今福町稲荷神社

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 戻る途中に東神社を参拝したりしつつ、県道67号線からやや北側に入った場所にある稲荷神社。鳥居左側に見える注連縄柱らしきものには八紘一宇の文字が。
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 拝殿手前左側に境内社群を収めた覆い屋がある。それぞれの石祠の上には神社名の書かれたプレートがあったのだが、生憎撮影しておくのをうっかり忘れてしまっていた。ちなみに拝殿の写真を撮っておくのも忘れていた。
(5月9日追記。境内社は左から織姫神社、天満宮、秋葉神社、吾妻権現、御嶽神社)
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 覆い屋の裏手にも石祠があるのだが、なぜこれだけ収められていないのだろう。
 石祠の正体は不明だが、左から二番目の石には三笠山と彫られていた。

 これで12月23日参拝分終了。
 自転車での長距離移動は久しぶりなせいか、少々疲れた。
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大岩町厳島神社

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 大岩山毘沙門天に向かう途中にある最勝寺手前にある厳島神社。すぐ目の前が北関東自動車道の建設工事現場のためか、参道は見ての通り。
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 途中からは石段になっており、登り切った先には厳島神社の拝殿がある。
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 拝殿。
 左手側からは山頂へと向かう道も見えるのだが、地図を見ても特に何かあるようでもなく、なにより面倒だったので登って行ったりはしていない。
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 本殿。
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 拝殿右手側に境内社。ただしどなたを祀ったものなのかは不明。
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 拝殿前から見下ろして見たり。
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 道路側から見上げてみたり。

大手神社

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 山前駅前を入る県道67号線を東へ向かって行くとやがて大手神社の看板が見えて来るので左折して大手神社へ。
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 参道右側には奉納された絵馬が沢山掛けられている。
 この絵馬は神社の向かい側の商店で売っているのだが、ペンを持っていなかったので自分は絵馬の奉納はしなかった。・・・やっぱり普通に祈願するだけでなく絵馬の奉納をしたりする方が御利益あったりするのかしらん? 他の神社では参拝はしても特に祈願したりとかはないのだけど、今回は珍しくお祈りしてみたり。と言っても画力が上がりますようになどというしょーもないものだったりするのだが。
 また、拝殿左手側に見える大手会館前には駐車場があり、数台分のスペースがある。
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 こちらの御祭神は天手力男神で、剛力無双の神様として知られる訳だが、こちらの神社では腕力のみならず手に関することならオールオッケーと言う幅広さを持っている。
 またこちらには藤原秀郷公に討たれた平将門公の腕が落ちて来てそれを祀ったと言う伝説も残っているそうだ。
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 拝殿内部。
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 柱には獅子や象などの守護霊獣の彫刻が施されている。
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 柱の台座部分には狛犬や牡丹の彫刻が見える。左右とも四面中三面が狛犬で一面が牡丹になっており、全て図柄が違うのが面白い。
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 拝殿正面。
 拝殿の裏には大手神社裏参道と刻まれた標石が立てられていたが、裏手は舗装されてもいない土が剥き出しになっているだけである。
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 境内端にある石祠。お稲荷様・・・かなぁ? 或いは、こちらが平将門公を祀った祠なのだろうか。

