愛宕神社(千代田町上五箇)

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 千代田町東部運動公園の南、県道38号線に沿って流れる利根加用水の脇に鎮座する愛宕神社(邑楽郡千代田町上五箇835)。
 こちらに前回参拝したのは2008年4月だからおよそ四年ぶりになるが、特に変わった様子は無い。
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 拝殿。
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 末社殿。
 前回は見落としていたようだが、神社名を記した木札が打ちつけられていた。左から八坂神社、三王神社、菅原神社、神明宮。
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 神域整備記念碑。

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 三橋神社。
 前回のエントリーを見直したら撮り忘れがあり、もう一度行こうなどと書いてあったので、それが今回の参拝の理由。
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 龜田鵬齋誕生の地、と書かれた案内板。一部消されているようだが、ここに入るのは「妻佐慧」だろうか。亀田鵬斎は千代田町上五箇の他に千代田区神田の生まれであると言う説もあるそうだ。
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 三橋神。寛延二己巳年(1749)三月吉日とあるが、その頃に創建されたものなのだろうか。
 それにしても、三橋神だけではどなたを祀っているのかわからないが、橋を守る神……と言うか塞神と河神を合わせたようなものなのだろうか。でも看板には安産守護とか書いてあるしなぁ。
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 再建記念碑。

 以上で6月23日参拝分終了。
 使用機材はK-7にDA15mmとDA21mm、FA28mm、DA40mm。K10Dに50-150mm II。COOLPIX P7100。
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白山神社(千代田町萱野)

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 曹洞宗洞源寺の北側に鎮座する白山神社(邑楽郡千代田町萱野1195)。
 一の鳥居には白山社、二の鳥居には雷電社の額が掛けられている。由緒書きが無いので詳細は不明だが、雷電神社が合祀されているのだろう。
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 拝殿。
 拝殿前の石燈籠には嘉永七歳龍集甲寅(1854)春二月朔日執行の文字と明和七庚寅年(1770)の文字が刻まれている。
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 参道左手側に芭蕉句碑。
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 富士嶽神社鳥居。
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 下段左から高尾山、食行身禄神、???宮、小御嶽石尊大権現、富士登山廿一度真願成就碑、湯殿神社・若宮八幡大神・宇佐八幡大神、五社神。
 塚頂には富士嶽神社。
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 境内社と庚申塔。
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 中の祠には僧侶が描かれているようにいるようにも見えるが、どなた様なのかは不明。

稲荷神社(千代田町木崎)

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 木崎公民館に隣接する稲荷神社( 邑楽郡千代田町木崎534)。
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 社号標石の横には火の見櫓。
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 狛犬。
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 社殿。
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 境内社。
 神社名を記していたと思われる木札からは文字が消えており、何神社なのかはわからない。御幣にも神社名が記されているのだが、文字が部分的にしか見えず、形から推察するに左の祠は八坂神社、右の二つの祠の内左のものは天満宮ではないだろうか。右端の祠は御幣の文字が殆ど見えないので推測のしようも無い。
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 猿田彦大神、伊勢参宮記念、天満宮などの文字は読み取れるのだが、右端はわかりにくい。月夜見宮かな。

稲荷神社(千代田町鍋谷)

