白山神社(野久喜)

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 久喜市と鷲宮町の境附近に鎮座する白山神社。
 と書いているが、あと一ヶ月もすれば鷲宮町も久喜市に合併されてしまうのだけどね。
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 拝殿。
 境内社などは見当たらなかった。
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 これで2月20日参杯分終了。次の土曜は急遽仕事になってしまったので、今月はここで最後かな。
 今回使用したのはK-7にDA21mmとDA35mm、K10DにDA15mmとAPO-LANTHAR 90mm、PowerShot G7。アポラン90と言えば、4月にリニューアル版が発売されるそうなのだけど、光学系は変わっていないようなので、買い換える必要はないかな。ただでさえ他にも良さそうな新製品が発表されて物欲が刺激されているのだから、ある程度は抑えないとなぁ。
 SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC Macro OS HSMのペンタ用の発売日が決まったと思ったら17-50mm F2.8 EX DC OS HSMなんて発表されるし、さてどちらの方が良いかなとかとか思ったらK-7 Limited Silverなんて発表されるし、うぅ…。
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辨財天(古久喜)

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 太田神社の裏から北へまっすぐ歩いて行くと、中継ポンプ場の先の道端に石祠がぽつんと鎮座しており、なんだろうかと見てみたら辨財天だった。
 青毛堀川と用水路の間(と言うか用水路のすぐ脇)にあるので、水神様として祀られているのだろう。少し不思議なのは、青毛堀川に架かっている橋の名が弁天橋ではなく稲荷橋であり、にも係わらずお稲荷様を祀った祠が見当たらないと言うことだ。或いは、古くはこの辺りに稲荷神社があったのだろうか。
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 辨財天、と力強く刻まれている。

太田神社(北一丁目)

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 県道153号幸手久喜線の下をくぐって北西へ歩いて行くと、真言宗智山派開光山遍照院の北東100m程の位置に太田神社が鎮座している。
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 拝殿。
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 拝殿内部。
 扁額には雷電神社と千勝神社の名が記されている。
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 神社合祀碑。
 雷電千勝神社 野久喜総鎮守
 女体神社    古久喜総鎮守
 稲荷神社    上宿
 香取神社    香取
 青瀧神社    出来野
 稲荷神社    丸島
 白山神社    本田
 浅間神社    本田
 女体神社    和田
 浅間神社    中島
 神明神社    壹の埞
 以上の神社を明治四十年十一月に合祀して太田神社と改称したようだ。
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 浅間神社。
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 忠魂塔とか伊勢太々御神楽碑とか青瀧神社とか。
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 清瀧大権現。
 真言宗の守護神であるそうなのだが、遍照院ではなくなぜこちらに?
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 由緒を記したもののようだが、All漢文の上に注連縄で一部隠れてしまっているため、読み取るのが面倒。
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 祠の中には石祠が二つ納められていたが、どなたを祀っているのだろうか。
 ただ、ちらりと山宮と言う文字が見えたので、片方は白山宮であるのかも知れない。
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 社殿裏から。
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 裏参道には稲荷神社。

愛宕神社(中央一丁目)

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 愛宕通りを北へ向かい、中落堀川に架かった愛宕橋を渡るとすぐに愛宕神社。
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 狛犬。
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 拝殿。
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 御神燈の左側に力石と思われる大きな丸石。
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 手水社の脇に、如意輪観音と思われる石仏。
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 こちらは形が崩れてしまっていて、なんだかよく判らない。

御嶽神社(南一丁目)

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 久喜駅西口から愛宕通りを南西へ向かい、南四丁目交差点手前で東へ折れると御嶽山遊園があり、その敷地内に御嶽神社が鎮座している。
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『久喜の御嶽神社(おんたけ山)は当時、全国的に盛んになった御嶽神社の信仰を地元の先達が本町千勝神社のところへ、明治二十年に祀られたのが初めです。
 御祭神は次のようです。
 大己貴命=大国主命(諸国を開拓した神)
 国常立尊(天地創造の神)
 少彦名命(医薬の神)
 上記の三神を総称して御嶽大神と呼ばれています。新二の御嶽山は明治二十七年、当地に祀られたものです。
 初山まいりは生まれた子供のすこやかな成長を祈願する行事として古くから行われています』
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 御嶽山。西側から。
 右側に見える手摺は階段になっているわけではなく、むしろすべり台のように見えた。
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 北側から。
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 一守護神大権現と不動明王。
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 御嶽神社。
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 山車倉。

