稲荷社(東長岡町)

IMGK0693s_20111010190347.jpg
 天神山古墳の北側を走る県道2号線新島町交差点から北西に向かって行くと、道の傍らに祠がぽつんと鎮座している。右奥に見える黄色い建物は太田東メモリードホール。
 祠の扉が宝珠紋に似た形にくりぬかれていたので、おそらく稲荷神社だろうと思われる。

 以上で10月8日参拝分終了。
 朝4時半に足利を出発して、帰り着いた時には夕方の4時半。12時間もうろついていたことになるか。筋肉痛が出ないのが不思議不思議。
 使用機材はK-7にFA28mmとDA15mm、DA18-55mm WR、50-150mm II。
スポンサーサイト

雷神社(飯田町)

IMGK0567s_20111010175730.jpg
 太田中央公園の南東に鎮座する雷神社。
 鳥居の右に見える社号標石には當所鎮守雷電宮とあり、側面には明和九壬辰八月吉日と記されているので1772年のものだ。
IMGK0654s.jpg
 隣接する飯田町住民センターの脇に雷神社社殿改築記念碑。
『當社は別雷命を奉斎し京都公郷の未裔龍蔵坊法印の勧請する所なり。古來より雷災除の守神として世人住民の深く崇敬する所なり。昭和十八年一月二十二日維持方法確立し群馬縣より神饌幣帛料供進神社に指定せらる。昭和二十一年六月二十五日變事に伴い宗教法人神社となる。昭和二十四年五月四日国有地たる当境内地は大蔵省より無償を以て譲與せらる。以来氏子崇敬者社殿改築を計画し一致協力議決して着工すべく神社本庁統理の承認を以て立木伐採し之を用材として多大なる奉納資金と勞力の奉仕等全く誠心誠意の團結に依り茲に講和發効獨立の意義ある本春改築の大工事を完了し記念の一大事業を遂行したる事は誠に世上の範とするものなり。茲に奉賛各位の芳名を刻み益々子孫をして神社崇敬の観念を涵養し神徳の發揚に努力し日常生活の基本とせらるべく後世に伝え發奮の資にせんとするものなり。
  昭和二十七年四月吉日 建之』

 龍蔵坊法印なる僧侶がいつの時代の人なのか分からないので創建時期は不明。少なくとも1772年より前であるのは確かだろう。と言うか「京都公郷の未裔」ってなんだろう。「京都公卿の末裔」の間違いなのか、それとも京都公郷と言う名前の人が…いないか。この碑が建てられた時代には普通に使われてたのかな。
IMGK0651s.jpg
 拝殿。
IMGK0582s.jpgIMGK0588s.jpg
 社殿裏に境内社。宝珠紋があるので稲荷神社だろう。
IMGK0596s.jpg
 ずらりと並ぶ末社群。
 稲荷社が一つあること以外は不明。
IMGK0627s.jpg
 富士塚。頂にあるのは浅間宮。

赤城神社(鶴生田町)

IMGK0478s.jpg
 八幡神社からまっすぐ南下して行くと、通りよりやや西に引っ込んだ所に赤城神社が鎮座している。
IMGK0485s.jpg
 拝殿。
 こちらも古墳跡に建てられているのだそうだ。
IMGK0557s_20111010161840.jpg
『由緒記
 当神社は今より六百余年前、永仁三年(1295)三月、鶴生田村の開祖新田義重公の裔鶴生田孫三郎時常、赤城山三夜沢赤城大明神の分霊を頂き此の村の守護神として奉斎して以来幾多の増改築修理が行われ、明治四十三年(1910)四月村社の指定を受け奉幣を賜る。
 終戦後昭和二十六年宗教法人として新発足し神社本庁に所属し今日に至る。