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 県道83号線の脇に位置する荒木歯科医院前から北西に向かって行くと稲荷神社(邑楽郡千代田町鍋谷319)に到着。
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 参道の中央に建てられた石燈籠。
 側面には「天保六乙未龍集 三月吉日」と刻まれているので1835年のもの。
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 拝殿。
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 平成十九年(2007)七月造立のお狐さま。
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 裏手から。
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『稲荷神社改築記念碑
 御祭神 倉稲魂命・大日孁命・倭建命・誉田別命・大雷命
 五柱の大神等を御祭神として、衆民の願いにより、今を去る、一七○余年前、天保初年(1830)の頃勧請し、五穀豊穣・心身安泰・国家安寧・地域の発展の御守護を祈願して参りました。又境内社禰々古神社・八坂神社・菅原神社の三社も同様、幾度か補修工事したるも社殿の損傷も見られ、氏子(七十余戸)の方々が、平成八年(1996)より十一年間に亘り浄財の積立てを頂き、氏子・崇敬者の皆様から物・心両面の御支援に依り、総工費貮千四百萬円余を当て、御社殿等の平成の大改築並に御遷宮を齋行できました事を、改築委員の方々を始め、氏子・崇敬者の皆様に心より厚く御礼申し上げますと同時に、この里内を始め、国の内外の安泰を御祈願申し上げます。
 平成十九年九月十六日』
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 末社。
 左側の石祠に神社名は記されていないが、左三つ巴紋が刻まれていた。また、右側の三つ並んだ石祠の左端のものには梅鉢紋が刻まれていた。おそらくは記念碑に記されていた八坂神社と菅原神社であるのだろう。とすると、残りの二つの石祠のどちらかが禰々古神社なのだろうか。地図を見ると、稲荷神社社殿の東隣に建てられた境内社が禰々子神社と記されているのだが、そもそも禰々子神社とはどんな神社なのだろうか。
 いつものようにGoogle先生に訊いてみると、禰々子とは利根川に住んでいたとされる河童の女親分であると言う。確かに近くに利根川が流れているが、少し距離がある。こちらよりも更に利根川から離れた野辺町、赤堀、狸塚に長良神社があることを考えると、古くはこの辺りに利根川の支流が流れていたのかも知れない。また、こちらの稲荷神社を参拝した方のブログには、禰々子神社の御祭神は少彦名命と記されていた。
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 左から小御岳岩長姫命・櫻太刀自神・苔虫神(明治十一年(1878)十二月建之)、冨士嶽神社(天保十三壬寅年(1842)某月建之、明治十一戊寅年十二月遷座)、元祖角行食行神社(明治十一年戊寅十二月)。
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八幡神社(千代田町赤岩)

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 熊野公民館の西側に鎮座する八幡神社(邑楽郡千代田町大字赤岩1094)。
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 拝殿と狛犬。
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 拝殿内部。
 天井絵やら金色の龍の彫刻やら牙を剥いた鬼面のようなものやら。
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 左は稲荷大明神。右は神輿庫のようだ。
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 元祖三柱神、稲荷大明神・誉田八幡宮、富嶽北口教会講社教導職斎藤岩行之碑など。
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 稲荷大神、青面金剛、庚申供養塔。
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 大正十三年に奉納された除隊記念の野重砲々弾と熊野神社・愛宕神社・??権現。
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 末社群。
 稲荷大明神・大平大権現祠以外は神社名が記されていなかったが、他にも三つくらいは稲荷社がありそうな感じだ。
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 花袋歌碑と神楽殿。
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 田山花袋歌碑案内板。
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 境内。

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 熊野公民館敷地内の祠や石仏。

 中島神社からここまでの間に舞木交差点があるのだが、そのそばに地図に記載されていない稲荷神社があるらしい。ぐぬぬ、前以って知っていれば立ち寄ったのに。

中島将監屋敷跡(千代田町舞木)

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 中島神社のやや北東に位置する中島将監屋敷跡
 屋敷跡の石碑の脇には稲荷大神と土豪英霊碑。板碑らしきものもあるが、折れてしまっている。
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『中島将監屋敷跡は、面積約一町歩(一ヘクタール)、西南は用水路で区画され(昔は溝堀)、北西には溝堀の旧跡がある平林でしたが、明治四十一年(1908)に畑地になったといわれています。
 ここに、宝亀年間(770~781)頃、中島三郎太郎家綱という郷士が住み、富子という美しい娘がいました。その頃、都から藤原小黒麻呂が諸国巡検のために上野国に入り、この中島館に滞在しました。その時、富子との間に知勇兼備の男子が生まれ、やがてその子孫が広く佐貫荘一円(邑楽・館林地方)を治めていたと伝えられています。
 千代田町十四区
 平成元年十一月吉日建立』
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 南から。

 未分類のカテゴリーにしようかと思ったけど、稲荷大神があるので神社カテゴリーに。

中島神社(千代田町舞木)

