇に車を停めることに。
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 鳥居前左手側には十九夜塔やら青面金剛やら庚申塔やらが並んでいる。
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 鳥居手前右手側にも石碑などが並んでいるのだが、こちらは半ば地中に埋もれてしまっていたりするものもあってよく判らない。
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 境内社群。
 右奥は浅間大神。その手前二つは子権現と小御岳神社。他は不明。

板倉長良神社

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 板倉東交差点まで戻り、国道354号線を東へ400m程進むと左手側に細い道が分かれているのでそちらへ。・・・どう見ても駐車場なんて無い○刀乙 幸いにも神社前のアパートの隣に自販機があり、その脇に車を停められるスペースがあるのでそちらに置くことにして、手早く撮影と参拝を済ませよう。
 何故か神明系な鳥居に掛けられた石の額には、少々判り難いものの長良神社の文字が。そしてこちらも神社庁では長柄神社になっている。
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 拝殿。なんとも寂れてしまっている。
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 拝殿前左手側に崩れた境内社。

下五箇長良神社

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 長良神社前をまっすぐ南下するとすぐに国道354号線に合流するので、そこから板倉東交差点までずずいっと東進。右折して、県道367号海老瀬飯野線を飯野交差点まで南下。左折して、県道369号麦倉川俣停車場線をずんどこ東進するとやがて右手側に川田屋という酒屋さんが見えてくるので、その先の二叉路で左側、堤防上のルートに入ってまっすぐ1.1km程も進むと左手側に長良神社の社号標石が見えて来る。こちらも神社庁のサイトでは長柄神社になっているのだが、社号標石は長良神社となっているのでこちらを優先。
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 階段を下りると、鳥居。
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 拝殿前。
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 手水舎にも狛犬らしき石像が付いている。
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 そして拝殿前の階段脇に狛犬。頭頂が平らになっているのはあまり見かけないような気がする。
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 拝殿左手側に廻ると伊勢神宮参拝記念碑やら境内社やら。
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 拝殿裏手。御神木の名残だろうか。
 左奥には七つの社が納められており、右側には八坂神社の御神輿が三つ納められていた。
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 左二つは浅間宮と水天宮、右二つは富士宮と稲荷大明神。他の三つは不明だが、右側の祭具殿に八坂神社の神輿が納められていたことを考えると、中央の一際大きい社は八坂神社だろうか。

岩田長良神社

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 長柄神社から直線距離でおよそ900m程南下して行くと右手側に朱塗りも鮮やかな鳥居。とは言え少々見落としやすいので、100m程手前にある円満寺が良い目印になるか。
 こちらは群馬県神社庁のサイトには長柄神社と記載されているのだが、説明看板に長良神社と書かれ、額にも「正一位長良大明神」とあったので、長良神社としておこう。
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 拝殿正面。
 拝殿の右側には「太々御神楽奉奏 伊勢神宮参拝記念」碑が二つ並んでいた。
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 拝殿前に弓取式及び祭礼当番引継式の説明看板。
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 左側の建物は社務所。こちらの前に駐車することが出来る。

淡島神社

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 長柄神社前の農道を南下し、次の目的地である長良神社に向かう途中にあったので立ち寄ってみることに。こちらは淡島神社。
 淡島神社の総本社である和歌山の淡嶋神社では少彦名命と大己貴命、神功皇后を祭神としているが、こちらの祭神は少彦名命と天児屋根命。阿豆佐味天神社と同じ組み合わせだ。
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 狛犬。
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 境内社。愛宕大権現と辯財天が祀られている。

籾谷長柄神社

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 365号線を東進し、籾谷橋を越えて400m程進んだ所で右折し、100m程も進むと十字路の角に長柄神社がある。神社の北側に公民館があるので、そちらに車を置かせてもらった。
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 鳥居手前左側に籾谷上坂東助作流獅子舞の説明看板。
 邑楽や太田は獅子舞が多いなぁ。足利では神楽舞はよく見かけるが獅子舞は見たことが無い。
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 二の鳥居。
 額には「正一位長柄大明神」の文字が。
 これは長良大明神と同じと見ていいのかな。篠塚の長柄神社は長柄氏が氏神である事代主命を祭神として創建し、後に長良公を合祀した神社なのだが、そうなると長柄明神と言うのは事代主命になるのか藤原長良公になるのか、或いは事代主命と長良公の二柱で長柄明神なのか、はてさて。さすがに下照姫命と言うことはないだろう。
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 拝殿。まだ朝も早めな時間なので、拍手は小さめに。
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 拝殿内部。
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 拝殿裏手の石祠。祀られている神様は不明。

楠町長良神社

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 館林の松原一丁目交差点から県道365号板倉籾谷館林線を東へ向かい、右手側に一心亭というラーメン屋が見えてきたらその手前で右折、南下して行くと集会所前に駐車場があるのでそちらへ。
 北側からだと集会所に隠れてしまって見え難いが、その隣に長良神社がある。
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 由緒書きなどが無いのでいつ頃の創建なのか判らない。見た目には割と新しそうだが、比較的最近にでも改築されたのだろうか。
 額には「正一位長良大明神」とあるので、祭神が藤原長良公であるのは間違いないだろう。
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 長良神社拝殿前に天満宮。まっぷるにも記載されてはいるが、扁額が無かったら物置か何かにしか見えないだろう。

 ところで一心亭の先にあるつつじ橋を渡って一つ目の交差点を北に進むと善導寺があるのだが、そこに榊原康政公のお墓があるのね。地図見るまで知らんかった。
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