 主祭神 豊城入彦命
       大己貴命
 例祭  四月十五日』

 鶴生田孫三郎時常と書かれているが、調べてみると鶴生田氏の開祖は時常ではなく時綱が正しいみたい。
 新田義重─額戸経義─額戸氏綱─鶴生田時綱と繋がるそうなので、義重の曾孫にあたるようだ。
IMGK0496s.jpg
 社殿裏に末社群。
 わかったのは天王宮と諏訪社x2の三社だけ。
IMGK0552s.jpgIMGK0521s_20111010163447.jpg
 御嶽神社と浅間神社が並んでいる。
IMGK0530s.jpg
 少し離れて三峰大権現。
 文久元辛酉九月とあるので1861年のもの。また、新田義貞裔源俊純ともあるが、岩松徳純の孫で当時の岩松氏当主であり呪術師でもあったようだ。wikipediaを見ると岩松義寄、徳純、道純、俊純の四代の描いた猫の絵はねずみ除けに効果があると信じられており、他にも疱瘡除・疫神除・狐憑き封じの札を人々に与えていたのだそうだ。
IMGK0544s.jpg
 こちらで見かけた猫。人に慣れているのか、近寄っても逃げなかった。
 猫なんてどこにでもいるけど、上記のようなこと知ると妙な縁を妄想してしまう。

八幡神社(強戸町)

IMGK0383s_20111010155548.jpg
 下強戸住民センターに隣接して鎮座する八幡神社。
IMGK0397s.jpg
 辨財天。
IMGK0404s_20111010155546.jpg
 拝殿。
IMGK0434s_20111010160613.jpg
 八坂神社。
IMGK0424s.jpg
 末社群。
 諏訪社と道了大権現のみ分かったが、他は不明。
IMGK0470s.jpg
 富士塚。古墳の一部であるそうだ。
 左側に見える水盤らしきものには水神の文字が刻まれている。
IMGK0475s.jpg

稲荷神社(成塚町)

IMGK0299s_20111010001821.jpg
 成塚中央公園の南に位置する成塚稲荷神社古墳。そこに鎮座するのは当然稲荷神社だ。
 そして石橋町浅間神社のエントリーに書いた、見落としていた稲荷神社がここ。
IMGK0305s.jpgIMGK0317s.jpg
 鳥居の左側に石祠。右側に出羽三山。その奥に見える石祠はなんだろう。
IMGK0320s.jpg
 拝殿。
IMGK0333s.jpg
 拝殿の左手側には境内社があり、その参道沿いに十数基もの石祠がずらりと並んでいる。
 わかるところでは八幡太神、天満宮、山神宮、冨士森稲荷神社、小御嶽山神社、食行身禄霊神、稲荷神社。他は不明。
IMGK0361s.jpg
 額には冨士山と刻まれているが、つまりは浅間神社なのだろう。
 側面には萬延元庚年申十二月吉日とあるので1860年のもの。

赤城神社(寺井町)

IMGK0215s_20111009224637.jpg
 松尾神社から県道39号線を東へ走って行くと、高野山真言宗寺尾山聖王寺の東側に隣接して赤城神社が鎮座している。
 やたらと人が多かったが、どうやら赤城神社の隣で運動会か何かが行われていたようだ。
IMGK0290s_20111009224636.jpg
 拝殿。
IMGK0287s_20111009224635.jpg
 社殿の裏には末社が並んでいる。
IMGK0273s_20111009224635.jpg
 尾内家氏神 大鷲神社址。
IMGK0260s.jpg
 末社。石祠が三基並んでいる。
IMGK0281s_20111009224633.jpg
 末社群。
 金毘羅大権現、天満宮、八幡武大神以外は不明。
IMGK0276s.jpg
 少し離れて末社三つ。
 左側は稲荷神社と思われる。

松尾神社(新田小金井町)

IMGK0167s.jpg
 県道39号線新田小金井町北から南東へ向かって行くと、松尾神社が鎮座している。
IMGK0212s_20111009214348.jpg
 拝殿。
IMGK0203s_20111009214347.jpg
『松尾神社
 鎮座地 新田郡新田町小金井一一一五番地(現在は太田市新田小金井町1112)
 祭神 大山咋神
     市杵嶋姫命
 由緒 承平年間(西暦九三○年代)の創建と伝えられる。
     この地域の開発に先立ち、土地開拓の神として、山城国(京都)松尾神社の神を祀った、
    と云われる。
     酒造の道に御神徳のある神として、酒造家の崇敬を集めた。鰻と亀を神使とし、古くから、
    地域に「鰻を食さず、亀を殺さず」との言い伝えがあった。
 経過 享保十二年(1727)、正一位を戴く。松尾大明神。
     同年、その祝賀にて太々神楽奉納。
     天保六年(1835)、本殿再築。
     天保八年(1837)、太々神楽再起。
     嘉永五年(1852)、神楽殿竣工。
     明治五年(1872)、村社松尾神社とする。
     明治四十一年(1908)、八幡宮(柳原)、稲荷神社(一本杉)合併。
     明治四十三年(1910)、鳥居再調。
     大正元年(1912)、八幡宮(般若)合併。
     大正八年(1919)、社務所竣工。位置は、町道の南。
     昭和三年(1928)、白山神社(原口)、熊野神社(中里)、農業稲荷神社(馬場)合併。
     昭和二十一年(1946)、宗教法人松尾神社とする。
     昭和二十六年(1951)、本殿上屋、幣殿改築。拝殿模様替え。
     昭和二十八年(1953)、社務所移転。
     平成六年(1994)、社務所移転新築。
     平成九年(1997)、太々神楽、町重要無形文化財指定。
 境内末社 神明宮、竈戸神社、諏訪神社、北野神社、母加佐神社、
        春日神社、八坂神社、鷲神社、絹笠神社

