錦着山護国神社(箱森町)

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 県道75号線に戻ったら、北西へ歩いていくとそのうちに錦着山入口北交差点に出るのだが、その手前で西へ折れて歩道橋を渡れば錦着山は真正面。
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 錦着山の東の麓に護国神社の一の鳥居。貫が丸い柱と言うことは、靖国鳥居ではなく神明鳥居か。
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 坂をゆるゆると上り、石段をてこてこ上ると二の鳥居。こちらは靖国鳥居。
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 石段を上り切ると獅子山と獅子の親子がお出迎え。
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 もうちょっとアオリで見てみよう。
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 親獅子をアップで。
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 左の獅子山の子。
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 こちらのもう一頭の子は這い上がり始めているようだ。
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 右の獅子山の子。落とされたばかりと言った感じか。
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 拝殿。
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 幣殿と本殿。
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 なんですかね、この塔。慰霊塔かな。
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 錨のついたモニュメント。他にもいくつかの慰霊碑が建てられている。

 以上で5月29日参拝分終了。
 今回使用したのはK-7にDA15mmとFA31mm、APO-LANTHAR 90mm。K10DにFA50mmとFA77mm。
 先月末は更新数73を越えるのは難しそうだと書いたばかりなのに、なんか今月はあっさりと更新数94とかどんだけ暇なんだ自分(笑 もう少し頑張れば100の大台に乗ったかもなぁ。ちょっと残念。まぁ、来月は雨期に入るし、そんなに神社巡りもできないかな。それならそれで、積みまくっているラノベやらなにやらを崩すのに丁度いいけど。
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日限冨士浅間神社(柳橋町)

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 県道75号線まで戻り、西へ向かうとすぐに二又に分かれるが、道なりに進むと県道269号線に入ってしまうので、75号線を一路北西へ。道幅がそれほど広くない割には交通量はあるようなので、徒歩だと要注意かも。とまれ、そのまま600m程も歩いて行くと右手側に日限冨士浅間神社の社号標石と一の鳥居が見えて来る。
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 なにこの凄い量の鳥居。稲荷神社もびっくりでは。
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 鳥居は続く。
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 まだ続く。
 しかも鳥居の材料が立て掛けられているので、今後もまだまだ増えるようだ。
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 そして境内へ。ここまで大体200mくらいか。
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 参道。
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 拝殿。
 由緒等は不明だが、浅間神社なので御祭神は木花開耶姫命だろう。
 崇敬者は多いのか、自分が参拝したり撮影をしている間に三組の参拝者が来られていた。神明宮でも二組くらいしか見なかったのに。
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 狛犬。
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 こちらの小さい狛犬に何か謂れがあるのか、参拝の方々は水を掛けていた。
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 拝殿の左からまた鳥居が連なっている。
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 ずら~り。
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 こちらも日限冨士浅間神社。
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 そしてまだ鳥居は続く。
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 こちらもやっぱり日限冨士浅間神社。
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 そして本殿の裏まで。
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 横から見るとこんな感じ。
 そして本殿の裏からぐるりと回って拝殿の正面に戻れば参拝終了。
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 神楽殿。

白旗八幡宮(湊町)

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 更に南下して行くと、天台宗白旗山勝泉院法専寺の東に隣接して白旗八幡宮が鎮座している。
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 狛犬。
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 力石かな?
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 白旗八幡宮と言うことは源氏に連なる誰かを祀っているのかと思ったが、ググってみたら、源義家が陸奥国へ向かう途中、勝泉院内の八幡宮に詣でて境内の桜木に白旗を掛けたとされる伝説が残っているのだそうだ。
 と言うことは、御祭神は普通に八幡神なのだろうか。
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 拝殿裏に旗掛櫻の碑。

二荒山神社(湊町)

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 県道3号線に出たら倭町交差点から西へ向かい、幸来橋を渡って一つ目の信号機で南に折れると割とすぐに二荒山神社が鎮座している。鳥居が無かったら、まず気付かすに通り過ぎてしまいそうではあるが。
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 二荒山神社から南へ歩いて行くと、御神船が川の上に係留されている。

日光神社(本町)

