稲荷神社(藤本町)

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 栃木・群馬県道38号線を北上して行くと、矢場川に差し掛かる手前に稲荷神社が鎮座している。
 社号を記したものも無く、鳥居も神明鳥居だったりするのだが、二年程前のWristletさんのブログにこちらは稲荷神社であると記されていた。

 以上で9月18日参拝分終了。
 現在ロードスターが入院中(修理工場の人曰く、電気系か吸気系のどちらか)なので久しぶりに自転車でうろついてみたのだが、脹脛に筋肉痛が…。
 今回の使用機材はK-7にDA18-55mm WR、DA35mm Macro、50-150mm II。
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熊野神社(龍舞町)

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 休泊公民館交差点から賀茂神社の鳥居をくぐって北へ向かって行くと民家に挟まれる形で熊野神社が鎮座している。
 あまりにも周囲に溶け込んでいる為なかなか気付かず、周辺を二回も回ってしまった。三年前に賀茂神社を参拝した時もすぐ前を通っているのに気付かなかったものなぁ。
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『権現様由来記
 治承三年(1179)新田氏の先祖が熊野三社権現に参詣したとき、武家の守護神とし、併せて万民安楽を願って此の地に分霊してお祀りし、なを上野国の鎮守である赤城大明神を合祀し、新田氏の要請により下向した、十二所坊に之を守護させた。此の修験者が熊野権現十二所坊を称した園田氏の始祖「寿朝」である(園田家文書による)
 現在地の小字名が「権現」となっているのも之に依ると思われる。
 降って明治五年(1872)賀茂神社が郷社に昇格された時末社二十四社の内の有力社として記録されている。なおご利益としては、足の煩(特に脚気)に霊験ありと氏子はじめ崇敬者に現在も専らの評判である。
 時まさに平成十二年(2000)の記念すべき時社殿の大改築竣功に当り其の由来を識すものである』
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 赤城神社と熊野神社の額が並んで掛けられている。
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 社殿内に納められた狛犬。
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 本殿。

八坂神社(龍舞町)

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 休泊公民館の西側、群馬県道2号線に面して鎮座する八坂神社。
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浅間神社(内ヶ島町)

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 群馬県道323号線を挟んでファミリーブック内ヶ島店の北側に鎮座する浅間神社。
 ちなみに左側が浅間神社で、右側の祠は地蔵堂。
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 …あ、飯田町の雷神社を参拝するの忘れてた○刀乙

浅間神社(岩瀬川町)

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 301号線を南下すると岩瀬川交差点があり、そこから東に向かうと岩瀬川住民センターに隣接して浅間神社が鎮座している。
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 拝殿。
 由緒書きが見当たらないのでググってみると、源頼光四天王の一人である碓井貞光による創建であるとのことなのだが、碓井貞光とこちらの関連性がわからん。
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 境内社。何神社なのかは不明。
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 中には陶器の狐が納められているけど、額には天満宮の文字が刻まれている。
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 社殿裏の塚上に末社群。

伊佐須美神社(下浜田町)

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 群馬県道301号線を南下して行くと、下浜田町と岩瀬川町の境付近に伊佐須美神社が鎮座している。浜町の伊佐須美神社には以前参拝したことがあるが、群馬県内の伊佐須美神社はこの二箇所だけのようだ。尤も、神社庁のサイトを見ると浜町の方しか登録されていなかったりするので、もしかしたら他にもあるかも。
 御祭神は伊佐須美大明神(伊弉諾尊、伊弉冉尊、大毘古命、建沼河別命)だと思うのだが、こちらのサイトを見ると素盞鳴尊を御祭神としており、承和年間(834~848)に奥州からの移住者がこの神社を勧請したとの社伝が残されていると記されている。社伝として残っているのならそうなのかなと思わないでもないが、しかし他に素盞鳴尊を祭神とする伊佐須美神社と言うのは見当たらないのだよなぁ。
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 拝殿。
 こちらは鈴ではなく鰐口が掛けられているが、仏教の影響が強かったのだろうか。近くにある寺院と言うと高野山真言宗吉祥寺だが、そちらの管理下にあったのかな。
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 末社。右端は猿田彦大神。
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 末社。

豊川稲荷分霊所(金山町)

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 曹洞宗金龍寺に隣接する豊川稲荷分霊所。
 幟には豊川吒枳尼天眞天とあるので愛知県豊川市の豊川稲荷からの分霊だろう。そう言えば豊川稲荷も曹洞宗の寺院だったっけ。
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 この後、新田城跡の新田神社にも参拝しようと思ったのだが…運動不足の身にはあの坂を自転車で登って行くのは無理だわ○刀乙 そちらの参拝はロードスターが直ってからにしよう。

金山浅間神社(長手町)