新田町指定重要無形文化財 太々神楽
 松尾神社に伝わる郷土芸能「太々神楽」は、江戸時代享保十二年に、松尾大明神が正一位の位を戴いたお祝いに、村の青年が習って奉納したのが始まりとされている。それからは、毎年、春・秋の祭典に奉納されてきたが、天保年間に神楽師が減り、一度途絶えてしまった。神楽が奉納されなくなると飢饉・悪病・火災等が続発し村人の生活は困窮した。天保八年、再び神楽が奉納されるようになると、豊作続きで、伝染病や火災もなくなり、豊かな生活が行われるようになった、といわれている。以来、現在まで休むことなく奉納されている』
IMGK0062s.jpg
 神楽殿。
IMGK0209s.jpg
『新田の名木
 樹木名 銀杏
 所在地 松尾神社境内
 樹齢  約一一○年
 幹周り 三・六メートル
 高さ  三○メートル
 明治三十三年、大正天皇の御成婚記念として植樹した、と云われている。松尾神社の御神木としてじゃ、本殿の真裏に松の大木があったが、昭和二十九年の台風で倒壊。今ではこの銀杏の木が最古の樹木となっている。境内の他の二本の銀杏は、昭和天皇御成婚記念(樹齢約八五年)、今上天皇御成婚記念(樹齢約五○年)として植樹したものである。
 新田町では、昭和五十五年に銀杏を町の木と定めた。新田かるたに「空をつく町のシンボル大いちょう」とある。
 平成十七年三月』
IMGK0142s_20111009215730.jpg
 銀杏の根元に庚申塔と石祠二基。
IMGK0068s.jpg
 末社。
 左側の祠には御神輿が二つ納められており、おそらく八坂神社ではないかと思われる。右側の祠には扁額が掛けられてはいるものの、文字が薄くなっていてわからない。
IMGK0073s_20111009215728.jpg
 神明宮。
IMGK0113s.jpg
 先の左側の祠の裏にも石祠が一基。嘉永元年(1848)八月吉日とある。
IMGK0118s.jpg
 拝殿左側に四基の石祠。
IMGK0130s_20111009221433.jpg
 社殿真裏に一基の石祠。
IMGK0134s_20111009221432.jpg
 拝殿右側に二基の石祠。
IMGK0164s_20111009221432.jpg
 鳥居前の道に設置されたマンホールの蓋。
 銀杏の葉をモチーフとしたデザインが施されているが、上記の理由によるものだろう。

新星神社(山之神町)

IMGK0032s.jpg
 新星公民館前に鎮座する新星神社。
IMGK0047s.jpg
『新星神社建立之碑
 産土は心のふるさとである。
 昭和二十一年三月焦土と化した祖国再建の基盤としての新農村建設の夢と、飢餓に瀕した同胞の食料増産の絶対使命とを担って、旧陸軍飛行場跡の草原に開拓の第一鍬を打ち込んで以来、星霜二十有五年、新しい里の夢を新星と云う命名に託し、その後次々と迎えた同志と共に今や三十戸、集会所の建設に道路の拡巾新設に一応基礎的な整備を完了しその生活も安定した。
 今私達は一層の親和と団結と将来の飛躍発展とを念願してその魂の拠り処として全員の合意と発起とにより茲に現住者の全産土神を一つに勧請合祀して御祭神となし、新星神社を建立し部落の鎮守となした。
 昭和四十五年十月吉日』