御陣山首塚(中央四丁目)

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 中央公民館北側にある御陣山児童遊園の一角にこんもりとした築山があり、その上にどなたを祀ったものかは判らないが、祠がある。
 この辺りは嘗ては徳川家に仕えた旗本である米津氏の陣屋があったそうで、御陣山と言う名もそれが由来であるらしい。
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 額などは無い。また、鈴ではなく銅鑼が掛かっている。
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 石祠が三つ並び、それぞれに新しい幣束が納められている。
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 築山の麓に供養塔。
『此ノ周辺一帯ヲ御陣山ト称シ往時首塚ノ趾タリシ事ヲ霊覚者角沢栄一先生ノ法眼ニ依リ発見サレタルモノナリ
茲ニ供養塔ヲ建立シ武将士竝ニ萬霊ノ成佛供養ヲシ霊地ヲ保存シ之ヲ後世ニ伝ヘ以テ久喜町ノ繁栄ヲ希念ス 合掌』
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稲荷大明神(本町一丁目)

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 146号線を東へ歩いて行くと、石丸電気の向かい辺りに稲荷神社。
 隣の民家とは区切られているし、祠が通り側を向いているので屋敷神ということはないだろう。しかし、稲荷神に道祖神的な要素はあったっけかな?
 ちなみにマップーには稲荷大明神として登録されているけど、そちらの地図で見ると民家の方にカーソルが合っているように見えるのだが…。

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 こちらは石丸電気の隣にある野原医院駐車場裏に鎮座するお社。
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 入口らしき所にはロープが張られ、またお社の周りは駐車場のようになっていたので参拝はせず。地図にも記載されていないし、こちらは何神社なのだろう。

御嶽神社(本町一丁目)

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 光明寺へ通じる道を挟んで、薬師堂の西側には御嶽神社。
 社号標石には御嶽教寿幹教会とも刻まれている。
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 拝殿。
 こちらは明治十九年に寿幹教会創立、翌二十年に社殿建立。後、昭和五十九年一月に拝殿の再建に着工、六月竣工。翌六十年四月に鳥居を建立したとのこと。

薬師堂(本町一丁目)

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 146号線を東へ歩いて行くと、左手側に薬師堂が見えて来る。
 左端にちらりと見えているのは光明寺の山門。
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『久喜薬師 光明寺 縁起
 当寺は瑠璃山薬王院と称し真言宗豊山派に属し大和国(奈良県)長谷寺の直末となっております。久喜薬師は白鳳十年(西紀六八二年)全国巡錫の行基菩薩によって開創された佛様で光明寺の御本尊です。薬師如来は東方浄瑠璃浄土に住し阿弥陀如来の西方極楽浄土に向いあって私達人々の希望発願、スタートなどを見守る佛様です。
 特に除病安楽、除難解脱(厄除)、美食満足など十二の願いを持ち我が国では大和奈良時代より信仰を集めております』
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 真言宗豊山派瑠璃山薬王院光明寺山門。

千勝神社(本町六丁目)

