只上町稲荷神社

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 316号線を渡って東に向かうと周囲が田圃で見渡しが良いこともあり、遠目にも稲荷神社がすぐに判る。
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 拝殿。
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 拝殿の左側には境内社群。
 左から三番目は八幡大神。一つとばして金毘羅宮。あとは不明。
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矢田堀町熊野神社

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 諏訪神社の南西にある熊野神社。
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 祠の前の角柱には「祭神 建速素盞嗚尊」「氏神 熊野神社」と刻まれている。
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 覆い屋の中には熊野三神だけに祠が三つあるが、残りの二柱はどなただろう。熊野神も結構一定していないからなぁ・・・。

 こちらの熊野神社の200mほど南には厳穴山古墳もある。

矢田堀勘兵衛屋敷の名号角塔婆

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 諏訪神社の東側にある名号角塔婆。
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 南無阿弥陀佛と刻まれた角柱が五基立っている。
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 太田市のサイトにもこちらの記述がある。

矢田堀町諏訪神社

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 316号線を北上し、矢田堀町交差点を越えたら長島歯科の先で左折、100m程も進むと左手側に諏訪神社が見える。
 鳥居は神社の南側。
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 狛犬。
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 拝殿。
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 庚申塔とか二十三夜塔とか青面金剛とか。
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 境内社。
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 境内社其の二。左側の石祠の額には諏訪宮と刻まれていた。
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 境内社其の三。
 境内社はいずれも祭神が不明だったが、ググってみたら大雷命、火産霊神、天兒屋根命、大山祇命、譽田別命、菅原道真公が配祀されているそうなので、数は合うかな。
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 穴師神社かなとも思ったが、どうやら土師神社であるらしい。
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 東側には両部鳥居。

東今泉町鹿島神社

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 東今泉町の鹿島神社。道を挟んですぐ南に永福寺があるが、316号線を挟んで東側にあるさざえ堂(曹源寺)の方が知名度は高そうなので、そちらの方が目印にはなるか。
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 拝殿は高台にあるため見晴らしは良いのだが、周囲を見回してもそれほど面白いわけでもない。
 以前は山田郡毛里田村大字東今泉字鹿島四七六番地にあったそうだが、大正九年二月一日に現在地(太田市東今泉町二二三三番地)に移転したのだそうだ。また、平成十六年三月二十八日に鹿島宮境内改修及び社殿改築事業委員会を設立し、平成十七年十月五日着工、翌年九月に竣工したとのこと。社殿を見た時に新しそうだなと思ったら本当に新しかったわけだ。
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 八坂神社。
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 社殿裏手には境内社群。
 左から二番目は天神宮。その右は疱瘡神。あとは不明。

東金井町神明宮

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 神明宮の社号標石の右側には細い川を挟んでカーサと言うラブホテルが建っているので目印にするには丁度いい・・・かな? 尤も、ここまでの道は迷うほど入り組んではいないので方向音痴気味の自分でも簡単に辿り付けた。
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 鳥居。
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 拝殿。
 ここから左へ向かうと山の中へと続く道が伸びているのだが、そのまま登って行ったとしたら山頂の新田神社まで到達できたのだろうか。登って行く気にもなれないけれど。
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 拝殿裏手にひっそりと立つ石碑。うっすらと不動尊の文字が見える。
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 拝殿左側に・・・なんだろう。富士塚かとも思ったのだが、丸の内に三つ引紋が描かれていたのが気になる。新田氏なら丸に一つ引紋だから、これとは関係無さそうだし。
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 それと拝殿の間にある石祠。読み取り難いが、どうやら天王宮のようだ。
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 太田市の公式サイトによると、こちらの神明宮には平成八年に発見された室町時代作の大日如来像が安置されているそうだ。ただ、すぐ近くに玉厳寺があるのに、なぜこちらに納められているのだろう? 未だ神仏混淆の名残があると言うことなのか、或いは宗派が違うのか。

東金井町飯玉神社

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 東金井交差点から北上し、次の信号機の手前で脇道を西へ入って行くとすぐに飯玉神社。
 名前からして稲荷系かな。
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 拝殿と、左奥に見える建物は祭具殿のようだった。
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 由緒書きによると、明治の頭あたりまでは飯玉明神と呼ばれ、境内には飯風呂明神と釜石明神も祀られていたが、明治九年に飯風呂を結縨(糸晃)、釜宮を加茂社と改めたとあるのだが、飯風呂とか結縨という名前の神社は聞いたことがない。あと、釜石なのか釜宮なのかどっちなんだ。こちらは安産守護の神様らしいので、釜石神社の方かなとも思うけど。
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 本殿。
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 本殿裏手に境内社群。
 左端は金毘羅宮のようだ。その右は三の文字だけ残っていたが、三で始まる神社と言うと三峯神社かな。その他は不明。結縨社と加茂社もある筈だから、中央の大き目の石祠二つがそれなのだろうか。
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 北側の鳥居。