鹿島町鹿島神社

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 鹿島橋を渡って渡良瀬川を越え、二つ目の信号機で右折して道なりに進むと北側に鹿島神社が見えて来る。
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 鳥居をくぐると参道両脇に狛犬。
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 参道左手側に由緒を記した石碑。
「鹿島神社乃碑
下野國足利郡山前村大字山下にハ古来鹿島神明八雲の三社ありて就中鹿
島ハ足利義兼の孫恭氏か文永年間常陸國鹿島神宮を勧請して武運長久五
穀成就を祈りし神社と傳ふ故に里民の崇敬特に深かりしか明治六年時の
制度により他の二社と共に無格社となりぬ尓来神社の制度刷まるに従ひ
同四十四年三月神明八雲の二社を鹿島に併合して一社とし尋て大正四年
の秋 今上陛下即位の大典をあけさせらるるに當り里民ハ之を奉祝し之
を記念せんと欲して同年十月鹿島神社の昇格を官に請ひしに大正六年一
月四日を以て村社に列格を許され同年二月二日更に神社幣帛料供進社に
指定せらる里民の宿望玆に貫徹してその欣ひ限りなく一層敬虔の情を致
してやますその今日に至れるハ蓋し神霊の加護に由るおハいへとも偏に
里民の奮起に基くものとすへし今や社殿の設備と共に田四反廿九歩畑一
町二反二畒歩宅地百五十二坪山林廿三歩原野一反九畒廿二歩金二百餘圓
の財産を有し神威彌高に至りぬれハ里民ハ其梗概を石に勒して不朽に傳
へんとしこれか記を余に求む依て記して之を後昆に示すといふ
   大正十年十月吉辰         勲七等保田義嗣敬記す」
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 拝殿。
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 拝殿手前左側に蚕影山神社。
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 拝殿左側に厳島神社。祠の中にはとぐろを巻いた白蛇の像が安置されていた。
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 拝殿裏手左側に、左から神明宮、鹿嶋神社元宮、八坂神社。
 石碑には八雲神社と記されているのだが、こちらのプレートにはなぜか八坂神社と書かれている。まぁ、どちらも祭神は素盞嗚尊だから問題無いような気がしないでもない。拝殿の中には三つの弊束が置かれていたので、これらは相殿神になっているのだろう。
 左端に見える石祠は近所の方の家にあったものだそうで、処分に困ってこちらに置いて行かれたとのこと。なのでお祀りされている神様はいらっしゃらない。

只上神社

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 只上八幡前交差点より西へ150m程の所で北へまっすぐ進むと突き当たりに只上神社がある。
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 鳥居をくぐって参道左手側に社務所・・・かな? 参道右手側には遊具が設置されているが、遊んでいる子供の姿は無かった。ただ、自分が撮影をしている間に二組の参拝者が来ていたので、地元の方からの尊崇の念は厚いようだ。
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 拝殿。
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 拝殿の扉の上に掲げられた由緒書き。
 これを見ると、こちらの神社は元々は品陀和氣命を祀っていたが明治十年に鹿島神社から建御雷神を合祀、明治四十四年に諏訪神社(建御名方神)、日吉神社(大穴牟遅神、大山昨神)、赤城神社(豊城入日子命、石筒男命、石筒女命)、菅原神社(菅原道真公)、竈神社(火産霊神)、大山祇社(大山祇命)と他三社(大物主命と天皃屋根命と・・・誰?)を合併したとのこと。
 元々が品陀和氣命を祀り、目の前の交差点が只上八幡前という事は、昔は只上八幡宮とでも呼ばれていたのだろうか。
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 拝殿左側に並ぶ末社群。
 左から葛城社、水神宮、稲荷社、雷電社、熊野社、神明社、厳島社。
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 本殿裏に並ぶ末社群。
 左から二つ目が猿田彦大神、その右がおそらくは稲荷社。右奥は水天宮。それ以外は不明。それにしても、何故こちらはこんなにも乱雑なのだろう。
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 ちなみに只上町は平将門公の愛妾でありながら藤原秀郷公に内通した(もともと秀郷公の妹であるとか秀郷公に騙されたとの説もあり)とされる桔梗姫の出身地であるとか、只上神社に将門公の胴体を祀ったと言う伝説も残っているそうなのだが、桔梗姫は千葉県の生まれであるとする説もあるし、足利や太田には将門公伝説が少なくないのでそう言ったものの一つなんだろう。

只上町神明宮

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 只上八幡前交差点の南東70m程の位置にある神明宮。
 256号線のすぐ脇と言っても良いくらいの場所なのだが、今までまるで気が付かなかった。
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 本殿脇が小さな塚になっていてその上に二つの境内社があるのだが、どなたを祀ったものなのかは判らなかった。

市場町白山神社

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 八幡宮の北西350m程の位置にある白山神社。39号線からは見え難いが、東応寺前から西へ進んで一つ目の信号機の手前で右折して行けば簡単に辿り着くことができる。
 こちらも古墳の上に建てられた神社である。直径は22.7mで高さは3.6mだそうだ。
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 階段途中右側に大黒と彫られた石が鎮座している。
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 拝殿左側に正体不明の石祠。
 手前の石柱には「奉納十一面観世音菩薩」と刻まれている。白山比神の本地仏は十一面観音だそうだからそれはいいとして、なんでこんな変な位置にあるんだろう?
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 拝殿。