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 県道314号線と県道38号線の交差する新福寺交差点から38号線を南下し、二つ目の橋を渡って南西へ向かって行くと五叉路のそばに中島神社(邑楽郡千代田町舞木897)が鎮座している。
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 参道左脇に石祠。文字が読み取り難い。
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 参道。
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 拝殿。
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 社号標石。その裏側に由緒が刻まれている。
『曩官布神社合併令奉旨以適格明治四十二年
 五月允可古來中島郷有二祠一郷西字冨士原
 浅間社神苑嵡欝風光可仰瞻也一郷南字幡之
 宮八幡宮在於刀堤之側神徳彌高衆庶欽仰不
 措焉衆議合祀於浅間社改称中島神社其宮趾
 屬地林樹代償金壱千崇敬者貮拾七人寄付金
 世云爾
    大正九庚申年一月』

 明治四十二年(1909)五月に字冨士原の浅間神社と字幡之宮の八幡宮を合祀して中島神社と改称した、と。
 元の碑文では「旨」の部分は「上」+「日」になっているが、これは旨の異体字であり、「庶」は列火の部分が「从」となっているが、これは庶の異体字。最初は庶だとわからず、从は人二人が左向きに並んでいる状態であり、比は人二人が右向きに並んでいる状態だそうなので、現在の文字では鹿になるのだろうかと思ったのだが、衆鹿という言葉は無いよなと思い直し、調べてみたら庶だったと。因みに人二人が正面を向いて並んでいる状態は「並」なのだそうだ。
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 神社名は記されていなかったが、おそらくは稲荷神社。
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 石尊宮……かな? 石じゃなく宕のようにも見えるけど。
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 天満宮と白山神社。
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 三峯神社と高尾山。
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 以前はこちらに本殿があったのだろうが、現在は工事中。石段のそばには危険なので上るなとの札あり。
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神明宮宝登山神社(大泉町吉田)

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 県道38号線吉田交差点の北東に鎮座する神明宮宝登山神社(邑楽郡大泉町吉田587)。
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『神明宮(左側)
鎮座地 大泉町大字吉田字東谷五七八番地
祭神  大日孁命
祭日  春夏秋三回
由緒  神明というのは天照大神のことで伊勢神宮の神領やそのゆかりの地に分社した
   ものを神明社または神明宮と呼んでいる。
    平安末期から鎌倉時代にかけて御厨と呼ぶ伊勢神宮のご領地が上野国にも各地
   に存在していたと言われこの西邑楽にも御厨があったことが知られている。それ
   を所轄した役所は大泉町仙石の神明宮にあったと推定され吉田の神明宮もこれに
   準じたものと推定されている。

 宝登山神社(右側)
鎮座地 大泉町大字吉田字東谷五七八番地
祭神  皇祖、神日本磐余彦命、大山祇命、火産霊命
祭日  春の一回
由緒  宝登山神社は皇祖、神日本磐余彦命(神武天皇)、大山祇命、火産霊命を斎き
   まつり大口真神を御眷属として火災盗難、その他諸々の禍災を消去することで関
   東各地の崇拝者はこぞって参拝した神社である。とりわけ吉田における宝登山神
   社は盗難除けの神様として知られている』
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神明宮(千代田町新福寺)

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 県道314号線に面して鎮座する神明宮(邑楽郡千代田町新福寺525)。
 鳥居の貫には大神宮の文字があり、柱には大正七年(1918)九月、願主君嶋新吉と刻まれている。
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 神明宮本殿。
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 道祖神と天王宮(天保七申年(1836)六月)。
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 八坂神社の鳥居。
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 右奥が神明宮。中央に八坂神社。左の社には扁額が無く何神社なのかは不明。中の本殿には社名を記した板があるのだが、その前にある御幣で殆ど読み取れない。部分的に見える文字の形からして白山神社ではないかと思うのだが、確証は無い。
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 富士塚。
 右下に見える石碑には扶桑教訓導君嶋仙行之碑と記されている。神明宮の鳥居を奉納したのも君嶋氏だったが、君嶋氏はこの辺りの有力者だったのだろうか。
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 塚の頂には木花開耶姫命(紀元二千五百三十五年(1875=明治八年)第六月一日)と烏帽子磐元祖食行霊神(明治八年乙亥十一月)。
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 314号線を挟んで八坂神社鳥居向い側に建てられた石碑。
 扶桑教だの君嶋だのといった文字が見えるので、その辺りのことが記されているのだろう。文字自体はしっかりと残っているのだが、異体字が多くて読むのめどい。

