井戸水神(東大輪)

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 152号線を延々と歩いて戻り、宇都宮線の踏切を渡った先の交差点脇にローソンがあるのだが、その南東、152号線の道端に井戸水神と刻まれた小さな祠が鎮座していた。井戸水神と言うくらいなのだから、井戸の神様なのだろう。
 9日にもこの前を通っているのだが、その時には気付かなかったなぁ。

 1月23日参杯分終了。
 今回使用したのはK-7にDA15mm、DA21mm、DA40mm、K10DにFA77mm。
 これで鷲宮町の神社は回り終わったと思っていたのだが、念の為にGoogleマップで確認してみたら、上内に日枝神社、八甫一丁目に浅間神社が残っていた○刀乙 まぁ、またその内にでもそちらの方には行くこともあるだろうから、その時にでも参拝することにしよう。
 それにしても、今月は随分と歩いたなぁ。特に今回は翌日に筋肉痛が出て、太腿がぴきぴきと痛んだくらい。さすがに今日は回復してるけど。
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日枝神社(松石)

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 香取神社の裏の道を歩いて行くと152号バイパスに合流するのだが、その脇に日枝神社が鎮座している。また、ここは152号バイパスを挟んで香取八幡神社のほぼ真裏と言っても良い位置だろう。
 MAPPLEには権現堂と記載されているだけなので、それだけではどなたを祀ったものなのかは判らなかったのだが、社の中を覗き込んで見たら日枝神社と彫られた額が掛けられていたので、こちらでは大山咋神(山王権現)を祀っているのだろう。
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 先程の香取神社の狛犬とポーズがよく似ている。低い位置にいるのも同様か。
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 反対側から。奥の方に香取神社が見える。
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 阿像。気のせいか、猿っぽい顔立ちをしているように見える。
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 吽像。
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 格子の向こうにちらりと見える祠が本殿になるのだろう。
 額には「大正参年貮月一日  日枝神社  願主 遠藤利左エ門」と彫られている。

香取神社(松石)

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 香取八幡神社から東へ歩いて県道316号阿佐間幸手線に合流したら北へ向かい、松石交差点を渡って少し歩くと左手側に香取神社がある。
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『松石の香取神社
 昔、この地方は下総の国に属していたので、下総の国の総鎮守である香取神宮の分社である香取社が祀られている。
 この神社では、毎年七月十五日(現在は七月十五日に近い日曜日)に獅子舞が奉納されている。天下泰平、家内安全、五穀豊穣などを祈願するもので、行司を先に立て、天狗・大雄獅子・中獅子・雌獅子・ヒョットコの順に並んで「ハシ」「ボン天」「ササ」「シラカワ」「シメ」の五種類の舞い方で家々を回っている。
 また、この地域は島川(中川)の土手に沿って、大阪の落人が住みついたところと伝えられ、下駄屋、綿屋、醤油屋、かじ屋、箱屋、質屋、という屋号で呼ばれている農家が並んでいる。昔、農業のかたわら、川すじで商売をしていたなごりである。
 昭和六十三年三月』
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 二の鳥居をくぐると、参道の左右に狛犬、突き当たりに拝殿が見える。
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 狛犬。
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 松尾大権現と、後は判らない。
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 拝殿。
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 境内社。

香取八幡神社(松石)

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 稲荷神社の参拝を終えた時点でまだ13時だったので、どうせここまで来たならもう少し足を延ばしてみようかと思い、幸手市内へ。
 八甫三丁目交差点から埼玉県道152号加須幸手線バイパスを東に向かい、二度目のカーブに差し掛かる辺りでお寺らしき建物が見えて来るが、その隣に香取八幡神社がある。
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 神社なのに山門がある。
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 こちらが真言宗智山派惠日山寶積院。でも特に用は無いのでスルー。
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 二の鳥居。
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 二の鳥居手前左側に青面金剛。
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 狛犬。
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 拝殿。
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 拝殿右側に境内社。
 祠の中には男性の坐像が納められ、大棟に梅鉢紋が付けられていることから見て、おそらく天神社だろう。

稲荷神社(八甫三丁目)