市場町琴平神社

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 稲荷山古墳前の道を東へ200m程も進むと左手側に琴平神社が見えて来る。
 神社の向かいには太田市指定の天然記念物である大ケヤキが聳えており、ケヤキの前の案内板には「琴平神社は癪の神とされ病底抜けとなるの喩より祈願せし者全快すれば柄杓の底を抜きたる物を奉納せしものなり」と書かれている。
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 底の抜けた柄杓がずらりと並んでいる。自分としては、底の抜けた柄杓と言うのはどうにも舟幽霊を思い出して仕方がない。
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 大ケヤキ。

市場町稲荷神社

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 39号線を渡り、東部工業団地の北側にある稲荷神社へ。こちらの神社は古墳の墳頂に建てられている。
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 鳥居の脇には案内板。
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 墳頂の社殿。
 石造りのベンチも設置されているが、こんな所で休憩したりする人がいるのだろうか?

市場町八幡宮

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 県道39号足利伊勢崎線沿いにある東応寺脇に立つ社号標石。
 奥に見える森の中に八幡宮がある。
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 一応車一台くらいなら置けそうなスペースもあったが、今日は自転車で移動しているので駐車スペースの有無で悩まされる心配は無い。ただ、この時期の自転車での移動は耳が痛くなってしょうがない。
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 拝殿。
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 拝殿手前左側に末社群。
 左から四つ目は小御嶽石尊大権現(左右に小天狗・大天狗)。その右に湯殿山(左右に小さく羽黒山・月山)。その右の祠には大黒様の像が安置されている。そしてその右側に若宮八幡宮。
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 拝殿の右奥にも境内社。稲荷・・・かな?

おとか塚古墳

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 稲荷神社前から東に向かって走り、県道175号山形寺岡線に合流した所で南下。500m程も走ると西側にこんもりとした塚が見えて来る。おとか塚古墳、または稲岡1号墳と呼ばれる円墳なのだそうだ。
 南東側より撮影。
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 墳頂には稲荷社。
 お稲荷(とうか)様を祀っているからおとか塚と呼ぶらしい。
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 西側より撮影。

 これで12月21日参拝分終了。
 他にも八椚町の天満宮や寺岡町の両社神社、堀込町の白山神社などにも行ってみたのだが、天満宮は駐車場が無くて断念。両社神社と白山神社は地元の人たちが揃って境内の掃除をしていたので断念。
 しかし、堀込の白山神社とはとことん縁が無いのかな。参拝&撮影をしようと向かったのはこれで三度目なのだが、その度に参拝できない状態になっている。

西場町稲荷神社

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 阿夫利神社よりずずいっと東へ進んで行った先に稲荷神社がある。こちらは社務所の前に4~5台は置けそうな駐車スペースがある。
 社号標石の手前には「大小山・稲荷神社 登山口」と書かれたプレートがある。
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 参道脇に庚申塔。
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 緩やかな傾斜だが、上から見るとそれなりの高さはある。
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 拝殿。
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 拝殿の中には左大臣・奇磐間戸神と右大臣・豐磐間戸神が安置されている。また、奥の本殿手前には一対のお狐様の姿も見える。
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 拝殿の下に放置された標柱。天然記念物に指定されていたアカマツは既に枯れていて伐採された後であるようだ。
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 本殿の壁画とか首の欠けた狐。
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 本殿脇に並ぶ末社群。
 大黒天と阿夫利神社の文字は読み取れるのだが、あとが判らない。
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 その隣にも末社群。
 左から不明、不明、不明、八百萬神、不明、八・・・?、不明、洞明神社。八とあるのは八坂か八雲か八幡か。他に八のつく神社はあったかな? 洞明神社というのもさっぱり。検索をかけても判らない。
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 本殿裏に水神宮。
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 こちらは不明。
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 筑波山神社。

 なんだか由緒のありそうな神社なのだが、それを記した案内板などがないのでさっぱりだ。

阿夫利神社

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 前日に参拝した三柱神社の東から伸びる道を大小山へと向かって走り、鳳仙寺脇にある登山者用駐車場に車を置いて奥へと進んで行くと阿夫利神社がある。
 阿夫利神社ということは御祭神は大山祇神かとも思ったのだが、どうやら石凝姥命(イシコリドメノミコト)を祀っているようだ。
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 拝殿内部。大天狗と小天狗の面が目を引く。
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 こちらが石尊の滝。よくしょぼいしょぼいと言われているようだが・・・しょぼいな。いやいや、これはこれで面白いような気がしないでもない。
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 滝も見たので撤収。
 ・・・帰宅後に調べたら、阿夫利神社の右側の道を登って行くと大小山仙間神社という神社があったらしい。後でもう一度行ってくることにしよう。

