白髪神社(妻沼)

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 埼玉県道341号線脇に位置する瑞林寺の向かい側に、延喜式内白髪神社・高岡稲荷神社入口と刻まれた標石が建てられている。
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 標石からまっすぐ進むと突き当たりに白髪神社が見える。駐車場は無いので、車は大我井神社の駐車場に置いたまま徒歩で。
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 鳥居左側の注連柱に高岡稲荷神社、右側に式内白髪神社と刻まれている。
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 庚申塔。
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 拝殿。
 由緒書き等が見当たらないのでググってみると、こちらの御祭神は白髮大倭根子命(清寧天皇)で、配祀神に猿田彦命と天鈿女命、倉稲魂命。そして須佐男之命が合祀されているのだそうだ。また、式内白髪神社の論社とされているが、元々は高岡稲荷神社であり、そこに聖天宮から白髪神社を移し併祀したのではないかとする説もあるようだ。
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 末社。
 右側の石祠には水の文字が見えるので水神宮だろう。水天宮の可能性もあるが、水の下がネの一部のように見えるので水神宮じゃないかなぁ。
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 社殿裏の祠。
 中には小さな恵比寿神・大黒天尊像と陶製の小さなお狐さまが置かれているだけだった。

 以上で11月2日参拝分終了。
 使用機材はK-7にDA18-55mm WR。
 さて、なぜ平日に参拝していたかと言うと、実は先月末に右手の示指と中指を少々派手に怪我してしまい、現在休業中だからだったりする。しばらく写真は撮れそうにないなと思っていたのだが、なんとなくカメラを持ってみたら、あれ、薬指でレリーズできるぞと気付き、偶々妻沼に用があったのでそのついでに参拝もしてみたと言う訳で。
 しかし、示指と中指抜きでマウスを使うのは少々しんどいな。残りの指が攣りそう。
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大我井神社(妻沼)

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 埼玉県道341号線と59号線が合流する聖天山前交差点の少し北側に大我井神社入口と記された標石があり、そこを東へ入って行くと大我井神社前に到着する。神社脇に駐車場有。
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『武州妻沼郷大我井神社
 大我井神社は遠く神皇第十二代景行天皇の御代日本武尊東征の折り、当地に軍糧豊作祈願に二柱の大神、伊邪那岐命、伊邪那美命を祀った由緒深い社です。
 古くは聖天宮と合祀され、地域の人々から深い信仰を受けてきた明治維新の神仏分離令により、明治二年、古歌「紅葉ちる大我井の杜の夕たすき又目にかかる山のはもなし」(藤原光俊の歌・神社入口の碑)にも詠まれた現在の地「大我井の杜」に社殿を造営御遷座しました。その後、明治四十年勅令により、村社の指定を受け妻沼村の総鎮守となり、大我井の杜と共に、地域の人々に護持され親しまれています。
 なかでも摂社となる冨士浅間神社の「火祭り」は県内でも数少ない祭りで大我井神社とともに人々の家内安全や五穀豊穣を願う伝統行事として今日まで受け継がれています』

 ググってみると、こちらの神社には伊邪那岐命・伊邪那美命の他に大己貴命が配祀されており、他にも倉稲魂命、誉田別命、天照皇大神、速玉男命、事解男命、天穂日命、石凝姥命、菅原道真公が合祀されているのだそうだ。他にも式内社白髪神社や式内社楡山神社の論社ともされており、また古くは二柱神社と称していたそうだが、その辺りのことは案内板には記されていない。
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 神社入口脇の歌碑。
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 参道の左右に門守神。
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『福石由来坐碑
敬神尊王帝国大典亦我国民通社也故古今不乏
其事蹟盖福石玉垣造營其一事也謹接乏由来當
天明二年関東大洪水山霊流下巨石丂停字森下
地先人々感尊奇蹟祀神称福石神社爾来霊験不
浅廡民仰其徳故官下論告合祀村社大我井神社
是實明治四十二年十月也??然神付臣石徳在
神庭森下荒井氏子寄竊??神慮佛今上陛下行
給即位大禮展大掌大義哉其孝奉祝?不能??
諮畫福石玉垣造營以為永久不滅祈念????
可謂教神尊王兩行今竣工茲記其概要以傳??
云爾時大正四年星次乙卯十一月也』

 天明二年(1782)の洪水で流れてきた石を祀り、福石神社と称して崇めていたが明治四十二年(1909)十月に大我井神社に合祀した、かな。
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 唐門。
 門の柱には由来を記した板が打ち付けられており、それには次のように記されている。
『大我井神社唐門の由来
 当唐門は明和七年(1770)若宮八幡社の正門として建立された。明治四十二年十月八幡社は村社大我井神社に合祀し唐門のみ社地にありしを大正二年十月村社の西門として移転したのであるが爾来四十有余年屋根その他大破したるにより社前に移動し大修理を加え両袖玉垣を新築して全く面目を一新した。
 時に昭和三十年十月吉晨なり』
 瓦には笹竜胆紋が見えるが、すると源氏所縁と言うことだろうか。元は若宮八幡社の門であったのだから、まぁ、おかしくはないな。
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 拝殿。
 右側に見える石碑は神社修理竣工記念碑。平成十一年四月に着工し、本殿、拝殿、幣殿、末社、瑞垣、中門、水舎、社務所の全てを改修。翌十二年十一月二十一日に竣工祭を奉斎して完工とある。
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 社殿。斜めから。
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 本殿、幣殿、瑞垣。
 鰹木には右三つ巴紋が見える。
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 富士塚。
 石段脇には角行霊神や身禄霊神、小御嶽大神、冨士浅間大神などが並び、塚頂にも冨士浅間大神。
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 西の鳥居。
 鳥居のそばには高尾山、伊奈利大神、冨士嶽、浅間大神、浅間大神、冨士嶽大神。右端には正面に「是より西 摩多利神道」、側面に「従是北 御社領」と記された標石がある。そう言えば、大我井神社から西に向かい、国道407号線を越えるとわりとすぐに摩多利神社があったっけ。
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 与謝蕪村の歌碑を中心に、妻沼町俳句連盟の歌碑が並んでいる。
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 庚申塔。

伊勢神宮(八ツ口)

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 今年の二月頭頃にもこちらの神社を探し、その時は見つけられなかったのだが、今回は見つけられた。前回の時もこの道は通った筈なのに、何故見つけられなかったのだろう…。違いはと言えば前回は北側から、今回は南側からこの道を通ったというくらいでしかないのだが、鳥居の向きの関係で見落としていたのかも知れない。
 鳥居と言えば、こちらの鳥居は神明鳥居ではなく明神鳥居だ。しかも島木の両端の反り増しが日月鳥居ほどではないがやや強め。伊勢神宮の鳥居としてはちょっと変わっているかも。
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 境内。
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 こちらの石祠が伊勢神宮。
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 祠の中に納められた木札には三峯神社と書かれているので、こちらは三峯神社なのだろう。
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 几号水準点基標No,39。
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 見ての通り駐車スペースは無いので、ここより少し南東にある日枝神社前の八ツ口集会所に駐車してそこから徒歩。

八坂神社(弥藤吾)

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 埼玉県道341号線沿いに国登録有形文化財旧坂田医院診療所があり、その南側の交差点脇に八坂神社が鎮座している。
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 こちらが八坂神社。祠の中には御神輿が納められている。
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 庚申塔と馬頭観音。
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 如意輪観音と地蔵菩薩。
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