稲荷神社(千代田町福島)

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 福島集会所(邑楽郡千代田町大字福島579-1)に隣接して鎮座する稲荷神社。
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 拝殿。
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 お狐さま。
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『稲荷神社修復記念碑
 古来福島の地に鎮座まします稲荷神社は、生産の神として尊崇せられ、ことに蚕の神としての崇敬者は遠近に遍きその神灯は連綿として受け継がれてきた当地唯一の伝統文化である。この伝統をより崇高な姿にして後世に伝えることこそ我がふる里にとって急務であるとの結論に達し浄財を募ることに決した。祭神の神威神徳を発揚せんと氏子中より寄進は実に四百余万円におよび摂社末社を遷座いたし玉垣を設け境内を一新した。
 今ここに念願達成を喜び鎮守稲荷神社の弥栄を村中一同の繁栄とを祈念した。
 茲に謹んで経緯のあらましを記し後世に伝える。
 平成四年一月吉日』
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 本殿。
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 末社群。
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 招魂碑と……なんだろうこれ。
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 県道314号線を挟んで鳥居の南側に鎮座する祠。
 祠の中に白蛇の置物があるので、厳島神社であると思われる。

白山神社(千代田町赤岩)

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 赤岩の天神神社から北上して行くと、公園内の端に白山神社が鎮座している。
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 拝殿内部。
 御幣が三つあるが、菊理媛命・伊邪那岐命・伊邪那美命の三柱だろうか。
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 石祠。

天神神社(千代田町赤岩)

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 前天神原公民館に隣接して鎮座する天神神社
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 二の鳥居。
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 社殿。
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 山神祠と石塔(お墓かも)、石燈籠。
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 秋葉神社(大正十四年二月)、秋葉神社(昭和六年五月)、不明。

神明神社(千代田町赤岩)

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 県道20号足利邑楽行田線と県道314号古戸館林線の交差する鞍掛工業団地交差点から少し西へ進んで行くと、ユキ工業群馬リサイクルセンターの北東に神明神社が鎮座している。しかし、何故参道の脇が畑になっているのだろう?
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 扁額にはうねうねとした文字が刻まれているが、これで神明宮と読むのだろうか。ここが神明神社であるとわかっていなかったらむしろ聖天宮と読んでしまいそうだ。
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 拝殿の裏に秋葉神社。

筑波神社(板倉町岩田)

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 東北自動車道館林ICの東、国道354号線と国道354号板倉バイパス、県道363号線に囲まれた場所にある、筑波山古墳の頂に鎮座する筑波神社(邑楽郡板倉町岩田2498)。
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 神明鳥居。
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 拝殿正面。
 筑波山両皇大神と天照皇大神宮の額が掛けられている。と言うことは、こちらの御祭神は伊弉諾尊・伊弉冊尊・天照大神か。
 ちなみに板倉町役場のサイトに記載された観光情報を見ると、こちらの神社は神明宮となっている。
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 本殿。
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 筑波山古墳案内板。
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『板倉町指定史跡・重要文化財 筑波山古墳と石室石材および副葬品
 指定日 昭和44年5月29日(筑波山古墳)
     平成14年6月26日(石室石材および副葬品)
 所在地 板倉町大字岩田風張2498
 所有者 筑波山神社
 古墳の全長は53.5m、周堀を含めると70.8mあります。後円部の直径は36m、前方部の幅は約36.5mの前方後円墳です。町内で最大の規模を誇り、原形をもっとも保っています。
 昭和8年(1933)、墳頂部に社を造る際に横穴式石室が見つかっています。石室の形は胴張り型で馬蹄形をしていたことが、館林市赤羽の郷土史家飯塚多右衛門氏の写真からわかります。
 石室の壁は榛名山二ツ岳噴出の軽石(浮石質角閃石安山岩)で築いています。軽石は利根川(現在の谷田川)を流れてきた河原石を面取りして、積みやすく加工したものです。天井石は旗川流域(佐野市出流原)から截り出してきた石灰岩です。
 副葬品は銀象嵌円頭大刀、直刀、鉄鏃、金銅製耳環9個、瑪瑙製曲玉2個、水晶製切子玉9個、馬具などがあります。円頭の大刀の柄頭には亀甲文の中に鳳凰文を、そして鍔には「C]字文の銀象嵌が施されています。
 このように石室を築いていた石材などから筑波山古墳の被葬者の勢力範囲は利根川中流域から佐野市までの広がりをもつと考えられます。
 築造時期は出土遺物などから6世紀後半に位置づけられます。
 平成16年3月』