東金井町二柱神社

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 浅間神社より西へ100m程も進むと二柱神社。
 境内には由緒を記したものなどは無かったが、太田市の公式サイトによるとこちらの御祭神は伊弉諾尊と伊弉冉尊であり、春と秋の例大祭では餅をついて祝うのだそうだ。
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 鳥居左側。小さな祠は金刀毘羅宮。大きな方は物置・・・えぇと、祭具殿?
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 鳥居右側。いくつか並んではいるが、文字が読み取れたのは左奥の根本山神社だけ。
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 拝殿。
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 拝殿の裏に境内社群。
 左から大山祇神、稲荷大明神、三峯宮、菅原宮。右下に並んで天神宮、辨財天。
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 拝殿左側にも境内社。が、何神社なのかは判らず。

東金井町浅間神社

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 県道316号線、東金井交差点より一つ南の交差点を西へと入って行くと右手側に見えて来る。社号標石も無ければ扁額も掛かっていないが、地図によればこちらは浅間神社の筈。
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 祠が二つ並んでいるが、どなたが祀られているのかは判らず。

安良岡町春日神社

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 今日も自転車で太田市へ。
 こちらは国道122号線沿いにある大陸食道という焼肉レストランの東側にある春日神社。
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 社号標石の隣には末社が並んでおり、後ろには富士塚が見える。
 左から四番目は春日大明神、その右に神明社。右から三番目は疱瘡神。
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 こちらは摂社だろうか。
 左はおそらく稲荷神社。中央は木の祠が収められていたが、何神社かは判らず。右側は神輿が二つ収められていた。
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 拝殿内部。
 額には天岩戸から天照大神を連れ出す絵が描かれているが、これは春日四神の第一柱である天児屋根命がいるからだろうか。
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 富士塚。
 御嶽石尊大権現と食行身禄霊神の石塔やら石碑やら。
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原宿町雷電神社

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 254号線を北東へ進み、原宿交差点で左折、そのまま二又に分かれるまで西進すると雷電神社が見えて来る。
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 狛犬。十三箇所参拝してこの日初めての狛犬だ。
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 鞘殿の裏にちょこんと一つ。
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 拝殿左側に一際立派な境内社。額には蚕影様と書かれていたので、蚕影神社なのだろう。
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 三つ並んだ境内社。左端は稲荷神社のようだが、残り二つは判読できず。
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 雷電神社社殿右側にも境内社。
 屋根付きの建物の中には神輿が納められており、祭具殿にも思えるのだが、上に付けられた神紋が気になる。左三つ巴紋と祇園守紋、と言うことは八坂神社だろうか?
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 道路に面して道祖神。

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 道路を挟んで雷電神社の北東側に原宿住民センターがあり、その入り口脇に富士塚がある。・・・塚? コンクリート製でも塚と呼んでいいのか疑問だが、とりあえず塚としておこう。
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 浅間社か富士嶽社かは判らないが、脇には見慣れた食行身禄霊神。
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 石祠の左側には稲蒼魂命と刻まれた石碑が・・・って、え? 稲蒼魂命? 倉稲魂命じゃないの?
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 一段低い所に岩長姫命の石碑。

丸山町諏訪神社

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 254号線を原宿南交差点方面へと進んで行くと左手側に赤い鳥居が見えて来るのだが、改めて地図を見てみれば、住吉神社からなら316号線を渡って真っ直ぐ東へ向かえばすぐだったんじゃないか○刀乙
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 拝殿。
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 拝殿の左から後ろへとぐるりと堤防のように土が盛り上がっているが、これは古墳の名残。墳丘はかなり削られてしまっている。
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 境内社。三枚目の写真では木に隠れてしまっていて見えないが、三枚目の写真に写っている二つの石祠よりも大きい。
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 社殿の裏手で半ば埋もれてしまっている石祠。
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 諏訪神社北東側より。

吉沢町住吉神社

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 鹿島宮から下り、用水路沿いに北東へ進むと右手側に月野医院と言う病院(内科と神経科だそうで)が見えて来るので、その脇の細い道を北へ進んで行くと住吉神社がある。
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 拝殿。
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 拝殿脇に境内社群。
 左側の建物には神輿が納められていたので祭具殿かもと思ったのだが、鈴と鈴紐が付いているところを見ると、違う神様のものなのかも。
 左から三番目、うっすらと赤の残った石祠は石尊宮。その右に大天狗と小天狗がそれぞれ一つ祠を与えられている。その右側の祠の額にも文字が刻まれているのだが、判読できず。