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 神明宮から北上し、こどもの国入口交差点から東へ向かって行くとやがて金山浅間神社が見えて来る。
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 金山浅間神社手前の庚申塔。万延元年庚申六月吉日と記されているので1860年のものだ。
 庚申塔の脇には小さな馬頭観世音塔があり、そちらは文久二年壬戌十二月吉日とあるので1862年のもの。
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 金山浅間神社里宮。
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 石仏(お地蔵様かな?)と庚申塔。
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 里宮裏の崩れかけた石祠。
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 里宮の左側、山道の入口に一合目と記された合目石。
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 岩が剥き出しになった山道は割りと登り易い。むしろ注意が必要なのは下りの時か。
 少し登るとすぐに三合目の合目石があり、それから少しして七合五勺目の合目石。そんなに低い山だったかなと思っていると、次に出て来るのは何故か六合目。
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 六合目の合目石のそばには石の積まれた祠が鎮座している。
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 そして七合目の合目石のそばにも石祠があるが、こちらもまた石が積まれている。
 そう言う慣わしでもあるのかと思ったが、石の大きさもまちまちで、積んだと言うよりもむしろなにか崩れてきたかのようにも見える。
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 山頂に奥宮。
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 由緒を記したものかと思ったが、こちらの神社に貢献した松村近史なる人物の顕彰碑であるようだ。尤も、途中で折れてしまっているので碑文の全体は不明だが。
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神明宮(大島町)

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 大島交差点から西へ向かって行くと、東武桐生線の踏切手前付近に神明宮が鎮座している。
 左側の祠は浅間宮。
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 御神輿が納められていたが、神明宮の神輿なのかな。実は八坂神社でしたってことがよくあるのでなんとも言えない。

八幡宮(大島町)

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 太田市立西中学校の北東に八幡山古墳があり、その墳頂に八幡宮が鎮座している。
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 鳥居。
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 石段はしっかりとしているがやや傾斜が強い。
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 案内板。
『太田市指定史跡 八幡山古墳
 所在地 太田市大字大島字八幡山一一二九番地
 指定  昭和五十六年十二月二十三日
 金山丘陵南の一独立支丘(標高78.5m)の山頂を利用し構築された前方後円墳である。墳丘からは大間々扇状地末端の肥沃な水田地帯がのぞまれる。古墳の主軸はほぼ南北で全長約80m、後円部径約50m、前方部幅約35mである。葺石には金山の溶結凝灰岩が使用されている。後円部墳頂上に建てられている八幡宮社殿の踏石に緑泥欠岩が利用されていることから石室は、竪穴系の組み合わせ式箱石石棺などの種類が推定できる。出土品には埴輪類があり、このほか刀剣類の出土四世紀より五世紀初頭と推定され太田付近に古墳文化がもたらされた時期に出現した初期古墳の典型であり、前方後円墳としては、規模が大型である。古墳時代初期にあって畿内大和政権となんらかの結びつきをもったこの地域の豪族層の墳墓と推定される』
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 墳頂に社殿。
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 富士浅間大神。
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 末社。

春日神社(本町)

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 高山神社の南西、本町北交差点そばに鎮座する春日神社。
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 庚申塔。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 由緒書き。
 こちらの御祭神は天児屋命、品陀和気命、須佐之男命、宇迦之御魂神の四柱。春日四神でないのだなと思ったら、一月に市神祭、七月に若宮祭と八坂祭が行われているようなので、四つの神社が合祀されているのだろう。
『元享三年(1323)新田義重公が大和国(奈良県)春日宮より勧請し新田家の崇敬社でありました。後応永五年(1398)三月旧城地より太田町に遷座し、太田町の総鎮守となる。徳川幕府(江戸時代)までは春日山長光院金剛寺と言われて居りました。奈良の春日大社は都の北東(鬼門)の方角に祭り皇室国家の守護神とされました。太田市の春日神社も同様に強い心と身体健全を叶え運を切り開く神様として、古くから厚い信仰があり、春日神社は日本全国に約二千社あります』
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 境内社。
 鳥居のあるものはおそらく稲荷神社。その脇に三つの祠が鎮座していたが、どなたが祀られているのかは不明。
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 春日神社の社殿西側に大鳥神社。
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 こちらでは日本武尊と大鳥連祖神、そして聖徳太子が祀られている。
 七月二十五日に大酉祭、十月末日に太子祭が行われているようだ。

高山神社(本町)

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 高山公園から天神山の石段を上がっていくと高山神社の一の鳥居。
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 由緒を記した石碑。
 こちらは新田郡細谷村(現在の太田市)出身の尊皇運動家である高山彦九郎正之を祀る神社で、明治十一年三月十五日に神社創立の許可を得ると翌年十一月十五日に天神山の中腹に建立。更にその翌年三月二十二日には社格を県社に列せられる。後、昭和六年に社殿を山頂に造営し、翌年三月十四日に遷宮祭を施行、云々と言うようなことが記されている。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 神社西側の鳥居。
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 西側の鳥居から上って行くと古い石段が点々と顔を覗かせている。もしかしたら、創建当初はこちら側が表参道だったのかも知れない。
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 西の鳥居から西へ歩いて行くと、群馬県道321号線に面して社号標石が建てられている。
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