 ふむ、拝殿前の石燈籠には嘉永二酉(1849)二月吉日と刻まれていたので、創建が昭和八年と言うことではないだろう。現在の社殿が建てられたのが昭和八年と見るべきか。あぁ、そう言えば後円部西側にある「筑波山両皇大神 天照皇大神宮 両社遷宮記念碑」は昭和九年に建てられたものだった。
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 庚申塔(寛政三辛亥歳(1791)正月)、西国百番供養塔、千庚申塔(文政十二年己丑(1829)十月)
 千庚申の文字の右側には「飯成五社大明神」、左側には「吉田殿宗大杦石見正藤原?」の文字が刻まれている。
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 山霊神(昭和九年(1934)八月)、と石祠(天保三壬辰(1832)九月)。
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 遷宮記念碑。
 どこから遷座して来たのかは不明。
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 石室材かな?
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 後円部形状。
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 社殿東側から。
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 以上で6月2日参拝分終了。
 使用機材はK-7にDA15mmとDA35mm Macro、FA50mm。COOLPIX P7100。

赤子稲荷神社(明和町斗合田)

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 斗合田の天神社から北東に向かうと、北と東を谷田川に挟まれた位置に赤子稲荷神社が鎮座している。
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 拝殿。
 基礎コンクリートには平成元年(1989)九月吉日と記されている。
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 石段左側に石燈籠(元文二丁巳(1737)九月)、胡桃下稲荷神社(大正十三年(1924)二月)×2、文化四年(1807)六月と刻まれた石柱。
 胡桃下稲荷と言うことは、茨城県の笠間稲荷神社からの分霊だろうか。
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 石段右側に水盤と石祠。
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 拝殿内部。
 伏見稲荷大社と書かれた白い板が見える。
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 社殿裏に稲荷大明神と稲荷大善神。
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 駐車場は無く、神社前の農道の幅も車一台分しかない。
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 南西から。

天神社(明和町斗合田)

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 谷田川排水機場の北西に鎮座する天神社(邑楽郡明和町斗合田476)。
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 新四国七十一番、青面金剛×2、庚申塔×2。
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 拝殿。
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 本殿。

 近くの堤防に水神宮があったり、薬王寺の境内に愛宕神社があったりするそうだが…うん、後で折りを見て巡ろう。

八坂神社(明和町下江黒)

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 下江黒の長良神社の北西600m程の位置に鎮座する八坂神社
 社号標石は平成十四年(2002)七月に建てられたもの。
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 拝殿。
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 本殿。
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三嶋神社(明和町千津井)

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 江口の諏訪神社から東へ向かうと三嶋神社(邑楽郡明和町千津井515)前に到着。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 拝殿斜めから。
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 左から出羽三山(安政貳乙卯年(1855)仲龝)、出羽三山(天保十四癸卯年(1843)十月)、御嶽山・八海山・三笠山、青面金剛(延宝八庚申天(1680)九月)、金毘羅大権現(文久元辛酉年(1861)九月)、庚申塔(寛政九丁巳(1797)四月)、庚申塔(文化四卯年(1807)十一月)、馬頭観世音(天保十三寅年(1842)三月)。
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 むすっとした顔つきの青面金剛。
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 社殿横の末社群。
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 小天狗、大天狗。
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 愛宕山神社(明治廿五年辰(1892)六月)。
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 不明、辨財天。
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 馬頭観音(宝暦六丙子年(1756)十一月)、道祖神。
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 お狐様。
 稲荷神社が合祀されているのだろうか。