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 東宮神社から西へ戻り、真言宗智山派摩尼山長清寺の東側の道を北へ歩いて行くと、十字路の傍に日光神社が鎮座している。
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 境内は公園も兼ねているのか、ベンチやトイレなども設置されていた。
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 日光神社と言うことは、御祭神は日光三神だろうか。
 由緒書き等は見当らず、神社改修記念碑にも昭和57年6月6日建之くらい。

 日光神社前から西へ歩いて行くと、突き当たりに第二公園となっている。

東宮神社(神田町)

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 第二公園から南へ向かい、文化会館前に出たらあとはずーっと東へ歩いていくと、東武日光線踏み切り手前に東宮神社が鎮座している。
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 左の石碑には天照皇太神御寳前とあり、右の石碑には東宮神社神明神社合併記念碑とある。
 由緒等は記されていなかったが、明治41年8月に合祀されたそうだ。元々の東宮神社の由緒や御祭神は判らないのでググってみたら、昭和53年5月1日発行の栃木市政だよりにこちらの神社の記述があった。
 皆川城の城主である皆川山城守俊宗が永禄六年(1563年)に川連城を占拠して皆川城の支城とした後、川連城の鬼門封じの為に東宮神社を建立。皆川俊宗の子である皆川広照が天正十九年(1591年)に栃木城を築城すると、その鬼門封じの為に東宮神社を建立したとある。栃木城の跡が城内町一丁目にあり、ここからはほぼ目と鼻の先と言ってもよい距離なので、こちらの神社が栃木城の鬼門封じの為に建てられた神社なのだろう。皆川城内町にも東宮神社があるが、これは皆川氏の氏神である春日神を皆川秀宗が勧請したもので、皆川氏の拠点である皆川城の東に建立されたことから東宮大明神と称したのが始まりであるようだ。
 しかしそうなると、もう一つ東宮神社がある筈なのだが、どこだろう? 川連城は現在の川連天満宮の辺り、永野川のそばにあったそうなのだが、そこから東北にかけて東宮神社は見当らない。栃木市政だよりには片柳町の東宮神社の写真が掲載されているので、片柳町のどこかにはあるのかも。
 また、現在の神田町は嘗ては栃木城内神明宿と呼ばれていたそうで、神明宮の由緒書きに記されていた小字神明宿とはこの辺りのことなのだろう。
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 末社。

神明宮(旭町)

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 井上神社から東へ向い、県道3号線を渡ったら近龍寺前で南へ歩いて行くと左手側に神明宮の鳥居が見えて来る。
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 鳥居の左側に由緒書きが設置されているが、ところどころ文字が薄くなっていて読み難い。
『神明宮御由緒
 主祭神 天照坐皇大御神
 配神 素盞雄尊、造化三神
 境内社 福寿稲荷神社、魁稲荷神社、琴平神社、愛宕神社、松尾神社
 恵比須神社、粟島神社、冨士浅間神社、市姫神社、小御嶽神社
 下野國栃木の鎮護の神として斎き奉らう当社は勧請の因記詳ならずも中興改築の棟札に、應永十壬寅年(第百代後小松天皇の御宇)九月十六日正遷宮。天照皇大神、祇園牛頭天皇とあり。應永の頃は皆川紀伊守の所領にして、同家は藤原氏の系統なるにより其の叢を尊崇する素盞雄命、相殿に祭祀せるものなるべし。爾来近郷榎本城の支配を受けしが、天正年間豊臣秀吉の小田原城征伐の挙あるや、時の城主榎本藤四郎は北条氏に属せしめた宗家小山氏の居城小山城と共に榎本城も没落せりと旧記に見ゆ。又大字栃木城内に皆川広照公の支城ありて神明宿なる小字あり。是当社の旧地なりしを天正十七巳午年正月十六日現地に奉遷せしめたるものなり。徳川氏天下に覇たるに及び、或いは代官領となり或いは知行所となり幾多の星霜を経て御祭事は町奉行之を掌りて社家之を執行し来たれり。当社は明治五年に県社に列せられ、奉告は時の栃木県令鍋島幹之を行なう。同六年境内に於ける禁制の高札を下賜せらる。これ実に県下初めてのことである』
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 狛犬。
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 参道。
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 参道左側に稲荷社。
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 象と龍の彫られた御神燈。
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 手水舎で手と口を濯いで境内に入ると、参道右手側に神楽殿。
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 拝殿。
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 本殿。
 瑞垣の隙間から覗き込むと、拝殿の壁面に木道の祠が五つほど、本殿の方を向いて鎮座されていた。
 木で見えないが、こちらの本殿の十本の千木に因んで十千木=栃木になったとも言われているそうだ。そんな理由ならあちこちに栃木ができそうな気がしないでもないが、しかし他の県も割と安直なネーミングだったりするようなので、そんなものなのかも。
 それにしても、デカいよこの本殿。
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 拝殿右側に境内社。
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 須賀神社(素盞嗚尊)、浅間神社(木花開耶姫命)、稲荷神社(倉稲魂命)、松尾神社(大山咋命)、市姫神社(大市姫命)、大国主神社(大国主命)、淡島神社(少彦名命)、愛宕神社(軻遇突知命)、琴平神社(大物主崇神天皇)が合祀されていると鳥居脇の案内板に書かれているが、琴平神社の御祭神って普通は崇神天皇ではなく崇徳上皇じゃないの? 大神神社なら大物主と崇神天皇でも判るけど。
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 横が大きく開いているので中を覗き込んでみると、大己貴命、少彦名命、琴平神社、須賀神社、淡島大明神、蛭兒大神宮、浅間宮、淡島神社の額が掛けられている。…あれ? 案内板の内容と食い違いがあるぞ?
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 第二公園側から。
 本殿の屋根に二本の千木と八本の鰹魚木、計十本が確認できる。