 北海道の美瑛町にある新星神社とは全く関係無く、山之神町新星地区に建立された神社だから新星神社なのね。住人の全産土神を合祀して御祭神となすとも書かれているが、これはもう主祭神と配祀神とかではなく、複数の神々を一つにまとめて土地神にしてしまったと言うことだろうか。
IMGK0056s.jpg

白鬚神社(藪塚町)

IMGK9914s.jpg
 西野公民館から北東へ向かうと、群桐産業の向かい側から白鬚神社の参道が延びている。
IMGK9931s.jpg
 鳥居。
IMGK0020s_20111009185555.jpg
 鳥居をくぐるとすぐ左手側に小さな池があり、その中の島に石祠が鎮座している。
IMGK0017s.jpg
 拝殿。
IMGK9997s.jpg
 本殿。
IMGK9957s.jpg
『薮塚本町指定文化財 天然記念物 白蛇の松
 推定樹齢約四百年、樹高約三十米、根囲り約五米
 由来 天明年間(十八世紀末)数年間に渡って旱害がおこり、農民の苦しみは深刻であった。
 ある農夫婦が農民の窮状を見かね、白鬚大明神に三七日(二十一日間)の雨乞い祈願をしたところ、満願の日に大雷雨があり、その時落雷にあい気絶してしまった。気付いたとき、社前は明るく、そばの老松を見ると白蛇が正に昇天の勢いをもって昇るところであった。これは吉兆であると村に帰り、村人と再び来てみると何ら変ったことがなく、老松は元の姿で中空に聳え立っていた。
 農民はこの慈雨に喜び、このために豊作の秋を迎えることができた。以来数百年、この土地では特にひどい旱害に苦しむことがなく、村人はこの老松のことを子孫代々語り伝え白蛇の松というようになった。社前の小池は常に水を湛え、どんな旱天にも水が涸れたことがないと聞いている。
 昭和四十八年五月指定』
IMGK9982s.jpg
 黒松跡の碑と石祠。
IMGK9967s.jpg
 石祠三基。側面には寛政五年四月吉日とある。1793年のものだ。
 ところでこれはゴルフボールを奉納しているのか、それとも隣のゴルフ場から飛んで来たものなのか。

八坂神社(薮塚町)

IMGK9886s.jpg
 西野公民館入口脇に鎮座する八坂神社。
 鳥居の柱には平成十八年五月吉日とあるが、神社自体の由緒などは不明。
IMGK9901s_20111009183740.jpgIMGK9908s.jpg
 御神輿と本殿。

菅原神社(西長岡町)

IMGK9832s.jpg
 稲荷神社から南下して行くと、そのうちに菅原神社の前に出る。
IMGK9859s.jpg
 拝殿。
 いつもの如くググってみると、こちらの御祭神は菅原道真公を主として、建御名方命と櫛御氣野命、五十猛命、大屋津姫命、抓津姫命を配祀しているそうだ。
 社殿の裏手は古墳となっているが、社殿を建築する際に削られてしまったようだ。
IMGK9865s.jpg
 壊れた石灯籠。明和九壬辰年十二月とあるので1772年のものだ。
IMGK9868s_20111009180515.jpg
 境内南東端にも古墳。
IMGK9837s.jpg
 その墳頂に末社が五つ。
IMGK9871s_20111009182053.jpg
 社務所建設記念碑と十二石橋坐碑。社務所は大正十二年に建てられたようだが、現在その姿は見当たらない。

稲荷神社(西長岡町)

IMGK9801s.jpg
 若宮八幡宮から西へ向かうとすぐに稲荷神社が見えて来る。
IMGK9817s_20111009174934.jpg
 祠の側面には入長岡総鎮守 正一位稲荷大明神とあり、昭和六十一年二月二の午に改築したようだ。
IMGK9823s.jpg
 末社。
IMGK9787s.jpg
 遠景。

若宮八幡宮(西長岡町)