 この近くの堤防に水神宮があるそうなのだが、大まかな場所はわかっているので、後で時間があったら探してみよう。

諏訪神社(明和町江口)

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 利根川の堤防脇に鎮座する諏訪神社(邑楽郡明和町江口1018)。
 社殿新築記念碑には「旧社殿は安政年間(1854~59)の改築にかかるもので、百四十数年を経て老朽化が激しく、よって氏子総会を開き新築することに決定。平成十一年に起工し翌十二年に竣工した」と言うような事が記されていたが、創建時期等は不明。
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 力石。
 文政己卯四月の文字が読み取れるので、文政二年(1819)だろう。
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 狛犬。
 どちらも鼻先が大きく抉れてしまっている。
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 拝殿。
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 子神社。
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 社殿西側から。
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 末社群。
 左奥から長良大明神(昭和二年=1927)、八幡大神・天照皇大神宮(大正二年五月=1913)、前鬼宮、雷電宮、奉納石燈籠一基と刻まれた石塔(宝永四丁亥年=1707)、熊野宮、稲荷宮、神明宮、戸隠大神、不明、天満宮・大神宮・辨財天、不明、不明、水神宮、水神宮(明治五申年=1872)、水神宮、不明。
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 堤防側から。

日限稲荷神社(明和町南大島)

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 県道366号線南大島八軒交差点から東へ進んで行くと、民家の入口脇に日限稲荷神社が鎮座している。
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 すっきりした拝殿内部。
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 南から。

厳島神社(明和町南大島)

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 群馬県立館林商工高等学校の北側に鎮座する厳島神社(邑楽郡明和町南大島322)。
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 上州佐貫荘大嶋郷厳島と刻まれた石塔と道祖神。
 石塔の台座には「昭和五十一年(1976)三月 栗原保朋建之」と刻まれているが、石塔の背面を見ると「文治三年(1187)四月 四郎大夫広綱再建」と刻まれている。んー、これってもしかしてその当時の社号標石だったりするのかな。
 明和町のサイトに「どうろくじんと弁天様」と言う昔話が記載されているが、それはこちらの厳島神社と道祖神のことであるようだ。
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 弁天池に架かる神橋。
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 拝殿。
 大棟には龍を浮彫りにした瓦が設置されている。
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 社殿裏に並ぶ神社標石。これは昭和五十年(1975)に建てられたもので、明治四十年(1907)に合祀された神社の名が刻まれている。
 左から船玉神社、八幡宮、長良神社、稲荷大明神、神明宮、天満宮、菅原神社、八坂神社。

八幡宮(明和町南大島)

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 JA館林市明和カントリーエレベーターの東に鎮座する八幡宮
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 MAPPLEやMapFanには八幡宮と記載されているのだけれど……
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 稲荷神社じゃないの?
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 或いは左側の祠ではなく、右側の祠が八幡宮なのだろうか。
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 観音堂。
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 観音堂東側から。
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 南東から。
 左端の白い建物がカントリーエレベーター。

菅原神社(明和町新里)

