松田町織姫神社

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 富士嶽神社から219号線を北上している時に視界に入って気になっていた標石があったので、帰宅する前に立ち寄ってみた。
 織姫神社入り口、とある。ふむ? 場所は三和公民館南側にあるT字路の脇。しかし地図を見てもこの辺りに織姫神社の記載は無い。とりあえず行ける所までは進んでみたのだが、それらしき物は見当たらず。あれだけの標石があるのだから、見落としてしまうような小ささとは思えないし、すると山の中にでもあるのだろうか。とにかく、今回は見つけることはできなかった○刀乙

 今回の神社巡りではK-7の試写も兼ねていたのだが、K10Dとの操作系の違いは僅かとは言え戸惑うには充分だった。*istDSにK10Dを追加した時はもっとスムーズに扱えたのだけど。
 今回使用した機材はK-7にFA28mmとDA15mm、DA21mm。K10DにDA70mmのみを装着。普段70mmの出番は多くないのでここぞとばかりに使ってみたが、K10DとDA70mmの相性っていいなぁ。
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松田町八幡宮

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 県道219号線をずーっと北上して行くと左手側に長徳院、右手側に旧松田小学校が見える辺りにある八幡宮。鳥居に額も無ければ社号標石も立っていないので最初は何神社か判らなかったのだが、帰宅してから検索をかけたら足利市文化財めぐりマップに八幡宮との記載があった。
 駐車場は無いが、219号線脇から猪子峠へ続く(のかな? 多分途中で途切れている)道が伸びているのでそちらの脇に駐車。
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 横長の拝殿と、そこを通り抜けた先に本殿という造りは松田神社に似ている。この写真では見えないが、拝殿正面に掛けられた額には弓と矢が打ち付けられていた。
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 狛犬。
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 拝殿を抜けて階段を上ると正面に本殿。
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 本殿の壁面には元は鮮やかな色彩であっただろう彫刻が施されている。
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 本殿右側に境内社。しかし祭神は不明。
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 左側にも境内社。そしてこちらも祭神は不明。

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 神社裏、と言うか先ほど車を停めた先にある重要文化財の道標。
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 道標奥のお堂には仏坐像。弥勒菩薩だろうか? よく判らない。たぶん如意輪観音。
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 お堂の裏に石祠。
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 道標脇の道を北側へ歩いて行くと真っ直ぐ続く道と山上へと伸びる石段。石段は途中で途切れて土が剥き出しになっていたが、それなりに整備されている感じではあった。ただ、どこまで続いているのか判らなかったので然程登らない内にUターン。

 この後さらに219号線を北上して218号線と交差する辺りにある八坂神社まで行ってみたのだが、どうやらご近所の方々による掃除中のようだったので今回は参拝せず。

富士嶽神社

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 熊野神社前を東へ進んで養源寺前を通過、その先の細い十字路を入って行くと富士嶽神社神社があるのだが、道路際にあるので駐車スペースがまるで無い。
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 こちらが本殿のようだ。御祭神は木花開耶姫命だろうか。
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 境内社。

葉鹿町日枝神社

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 地図で見ると、車で入っていくのは少々難儀な感じがしたので、熊野神社脇に車を置いたままぐるりと回り込んで日枝神社へ。
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 日枝神社なのに普通の明神鳥居だ。
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 鳥居をくぐって参道左手側に庚申塔群。弁才天の文字も見える。
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 木々が茂っているので参道は割と涼しい。
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 拝殿と神楽殿。
 拝殿の突き出した屋根は山型をしていて山王系っぽい感じ。気のせいかも知れんけど。
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 拝殿の右奥にも庚申塔や青面金剛。大黒天の文字も見える。
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 拝殿と鞘殿を繋ぐ部分はなく、扉も開かれているので中を覗き込める。
 かなり暗いのでISO感度を高めにしてみたが、ISO1600ともなるとさすがに解像感は落ちるが使えないことも無い。ISO3200はノイズだらけだが仕方がない。ISO6400は・・・うわぁ、緊急避難的にしか使えないなこれは。それでもISO6400があるとないでは気分的に違うからあった方がいいけどね。ちなみに左がISO3200で右がISO1600。
 それはさておき、本殿は大山咋神として、その脇に二つの祠が見えるのだが、どなたがお祀りされているのだろう?
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葉鹿町熊野神社