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 再び東北新幹線橋梁に沿って北上して行くと、八甫三丁目交差点の向こうに祠のようなものが見えて来る。
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 地図によれば稲荷神社の筈なんだが…なんかお堂っぽい? でも狛犬の姿も見えるしなぁ。
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 祠っぽく見えたものは地蔵堂だった。
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 うーん、やっぱり神社っぽくないような。
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 狛犬。
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 覗き込んで見ると…観音堂じゃないかー!
 あ、あれ? 稲荷神社は?
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 観音堂より左奥に入って行くと、六地蔵に?光童子(恵光童子かも)、馬頭観音、如意輪観音を陽刻した十九夜塔、庚申塔、青面金剛が並んでいる。
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 そして、青面金剛の向かい側に稲荷神社。ここにあったのかー。

天満宮(八甫)

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 八幡神社から東へ向かい、東北新幹線橋梁に当たったらそれに沿って北上。特殊技研工業の建物が見えてきたら、その少し先の左手側に天満宮がある。
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八幡神社(東大輪)

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 幸手市に寄り道している余裕は無いのでそちらには行かず、鷲宮産業団地を抜けて沼井公園前のミニストップから桜田小学校方面へ。MAPPLEによれば桜田小学校の南側に八幡神社がある筈なのだが、畑があるだけで小さな石祠すら無い。見回してみると、畑の向こうにそれらしきものが……道一本ずれてんじゃん!
 と言うわけで、セレーノ3というアパートの隣にあるこちら。鳥居にも祠にも何も記されていないが、MAPPLEの記載以外に手懸りも無いので、八幡神社ということにしておこう。
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 それなりに年季が入っていそうだが、当然ながら由緒書きなどは見当たらなかった。
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 青面金剛と庚申塔。

香取神社天満宮(上川崎)

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 香取神社より東へ歩いて行くと東北新幹線橋梁下で五叉路に当たるので、斜め方向に向かって行くと左手側に香取神社天満宮が見えて来る。
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 香取神社天満宮改築記念碑。
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 改築記念碑の裏には由緒らしきものが刻まれている。
『碑文
 當神社は往昔字香取の地に鎮座せし宮を寛政年間現在の地に合祀され、明治十七年拝殿を新築して社殿の風格を整へ以来百八十有余年の星霜を経た。この間度々の修復を行いしが近年老朽著しく大字一同の敬神の念篤く改築の議起り絶大なる協力により浄財寄進を得て、拝殿本殿及び附帯工事一切の事業を完成せり。
 仍って記念碑を建立す。
 昭和五十四年十月吉日 宮司 梅林寺信夫』
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 拝殿。
 右奥に見えるのは真言宗豊山派薬王院。
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 拝殿内部。
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 社殿真裏には奥宮。
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 中には天満天神宮と香取大明神。
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 奥宮の左に第六天と山王大権現。
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 奥宮の右に八海山神社と御嶽大神。
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 庚申塔と青面金剛。
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 辨財天と武州葛飾郡上川崎村と刻まれた標石。
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 ここから東へ進んで幸手市内に入ると、香取神社が四社ほど連続して鎮座している。と言うか幸手市内にはやたらと香取神社が多いようだが、物部氏と縁のある土地柄なのだろうか?

香取神社(外野)

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 八幡神社南の三叉路を東へ向かい、道なりに歩いて行くと、成立学園高等学校グラウンドの南側に香取神社がある。
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 拝殿。
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 変わった形の石燈籠。溶岩で出来ているのだろうか?
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 狛犬。
 吽像の隣にあるのは辯才天。阿像の隣にあるのは稲荷大明神。
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 拝殿内部。奥に本殿が見える。
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 本殿。
 香取神社と言うことは、こちらの御祭神は経津主神なのだろう。

八幡神社(西大輪)