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 東武伊勢崎線川俣駅の東に鎮座する菅原神社(邑楽郡明和町新里113)。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 蛙股の部分には龍の彫刻。
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 大正十五年(1926)六月造立の狛犬。
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 参道左手側と拝殿前にある石燈籠……か? 献燈と彫られているので燈籠だとは思うけど。
 左側のものは「嘉永六昭陽赤奮若 龍集九月下荀五日」とあるので1853年、拝殿前のものは元禄十三年なので1700年に造立されたもの。
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 左から明治三十七八年戦役(日露戦争)凱旋記念碑、庚申塔×3、猿田彦大神、庚申塔、出羽三山。
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 末社。
 額の部分は崩れていて読み取れなかったが、隣に明治三十一年(1989)十月の絹笠神社建築寄附連名碑があるので、衣笠神社であると思われる。
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 明和町指定史跡である経塚附石経圓塔を納めた祠。
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 経塚附石経圓塔。
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『明和町指定史跡 経塚附石経圓塔
 昭和五十六年四月七日指定
 所在地 明和町新里一一三番地
 所有者 菅原神社
 新里地蔵寺中興の祖、行鑁上人が疫病退散を祈願、心身を清め一石一字真心を込めて大般若心経を書写し正徳三年(1713)神社の北西に埋めた。
 明和八年(1771)地蔵寺僧慶陳がこの圓塔を建て所在を明らかにした』

 明和町のサイトに「行ばん上人と厄よけだんご」と言う昔話が記載されているが、それがちょうどこちらにまつわる話になっている。
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 中に祠などは無いが、諏訪大明神。稲荷大明神・長良大明神の額が掛けられている。
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 中には参峰山と印刷された紙があるので、三峰神社だろう。

三嶋神社(明和町梅原)

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 邑楽用水路沿いに東へ向かって行くと、東武伊勢崎線高架橋の手前に三嶋神社(邑楽郡明和町梅原261)が鎮座している。
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 参道左手側の看板には社記が記されていたようなのだが、殆ど読み取れない。凹凸は薄く残っているので、拓本を取れば読めそうではある。
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 厳嶋神社(平成十年(1998)七月)と猿田彦大神(明治二年(1872)仲秋)、羽黒山神社。
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 仙元宮の鳥居の左側には水神宮(明和三丙戌(1766)正月)と九頭龍大神(天保七丙申歳(1836)十一月)。
 先程の社記には水波能賣神の名前があったので、水神宮の御祭神は水波能賣神であろう。
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 塚の頂には仙元宮。石段の左右には猿田彦大神と食行身禄霊神、小御嶽石尊。
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 仙元宮北側から。
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 塚の頂から見る末社殿と拝殿。
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 石燈籠の隣には九頭龍大神(天保八丁酉年(1837)十一月)と石祠。
 石燈籠には光明寺英猛代と彫られていたが、どういう意味だろう? 三嶋神社の南東に高野山真言宗光明寺があるのでそちらと関係があるのだろうと言うことは想像できるのだが、英猛代ってなんだろう。
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 手水舎。
 水盤には梅鉢紋が浮彫りにされており、これは拝殿の大棟や賽銭箱にもあったのでこちらの神社の御神紋だと思うのだが、三島神社の御神紋は折敷縮三文字紋ではないのだろうか。由緒がわからないのでなんとも言えないが、元々は三嶋神社ではなく、菅原道真公を祀る神社であったのかも知れない。境内社にも菅原神社があったし、主祭神が変わってしまった可能性はあるかも。
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 拝殿。
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 大正十四年(1925)五月十日造立の狛犬。
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 菅原神社、神明宮、愛宕神社。
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 神楽殿。
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 社号標石横の掲示板に貼られていた巫女奉仕者募集案内。
 巫女さんのバイトってこうやって募集してたのかー。

菅原神社(明和町須賀)

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 明和西小学校の西側500m程の位置に鎮座する菅原神社(邑楽郡明和町須賀63)。
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『明和町指定史跡 菅原神社鳥居
 昭和五十六年四月七日指定
 所在地 明和町須賀六三番地
 この鳥居は元文元年(736)須賀の慶讃上人が献納したもので上人の祈願が柱に深く刻まれている。
 慶讃上人は度重なる利根川の洪水を憂い、人夫と共に堤防修理にあたり、遂には自ら人柱となられた』
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 鳥居の右側に八坂神社。
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 道祖神。
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 参道左手側に戸隠山九頭龍大権現と水神様。
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 拝殿。
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 豊受稲荷神社、神明宮、愛宕神社。
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 長良大明神、羽黒神社、辨財天、妙義神社。
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 御嶽山。
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 諏訪神社と雷電神社。

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