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 葉鹿小前交差点を越えて北東へまっすぐ走って行くと、突き当たり付近に熊野神社の鳥居。鳥居手前には庚申塔が並んでいる。
 鳥居横の道を上って行くと左手側に社務所と公民館を兼ねた建物があるのでその前に駐車。
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 拝殿。
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 正面には御祭神を記した板が掛けられている。
 それによると、こちらの御祭神は伊邪那岐命、櫛御気野命、五十猛命、大屋津姫命の四柱。・・・おや、抓津姫命がハブられている。どうにも熊野神社は櫛御気野命(素盞嗚尊)以外は祭神がまちまちだねぇ。
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 拝殿左側に並ぶ境内社。
 六社並んでいるが、左端は宝登山神社の御神璽が納められている。はて、こちらの境内社は天満宮、織姫神社、八幡宮、八坂神社、春日神社、愛宕神社のみの筈では?
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 拝殿右側にも境内社二つ。左奥のものは愛宕神社。

篠生神社

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 葉鹿跨線橋を越え、葉鹿小前交差点を南西へ向かうと右手側に鳥居が見えて来る。
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 鳥居をくぐると参道途中に小さな神橋があり、正面に拝殿、左手側に神楽殿や境内社がある。
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 狛犬。阿形の台座には伊勢神宮、出雲大社、宇佐神宮の文字が。
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 拝殿。
 こちらの御祭神は素盞嗚尊と櫛稲田姫。斎明天皇の御世に出雲の杵築神社(現在の出雲大社)から勧請したものだとか。斎明天皇の治世は655年から661年だから、1300年以上もの歴史があることになるのか。
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 神楽殿の隣に境内社。左から浅間神社、八坂神社、織姫神社。
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 末社群。
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 拝殿左側に庚申塔群。その中に混じって塩釜神社。
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 厳島神社。
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 拝殿より少し離れて右側に祭具殿。こちらに納められている山車もやはり市の重要文化財に指定されている。
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 更にその右に忠魂殿。

大前町八幡宮

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 大原神社前の道を東へ向い、交差点を越えたら北東の細い道を入って行くと突き当たりに八幡宮。
 特に周囲にはなにも無し。

大原神社

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 松田川橋を渡り、県道67号線を東へ向かうと間もなく左手側に大原神社の社号標石が見えて来る。
 ここからまっすぐ160m程進んだ先に神社があるのだが、神社直前で両毛線に阻まれるので軽く迂回して大原神社へ。
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 神社前には二台分程の駐車スペースがある。
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 鳥居の手前には案内板。
 「稔る田野を見渡され」とか書いてあるとミノルタの社名の由来を思い出してしまう。いや、そんなことはどうでもいいんだけどね、本当に。
 それはともかく、景行天皇の時代に東征帰りの日本武尊によって山城国大原野神社を勧請して創建されたとあるが、日本武尊の東征は西暦110年~113年頃とされているので、相当古い歴史を持っていることになるようだ。・・・あれ? 山城国大原野神社って延暦三年(784年)に藤原乙牟漏が春日神社の分霊を勧請してできた神社(社殿が造営されたのは嘉祥三年(850年)、文徳天皇によるもの)だよね? 計算おかしくない?
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 参道左側に神楽殿。
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 拝殿手前には狛犬。
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 拝殿。
 こちらの御祭神は建御賀豆智命(タケミカヅチノミコト=武甕槌命)、伊波比主命(イワイヌシノミコイト=経津主命)・天之子八根命(アメノコヤネノミコト=天児屋根命)・比大神(ヒメノオオカミ=比売神)の四神。平将門公が討たれた時に飛び散った腹部が落ちて来たと言う伝説もあるそうだが、その割には将門公が祀られていると言うこともないようだ。そう言えば太田市の只上神社にも将門公の腹部を祀っているとの話があるが、あちらも祭神の中に将門公の名前は入っていないのだよね。
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 拝殿の扉は少し開いているので中を覗くことができる。
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 拝殿左側に境内社。
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 左側に大黒様(大国主)、右側に八坂神社。プチ神楽殿さんの記事によると大黒様の左側に織姫神社がある筈なのだが・・・見当たらない。確かにそれらしき跡はあるのだが、まさか撤去された?