IMGK9742s_20111009170424.jpg
 浅間神社の麓にある上州上田ビオトープの里パーキングエリアから道なりに北上して行くと若宮八幡宮がある。
 鳥居の柱には平成元年九月吉日、注連柱には明治三十六年と記されているが、こちらの神社の創建はいつ頃なのだろう?
IMGK9772s_20111009170423.jpgIMGK9760s_20111009170423.jpg
 拝殿と本殿。
 若宮八幡なら御祭神は大鷦鷯尊(仁徳天皇)だと思うのだが、扁額には八幡神社と記されている。若宮八幡は八幡宮から勧請した新宮とされる場合もあり、その場合の御祭神は誉田別尊(応神天皇)となるのだが、こちらはどうなのだろう。
 すずき@東毛様の運営されているブログ「無軌道庵」を見ると、こちらには惟喬親王(清和天皇の兄)も祀られているとのことだが、「も」と言うことは主祭神ではないのだろう。
 惟喬親王と言えば、こちらとこの後に参拝した稲荷神社の間を南北に走る道を北上して行くと県道332号線に合流する辺りに惟喬親王宮があるそうなのだが、その存在を知ったのはほんのさっきなので、そちらは当然参拝していない○刀乙
IMGK9769s.jpg
 参道脇に石祠。なにも記されていないので何神社なのか不明。

浅間神社(西長岡町)

IMGK9733s.jpg
 八王子山公園墓地の西端に鎮座する浅間神社。
IMGK9678s_20111009162817.jpg
 浅間神社拝殿。
IMGK9722s.jpg
 本殿。
 左の祠はなんだろう?
IMGK9715s.jpg
 改築記念碑。
『今を去る百十五年前、我ら祖先が風光明媚のこの愛宕山に修験道の道場として浅間神社を勧請しました。長年月風破倒木のため、社殿が倒壊されました。関係者一同相計り挙げて改築の運びとなりました。おもえば我ら祖先が農作業の疲労も厭わず相集い相励んだ事を思うにつけ、身の平安を願うのみではなく、子孫に到るまで祈る愛郷心の一念発起に外ならないものだったのでしょう。この度の改築にあたり、この社域に佇むとおのずと深い感動を覚えます。ここに発起者の霊に御報告旁々、無事息災の神佑を祈念し、改築建碑の辞を謹書した次第であります。
平成八年三月吉日』
IMGK9712s_20111009162815.jpg
 高尾山。
IMGK9682s.jpgIMGK9688s.jpg
 境内社。
IMGK9670s.jpg

三尾稲荷神社(西長岡町)

IMGK9630s.jpg
 曹洞宗天王山長岡寺の入口脇に三尾稲荷神社が鎮座している。
 長岡寺は1500年代前半に建立された寺院だと言うことだが、三尾稲荷神社もその頃からあったのだろうか? 社号標石の裏を見ると昭和六十一年二月吉日 長岡廿九世膽堂代建立と記されているので稲荷堂自体は比較的最近のものであるようだが。
IMGK9624s.jpg
 正面。
IMGK9643s.jpgIMGK9641s.jpg
 お狐様。
IMGK9658s.jpg
 馬頭観音。
IMGK9622s_20111009160524.jpg
 拝殿。

IMGK9655s.jpg

愛宕神社(菅塩町)

IMGK9457s_20111009144138.jpg
 善泉寺の前をスルーして愛宕神社へ。
IMGK9484s.jpg
 社号標石の横に道祖神。天明七丁未年十二月とあるので1787年のもの。
IMGK9477s_20111009144137.jpgIMGK9499s.jpg
 大国主命と猿田彦大神。
IMGK9601s_20111009144135.jpg
 参道。
IMGK9598s.jpg
 石段脇の石燈籠には宝暦七丁丑年二月吉日とあるので1757年のもの。
IMGK9571s_20111009150748.jpg
 社殿左側に境内社。
 中央に天照皇大神宮。左右の祠は不明。
 また左手前側の石祠は右側が秋葉山宮。左側は社号が記されていなかったが、前面に梅の木の彫刻が施されているので天満宮ではないかと推測。台座には宝暦六年とあるので1756年のもの。
IMGK9517s_20111009150747.jpg
 社殿右側の末社。
 左側は天王宮。右側ははっきりしないが、天祖宮か天神宮ではないかと。
IMGK9531s.jpg
 社殿裏に末社群。
 左端は月弓神社。側面には明治十五年十二月再建と記されている。
 他にも新田七社神社があり、こちらは側面に元弘年中新田義貞とある。また、その隣の石祠には大治年中新田義重再建と記されている。

金比羅神社(菅塩町)