迫間町熊野神社

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 県道67号桐生岩舟線を佐野方面へと走り、日光鹿島神社前から東へ4つ目の信号を越えた先で北側へ入って行くと東善院があり、その隣に熊野神社がある。道幅は広くないが、車を二台くらいは置けそうな駐車スペースもあるので参拝するのに特に不都合は無い。
 駐車エリアの右側からは、山を回って北側にある東松苑ゴルフ倶楽部へ続く道と山頂へ続く道が伸びている。
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 階段を上ると左右に狛犬。・・・正直、こういう狛犬は好きじゃない。
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 拝殿。
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 本殿の壁に彫刻が施されているものはよくあるが、こちらの神社は鞘殿の内壁にも彫刻が施されている。
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 社殿の裏手へと回り込むと、石祠が二つ。右奥のものは浅間神社。左側のものは不明。
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 本殿の真裏に位置する末社群。左から琴平神社、八坂神社、天満宮、八幡神社、千勝神社、天照皇大神、三季神社。
 三季神社と言うのは初めて見た名前だが、一体どんな神様を祀っているのだろうか。
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 本殿の左手側からは山頂へと続く道が伸びていたので登ってみることに。
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 山頂には雷電神社があり、その裏はもう東松苑ゴルフ倶楽部の敷地になっている。
 雷電神社の左側に小さな祠があるが、こちらはいずこの神を祀ったものなのか不明。
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 駐車エリア脇の道からも登ってくることができる。
 熊野神社裏からの道は幅が狭いがしっかりと土の段が作られており、駐車エリア側からの道は幅は広いがフラットなために落ち葉の敷き詰められたこの季節はやや滑り易い。
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吹子祭

 ふと、福富新町にある金山神社の例大祭は確か12月だったなと言うことを思い出し、ググってみたら既に過ぎていた ○刀乙
 プチたびの記事 足利市の金山神社で『例大祭・吹子祭』
 とちぎ観光・物産ガイドの記事 金山神社例大祭「吹子祭(ふいごさい)」

 まぁ、8日の10時からでは事前に知っていたとしても行けなかったけどさ。でも、この神社は鉄工団地内にあるので、普段は関係者以外敷地内に入れないからねぇ。

稲岡町八幡神社

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 雷電神社から北西へ300m程の距離にある八幡神社。周囲は殆ど田圃なので雷電神社からでも見えるくらい。
 鳥居手前左手側には社務所兼公民館があり、充分な駐車スペースがある。
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 拝殿と本殿。
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 なぜこんなに額が掛かっているのか。
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 境内社の金毘羅大権現。
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 本殿脇に何故か埋まっている架設記念碑。
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 本殿脇に並ぶ境内社群。
 左から不明、天満宮、白山大社、愛宕神社、秋葉神社、伊勢参宮記念碑。

 これで12月20日参拝分終了。
 FA50mmのテストも兼ねるつもりだったのだけど、まともにFA50mmが使えたのはここくらいで、後は殆どFA24-90mmで撮影をしていた。

稲岡町雷電神社

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 三柱神社前を東へ向かい、稲岡町交差点で左折して三つ目の十字路を東へ向かうと旗川の土手際に雷電神社が・・・あれ?
 社務所と拝殿を兼ねているのか、どうにも、こう・・・ねぇ。社号標石も無ければ額も掛かっていないので、地図で見ていなかったらここが神社などとは判らないだろう。
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 本殿。
 ・・・・・・えーっと、なんと言うか・・・うーん。

三柱神社

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 67号線を西へと走り、栗田美術館前を北へと進んで行くと左手側に三柱神社が見えて来る。
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 額には日光三社大神とある。と言うことは日光神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の三柱)だろうか。しかしこちらも検索をかけると事代主命、大己貴命、須勢理姫命の三柱であるとの情報が。
 この神社には由緒書きなどが設置されていないので、詳しいことは判らない。
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 鳥居手前左側に庚申塔らしき大石と案内板。
 こちらにも日光鹿島神社や下野国一社八幡宮のような天井板絵があり、文化財指定されているそうだが、先日の文化財公開ではこちらはリストに入っていなかったなぁ。
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 階段を上ると、左右に狛犬。
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 拝殿。
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 右手側に回り、水神宮。
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 その奥に浅間大神。不釣合いなほどに大きな台座が印象的だった。
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 本殿裏にずらりと並ぶ末社群。一つだけある石祠が雷電宮であること以外は不明。神社合祀令でまとめられたものなのだろうか。
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 本殿脇に富士宮。
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 他の境内社よりも一際立派な造りだが、こちらの祭神はやはり不明。