吉沢町鹿島宮

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 米山の北西、鳳凰ゴルフ倶楽部の南東に位置する山(鹿島山?)の中腹にある鹿島宮。
 地図で見た時は登って行くのは面倒かもと思っていたが、実際に行って見るとさっくり辿り付けた。
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 石段、と呼ぶにはかなり崩れているような気がしないでもないが、特に上り難いと言う事も無い。
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 石段を上りきった先に拝殿。拝殿脇から山頂へと登って行けるらしいが、山を登るのが目的ではないのでそれはパス。
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 拝殿左側に境内社群。
 陶器のお狐様がいるが、だからと言って稲荷神社なのかどうかは判らない。
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 拝殿右側にも境内社。
 小さな方は判らなかったが、大きな祠の方には大年神と琴平宮の神璽が納められていた。

米山薬師堂

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 賀茂神社前から西へ進むと突き当たりに米山(丸山とも呼ぶらしい)があり、その中腹に薬師堂がある。ちなみに左側の階段より右側のコンクリ打ちの坂を上った方が早い。
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 坂を上った先は二手に分かれており、右に向かうと薬師堂。左へ向かうと石段が山頂付近まで続いている。
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 石段の脇にはところどころに庚申塔が見える。
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 石段をある程度進むとまた二手に分かれており、右へ向かうと岩の窪みに祠が鎮座している。
 鳥居に打たれた板に神社の名前が書かれていたのだろうが、既に文字が消えていて読み取れない。が、祠の中には小泉稲荷神社の神璽が納められていたので、こちらの神社は伊勢崎の小泉稲荷神社から勧請したものなのかも知れない。
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 お稲荷様に参拝したので、更に石段を上って行くと庚申塔と石仏が群れをなしている。
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 その近くに石祠もあったのだが、どなたを祀ったものかは判らず。
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 石段を上って行くとやがて左手側に青面金剛と、その奥にお地蔵様、そして石塔や石祠が並んでいる。
 この辺りでは庚申講が随分と盛んだったのだろうか。
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 そして更に上って行くと、山頂には摩利支天を祀ったと思われる石祠が鎮座している。
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 その右奥に石祠が一つ草に埋もれている。これだけでは何神社なのかは判らなかったが、その石祠の前、摩利支天宮の向い側にやはり草に埋もれた石碑があり、それには根本山大神との文字が見えたので、こちらは根本山神社と見ていいだろう。
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 摩利支天宮の裏手、やや下がった所に元は石碑であったのだろう残骸。
 ところでこの山頂周辺、やたらとクマバチが飛び交っている。基本的にクマバチは人を襲わないから怖がることはないのだが、やはりあまり気分が良いものではない。と言うことで早々に撤退。
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 米山の北西側から撮影。左側に見える四阿はかたくりの里公園のもの。

丸山町賀茂神社

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 学音寺からさらに西へと進み、316号線を越えて200m程も進むと右手側に細い道が伸びているのでそこを入って行くと賀茂神社の社号標石と鳥居が見えて来る。
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 自動車ではこちらから入るのは無理だが、鳥居の向こうには数台の車が停められていたので裏手から回り込むことが出来るようだ。尤も、今回は自転車で移動していたのでこちらからでも問題無く入れたのだが。
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 標石の裏には境内社。右端は道祖神と刻まれていたが、左端の金運と書かれた木札はなんなのだろう。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 鞘殿。
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 反対側に回り込むと鞘殿の扉が外されていたので頭だけ突っ込んで撮影。
 本殿の両脇に小さな祠が見えるが、これは中央に賀茂別雷命、その左右に賀茂建角身命、玉依姫命を祀っていると見ていいのかな。

七日市稲荷神社

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 50号バイパス脇を北西へ向い、七日市交差点で左折。うねった道を進んで行くと学音寺があるが、その裏手に鳥居と祠が見えたので立ち寄ってみることに。
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只上町愛宕神社

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 熊野神社前の道を北西へと進み、122号線を渡ってそのまままっすぐ進むと鳥居が見えて来る・・・と言う事はここが愛宕神社の筈なのだけど、えーと、コレ? 拝殿と社務所が一体化している、ということだろうか。趣き無いなぁ。
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 境内の端には青面金剛と辨財天。
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 裏手へと回り込むと鞘殿らしき板壁と石祠が二つ。

 こちらの愛宕神社の西側十数m先では現在北関東自動車道の建設真っ最中だが、足利と佐野を通る部分はまだできていないので50号バイパスから122号線に入る只上第二高架橋脇はかなり混雑している様子。
 完成しても自分は使うことはなさそうだけど。