井上神社(入舟町)

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 向島八幡宮からずいっと南下して行くと、栃木市役所福祉庁舎の西側に井上神社が鎮座している。
 地名とも違うしあまり聞かない名前の神社だなと思っていたら、社号標石の裏に禊教真派栃木教会と刻まれていた。なるほど、禊教の宗教施設だったのか。参拝を終えて出て来るまで気付かなかったわ。井上と言うのは教祖の姓なのね。御嶽教とかはよく見るけど、禊教はあまり見かけないので頭の中に無かった。
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 参道左手に稲荷社。
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 神代橋を越えると二の鳥居。
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 拝殿。
 禊教で信奉している神は天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・天照大御神・伊那岐神・大国主神・須佐之男神・祓戸大神・産土大神だそうなので、こちらもそうなのかな。ところで、伊那岐神の禊によって生まれた天照大神と素盞嗚尊は祀っているのに、同じ禊によって生まれた月読尊がいないのはなんでだろうね?

向島八幡宮(錦町)

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 神明神社から南へ向い、巴波川に架かった嘉右衛門橋を渡ったらそのまま南下して行くと右手側に向島八幡宮の鳥居が見えて来る。
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 狛犬。
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 二の鳥居。
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 八幡宮拝殿と御神木…かな?
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 稲荷神社。

神明神社(嘉右衛門町)

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 万町交番前交差点から県道3号線を北へ向かい、泉町交差点で西へ向かうとやがて左手側に神明神社が見えて来る。
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 参道左手側に神楽殿があり、正面に拝殿。
 由緒書き等が見当らないので、本殿北側の改築記念碑にでも由緒が記されていないかと期待したのだが、そんなことは無かった。
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 狛犬。
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 神楽殿。
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 南側から。
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 本殿南側に境内社。
 額などは無かったので何神社なのか判らないが、神明神社を内宮と見て、こちらは外宮(豊受大神宮)ではないかと推測。
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 拝殿北側入口脇にも境内社。

保喰稲荷神社(万町)

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 日ノ出町交差点まで戻り、県道2号線を西へ歩いて行くと万町交番前交差点手前に蔵の街広場があるので、その脇を南へ入るとすぐに保喰稲荷神社の鳥居がある。
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 保喰稲荷神社と言うことは、こちらの御祭神は保食神だろう。
 左側の石祠は不明。

榎堂稲荷神社(日ノ出町)