筑波山神社

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 富田駅から70m程南に位置する神社。67号線に面していて駐車場は無いので、先ほどの日光三柱大神に車を置いたまま歩いて来てみたり。
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 拝殿。額には筑波山神社とあるので、御祭神は伊弉諾尊と伊弉冉尊だろうか。
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 拝殿手前に西宮神社。伊弉諾尊・伊弉冉尊を祀った神社にあると言うことは、こちらは蛭子命だろうか。
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 拝殿裏手にも石祠があるが、こちらはいずこの神を祀ったものなのか不明。
 石祠の脇からは奥へと道が伸びており、そのまま山頂へと続いているのだが、奥の院などは無く、墓場があるだけだった。周囲が藪なので見晴らしが良い訳でもなく、標高も低いので山歩きを楽しめるようなこともない。
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 境内からの眺望。オレンジ色の電車が停まっている辺りに富田駅。

日光三社大神

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 富田駅前の交差点より県道67号桐生岩舟線を100m程西へ進むと交差点があるのでそこを南に入り、白鴎大付属足利高校前を通過して道なりに進むとやがて右手側に見えて来る。
 駐車スペースは標石の左側に2台分くらい。ゴミ集積所の前にも置こうと思えば置けるか。しかし、神社の前にゴミ集積所ってのもなんだかなぁ。
 鳥居の石額には日光三社大神と刻まれており、鳥居前の標石には三柱神と刻まれている。と言う事はこちらの御祭神は大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の三柱だろうか。ただ、検索をしてみるとこちらの御祭神は事代主命、大己貴命、須勢理姫命、示現太郎大神、姫宮大神であるという情報が。うーむ?
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 鳥居をくぐり、階段を上ると正面に拝殿。
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 拝殿の奥に見える本殿には三柱の神を示すかのように、三つの扉が見える。
 本殿の壁にはかつては綺麗な絵が描かれていたのだろうが、今ではその痕跡を残すだけになってしまっていた。
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 拝殿の脇を通り、裏山へと入って行くと石祠があり、その奥に覆い屋が見えて来る。
 こちらの石祠には額が無かったが、卍の図柄が刻まれていた。富士講関連だろうか。
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 どなたを祀ったものかは判らないが、他の石祠よりは立派そうな境内社と覆い屋があり、その左に石祠が並んでいる。
 左奥から不明、不明、稲荷社、小御嶽神社、不明、雷電宮。

過去ログ一部移転

 当ブログより落描きのカテゴリーを削除し、新しいブログへ移転させました。
 新ブログは現在移転作業中につき、こちらにあったものが全て移動したわけではありませんが、宜しければそちらも御覧頂けると幸いです。
 新ブログはこちらになります。
 こちらは近いうちに雑記やデジカメ関連エントリーも整理し、神社ネタ中心で継続して行く予定です。・・・でも残り容量が30%切ってるんですよねぇ○刀乙

女浅間神社

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 男浅間神社北口より西へ向かい、渡良瀬橋交差点を渡るとすぐ目の前に女浅間神社がある。
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 初山祭の時はこの辺り一帯に出店が並び、緑地公園臨時駐車場も満車になって橋を渡るだけでも面倒なほどに混み合うのだが、さすがに普段は車の通りを除けば閑散としたものだ。
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 二の鳥居。階段を上ると拝殿。
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 周囲の草は茫々で、拝殿の壁は取り払われて枯葉などが吹き込んでいるせいか、どことなく廃墟じみた雰囲気が漂っている。
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 拝殿の裏から伸びる階段を上ると、本殿。やはりこちらにも覆い屋などは無い。
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 南側より撮影。左が本殿、右が拝殿。
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 小御岳・石尊大権現とあり、左右に大天狗・小天狗と刻まれている。逆卍の図柄もあるので、富士講関連の石碑だろう。左側の石塔は表面が崩れてしまっていてなんだか判らない。
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 正体不明の石祠。右側の赤いポストのようなものは賽銭箱なのだろうか。