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 稲荷木社から北へ向かい、セキ薬品前を抜けて県道146号線に出ると、ほぼ正面に千勝神社が鎮座している。
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 拝殿。
 こちらの神社は嘗ては本町一丁目1200番地に鎮座していたのだが、都市計画道路西停車場線の新設に伴い、神社境内地の大部分が県道新設地の対象となった為、平成十一年五月に現在地(本町六丁目693番地5号)に遷座したのだそうだ。
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『 村社 千勝神社
 一、祭神 天手力雄命 誉田別尊 加具土の神
 一、由緒 不詳 明治六年三月村社申立済同四十二年同字道合無格社愛宕神社。字馬場無格社八幡神社合祀す。
 一、社殿 本殿 拝殿 社務所
 一、平成十一年五月移転竣工
 一、境内神社 三嶋神社祭神事代主命社殿石碑
           稲荷神社宇迦御魂の神社殿石碑
           天神社祭神菅原道真社殿石碑
 同神社は古河公方足利成氏享徳年間当社を崇敬しつづいて其の子政氏又深く信仰し久喜に館社を築き馬場に源氏の氏神陣屋を築いた米津出羽の守も共に信仰した。
 享徳年間室町時代建立五百三十二年前
 一月一日   元旦祭
 六月二十九日 春の大祭
 十月十九日  例祭
 十二月二十五日 大祓尚七五三及び前の日曜日も開扉』
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 拝殿の右手へ回ると、参道脇に境内社群。
 辨財天や稲荷大明神が多く、虚空蔵菩薩も一つ混じっている。右端は三島神社。
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 愛宕大神。
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 裏参道の入口に狛犬。

稲荷木社(本町二丁目)

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 146号線を東へ進み、3号線を越えてそのまま歩いて行くと、久喜中学校の北側に稲荷木社が鎮座している。

諏訪神社(下清久)

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 千勝神社の裏には埼玉県道146号六万部久喜停車場線が走っており、上早見バス停留所から北へ歩いて行くと、新川用水に架けられた諏訪橋を渡った先に諏訪神社が鎮座している。
 この日はなんらかの集会が行われていたようで、境内には何台もの車が駐車されていた。
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 熊野大神と神明宮。
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 拝殿。
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 青面金剛と橋供養塔。

千勝神社(上早見)

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 金勝寺から北西にぐるりと半円を描くように歩いて行くと、左手側に千勝神社が見えて来る。
 神社入口前には新田バス停留所。
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 こちらの御祭神は大己貴命だそうだ。
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 境内社。何神社なのかは判らず。
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浅間神社(上早見)

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 八幡神社から東へ進み、東北自動車道の下をくぐるとほどなく真言宗智山派安義山善徳寺があるが、その脇を抜けて北へ進むと北東に真言宗豊山派如意山金勝寺があり、その南80mほどの位置に浅間神社が鎮座している。また、その南には畑と新川用水を挟んで真言宗豊山派八幡山宝光院があり、お寺の密集地帯のようだ。
 こちらの神社は民家に隣接しているが、祠の壁には神社の新築に携わった氏子らの名前を記載した紙が張られているので、屋敷神ということもないようだ。
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 浅間神社と石神井神社。
 左奥の方に金勝寺の屋根が見えている。
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 石神井神社の前には恵比寿、達磨大師、大黒天。

八幡神社(所久喜)

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 久喜菖蒲公園通りを西へ進み、備前前堀大橋バス停の手前から北へ歩いて行くと、八幡神社の鳥居が見えて来る。
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 拝殿。
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 拝殿内部。
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 境内社。祠の中はガラス張りになっている。
 左側は稲荷神社で右側は厳島神社のようだ。
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 青面金剛塔。

久伊豆神社(江面)

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 県道3号さいたま栗橋線を越えて西へ進み、東北自動車道の下を潜ったら信号機手前を斜めに入って行くと久伊豆神社が鎮座している。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 拝殿左側には伊勢参宮記念碑と神社合祀碑、正一位稲荷大明神、力石。
 合祀碑には志羅山神社、社宮司神社、め體神社、男體神社と刻まれている。め體神社とは女體神社のことだろうか。
 力石には「奉納白山御力石三十」と刻まれており、それより下は土に埋もれている。
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 左端は不明だが、中央は社宮司神、右端は志羅山と刻まれている。志羅山と言うのが判らないのでググってみると、岩手県の平泉町に志羅山と言う地名があるようだが、特に信仰の対象となっているわけでもないようだ。他にも福井県の小浜市にも志羅山と言う山があり、そちらでは那伽王比古明神と志羅山比女明神が祀られているそうなので、こちらかな。
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 稲荷宮、不明、天満宮。
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 祠の中に辨財天と書かれた板があったので、こちらは厳島神社なのかも。
 後ろの石祠は文字が摩滅していて判らず。

社宮司神社(江面)

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 宮前大橋を渡って87号線を北上し、運動公園通りを西へ歩いて行くと、運動公園通りの北側に社宮司橋と言う橋が架かっており、その東側に小さな祠が鎮座している。
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 こちらが社宮司橋。
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 社宮司(しゃぐうじ)→シャグジ→ミシャグジ様と連想してしまうが、はてさて。
 すぐ近くを備前前堀川や備前堀川が流れていることから、それらの川を水神であり蛇神でもあるミシャグジ様に見立てたのではないか…と考えるのはむしろ妄想の部類か。
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 右奥の小さな祠は愛宕大権現。

久伊豆神社(北青柳)

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 江面落川沿いに北西に向かって歩き、県道87号上尾久喜線に合流するとすぐに久伊豆神社。
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 拝殿。
 久伊豆神社と言うことは、御祭神は大己貴命だろう。
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 狛犬。
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 伊勢太々御神楽記念碑と天満神祠。

神明社(北青柳)

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 琴平神社北西の踏切を渡ってすぐ南に折れ、Uの字を描くように西へ歩いて行くと、道際に神明社が鎮座している。
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琴平神社(太田袋)

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 八剱山大権現より南へ下って行くと、太田袋地区農業集落排水処理施設と宇都宮線の中間辺りに琴平神社が鎮座している。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
 拝殿の壁には大天狗と小天狗の面が二対掛けられていた。
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 拝殿脇に力石。
『力石について
 力石とは、江戸時代中期以降に村の力自慢の若者が力競べをするために用いられた石のことです。
 その殆のものは加工されていない自然の石ですが、重量や地名・年代・奉納者等の文字を刻んだものもあります。
 当、神社には、市内で最も重い百貫石や、江戸時代の力持興行「御上覧力持」の東西の両大関「三ノ宮卯之助」と「肥田文八」その他の名を記した全国的にも貴重な石等があります。
 又、年代別では、三十六貫石の宝永三年(1706年)から天保十一年(1840年)迄の石で、当時をしのぶ地域の文化財であります。
  注、文中の「貫」とは、約三・七五キログラムです』
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 境内社。
 左側は金刀比羅神社。右側は額が無かったが、狐の置物が納められていたので稲荷神社かも。
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 雷電宮。

 そして今更になって知ったのだが、琴平神社から南に向かって行くと、備前堀川に差し掛かる前に諏訪神社があるらしい。地図に記載されていないので判らなかったのだが、久喜市の宗教法人名簿には久喜市太田袋548に諏訪神社の名前が記載されている。なんてーこったーい○刀乙

八剱山大権現(下早見)

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 久喜市下早見の鷲宮神社より南東250mくらいの位置に鎮座している八剱山大権現。
 今月六日に久喜に行った時には気付かなかったのだが、帰宅後に地図を見直したら鷲宮神社のすぐ近くに八剱山大権現が記載されており、なんとなく悔しかったから再び久喜へ。
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 八剱山大権現ということだが、御祭神はどなただろう。思いつくのは素盞嗚尊か日本武尊だが、日本武尊の方が可能性は高いかな。
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 こちらは鷲宮神社と八剱山大権現の中間に位置する真言宗智山派八劔山蓮花院。
 山号から見て、こちらが別当寺だったのだろうか。

雷電神社(上村君)

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 稲荷神社から県道304号今泉館林線を越えて、車一台分程の道幅の農道を東へ走って行くと、畑の中に雷電神社が見えて来る。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 境内からやや外れる位置に青面金剛。
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 南東側から。
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 雷電神社から少し離れた場所に鎮座する祠。
 どなたを祀ったものなのかは判らなかった。
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 南西側から。

 これで2月14日参杯分終了。
 時間があればもう少し東まで回ってみたかったが、まぁ、それはそのうちに。
 今回は友人にK-7を貸していたので、K10DにDA15mmとDA21mm、*ist DSにFA31mmを使用。そしてようやくPhotoshop Elements 8を導入。さすがにElements 3とは操作系も若干変わっているので、必要な機能を探すのに少々手間取ったものの、それは慣れの問題だろう。