葉鹿町三島神社

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 葉鹿跨線橋南交差点の南に位置する三島神社。
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 拝殿。こちらの御祭神は大山祇神と事代主神のどちらだろう?
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 拝殿右奥に稲荷神社。
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 拝殿より少し左に離れて境内社。宝登山神社のようだ。
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 宝登山神社の奥に庚申塔群。
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 境内の端に祭具殿。こちらに納められている山車は市の重要文化財に指定されているとのこと。

鳥山上町菅原神社

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 鳥山交差点より更に78号線を北上して行くと、上鳥山交差点を越えて100m程進んだ辺りで右手側に鳥居が見えて来る。が、こちら側には駐車スペースは無いのでもう少し進んで神社脇から境内に乗り込むしかない。
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 社号標石には「村社 菅原神社」とある。
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 参道より。
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 右側に神楽殿。写ってはいないが、更にその右奥に上町会館がある。
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 拝殿左側に境内社二つ。手前の石祠は諏訪神社。奥は不明。
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 拝殿右側に八坂神社と境内社群。
 ここより裏手へと回り込むと亀山古墳の墳頂へと上って行けるが、特に祠があったりということも無い。亀山古墳は全長58m、後円部径31m、高さ9mの前方後円墳で、後円部に食い込む形で菅原神社が建てられているのだそうだ。

鳥崇神社

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 2号線まで戻り、藤阿久北交差点で北に向い、そのまま323号線を北上すると鳥山交差点があるのでそこで左折するとすぐ右手側に鳥崇神社の鳥居が見えて来る。鳥居の左側に集会所があるので、そちらに駐車。ちなみに、とりすじんじゃかと思っていたら、ちょうそうじんじゃと読むのだそうだ○刀乙
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 参道を歩いて行くと、変にだだっ広い境内に。
 なんとなく古墳っぽい感じだと思い調べてみたら、やはり古墳だった。円墳のように見えたが、前方部が削平され、後円部だけが残された全長約66m、高さ8mの前方後円墳なのだそうだ。
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 柵の向こうには堀とこぢんまりとした中島がある。草茫々でよく見えないが、鳥居があることを考えると、中島の上にも祠があるのだろう。厳島神社あたりかな?
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 八坂神社。
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 階段を上ると墳頂に拝殿。
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 拝殿正面に打ち付けられた由緒書き。
 これによると御祭神は木花開耶姫命、大物主神、宇迦之魂神、素盞嗚命の四柱。
「創立年代縁起不詳なれど、前方後円墳上に浅間神社を祭祀し明治四十一年当村の西方に在りし稲荷神社を合祀し鳥崇神社と改名し無格社と指定する
 昭和二十七年宗教法人として新発足し、神社本庁の所属社となる」
 他にもいくつかの事柄が記されているのだが、ちょっと読み取り難い。
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 拝殿脇に聳える木には落雷の痕だろうか、内側が真っ黒に焦げている。