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 東鷲宮駅の東側へ回り、宇都宮線に沿って南下して行くと道端に八幡神社がある。IMGK8796s.jpg
 参道右手側に八幡神社遷宮記念碑があり、その裏側、道路側に面して遷宮の記録が刻まれている。
『碑文
 國鉄鷲宮町貨物ターミナル新設工事に伴い、八幡神社の御社が用地買収の要請に應じ鷲宮町発展のため氏子一同協議の上南の方約八十メートルの御地に御遷し奉り御遷宮祭を厳粛に斎行し奉る。
 尚此の趣旨を後世に傳えるため記念碑を建立す。
 氏子一同』

八坂神社(上内)

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 わし宮団地より東へ歩いて行くと、青毛堀川の畔に八坂神社がある。

日枝社(上内)

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 稲荷神社より北へずーっと歩いて行くと、わし宮団地3街区の西側の畑の中に日枝社が見えて来る。
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 堤の上は立入禁止なので、お社の後ろから回り込むことに。
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 お社の中には、御神使の猿が大小合わせて五体。

稲荷神社(久本寺)

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 千勝神社北側の信号機から東へずんどこ歩いて行くと、桜が丘幼稚園の隣に稲荷神社がある。
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 拝殿の中には本殿の他には多少の荷物が置かれているだけなので、中央部をトリミングして拡大。

千勝神社(中妻)

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 前回参拝できなかった神社を巡る為、再び鷲宮町へ。
 まずは県道12号川越栗橋線を南下して、久喜市との境目である新川用水畔にある千勝神社へ。鷲宮駅から徒歩でおよそ30分程。青毛堀川より向こう側や新川用水より向こう側はわりと神社の数が多いのだが、その間の区域はぽつぽつ程にしか無いというのは、何か理由があるのかな。
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 一の鳥居をくぐると、右手側に石祠。どなたを祀ったものなのかは判らないが、梵字のようなものが刻まれている。とすると、仏様だろうか?
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 二の鳥居。
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 狛犬。
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 拝殿。
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 &本殿。
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 稲荷神社。
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 千勝神社報徳頌碑、かな。漢文で書かれているのでよく判らない。
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『千勝神社は中妻村の鎮守で、祭神は大己貴命(大国主命)と味耜高彦根命の二柱である。
 昔、八幡太郎義家が奥州平定のため陸奥国に下向したが、その途中当社に立寄り戦勝を祈願した。その祈願が神に通じ、義家は千戦千勝奥州を鎮圧して京都に凱旋した。この由緒にもとづき当社を千勝明神社と称するようになったと伝えられる。
 当社の例祭は毎年七月二十五日と十月十九日に行われ、氏子たちによって獅子舞と「大刀棒つかい」が奉納されている。
 境内には、昭和十一年十月に建てられた徳富蘇峰と中村不折の書による「武蔵国中妻千勝神社」と刻まれた二基の社号標や、漢学者中島撫山による神徳碑などが建てられている』

田中神社(下川崎)

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 イオンモール南側の道を東へ歩いて行くと、円福寺の南に田中神社がある。
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 右側が田中神社。左側は八坂神社。
 田中神社の創建は寛正二年(1461年)であり、文禄三年(1594年)に古利根川の圦樋から堤上に遷宮。八坂神社は明治六年(1873年)に今上耕地よりこちらに合祀されたのだそうだ。
 田中神社の御祭神は、境内の端の方に建てられていた石碑にかろうじて武甕槌命と少彦名命の名前が見て取れたのだが、その二柱の神に加えて天穂日命も祀られているそうだ。他にも稲荷社と厳島社、頭殿社、八幡社、天神社が明治四十一年(1908年)に合祀されたとのこと。
 これらについては下川崎の公式サイトの記述を参考にしている。
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 左から毘沙門天、大青面金剛、文字の判読できず(辯才天であるらしい)、大青面金剛。
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 千年紀 下川崎記念事業記念碑。
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 辯才天。

 これで1月17日参拝分終了。
 使用したのはK-7にDA15mm、FA28mm、DA40mm、K10DにAPO LANTHAR 90mm。DA40mmとアポラン90mmの使用はひさびさだけど、キレのあるレンズだなぁと再確認してみたり。
 それにしても、寒かった。

天満社(上川崎)

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 イオンモール羽生の西側にある上川崎公園の北に天満社。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
 右に見えるのは上川崎集会所。
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 石碑と境内社と青面金剛。
 こちらが何神社なのかは判らなかった。

八坂神社(須影)

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 国道122号線を渡って、八坂神社。
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 拝殿左側に末社。「産」らしき文字が見えるので、産泰社かも。後ろに恵比寿様らしき像があるが、関係無い…かな?

愛宕神社(須影)

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 八幡神社から南へ歩いて行くと、須影公民館の南西に愛宕神社がある。
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 稲荷大明神と庚申塔…と、なぜか福助。そしてよく見ると、陶製のお狐様に混じって謎の人形の姿が。
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 愛宕山大権現。

 そして、帰宅してからMapionを見て気付いたのだが、ここから東へ歩いて行くと程無く須影共同墓地があり、その東側に諏訪神社があるようだ。MAPPLEには記載されていないので、全く気付かなかった○刀乙

八幡神社(須影)

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 412号線を南下し、須影小学校前の交差点で西へ折れたらそのまままっすぐ歩いて行くと右手側に八幡神社。
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 鳥居をくぐると、どや顔の狛犬が。
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 二の鳥居。
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 拝殿と本殿。
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『指定文化財 須影八幡社彫刻(彫刻 羽生市指定第26号 昭和44年3月20日)
 この八幡神社は。「新編武蔵風土記稿」に「村の鎮守なり、慶安二年八月二十四日、社領十九石五斗余を賜う、」と記されており、別当(寺院が神社を管理していたこともある)として蓮華寺の名前も見えます。その最後の住職であった潮元が、安政四年(1857年)から慶応元年(1865年)まで現在の本殿と拝殿を造営したものです。
 本殿の壁面には西、北、東の3面に彫刻が2つずつ残されています。西側は「七福神」、北側は「神功皇后縁起」、東側は「大蛇退治」と「八幡宮地形つき」を主題としています。「地形つき」は、本殿の建設工事の様子を表したもので、写実的に精巧に作られており、そこに出ている人は、本人に非常によく似ていたといわれています。
 棟札によりますと、拝殿は安政五年(1858年)に再造され、棟梁として当所の清水仙松や三村若狭正利の名前が見えます。三村家は市内本川俣で代々宮大工を世襲しており、市内常木の雷電神社や板倉町の雷電神社の造営に携わるなど著名です。彫工のなかには、市内下岩瀬の入江文治郎茂弘の名前も記されています。
 おのおのの彫刻の大きさは、縦1メートル、横2.1メートルです』
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 左から天神社、不明、産泰大神、庚申塔。
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 稲荷神社…かな。

鷲宮神社(秀安)

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 八幡稲荷社から東へ道なりに歩いて行くと、412号線に合流する少し手前に秀安第一集会所があり、その向こうに鷲宮神社が見える。
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 拝殿。
 こちらも鷲宮町から勧請したものなのかな?

八幡稲荷社(加羽ケ崎)

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 412号線を離れて農道を西へ歩いていた時に南を向くと、これは富士山かな? 富士と言えば、この辺りでは浅間神社を見かけないな。御嶽神社は先程あったけれど。
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 東武伊勢崎線の踏切を渡って南へ歩いて行くと、加羽ケ崎集会場の隣に八幡稲荷社がある。
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 拝殿と末社群。
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 左から天満宮、聖天宮、?間天神、文字が潰れていて判読不能。?間天神は、もしかしたら浅間大神かも。

御嶽神社(秀安)

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 秀安交差点で南に折れ、県道412号南羽生停車場線を南下して行くと西側に御嶽神社が見えて来る。
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 辨財天と大神宮。

天満宮(下羽生)

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 129号線を西へ進み、秀安交差点の手前にある民家の横(と言うか庭先)の参道を入って行くと天満宮がある。庭先を抜けるのは抵抗があると言う人は、民家の西側の道から回り込んで天満宮の裏から入るのもありか。
 境内社は二つ。左側の祠の中には恵比寿様の像が、右側の祠の中には陶製の小さなお狐様が納められていた。
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 本殿。

熊野神社(下羽生)