稲荷神社(上村君)

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 発戸の鷲宮神社北側の十字路から東へ向かい、上村君大橋の手前で南へ向かうと稲荷神社がある。
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 本殿。

 ちなみに、上村君大橋の手前で北へ向かうと避来矢神社があったのだが、うっかり忘れてしまっていた○刀乙

鷲宮神社(発戸)

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 尾崎の鷲宮神社より北東へ向かうと、発戸の鷲宮神社がある。
 額には鷲宮大明神の隣に桑原大明神の名も記されているが、桑原大明神と言うのは初めて聞いた名前であるので、例に依ってググる先生に訊いてみると、兵庫県にある桑原神社は保食神を祀っているものと倉稲魂命を祀っているものがあり、茨城県の桑原神社は天熊人命、長野県にも桑原神社があるようだが、こちらの御祭神は判らなかった。が、いずれも稲荷系と言うか、穀物に関連した神様のようだ。
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 二の鳥居。
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 狛犬。
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 左側は八坂神社。右側は雷電神社。
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 八坂神社と書かれた社には御神輿が納められている。
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 中央部分には祠が二つ納められていたが、これが八坂神社と雷電神社なのかどうかは不明。
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 拝殿。
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 奥の方に本殿。
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 国幣湯殿山・官幣月山・国幣羽黒山と刻まれた出羽三山社。
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鷲宮神社(尾崎)

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 諏訪神社前から用水路に沿って東へ走リ、北尾崎停留所前で南下して行くと、尾崎農業研修所に隣接して鷲宮神社が鎮座している。
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 中央が鷲宮神社拝殿。
 由緒書きによれば産土神社と稲荷神社、八坂神社があるのだが、左端が稲荷神社っぽい感じはするものの、どれがそうなのかは判らない。
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 右側の境内社の壁に由緒書きが掛けられているが、少々読み難い。
『正一位鷲宮大明神 鷲宮神社由緒
 神社所在地 埼玉県羽生市大字尾崎七○五番地
 境内面積  六六三坪(前方の道路より入る参道を含む)
 起源 承応元年(1652年)一一○代後光明天皇の御代江戸時代創立 鷲宮町の鷲宮神社より分祀せられたる説あり
 祭神 天穂日命・武夷鳥命
 神徳 御祭神の故事により特に開運火防農工商交通安全の守護神
 例祭 元旦~三日
    春季祭  四月十四日・十五日
    夏季大祭 七月十四日・十五日 獅子舞奉納
    秋季祭  十月十四日・十五日
 境内神社 産土神社 祭神 鬼子母神 出産を司り産児保育する神
        稲荷神社 祭神 倉稲魂命 農の神
        八坂神社 祭神 須佐之男命
  昭和五十五年六月 氏子総代会』
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『指定文化財 獅子舞(尾崎地区)
(無形民俗文化財 羽生市指定第7号 昭和34年10月1日)
 親獅子、中獅子、子獅子の3頭で構成されます。頭をかぶる一人一人が1頭の獅子の役を受け持つため、一人立ち3頭形式の獅子舞といいます。以前は7月14日から16日の3日間をかけて行われていましたが、最近では7月14日の例大祭の夜のみ、五穀豊穣、家内安全を願った奉納となりました。昔は鷲会という組織に、16、7歳から30歳までの男子が入会し、ゲンロウと呼ばれる人たちのきびしい指導を受けながら、習得していきました。
 獅子舞はまず棒術の演技が行われ、その後出端→シバ掛かり→段物→(花散らし)→岡崎の順に演じられます。演目である段物には「梵天」「八丁締」「行道探し」「弓」「鐘巻」などがあります。笛方は10数名で構成され、6孔5本調子です。
 三代将軍徳川家光の頃より行われていたといい、下野国から獅子舞の師匠を呼んで習ったと伝えられています』
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 石段の脇に三峯神社。
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 狛犬。
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 本殿。
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 出羽三山社。
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諏訪神社(稲子)