沖野町増殿神社

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 沖野公園脇の道を川沿いに南下して行くと右手側に増殿神社が見えて来る。ますどのと読むのかぞうでんと読むのか判らなかったが、ググってみたらぞうどのと読むらしい。
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 拝殿。
 こちらの御祭神は大己貴命。配神に宇迦之魂命、譽田別命、大日靈命、大物主命、菅原道真公、新田義重公を祀っているそうだ。
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 本殿。
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 本殿裏に境内社群。

由良町飯玉神社

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 円福寺よりずずいっと南下して行くと、飯玉神社がある。チェーンで封鎖されていなければ社務所前に車を乗り入れられたのだが、仕方がないのでカーブ脇の自販機前に駐車することに。
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 二の鳥居と三の鳥居、四の鳥居。
 二の鳥居は基本台輪鳥居なのだろうが、貫の通る部分が補強されているのだろうか? ちょっと珍しい感じ。
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 拝殿。手前には由緒書き。
 これによるとこちらの御祭神は宇迦之御魂神、狭依毘賣命、多紀理毘賣命、多紀津毘賣命、素盞嗚命の五柱。
 「嘉永二年九月十三日依懇願塚越徹夫氏所蔵す
 明治四十一年七月一日許可を得て本社境内末社稲荷社八坂社及躰宮無格社稲荷神社同境内末社飯玉神社宗像神社八坂神社を合併したり
 大正十一年十一月十七日明治三十九年勅令第九十六号に依り神餞幣帛料供進神社として指定せらる
 昭和二十一年五月二日村社の称号を称号を廃止同年五月三十日宗教法人令に依り宗教法人となる」
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 拝殿左手側に境内社群。由緒書きには増殿神社と浅間神社の名だけ記されていたが、他に八幡宮や弁才天などの文字も見えた。
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 裏手に弁財天。

別所町十二所神社

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 一ヶ月ぶりの神社参拝。今回は茶臼山古墳の上に建つ十二所神社から。
 県道2号線新田遺跡入口交差点から400m程南下したところで左折、つまり西へ向かって真っ直ぐ走ると突き当たりに円福寺があるので、その前の駐車場に車を置き、宝泉北幼稚園の脇を通って西へ歩いて行くとこちらになる。社殿へ向かうだけなら、円福寺の境内を通って千手観音堂の脇から回り込んだ方が早いけど。
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 鳥居。
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 茶臼山古墳墳頂。脇には国良親王御陵と彫られた碑が建てられている。
 ググってみても、国良親王とは宗良親王(後醍醐天皇の皇子)と山吹姫(新田義宗の娘)の子であるということくらいしか判らなかった。兄の尹良親王は軍事に秀でていたようだが、こちらはWikipediaにすら記されていない有様。
 そして茶臼山古墳だが、全長約157m、前方部前端幅65m、高さ8m、後円部直径85m、高さ14.5mの前方後円墳で、規模としては太田市内で二番目、群馬県内では四番目になるのだそうだ。ちなみに太田 茶臼山古墳でググると大阪府茨木市太田三丁目の方が出てきてしまうので、こちらは円福寺茶臼山古墳(或いは別所茶臼山古墳、宝泉茶臼山古墳)でググるヨシ。
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 墳頂のすぐ脇に十二所神社。
 創建時期は不明。本殿内に十六体の神像が安置されているとのことだが、当然それらを見ることは出来ない。また、特に主祭神などは決められていないようだ。神社とはなっているが、神道よりも仏教色の方が強い感じか。
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 社殿前の階段脇に説明看板。階段を下りて左へ向かうと千手観音堂がデカデカと建てられている。
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 千手観音堂。
 左端に見える石碑には馬頭観世音やら正観世音といった文字が刻まれている。
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 屋根瓦の端には逆立ちした狛犬の姿が。・・・観音堂に狛犬とは、さすが神仏習合。
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 後円墳部には十二所神社があったが、こちら前方墳部には馬頭観音堂。
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 円福寺の山門脇あたりに辨財天。
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