IMGK9384s.jpg
 天満宮から北西へ向かって行くと十字路のそばに薬師堂。
 ここから左手側の坂を上って行くと金比羅神社、十字路から北へ向かって行くと善泉寺の先に愛宕神社がある。
IMGK9390s.jpg
 金比羅神社までの道は舗装されてはいるものの、ひび割れてがたがたしている。
IMGK9403s_20111009142333.jpg
 ものの数分で金比羅神社に到着。
IMGK9417s.jpg
 拝殿。
 右奥に見える石祠は蚕影社。
IMGK9445s.jpg
 社殿を斜めから。
IMGK9448s.jpg
 謎の石柱。

天満宮(菅塩町)

IMGK9382s.jpg
 駒形神社の西へぐるっと回ると、坂の途中に天満宮が鎮座している。
IMGK9378s.jpg
 拝殿。

駒形神社(北金井町)

IMGK9234s_20111009134812.jpg
 神明宮から北西に向かい、駒形神社へ。
IMGK9346s.jpg
 鳥居。
IMGK9273s.jpg
 石段の先に拝殿。
IMGK9337s.jpgIMGK9340s_20111009134809.jpg
 狛犬。
IMGK9290s.jpg
 末社群。
 金毘羅宮、山神宮、赤城太神宮以外は不明。
IMGK9319s.jpg
 拝殿脇の石祠。
 柱になんとか大明神と刻まれているのは分かるのだが、その肝心の部分が読み取れない。
 この祠の裏が埴輪窯跡であるのだそうだが、そんなことは失念していたので調べもせずに次の神社へ。

神明宮(大鷲町)

IMGK9118s_20111009131748.jpg
 県道39号線強戸交差点より北西に向かって行くと神明宮が鎮座している。
IMGK9210s.jpg
 庚申供養塔。
 享保十九天甲寅四月吉日とあるので1734年のもの。
IMGK9192s.jpgIMGK9182s.jpg
 狛犬。
IMGK9207s_20111009133455.jpg
 社殿裏の末社群。一つ見えないが、八つの石祠が並んでいる。
 山神社、天神宮、金比羅山社は分かったが他は不明。
IMGK9222s_20111009131746.jpg
 鳥居脇の茂みの中に埋もれるようにして石祠が一基。
IMGK9230s.jpg

水神神社(市場町)

IMGK9015s_20111002135931.jpg
 市場町の八幡宮の北側と言うかほぼ真裏に鎮座する水神神社。
IMGK9018s.jpg
 参道。
IMGK9023s_20111002135930.jpg
 鳥居。
IMGK9027s.jpg
 水神神社。
 祠の裏に昭和十八年五月一日創建と記されている。
IMGK9030s_20111002135929.jpg
『水の五則  黒田如水
 一、自ら活動して他を動かし去るは水なり
 二、常に自己の推進を求めて止まざるは水なり
 三、障害に逢い激しくその勢力をし得るは水なり
 四、自ら清くして他の汚れを洗うは水なり
 五、洋々として大洋を満たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霧と化し
  凝ては玲瓏たる鏡となりしかもその本性を失わざるは水なり

 水の効能  岡村勇
 一、水は万物を育成する
 二、水は産業発展のその根元である
 三、水は今日のところ代用品がない』
IMGK9063s_20111002135929.jpg
 岡村勇翁頌徳碑と三栗谷用水幹線改良事業碑。
 これによると、水害を免れ肥沃な土地になることと食料の増産を願って建立されたもので、天照皇大神と豊受大神、水分大神の三柱を御祭神として祀っているようだ。
IMGK9075s_20111002143823.jpg
 水神神社入口から東に目を向けると、中川町の神明宮が見える。

 以上で10月1日参拝分終了。
 使用機材はK-7にDA18-55mm WR、FA50mm F1.4、50-150mm II。
 今回も自転車で移動していたが、自動車にしなくて正解だった。駐車スペースの無い所が多い。

稲荷神社(只上町)

IMGK8978s_20111002134517.jpg
 毛里田中学校の南東、楽前集会所の向かい側に鎮座する稲荷神社。
 到着してから「あ、ここ前に来たことあるわ」と思ったのだが、折角来たのだから参拝。前回は2009年5月だったから、およそ2年半ぶりか。
IMGK8988s_20111002134517.jpg
 この鳥居は前回は無かったなぁと思ったら、平成二十三年一月元旦奉納と記されている。つまり、今年か。
IMGK8994s_20111002134516.jpg
 末社も綺麗に並び直されている。こちらも平成二十三年一月一日竣功とあるので、やはり今年だ。