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 朝のうちは前日の雪が残っていたので出かける気は無かったのだが、晴れて来たのでLet's参拝。とは言え遠出できるほどの余裕は無いから、近場で羽生市稲子の諏訪神社など。
 途中、新田橋から埼玉用水路沿いの道路工事をしていた為に迂回路を取ることにもなったけど、以前本川俣の長良神社に参拝するために一度こちらの方には来ていたので、諏訪神社までは割と判り易かった。
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 道幅は狭いが、車で鳥居をくぐれる程の広さはある。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 本殿。
 色鮮やかな彫刻が施されていたり櫛磐間戸神と豐磐間戸神がいたりと、なかなか立派な造りだ。
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 拝殿内の壁に掛けられていた写真を拡大してみたのだが、これは獣の首を模したものだろうか。だとしたら、こちらの神社では御頭祭が行われている? 獅子舞に使われる獅子頭という可能性もあるけれど。
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 境内社。
 何神社なのかは判らなかったが、中に納められた木の祠には御簾が下げられていた。
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 石碑には仙人のような人物が刻まれているが、どなただろう?
 その右側には天満宮と伊奈利神社。
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 湯殿神社・月山神社・出羽神社。
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 やや高くなった塚の上にあるので浅間神社かと思いきや、稲荷神社のようだ。そしてその麓右側にも稲荷大明神。
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 羽黒山神社・月山神社・湯殿山神社。
 その右に太々御神楽碑。
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 やや奥まった場所に低めの塚があり、その上に浅間神社・小御嶽神社。
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 境内社。
 右側の小さな祠には三峯神社の御神璽が納められていたので、三峯神社かも。
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 端の方に稲荷神社らしき祠が見えるが、こちらがこの境内社の主、ということなのだろうか?
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 その裏手には日月と三猿が浮き彫りにされた庚申塔。
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 その傍らには辨財天と若宮八幡宮が打ち捨てられたかのように倒れている。

天満宮(吉羽)

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 そして本日最後は天満宮。
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 左側は妙儀神社、右側の祠は不明。妙儀神社とは、おそらく妙義神社のことだろう。
 これらの隣に由緒を記した石碑が建てられていたが、all漢文のため頭が拒否反応を(苦笑
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 拝殿。
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 狛犬。
 角のある狛犬と擬宝珠のある獅子は久しぶりに見た気がする。
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 本殿右側に、物置…かな。
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 本殿裏手には菅原道真公と思われる姿が浮き彫りにされた石祠。傍の板には裏天神と書かれている。
 ところで、その前にある丸い石はなんなのだろうか。
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 本殿左側に稲荷神社。
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 境内端のやや盛り上がった場所に、浅間神社と猿田彦大神。

 この後は天満宮から西へ向かって行くといちょう通りに出るので、久喜駅まではすぐ。なので、これで2月6日参拝分終了。しかし、今回は時間がかかったなぁ。距離的には先月の鷲宮町半周コースの方が長かったと思うのだけど、数の差かな。
 今回使用したのはK-7にDA15mmとFA50mm、K10DにDA21mmとAPO-LANTHAR 90mm。

諏訪神社(吉羽)

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 稲荷神社から南へ向かい、江口橋を渡ると右へカーブした先に信号機があるので、そこで図書館通りには入らずに南へ歩いて行くと、二又に分かれた所に諏訪神社入口と書かれた看板が設置されている。ここで矢印に従って左へ進むと諏訪神社、まっすぐ進むと天満宮があるのだが、まずは諏訪神社から参拝。
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 北に青毛堀川、東に大落古利根川、南に中落堀川と三方を川に囲まれた場所にこちらの諏訪神社は鎮座ましましている。
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 秋葉神社辻札箱と書かれているが、辻札箱ってなんだろう?
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 諏訪神社と秋葉神社かと思ったら、両方とも諏訪神社のようだ。

稲荷社(西)

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 多聞院の前を通り、吉羽の稲荷神社に向かう途中、道端にちょこんと鎮座している稲荷社。手前には青面金剛が二体並んでいる。
 そして、ここはどこなのだろう。撮影時間を見ると栗原か西のどちらかだと思うのだが…たぶん、西。
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