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 新栃木駅西口前の交差点から南へ歩いて行くと日ノ出交差点に出るので、そこを南へ向かい、長田美容室前で東へ入って行くとそのうち左手側に榎堂稲荷神社が見えて来る。
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 金網に囲われたお狐様。
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 こちらは先代様か。
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 左側の祠は神明宮で右が稲荷神社。

 帰宅してから地図を確認したら、近くに蛇龍神社なるものがあった○刀乙 そのうち参拝しよう。

星宮神社(平柳一丁目)

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 新栃木駅入口交差点から県道117号線を駅方向へ向い、信号機より一つ西側の細い道を北へ入って行くと、そのうちに星宮神社に到着。
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 左側の道端にはお地蔵様や庚申塔。
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 鳥居をくぐると、御神木の根元に猿田彦太神。
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 参道左手側には末社が並んでいる。
 左から産泰神社(息長足姫命)、血方神社(思兼命)、稲荷神社(豊受大神)、御祖神社(御祖大神)、大杉神社(大己貴命)、須賀神社(素盞嗚命)。
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 神楽殿。額には神人和楽の文字が。
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 拝殿。
 こちらの御祭神は磐裂命と根裂命、経津主命の三柱。
 由緒書きは見当らなかったのでググってみると、プチ神楽殿さんにこちらの記述があるので要約すると、宇津間川(巴波川)に磐裂命・根裂命・経津主命の三神が輝きながら現れ、この地に祀れば守護してあげちゃうよと言ったので、時の領主が永享三年(1431年)に建立したのだそうだ。磐裂根裂とは本居宣長によれば岩や木根の凹凸のことで、橘守部によれば岩根をも切り裂く剣の威力のことになるそうだが、布都御魂剣を神格化した剣神である経津主命も祀られていることを見ると、川に現れたの言うのは、やはり製鉄絡みと考えるべきだろうか。
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 狛犬。
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 ボックス型してるすなぁ。
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 本殿。
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 本殿左側に末社群。
 左から白山神社(菊理媛命)x2、山神社(大山祇命)、水神社(水波能売命)、神明社(天照大御神)、稲荷神社(宇迦之御魂命)、大国社(大国主命)。
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 本殿右側に大杉神社。

八幡宮(大町)

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 大杉神社から南へ歩いて行くと県道32号線に出るので、そこから少し西へ戻ると例幣使通り交差点のそばに八幡宮が鎮座している。また、関口商店の向い側を北へ入って行くとすぐに川上稲荷神社。
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 八幡宮拝殿。
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 右裏手に末社。
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 八幡宮西側に境内社の二荒山神社。
 日光と宇都宮のどちらの二荒山神社から勧請したものなのかは判らないが、近くに日光神社があったり尻内町の愛宕神社周辺に男体山を祀った石塔がいくつか見られたりしたので、日光二荒山神社の方なのかなとも思うけど、仲方町の八坂神社のように豊城入彦命を祀っている神社もあるのでなんとも言えない。

大杉神社(大町)

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 川上稲荷から北東に歩いて行くと、県道3号線に合流する手前に大杉神社が鎮座している。
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 こちらも詳細は不明だが、大杉神社と言うことは、御祭神は大物主や大己貴命だろうか。
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 火防之神と記されているが、何神社なのかは不明。火伏せの神と言えば愛宕神社に秋葉神社、三峰神社、寳登山神社などの名が浮かぶが、先程の防火稲荷や足利の槐稲荷のような火伏せ稲荷もあるからなぁ。
 そして、右奥に見える建物は山車収納庫。

川上稲荷神社(大町)

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 防火稲荷の脇の道から北へ入り、墓地の脇を通り抜けて南へ向かうと川上稲荷神社があるのだが、正直、防火稲荷前から32号線を東へ向かった方が早かった。まぁ、道を一本間違えたせいなんだけど。
 鳥居の前で道が二又に分かれているが、ここで右へ進み、最初の十字路を東へどんどん歩いて行くと大杉神社に到達できる。
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 拝殿。
 こちらの神社の詳細は不明。

防火稲荷神社(大町)

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 星宮神社から県道32号線を東へ向かい、原ノ橋を渡って一つ目の信号機の脇に鎮座する防火稲荷神社。

星宮神社(箱森町)

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 十二社神社から東へ向かい、なかつぼクリニック前で南へ向かうとフェンスで囲われた境内に星宮神社が鎮座している…の、だが、まだ時間が早かった為なのか、フェンスが閉じられていて中に入ることができなかった。なので、フェンス際からパシャリとな。

十二社神社(箱森町)

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 県道309号線に沿って北東へと歩いて行くと、箱森町交差点の一つ南側の交差点南に十二社神社が鎮座している。
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 鳥居の手前左側に庚申塔や十九夜塔が並んでいる。
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 右の建物が十二社神社拝殿。中央には御神輿が納められており、左の建物はからっぽだった。
 十二社と言うことは、おそらく近隣の神社を十二社合祀したものだろうと思うのだが、それらを記したものが見当らなかったのでさっぱり判らない。
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 末社…かな?

鶴巻神社(箱森町)

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 鷲宮神社の裏から少し西へ歩くと鶴巻古墳に通じる畦道があり、その先に鳥居が建てられている。
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 ISO3200までゲインアップしても尚光量不足。周囲が森で時間も早朝、しかも曇り空と悪い条件が重なってしまったが、判る程度には写っているからまぁいいや。
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 右側の祠が鶴巻神社だろう。では左は? 手懸りがないので判らない。まぁ、それ以前に鶴巻神社の由緒や御祭神なども判らないのだけれど。
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 社叢の左に見える建物は、栃木日産アプリーテ栃木。

鷲宮神社(箱森町)

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 錦着山入口北交差点より一つ北の交差点を東に入って行くと鷲宮神社が鎮座している。
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 参道左手側に御神輿を納めた蔵がある。
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 倉庫と神楽殿。
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 拝殿。
 鷲宮神社と言うことは御祭神は天穂日命と武夷鳥命かとも思うが、都賀町にある鷲宮神社の御祭神は天日鷲命と大己貴命なので、こちらの神社がどこから勧請したものなのかは判らないが、なんとなく後者のような気がする。
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 末社。
 左の祠は愛宕神社。右の三連祠は不明。
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 こちらも御神輿が納められていた。

客人神社(大平町下皆川)

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 当初は箱森町周辺の神社も巡るつもりだったのだが、思ったより時間がかかってしまっていたのでその辺は次回に回すことにして、県道309号線から11号線を南下し、ぶどう団地入口交差点で西へ折れたら下皆川の客人神社へ。
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 中には如意輪観音像などが見えたので、十九夜堂なのかも。
 手前下に写っている石祠は道祖神。
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 狛犬。
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 石段はブツ切りになっているせいか、普通の石段より上り難い感じがする。
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 石段を上りきった先に拝殿。
 石段の右側には天満宮と大…なんだろう。「大」以外の文字が消えているので判らない。
 石段の左側には客人神社建設記念碑があり、表には平成二年十一月二十日と記され、背面には「應永丗年(1423年)十月廿日磯山諏訪神社より分神する。明治八年(1875年)境内の主有権を確認する。明治丗三年(1897年)に社を建築する。平成二年(1990年)十一月に老朽化により改築する」と記されていた。
 磯山諏訪神社は大平町真弓にある磯山の上に築かれた神社で、ここから南東へ2km程の距離にあるのだが、と言うことはこちらの御祭神は建御名方神になるのか。
 客人神とは、後からやって来た神にその土地を奪われて、主客転倒させられてしまった地主神のことを言うらしいのだが、建御名方神はこの辺りの地主神ではないだろう。とするとそれ以前からの神がいて、それが元々の客人神社の祭神になるのだろうが、そもそも客人神である時点で一度は土地を奪われているわけで、更に建御名方神に祭神の座まで奪われてしまったのでは踏んだり蹴ったりではなかろうか。どなたかは知らないが、不憫だ…。
 そう言えば、客人神社の北西、太平山に鎮座する太平山神社は現在の御祭神こそ瓊瓊杵命・照皇大御神・豊受姫大神の三柱だが、元々は大物主神と天目一箇神であったそうだから、この二柱の神々も客人神ではないか。この二柱の神は太平山神社の奥宮に祀られているそうなので、こちらの本来の御祭神とは違うのかも知れないが、無関係とも思い難いかな。
 しかし、建御名方神か…。この辺りは古くから製鉄技術があったようだし、大物主神は蛇神で天目一箇神は製鉄と鍛冶の神…なーんか、ミシャグジ神と洩矢神を思い出すなぁ。あぁ、そう言えば荒覇吐神は客人神とされることが多いそうだけど、アラハバキのアラは鉄の古語でハハは蛇の古語だとかWikipediaに書いてあったなぁ。ここでも蛇と製鉄だけど、製鉄に水は欠かせないものだから当然か。
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 拝殿左側に末社と元行證五百年祭と記された石碑。証文がどうのと記されているようなのだが、よく読み取れない。下野國磯山西御庄下皆河郷内客人大明神回畠事とか應永丗年十月廿日客人大明神禰宜殿と言った部分は判るのだけど。
 末社は一文字目が読み取り難いが、二文字目と三文字目が間宮なので、おそらく浅間宮だろう。
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 拝殿前から西へ山道が延びている。東側にも同じように山道が延びており、ハイキングコースに繋がっているのかも知れない。

 以上で5月22日参拝分終了。
 今回の使用機材はK-7にDA15mmとFA28mm、APO-LANTHAR 90mm、K10DにFA43mmとDA70mm。
 んー、やはりそのうちに太平山神社にも参拝しておくべきかな。でも、大きい神社ってあまり好きじゃないんだよね、人が多いから。

稲荷神社(木野地町)

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 藤宮神社の次は都賀町木の鹿島神社へ向かったのだが、地元の方々が涼んでいらしたのでスルーし、高靇神社前の一丁田橋より一本南になる如来橋を渡ると、赤津川の畔に稲荷神社が鎮座している。
 左の石碑には扶桑教大教正と彫られているが、扶桑教って富士信仰じゃなかったっけ? あぁ、でも他の神社でも富士登山三十三度記念碑みたいなものはよく見かけるから、別におかしくはないのか。
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藤宮神社(細堀町)

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 赤津川に沿って北上し、森下橋を渡るとすぐに藤宮神社に到着。
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 参道右側に神楽殿。
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 その隣に神輿殿。しかしこの辺りの神社はこう言った形で八坂神社だったりすることが多いようなので、もしかしたらこちらも八坂神社なのかも。
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 拝殿。
 こちらの由緒沿革、御祭神とも不明。
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 狛犬。
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 幣殿と鞘殿が繋がっているのは珍しくもないが、本殿と直接繋がっているのはあまり見かけない気がする。
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 拝殿右側に熊野神社。

高靇神社(木野地町)

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 住吉神社前の道を東へ向かい、伊吹橋の手前で赤津川に沿って北へ走って行くと、一丁田橋の西側に高靇神社が鎮座している。
 石段を上ると広場になっており、右側に社務所がある。
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 更に石段。
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 拝殿。
 こちらの神社も由緒書き等は見当らなかったが、情報のある所にはあるもので、インターネット万歳だね。
 主祭神は高龗神で、他に磐裂神、根裂神、豊受姫命、猿田彦神が配祀されているのだそうだ。また、吹上地区まちづくり協議会が作成した「吹上地誌Ⅱ(中部編)」にこちらの高靇神社と先程の住吉神社、そしてこの次に参拝した藤宮神社のことが記されているそうなのだが、これはまだ手に入るのかな? 四月三日と四日のみ販売されたようなのだが。
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 拝殿から橋の架けられた鞘殿。
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 少し引いた所から。
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 三峯神社。
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 神楽殿。
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 天満宮。その隣の末社は不明。
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 疱瘡神社。
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 全景。

白山神社(吹上町)

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 長宮神社の北西に位置する白山神社。駐車場は無いので、長宮神社に車を置いたままこちらへ。
 鳥居は道路からやや入った場所にあるが、「日本三體米山薬師 塩田一族之墓入口」と記された石塔が目印になるだろう。
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 石段を上ると右手側に石祠があるが、どなたを祀ったものなのかは判らず。
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 白山神社。

長宮神社(野中町)

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 住吉神社から南に向かって行くと、東北自動車道の西側に長宮神社が鎮座している。
 鳥居前の案内板らしきものは、嘗てはなにか書かれていたのだろうが、今では何が書かれていたのかさっぱり判らない。余談ではあるが、京都府与謝郡与謝野町の長宮神社の御祭神は加賀脊雄命と言う名だそうだ。こちらの神社の由緒が判らないのでなんとも言えないが、そこから勧請した神社だったりしたら面白いなぁ。
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 参道。
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 神楽殿。
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 石段を上り切ると狛犬。
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 拝殿。
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 拝殿の左側に末社長屋。
 左から水神神社、お地蔵様(上に愛宕神社と書かれた板が打ち付けられていたので、勝軍地蔵かも)、雷電神社、天満宮、高靇神社、稲荷神社、八幡宮。

住吉神社(吹上町)

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 宮町公民館前を東へ向かい、県道32号線との交差点脇にあるミニストップ栃木インター店で昼食を確保したら、そのまま北東へ走ると左手側に住吉神社が見えて来る。こちらはちゃんと駐車場があるのが有り難い。
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 参道。
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 石段を上って参道左手側に神楽殿。
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 参道右手側には額殿。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 住吉神社由緒沿革
『由緒
 この社は西暦八○六年(一一八○年前)大同二年摂津(現大阪府)より住吉神社の祭神を遷宮し伊吹山中腹に社殿を建立することにより肇まる。
主祭神
 表筒之男命・中筒之男命・底筒之男命
配神
 素盞之男命・美都波能売命・少彦名命
境内神社
 星宮神社 祭神 磐裂根裂命
 尓来時代を追而氏子夫々の守護神。境内に合祀し保存に当る。
沿革
 西暦一七九三(一九四年前)寛政四年十二月二十日劫火により社殿並びに宝物を焼失する。時に徳川幕府関東八州を鎮守するに当り当村に代官所を設け代官職として高梨丹次着任する。氏は敬神崇祖の念篤く誠意を以って社殿再建の寄進を起し遂に西暦一七九四年(一九三年前)寛政三年現在地に社殿を修築した。
 西暦一八四四年(一四三年前)弘化二年有馬兵庫頭地頭なり本殿裏に居城を構え城の守護神として崇敬の誠を捧げ現在尚城主奉納額が保存されている』

 なんでまたこんな内陸地、それも伊吹は「ひふき」に通じることから火の神でも祀りそうな名前の伊吹山に、海の神である住吉三神を勧請したのやら。と思ったら、伊吹山とは「鋳を吹く山」の意で、町名の吹上町もフイゴの吹上げから来ているのではないかと言う説もあるのだとか。つまり製鉄に縁の深い土地と言うことになるが、それならやっぱり住吉三神は関係無くねぇ? むしろ磐裂命・根裂命の方が余程縁がある。
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 拝殿の右側に回りこむと、天満宮。
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 社殿の裏には境内社群。
 左の社は神明宮(祭神は天照大神)、淡島神社(祭神は少彦名命)・星宮神社(祭神は磐裂命・根裂命)、稲荷神社(祭神は豊受姫命)。石祠は左から不明x3、疱瘡神、不明x2。右の社は八坂神社神輿庫。
 八坂神社神輿庫は平成八年十月に改築工事が起工され、同年十二月に竣工したとのこと。

星宮神社(宮町)

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 雷電神社から南に戻り、千塚橋を渡ったら公民館前から南に向かって行くと、途中の道端に大杉神社が鎮座しているのだが、道幅が狭いため路駐する訳にもいかず、スルーすることに。
 そのままどんどん南下して行くと宮町公民館があるので、そこで西へ折れたら宮の橋を渡り、永野川を越えたら北へ道なりに走って行くと星宮神社の鳥居前に出るのだが、道幅が狭い上に駐車場も無いので先程渡った宮の橋を再び渡り、河川敷に駐車。そこから徒歩で再び神社前へ。
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 境内は広い。
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 穏やかなかんばせの狛犬。
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 神輿殿。
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 昇格記念碑。
『本社星宮神社は櫻町天皇元文元年(1736年)の創立にして經津主尊を祀る。尊は天祖を輔翼し皇業の創設に壮烈の功績ありしは古典の傳ふるところにして其神霊赫々として咸威徳を仰がざるなし。昔時は社領幾多の土地を有せしか曩に社寺上地を令せらるるに際し現境内を存するの外悉く除籍せらん財産大に減少を來せり。然りと雖も氏子等敬神の念益厚く、私財を醵集して社殿を修理し又は社務所を設置し若しくは華表を建立する等恭虔克く努め祭祀常に怠ることなし。明治三十九年(1906年)勅令第九十六號を以て神社神饌幣帛料供進の制を定めらるるや、本社は財産少く且つ無格社にして規定に適合せざるを以て其指定に興る能はざりしは遺憾とするところなり。是に於て吹上村長金子東五郎・第六區長柴徳多郎・氏子惣代植竹忠次郎・酒巻喜代造・増茂喜久蔵・柴眞一郎・小林依吉の諸氏發起し、氏子の贊助を得熱心基本財産の造設に盡力し、道祖神を本社に合併し其跡地の譲與を得、又大字宮地内國有土地二町四畝十四歩の貸付を受け氏子をして開墾せしめ、數月ならずして荒蕪の地は化して肥沃の桑園となり其成功に依り之か拂下を得、今や基本財産として境内の土地其他を併せ實に二町五段九畝七歩に達し、本社の木曽確立せるを以て之の昇格を本縣に申請せしに明治四十四年(1911年)一月村社に列せられ且つ神饌幣帛料供進を指定せらるるに至る。是れ固より神霊尊厳の致すところなりと雖も亦村長他一同の夙夕奔走の切なるに依るものと謂つへし。夫れ敬神の道は我國不磨の美事たり。就中本社の如き一郷靄然氏子相和し崇敬の深厚なる地方卓絶の美擧にして其至誠の存するところ、神霊降鍳愈加護を垂れ福祉を増進せらるべし。茲に碑を建て昇格の概要を叙して記念となす』

 経津主神を祭神とする星宮神社はいくつかあるようだが、その場合は磐裂神・根裂神と共に祀られることが多く、経津主神のみを祀るのは珍しいのではないだろうか。また、道祖神を合祀してその跡地の譲与を得たとも記されているが、明治の中頃までは道祖神社があったと言うことになるのかな。
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 神楽殿。
 右奥にちらりと見えているのは境内社の晞徳神。
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 社務所。
 神楽殿と社務所の間に「本殿修理拝殿廊下改築神楽殿移築紀年碑」が建てられており、大正六年十一月設計着手、大正七年十月十九日竣工と記されていた。

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 星宮神社の鳥居の東側にも鳥居があり、こちらは境内社の鳥居になるようだ。
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 祠の前にお狐様がおられるので稲荷神社かと思ったのだが、扁額には晞徳神と書かれている。この手のものは普通右から読むのでそのように見ると「神の徳がかわく」と言うあまり喜ばしくない意味になり、左から読んでも「かわいた徳の神」と言うよく判らないものになる。無理矢理考えれば旱魃の神とも取れそうだが、それもなんだかなぁ。
 とりあえず、地図にも晞徳神と記されているので、こちらでもそう呼んでおくことにする。
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 お狐様。
 妙ににやついた顔つきがなんかむかつく(笑
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 田圃を間に挟んで、星宮神社と晞徳神の鳥居。

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 星宮神社の西に位置するマシモ電機前の道を南に歩いて行くと、途中の道端に鎮座している祠。
 お稲荷様なのか道祖神なのかは判らず。
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 マシモ電機の前を西へ歩いて行くと、地図には山の神と記されているのだが、私有地なのかどうか判別できなかったこととお腹が空いてきて考えるのが面倒になって来ていたので、遠くから写真に収めるだけに。

雷電神社(千塚町)

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 千塚八幡宮より少し東に戻り、細い農道を北へ走って行くと、二本の農道が合流するデルタ部分に雷電神社が鎮座している。
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 隣には青面金剛と庚申塔。
 こちらは板倉雷電神社から勧請したものであるそうなので、御祭神は火雷大神・大雷大神・別雷大神になるのだろう。
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