 これで11月30日参拝分終了。
 福居町の二柱神社が29日30日と恵比寿講彌栄祭を行っており、一応行ってはみたのだが自転車を停められそうな場所が見当たらず、周囲をぐるっと回っただけになってしまった。
 二柱神社前の細い道にいくつかの屋台が出ていて人出もそこそこあったのだが、やはり29日の夜が一番盛り上がっていたのではないのかな。花火も打ち上げられていたようだし。

男浅間神社

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 足利市駅南側の交差点を西へ向かうと足利冨士上浅間神社(通称男浅間神社)の北参道入口がある。尤も、自分は八雲神社脇の坂を上って南参道から入って行ったのだが。
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 浅間山を登って行くと、神社の手前に案内標識が立てられている。
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 案内標識の向かい側に由緒を記した石碑など。
 こちらの神社は天喜二年(1054年)に淵名成行が両崖山に足利城(別名に両崖山城、飯塚山城、小屋城、栗崎城などがある)を築く際に勧請したものだそうで、祭神は無論のこと木花開耶姫命。
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 こちらに参拝するのは二年ぶりになるが、確かその時はまだこの鳥居は無かったと記憶している。
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 二年前とは違って周りに囲いが出来ているが、それでも覆い屋などは無く本殿自体は雨曝しのまま。
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 周囲に遮るものが殆ど無いため、見晴らしは良い。織姫山の中腹に織姫神社が見える。
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 浅間神社より下って、胎内洞穴。
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 そして浅間山々頂にある石尊宮。二年前に来た時は破損していたが、現在は見た目だけはなんとか直されていた。
 山頂までの道は細く、勾配もあり、しかも滑り易いため注意が必要。特に下りる時。

借宿町八坂神社

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 野州山辺駅前を通る県道260号緑町山辺停車場線を東へ道なりに進んで行くと右手側に八坂神社が見えて来る。駐車場は無いが、今回は自転車で移動しているので特に困ることは無し。
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 鳥居右手側に神楽殿・・・かな。
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 記念碑とあるのだが、なんの記念碑なのだろう。由緒らしきものが刻まれているのは判るのだが、読み取り難い。
 応徳元年(1084年)に源義国公が足利庄に封じられると、翌応徳二年(1085年)借宿に上下二社を創建した、と書かれているようなのだが、義国公が生れたのは寛治五年(1091年)と言われている(応徳元年説もある)し、足利庄が成立 したのは保延三年(1137年)、義国公が足利庄に下向したのは久安六年(1150年)なのだから、応徳二年に創建というのはありえないと思うのだがなぁ。他に読み取れた部分では、明治六年に牛頭天王を八坂神社に改めたと言うことくらいか。
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 拝殿左手側に境内社群。
 左に稲荷神社。右に三つ並んでいるのは古峰神社、三峰神社、天満宮。

四所神社

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 県道40号線沿いにあるビジョンメガネ朝倉店脇の道を南へと入って行くと、右手側に四所神社がある。こちらの本殿も昨年足利市重要文化財に指定された筈なのだが、先日の文化財一斉公開では公開リストに入っていなかったのは何故なのだろう。ちなみに、昨年は公開されていたようだ。
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 社号標石の右側に社務所。
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 手水舎の脇に境内社の八坂神社。石祠の額部分には天王宮と刻まれており、文化二年(1805年)のものであるそうだ。
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 階段両脇に狛犬。
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 拝殿。
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 本殿。弘化四年(1847年)に建立されたもので、こちらには大己貴命を始めとして四柱の神々を祀っているそうなのだが、残りの三柱の神ってどなたなのかしらん。
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 本殿の壁に施された彫刻。僅かに残った塗料から、本来はとても鮮やかなものだったのだろうことが想像できる。
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 本殿裏の岩の上に建つ境内社。
 左の赤い屋根のものは一対の狐の姿が見えるので稲荷社かとも思ったが、よく見ると三峯神社の神璽がある。
 その奥の石碑には大きく男體山大権現とあり、その左右に太郎山、瀧尾山と刻まれている。右側の石祠は額部分が破損しているが、一文字目の秋という文字だけは残っていたので、秋葉神社ではないかと思われる。
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 社殿右手側に日露戦役記念碑と正体不明の境内社。
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 記念碑と境内社の間から伸びる道を登って行くと明神山の山頂に着くのだが、それほど広くはない。
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 神楽殿・・・かな?
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 駐車場前に設置された看板によると、こちらの山一帯は古墳群になっているそうだ。
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 こちらの看板は40号線に面して立てられている。
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