富若町熊野神社

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 富若中央集会所の通りを挟んで北側に朱塗りも鮮やかな両部鳥居。手前右側にある石祠は・・・なんだろう?
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 鳥居の額には・・・読めない。集会所の南西に実相院と言う真言系のお堂があるが、そちらの山号かなにかだろうか。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 拝殿手前右側に天満宮。
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 拝殿左側には朱塗りの鳥居。
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 鳥居をくぐって石段を登った先には浅間神社。手前左側の石碑は御嶽石尊大権現。
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 富士塚の麓に並ぶ大きな石には猿若彦神社(猿若彦神社の文字の隣には小さく祭神 猿田彦命とある)、勝善神と刻まれている。
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 境内社群。
 左端は辨財天。二つ空けて中央に八坂神社。崩れた石祠を一つ空けて道祖神。その右及び赤い祠は不明。
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 少し離れて石祠が二つ。やはり不明。
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 集会所前の十字路脇にぽつんとある赤い祠。位置的に見て塞の神だろうか。

富若の名号角塔婆

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 春日神社の隣家の方から、北西に見える青い屋根の家の裏に珍しい石塔があるよと教えて頂いたので、立ち寄って見ることに。
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 このテのものはよく判らないのだが、太田市のオフィシャルサイトの記述によると、角塔婆とやらは太田市北東部から桐生市南部・大間々町東部にかけて35基確認されているのみで、他の地域では殆ど見ることのできない珍しいものであるそうだ。重要文化財に指定されるのもむべなるかな。
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富若町春日神社

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 熊野神社の西側の十字路を北上して行くと、富若町南集会所の隣に春日神社がある。熊野神社と春日神社の間にはほぼ田圃しか無いようなものなので、遠目にも春日神社の屋根が見える。そもそも直線距離で300m程しか離れていない。
 ところでこちらの社号標石は村社の部分がセメントで塗りつぶされているようなのだが、社格が変わったのだろうか。
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 拝殿。
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 拝殿の隣にはこんもりとした小山があり、その麓に仙元宮がある。その左に小御岳石尊大権現と刻まれた石碑があり、仙元宮の右奥、木の根本には「烏帽子岩 北行鏡月 食行身禄」と見慣れた文字の刻まれた石碑がある。
 隣家の方から話を伺うことができたのだが、かつてはこちらの小山の上に仙元宮があったのだが、滑り落ちて来てしまったのだそうだ。また、一見古墳のように見えるが全くそんなことはないそうなので、わざわざ土を盛って富士山に見立てたと言うことなのだろう。
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 本殿。こちらは一度台風で壊れてしまったのでその後建て直し、覆い屋もその時に設けられたそうだ。
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 本殿裏手に稲荷神社。
 祠の前には小さいが手の込んだ作りの一対のお狐様。子狐が宝珠に変化している様は面白い。

上小林熊野神社

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 407号線を西へと向い、上小林交差点で右折。そのまま北上して行くと左手側に熊野神社が見えて来る。
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 なぜか境内の端っこに建てられている社号標石。
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 石造りの神明鳥居のくぐり、正面に拝殿。
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 神輿が収められていたので、祭具殿かも。拝殿の隣にも小屋のようなものがあったが、あちらはなんだったのだろう。
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 境内社。左側は浅間神社だが、右は不明。その奥に明治百年記念と書かれたコンクリート製の小屋があるが、こちらも何に使われているのか不明。

槐稲荷神社

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 南大町の郵便局前交差点を赤間屋へ向かって150m程も進むと右手側に「入江御宮製作所 稲荷宮」と書かれた小さな看板が見えて来るのでそこで右折。そのまま真っすぐ進むと株式会社タツミ前の十字路脇に小さな神社がある。
 こちらの神社は地図にも載っていないような小さなものだが、以前Wristletさんのブログで紹介されていたので知ることができた。いつものことながら有難いことです。
 鳥居の脇には小さな看板があり、由来が記されている。
 「槐稲荷様は火伏せの神として昔よりここに鎮座して槐の木を御神木として参りましたが、明治四十年、国の神社集合令に依り芋の森に祠を移しました。その後度々火災があり困った先人が相計り昭和四十年代に又現在地に勧進してお祀りしましたところ以来無事平穏に現在に至っております。
 平成十六年初午建之 槐稲荷祭典委員会」
 とあり、なかなかに気の荒い神様であるようだ。ところでこちらのお稲荷様では槐と書いて「さいかち」と読ませるようなのだが、「えんじゅ」じゃないのかね。槐と莢では違う植物のはずなのだが。
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Author:梁瀬
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