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 再び129号線に戻り、北に向かって道なりに歩いて行くと、信号機のある交差点を越えた先に下羽生集会所、その隣に熊野神社がある。
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 観音の文字が見えるが、その上が判らない。

八幡神社(上手子林)

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 羽生作業所前を西へ進んで129号線に戻り、交差点脇にあるセブンイレブンで水分補給をしたら交差点を渡って西へ。
 150m程も歩くと右手側に八幡神社がある。周りを木に囲まれて、一応それっぽい雰囲気になっていると言えない事もない。

雷電宮(上手子林)

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 羽生作業所の向かいにある根岸被服工業脇の道を北へ歩いて行くと、左手側に雷電宮がある。
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 拝殿の右側に地蔵堂と末社群。
 末社は左から塞神、(言月)神社、不明、天満宮。「言月」の読みがツキであるなら調神社なのかな?
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 お地蔵様。

 …あ、雷電宮自体の写真を撮るの忘れてた。

稲荷神社(上手子林)

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 129号線に戻り、北上して行くとしばらくして右手側に稲荷神社。
 …これと言ってコメントの付けようが無いのが困る。

豊武神社(下手子林)

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 手子林公民館の向かい北側にある豊武神社。
 町屋の方まで行っていたのでここまでに少し時間がかかってしまったが、音無神社前から東へ歩いて行けば、僅か400m程の距離。
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 青面金剛とお地蔵様が並び、その隣に金毘羅大権現(何故か毘の比と田の位置が逆になっているが)。
 その手前にある小さな二つは稲荷大明神と若宮八幡宮。
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 拝殿。
 こちらも御祭神が判らないが、名前からの感じでは武甕槌命っぽいかな。でも伊勢崎市にある豊武神社は語呂合わせだしなぁ。
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『指定文化財 獅子舞(下手子林地区)
(無形民俗文化財 羽生市指定第7号 平成8年9月1日追加)
 王獅子、中獅子、角獅子の3頭で構成されます。他に霧島眞陰流と称する棒術があります。8月17、18日から10月14、15日へ、さらに9月14、15日となり現在の9月14日へと変遷されています。
 獅子舞は笹良新田の人たちが、棒術は竹田の集落の人たちが役割分担して行っています。以前は八人師と称する家が宿を務めていましたが、現在では両集落で世話役を隔年交代で務めています。
 観音堂の前の橋では「橋掛かり」を舞い、豊武神社と観音堂では「平庭」を奉納します。他の演目には「華」「辻」「鐘巻」「武運伝」「綱掛かり」「弓掛かり」などがあります。
「埼玉の神社」によりますと、昔若者の娯楽として獅子舞が良いということになり、笹良新田の八軒の者が稲子より習いうけたのが始まりといわれています。棒術は発戸から伝わったといわれています。
 平成14年3月20日  羽生市教育委員会』
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 観音堂。
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天神社稲荷社(町屋)

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 音無神社の次は鴨田神社に参拝するつもりだったのだが…むむ、畑の中に祠は見えるが、どうやって行ったらいいんだろう? お隣の民家の表札には鴨田とあるし、もしかして屋敷神なのかとも思ったが、地図にも載っているのでそれはないか。とりあえず今回はパス。
 と言うことで、県道129号加須羽生線に出て南へ向かうと町屋交差点に差し掛かる手前にごみ集積場があり、その隣に天神社と稲荷社が並んでいる。どっちがどっちなのかは判らないけど。
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 天神社と稲荷社と、もう一つあるけどこちらは不明。
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 刀の鍔? 何故に?

音無神社(南羽生一丁目)

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 南羽生駅を出たら、踏み切りを渡って道なりに歩いて行くと、郵便局の向こうに音無神社の社号標石が見えて来る。
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 参道が正面から伸びていないのはよくあることなので、別にそれはいいのだが、
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 ここしかスペースが無かったのだろうか?
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 拝殿。
 さて、こちらの御祭神はどなた様なのだろう?
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 音無大神とあるが…全くもって見当もつかない。
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 狛犬。
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 秋葉大権現、音無大明神、辯才天。
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 境内社。と、その中。
 なんだろう? 菅原道真公かな?
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