浅間神社(石橋町)

IMGK8906s.jpg
 東国文化歴史街道と市営成塚団地の間に鎮座する浅間神社。
IMGK8951s.jpg
 稲荷神社。
 帰宅後地図を再確認した時に気付いたのだが、成塚団地の北側にも稲荷神社があったようだ。ぐぬぬ…○刀乙
IMGK8909s_20111002132652.jpgIMGK8927s_20111002132651.jpg
 左手前から冨士森稲荷神社、食行霊神、登山三十三度成就碑x2。その奥に辨財天と小御嶽神社。
IMGK8942s.jpg
 馬頭観音。

辨財天宮(上強戸町)

IMGK8891s.jpg
 熊野神社の南西、東国文化歴史街道に戻る途中の用水路脇に鎮座する辨財天宮。側面には平成八年三月とある。
 隣の小さな石祠も辨財天。もしかしたら先代の祠なのかも。

熊野神社(上強戸町)

IMGK8834s.jpg
 磯八幡神社から用水路沿いに西へ向かい、清水商店脇の道を入って行くと熊野神社が鎮座している。
IMGK8839s_20111002130023.jpg
 鳥居。
IMGK8876s.jpg
 熊野神社拝殿。社殿脇に石祠が三つ置かれていたが、末社ではなく廃棄された物のようだった。
 左側は八坂神社。大小二つの御神輿が納められていた。

磯八幡神社(上強戸町)

IMGK8831s.jpg
 東国文化歴史街道と北部運動公園の間に鎮座する磯八幡神社。
 民家の間の隙間に位置している為、かなり窮屈そう。
IMGK8816s.jpgIMGK8822s.jpg
 本殿。

IMGK8813s.jpg
 北部運動公園入口手前の道祖神。
IMGK8974s.jpg
 北部運動公園入口南側の用水路脇に並ぶ庚申塔、青面金剛、地蔵尊、石祠、如意輪観音。
 こちらは吉沢町になるのだけど、まぁいいや。

八幡宮(緑町)

IMGK8739s.jpg
 八坂神社から南へ向かい、坂本酒店脇の道を西へ入って行くと八幡宮が鎮座している。
IMGK8750s.jpg
 鳥居。
IMGK8768s.jpg
 社殿。
IMGK8753s.jpg
 本殿。
 祠が三つ見えるので、少なくとも三社は合祀されているのかな。
IMGK8804s_20111002122352.jpg
 社殿の裏に末社。
IMGK8786s_20111002122351.jpg
 青面金剛。
 側面に文政二己卯十一月とあるので1819年のもの。

八坂神社(緑町)

IMGK8722s.jpg
 雷電神社の南西に八坂神社。
IMGK8717s.jpg
 拝殿。
IMGK8712s_20111002121240.jpg
 本殿。
IMGK8699s_20111002121240.jpgIMGK8695s.jpg
 拝殿裏左側に八坂大神。右側に湯殿三山。

IMGK8728s.jpg
 雷電神社から八坂神社に向かう途中の民家脇に馬頭観音と十二天。

雷電神社(緑町)

IMGK8654s.jpg
 峰山白山神社からぐるっと北東に回り込むと、雷電神社が鎮座している。
IMGK8591s.jpg
 参道。
IMGK8597s.jpg
 拝殿。
IMGK8609s_20111002115811.jpg
 末社。
 塚の上にあるのは浅間神社だろうか。
IMGK8648s.jpg
 前列左から稲荷社、疱瘡神社、白山神社。
 後列左から馬頭観音、不動尊、庚申塔、青面金剛塔。右側二つは読み取れなかったけど何かの供養塔。

IMGK8663s.jpg
 雷電神社南側の墓地前に馬頭観音、如意輪観音、地蔵菩薩。

峰山白山神社(強戸町)

IMGK8559s_20111002114259.jpg
 集会所(?)前の十字路から東へ延びる坂道を上って行くと、カーブの脇に峰山白山神社が鎮座している。
 社号を記した板には「峰山、白山神社」と書かれているので峰山神社と白山神社を合祀しているのかも知れない。
IMGK8571s_20111002114259.jpg
 本殿。
IMGK8578s_20111002114258.jpg
 峰山白山神社前を少し上った所から南へ目を向けると、先程参拝した妻恋稲荷神社が見える。
カレンダー
09 | 2011/10 | 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード