雷電神社(東諸川)

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 西仁連川の西岸、古河三和ふるさとの森の端に鎮座する雷電神社(古河市東諸川734-2)。
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 参道。
 玉垣には嘉永四辛亥年九月吉辰日と刻まれているので、1851年に造られたようだ。また狛犬の後ろの石燈籠には文政十二己丑と刻まれているので、1829年のもの。
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 狛犬。昭和二十二年造立。
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 狛犬。
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 神前敷石供養塔。
 側面には嘉永五壬子天三月廿日建立と刻まれているので1852年のもの。
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 拝殿。
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 末社殿と境内社。
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 シートが掛けられているが、おそらく土俵だろう。

 以上で11月24日参拝分終了。
 使用機材はK-7にDA15mm、DA21mm、DA35mm Macro、50-150mm II。Coolpix P7100。Finepix AX300。
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熊野神社(仁連)

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 仁連江口公民館の隣に鎮座する熊野神社(古河市仁連2348)。
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 拝殿。
 御祭神は素盞鳴尊、櫛稲田姫命、足名椎命。創建時期は不詳だが、享保二年(1717)に妙厳寺境内から現在地に遷座したとのこと。
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 狛犬。
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 横から。
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鷲神社(大和田)

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 大和田公民館の隣に鎮座する鷲神社(古河市大和田796)。
 こちらの神社では本殿に近い方から一、二……と数えていくようなので、これは四の鳥居。
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 三の鳥居。
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 二の鳥居。
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 町道を挟んで一の鳥居。
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 庚申塔、浅間大神、蚕影神社。
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『鷲神社改築記念之碑
 平成二年桜花咲き誇る時木香四囲に漂い全社殿一新の世紀の大事業は完成しました。
 立案以来四年鳩首会を重ねること数十度氏子の熱意と奉仕に支えられ更には字出身者始め篤志者各位の協賛を得ての映えある結実であり御神徳の崇高と併せ慶賀の至りであります。
 當社の歴史は古く慶長年代(1596~1615)に遡ります。香取神社八坂神社等字内に散在せし由緒ある二十数社を合祀し、大字の守護神として代代祭祀して参りました。御神徳も農耕の神として霊験あらたかであると崇められております。また當社には磐戸神楽・祇園囃子等の民俗文化の伝承もあります。しかし昨今社殿の老朽化著しく憂慮されておりました。今回敬神の念篤き氏子の総意により全面改築に踏み切られたことは時期を得た決定でありました。また実施に當っては多額の浄財奉納・委員会の慎重かつ堅実な運営・建築業組合の見事な設計施工と関係各位の一糸乱れぬ連携は後世に範たるものでありその素晴らしい姿は大字あげての団結の姿であって称賛に値するものであります。
 竣工にあたって其の労をねぎらい、その快挙を称えると共にご神威の益々盛んに各家々の彌栄えに栄えますことをご祈念申し上げます。
 平成二年三月二十五日』
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 参道左手側に額殿。
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 参道右手側に神楽殿。
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 拝殿。
 御祭神は天穂日命で、経津主命と素盞鳴命が配祀神として祀られている。鷲宮神社からの分霊だが、正徳二年(1712)に資料が焼失してしまい、創建時期などは不詳。残った資料によると、宝永五年(1708)に管領卜部朝臣より宗源宣旨「正一位鷲大明神」の極位を授かったとのこと。

相殿及攝社
 香取神社 慶長五年(1600)建立。
      寛保三年(1743)二十五里寺へ。明治四十一年合祀。
 八坂神社 寛永年間(1624)当字上区に鎮座、合祀。
 八幡宮(摂社) 祭神 品陀和気命 寛保三年。
 山王宮(摂社) 祭神 猿田彦命
末社
 鷲神社従来からの末社
  熊野社、愛宕社、竃社、十二天宮、稲荷社。
 当字東部等に鎮座せるものを明治二十三年合祀する。
  稲ノ宮、天満宮、諏訪社、竃神社、大日留女命
  雷電神社(万治三年(1660)建立)、愛宕社、稲荷社
 香取神社末社 明治四十一年同時合祀(二十五里寺)
  天満社、浅間社、雷電社、稲荷社、日光社
境内社
 三峯神社(三峯原)、蠶影神社(蚕業組合建)
祭典
 元旦祭  一月一日
 春大祭  四月四日 磐戸神楽奉納(県・町無形民俗文化財指定)
 八坂祭典 七月七日~二十一日 神輿渡御
 秋大祭  十一月二十三日
 大祓祭  十二月三十一日

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 狛犬。
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 本殿。
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 三峯神社と倉庫。

鷲神社(稲宮)

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 宮戸川東岸に鎮座する鷲神社(古河市稲宮836)。
 駐車スペースは無いので、鹿島香取神社の駐車場に車を置いてそこから徒歩で。
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 二の鳥居。
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 三の鳥居。
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 拝殿。
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 石祠。一文字目部分が崩れ落ちてしまっているので、水神宮なのか大神宮なのか天神宮なのかわからない。側面には万延元庚申年九月吉日と刻まれているので1860年のもの。
 その左側の石柱には享保十二年未十一月九日稲宮惣村中と刻まれているので1727年のものとわかるが、これがなんなのかがわからない。

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 鹿島香取神社と鷲神社の間にあるカーブ脇に鎮座する青面金剛
 延宝八申年十月吉と刻まれているので、1680年のもの。

正常寺(関戸)

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 関戸交差点のすぐ南側、関戸田園都市センター(古河市関戸906)の隣に位置する正常寺。
 神社かと思って立寄ってみたのだが、額が掛かっておらず、帰宅後に地図を見たらお寺だった。ググってみても詳細は不明。
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 古河市有形文化財である石造宝塔を収めた六角堂。
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 宝塔の案内板。
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 宝塔。東側から。
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 宝塔。西側から。
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 地蔵尊、十九夜塔、庚申塔、青面金剛など。
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 青面金剛。

八幡神社(関戸)

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 茨城県道190号境間々田線関戸交差点の西南に鎮座する八幡神社(古河市関戸1159)。
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 狛犬。
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 拝殿正面。
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 斜めから。
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 稲荷神社と合祀記念碑、神社移転碑、改築記念碑。
 神社移転碑は旧字や異体字が多く、IMEパッドでも表示できないのでパス。
『合祀記念碑
   正三位子爵土井利與篆額
欲治一國社先治一郷欲治一郷者先治一村也是神明助之以鎮守又加之以諸神是我國體之
所令然而所以有神國之名矣神明者何聖君統御之賢臣補翼之天下平四時行後人欽仰其遺
徳遺烈祭其英靈者居夛星移月變源遠而末漸兮今也世上見往生廢頽而不修有甚不留其形
跡者於是乎晨内務省之出合併令也各地争據其旨行合併岡郷村大字関戸氏子又相會協議
明治四十三年九月請官許大正二年七月二日被允許乃相地村社八幡神社西側祢祀無格加
茂社外十三焉其元社地墾成畑立木伐採得金壹千圓皆編之神社基本財産計益以充之脩理
之費云可謂敬神愛國之道完備也初合併之儀起也氏子惣代長島弥平次故関仙之助矢口惣
三郎関政吉常設委員長島熊三郎関口新兵衛関根五左衛門諸氏從時其勞不少就中如弥平
次新兵衛両氏充與有力云今茲氏子醵金欲立碑以傳所由来乞余攵余喜其同意之厚記所聞
且附以各社名称及事項社豈唯後世参考哉 
加茂社字八幡浦二二五番山林五畝六歩  雷電社字東溜上一三七二番山林二畝五歩 
藏王社字藏王三二三番山林二畝廿四歩  雷電社字同所一三七四番山林六畝九歩
嚴島社字本門九令九番山林五畝廿四歩  嚴島社字東澑下一四一五番山林二畝廿六歩
天神社字本郷九三四番山林五畝歩    雷電社字中道下一七令二番山林二畝歩
神明社字同所九二二番山林五歩     雷電社字同所一七令七番山林一七歩
雷電社字坊字九九四番山林二畝廿八歩  稲荷社字稲荷山一五九二番山林八畝六歩
大日社字大日一二四四番山林八畝一四歩 八幡社字新開一八七八番山林一畝歩
大正四年乙卯四月』
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『八幡神社改築記念碑
   神の恵み 祖先の恩 天の時を得
   人の和を以って 茲に新たなる歴史刻さん
 吾が鎮守八幡神社の御祭神は誉田別命に在られ、勇武、清浄、大愛と其の御神徳崇高にして豊穣、泰平、家内安全の守護篤く萬民を潤しおられた。
 然し神社創建については詳らかではないが、伝説によると往古此の地の附近西谷の地に鎮座在りと云う。
 中世以降下大野関戸同一村落時、両村中心地、下大野明地に下大野香取神社と共に同殿に配祀され同一祭典行事を行っていたが時勢の変遷を経、新町村制度による分村に伴い明治二十八年分社し中央なる此の地へ移転鎮座ましまし敬神の念篤き祖先の献身的努力ありて壮麗なる神域を整えられた。
 秋の祭典には古典舞楽獅子舞が奉納され大いに賑わった。
 大正二年神社合併令により、古来より各所に祀られし由緒ある神社十四社を合併する、厳島神社二社、天神社、八幡社、大日社、神明社、蔵王社、加茂社、雷電社五社、以上十三社合社殿を建立し合祀する。稲荷社は社殿の彫刻等後生に残すべく雨屋内に祀りその御神恵と併せ一段と神威を崇め更に社務所、宝物庫を建設し代々営繕祭祀護持振興に務めて今日に至りましたが移転以来一○○年の歳月を経各社殿とも老朽化拒めず懸案久しく改築の気運高まり平成四年三月氏子総会にて改築の議決議し厳粛なる感慨のもと熱烈なる各位の昼夜に亘る委員会、総会等慎重協議重ね順行、事業実施に伴う主なる行事等、視察、神社庁への申請各お祓い、各地鎮祭、仮殿遷宮祭、各社殿建物解体、各上棟祭、特に各建物解体には氏子全員による労力奉仕にて行われ敬虔にして惜別の念抱きつつ励む様は純粋なるものであった。
 社殿上棟祭には氏子全員参加し、弓矢、幣串飾り、宮司お祓い、祝詞奏上、氏子玉串奉莫、餅投げ行い老若集いて盛況を呈し奉祝の気満ちて祝宴催し盃を交わす。
 全ての施工に際し氏子全員の交替による建設立会当番を実施す。又信仰篤き氏子よりこの事業を支援すべく自主奉賛金申し合い賛同を得、氏子はもとより多くの篤志者より多額の浄財品を賜りその貢献大であります。
 改築建設資金に関しては神社基本財産にて賄うこととし更に氏子及篤志者よりの浄財とを以て建設費とする。
 改築建設工事概要 本殿幣殿拝殿、合社殿、玉垣、社務所、鳥居、参道改修、記念碑
 この改築建設施工に当っては請負者を中心に各業者よく連携を密にし誠心誠意精進され所期の成果を収めされた。
 斯くして氏子を始め関係者の三年に亘る相互信頼のもと全力を傾注一致団結し計画通り完成す。
 昭和から平成へと熱き思い実りて平成の大業は茲に成就。氏子崇敬者大慶感悦無量なり。時に平成六年秋祭礼の日、落慶遷宮祭挙行に際し敬神尊崇の高揚と宏大なる御神徳を拝し、国益々の隆盛と当地の平安を祈り氏子崇敬者の弥栄を祈願し記念とします。
 平成六年十一月吉日』
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 宝物庫と合社殿。
 合社殿の中には左から五雷電神社、加茂神社、蔵王神社、神明神社、大日社、八幡神社、天神神社、厳島神社が祀られている。
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 円光大師・弘法大師、稲蒼魂命。

鹿島香取神社(下大野)

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 宮戸川西岸に鎮座する鹿島香取神社(古河市下大野326)。
 県道190号境間々田線中央小学校入口交差点のそばにも鹿島神社があるが、そちらはゲートが閉じられていて参詣できなかった。
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『神楽記念
上古従以靈験顕著名高鹿島大神祭事者於爾来神
苑最古雅平野覺助流奉納而獅子舞奉神意慰同時
於祈念御神威廣大無邊尚徴口傳寛永年間下野國
日光東照宮砌地鎮祭古河領主以招誘登晃爲惡魔
退散奉仕獅子舞意大拍賞讃援與于天下一稱号今
日光輝燦爛金銘獅子頭大旌幟者物語其餘芳可謂
付寶也斯如有史者皆之當時賜賚舞人努力不外其
芳名不詳者甚遺憾極也後世證社記舞者昭和御代
得繼續依其沿革列叙奉仕者氏名碑蔭後人之示云
爾   昭和五年十一月十五日 柳田社掌認識』
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 狛犬。
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 狛犬。
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 拝殿。
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『合祀記念
敬神奮武者治國之要道而建國大本也故敬神之義明者民行忠孝之美徳勇武之教盛者起士義勇
奉公之氣象以如上精神効力國家得富強之實不發揚蓋我皇神等深盡御心而所以培養此大本也
然而鎮座此處者我國將師之始祖合祀武甕槌命於經津主命乎社而雖不詳其創立年代按社記靈
元帝延寶四年七月號鹿島大明神至東山帝元祿十四年九月賜香取社正一位及金幣同寶永二年
十二月神祇官長卜部朝臣兼敬叙鹿島社于正一位至櫻町帝延享二年九月鹿島香取兩社神旨状
時之惣代下附其後経幾多之星霜至明治九年古神領悉編入于官有地同三十二年境内國有林三
町二段餘歩之地起縁故拂下之議哉氏子惣代献身的努力與有地諸彦援助得貫徹其素志同四十
一年奉祀各所無格社合祀本社當時憂傾殿宇荒廢氏子胥謀而奉納土地及金圓改修之為極結構
壯嚴加之寄進而拂下地充本社基本財産此擧實可謂盡敬神真心者柳鹿島香取之二神社奉天照
大神之勅乎天下乱而奉降天孫事蹟者徴古典昭々故氏子常崇拝該社祈子孫繁榮無災異於此以
神澤報恩之意奉納鳥居及敷石及成其功之欲建設記念碑来而余請文余不顧淺學而該社之沿革
略叙碑蔭傳之不朽云爾
昭和三年十一月十五日』
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 境内社なのか倉庫なのか、んー、なんだろう?
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 人のような顔つきの狛犬。
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 浅間大神。
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 西の鳥居。
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 延命観世音。
 不動明王と毘沙門天の名も刻まれている。
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 西参道。
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 狛犬。
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 社殿改築竣工記念碑。
『鹿島神社々殿は大正三年改築以来六十余年其の間再三補修致せしも社殿の老朽甚だしく昭和五十年十一月氏子の総意に依り改築を計画し神社所有の土地を売却して費用に充当す。当時の神社の所有財産は昭和二十三年自作農創設特別措置法に依り田畑三丁二反二畝余歩を開放し他に山林原野五反余歩を所持す内一部浅間社の跡地一反余歩を売却すべく五十一年十二月末埋立を完了し県神社庁並に神社本庁に処分の手續きを申請、五十三年五月十五日本庁より認可を受く直ちに分筆売却登記完了。仝年七月改築着手十一月竣工。十一月十五日遷宮式を行う。この改築を祝し勲四等元茨城県議会議長総和町名誉町民塚田義一氏西参道に大鳥意を奉納さる』

雷電神社(下大野)

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 古河市下大野の雷電神社
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 拝殿。
 左側に石祠が見えるが、何神社なのかは不明。
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香取神社(駒羽根)

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 駒羽根集落センターの隣に鎮座する香取神社(古河市駒羽根207)。
 香取神社の拝殿から200m程南に一の鳥居。
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 二の鳥居。
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 三の鳥居。
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 狛犬。昭和十七年四月の造立。
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 拝殿。
 水盤には文久紀元辛酉九月十五日駒羽根村氏子中と刻まれているので、少なくとも1861年以前からはこちらの神社はあったのだろう。
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 社殿東から。
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 香取神社と駒羽根集落センターの間に雷電宮。
 石燈籠の側面には天保十二年丑九月吉日と刻まれているので1841年のもの。
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 雷電宮脇に秋葉山社。
 側面には慶應三丁卯四月と刻まれているので1867年のもの。
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 左から力石、大師祠、観音堂。
「駒羽根観音堂 葛飾坂東霊場十一番札所 十一面観世音菩薩 久松山 浄林寺 曹洞宗」と書かれた板が掛けられているので、十一面観音を祀っているのだろう。
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 十九夜塔と青面金剛。
 左の十九夜塔は昭和五年(1930)、右の十九夜塔は大正十三年(1924)の造立。
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 青面金剛。
 天明元年(1781)十一月造立。

八坂神社(磯部)

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 セブンイレブン総和女沼店の西南に鎮座する八坂神社(古河市磯部2)。
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 拝殿。
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 稲荷社。
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 庚申塔や十九夜塔が並んでいる。

香取神社(下辺見)

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 国道354号線脇に位置するセブンイレブン古河下辺見店横の道を南に入って行くと香取神社(古河市下辺見450)が鎮座している。
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『香取神社大鳥居大震災破壊記念碑
 平成二十三年三月十一日の東日本を襲った大震災の影響により下辺見香取神社の一の鳥居、二の鳥居が破壊され歴史の重みを痛感する。一の鳥居は天保三年(1830)、二の鳥居は文政七年(1818)に夫々献納。残念ながら破壊された二基の鳥居は後世に残すため中枢をなす柱の部分を切り離し保存することに。他にも二連式の木の鳥居が並んでいたが老朽化が進み危険なため撤去した。
 大鳥居献納にあたり大震災で破壊された未曾有の出来事を風化させない為に記念碑に書き残す』
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 末社殿。
 左から天神社(祭神 菅原道真命)、雷電社(祭神 別雷命)、稲荷社(祭神 倉稲魂命)、山神社(祭神 大山祇命)、三峰社(祭神 伊弉諾尊・伊弉冉尊)。
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 狛犬と拝殿。
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 御神木記念碑。
『御神木の由来
 約三百年前氏子により日光街道松並木植樹の記念として植樹したとの言い傳ある大きさ目通り一丈高さ約七十間の黒松の大木であったが何十年来の大干ばつのため松食虫の大発生により全國的に大被害をこうむった。氏子が事あるごとに請願した由緒ある御神木であったが、氏子の願いも空しく被害をこうむり、伐採のやむなきに至り競売により六拾参万八千円で売却す』

愛宕神社(明和町斗合田)

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 帰宅途中、そう言えば薬王寺の境内に愛宕神社があるんだったっけなー、通り道だし寄ってみるかと思い、愛宕神社へ。
 正面奥にあるのは斗合田集落センター(邑楽郡明和町斗合田132)。本堂が見当たらないなと思っていたのだが、駅探の地図を見ると、集落センターの隣にある建物が薬王寺であったようだ。それの前に駐車していたのに、全然気付かなかったわー。
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 馬頭観音や十九夜供養塔、地蔵菩薩、青面金剛、庚申塔などが並んでいる。
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 愛宕神社。
 塚の部分は古墳であるのだそうだ。
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 本殿。
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 愛宕神社古墳の向かい側にも祠があるのだが、何神社なのかは不明。
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 大日如来祠と薬師瑠璃光如来祠。
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 集落センター西側の十字路脇に鎮座する祠。
 何神社なのかはわからないが、畑の隅にあるので稲荷社かな。

 以上で11月3日参拝分終了。
 使用機材はK-7にDA15mm、DA21mm、FA28mm、DA40mm、50-150mm II。Coolpix P7100。

三峯神社(下大野)

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 茨城県道190号境間々田線と県道250号古河総和線の合流する下大野交差点から北東に向かって行くと、三峯神社が鎮座している。
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 三峯神社。
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 湯殿山神社と大師祠。

香取神社(久能)

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 宮戸川西岸に鎮座する香取神社(古河市久能333)。
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『庚申尊
 祭 神 猿田彦大神
 御神徳 郷土繁栄・五穀豊穣
 元文五年庚申年(1740)十一月建立』
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 一の鳥居。
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 二の鳥居。
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『香取神社由来
一、鎮座地  総和町大字久能三三三番地(現 古河市久能333)
一、祭 神  経津主命
一、祭 祀  一月一日(祈念祭) 十一月十五日(感謝祭)
一、由緒沿革
 (1)享保二年(1717)十二月八日、京都より遷宮す
 (2)明治六年(1873)四月一日、正一位香取大明神村社に列格
 (3)明治四十三年(1910)秋、台風に依り拝殿大破損。
    翌年氏子八十余戸により再建する
 (4)昭和六年(1931)屋根替工事(茅葺)その後数回破損部を修理する
 (5)昭和二十七年(1952)十二月一日、宗教法人設立する
 (6)昭和五十四年(1979)、茅葺屋根トタン覆いする
 (7)昭和六十三年(1988)十一月、参道敷石並び記念碑建立する
 (8)平成二年(1990)十一月吉日、境内整理大嘗祭記念植樹する』
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 平成九年(1997)十一月奉納の狛犬。
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『本殿造営記念碑
 抑ここに鎮座致します祭神は、文献と記録に依ると宝永五年(1708)に氏子の強い願いにより、香取大明神・八幡大菩薩の二柱を祭神として祀り更に享保三年(1718)、当時の組頭、梅田太郎兵衛殿が単身京にのぼり、朝廷に願って正一位と御神体を賜り、以後十二年の歳月を費やし享保十五年(1730)信心氏子七十三戸の努力に依り神社を造営し久能村の鎮守として氏子の信仰を集めて参りました。尚、此の神社には年代不詳なるも正一位稲荷大明神が合祀されています。
 明治四十三年(1910)の台風にて拝殿が倒壊し、大正初期に現在の拝殿が造営されました。当時の先人達の苦労が偲ばれます。
 櫻井村当時は村社として学童をはじめ多くの参拝者がありました。
 此の度、本殿改築を計り氏子と郷土出身の有志の方々の御協力により完成することが出来ました。氏子の誠心を永久に稱えると共に社運の益々の興隆を願って此の碑を建立いたします。
 平成十二年十一月吉日』

 二の鳥居脇の由緒書きには御祭神は経津主命の名しか記されていなかったが、元々香取神と八幡神が祀られており、後に稲荷神も合祀したことで、現在は三柱の神を御祭神としているようだ。
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 昭和十九年(1944)十一月奉納の狛犬。
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 拝殿。
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 水神宮。
 御祭神は水速女命。
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 雷電神社。
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『雷電神社由来
一、祭神 大雷神
一、神徳 旱害・天災・悪病除い
一、由緒沿革
  (1)創建年は不詳なるも明治五年(1872)以前は久能一○一五番地(小字雷電)
    に鎮座し有るを明治六年香取神社村社列格に伴い合祀された
  (2)平成二年(1990)二月当氏子三百有余戸の浄財六十万円余にて奥殿改築遷
    宮した』

雷電神社(葛生)

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 大川を挟んで茨城県立総和工業高校の西側に鎮座する雷電神社
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 板倉雷電神社からの分霊であるようだ。

香取神社(葛生)

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 葛生農村集落センターの南側に鎮座する香取神社(古河市葛生1253)。
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 二の鳥居。
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『香取神社改築記念碑
 平成十七年(2005)稔りの秋、豊穣に恵まれ秋季収穫大祭に社殿一新の世紀の大事業は竣工しました。
 当鎮守香取宮は、経津主命、誉田別命(応神天皇)二大神を祭神とし、敬神の念篤き祖先の献身的努力ありで祭祀され、壮麗なる神域を整えられ地区の繁栄と諸願成就祈願等、御神徳を尊び集落住民こぞって崇拝し護持されて来ました。
 文献に依ると歴史は古く遡ります。八幡社は文和元年(1352)磯玄蕃正純が祈願所とし、紀伊国熊野より名木を取り寄せ田地を寄進したと伝えられる。
 社殿の創立年代不詳なれど、境内には元禄五年(1692)庚申塔を祀られ、享保七年(1722)手水石が供えられ、この頃と想像される。依って永年の歳月、風雪に耐え、幾多の修復を施し乍らも老朽化著しく改修不可能の現状となり、社殿を拝するに忍びず懸案となって広く氏子中に諮り、敬神の念篤き総意に達し、約五年の月日を要し機会ある毎に其の英知を募り、前面改築の英断から鳩首会を重ねる事数十度、社会情勢極度の不況乍ら、氏子崇敬者の熱意と好条件に支えられ、更には当地出身者等篤志者各位の協賛を得ての映えある結果であり、御神徳の崇高と併せて慶賀の至りであります。
 又、当神社は明治六年(1873)村社に列格。境内神社に大杉神社、天満神社、猿田彦大神を祀り、同四十一年(1908)地区内に散在した由緒ある雷電神社、神明神社、鷲神社、磯前神社、太神社、稲荷神社、大正二年(1913)唐土神社、八坂神社計十一社合併合祀。昭和二十七年(1952)十二月一日宗教法人設立す。元より無病息災、家内安全、来福開運の神として霊験あらたかであると崇められております。
 実施に当っては多額の尊い浄財奉賛、委員会の慎重かつ堅実な運営、施工に付いてはおおむね地区内の技能を活かしての設計施工、関係各位との綿密な連携は葛生あげて一致団結の姿であります。工事完成においては其の労をねぎらい、その快挙を称えると共に、先人の努力に報い後世の安泰、御神威の隆昌と皆々様の弥栄を祈念してこの碑を建立するものであります。

神社概要
 鎮座地  古河市葛生一二五三番地
 祭 神  経津主命
      誉田別命
 境内神社 大杉神社 猿田彦大神 神明神社 磯前神社 稲荷神社 八坂神社
      天満神社 雷電神社  鷲神社  太神社  唐土神社
 例祭日  二月七日
 仝大祭  十一月二十三日』
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 狛犬と拝殿。
 狛犬は手前のものが平成十七年(2005)十一月、奥のものが昭和十六年(1941)十月のもの。
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 末社殿。
 左から青面金剛、不明(天神宮かも?)、水神宮。神明神社、雷電神社、天満神社、唐土神社、稲荷神社、磯前神社、鷲神社、太神社、八坂神社、大杉神社、猿田彦神社。
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 青面金剛(元禄五壬申天(1692)九月)と……なんだろう、天神宮かな。よくわからん。右端は水神宮。

愛宕神社(柳橋)

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 厳島神社から西へ向かって行くと、愛宕神社(古河市柳橋752)が鎮座している。
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 古河市指定無形民俗文化財である柳橋磐戸神楽の案内板。一月一日の歳旦祭と十一月二十三日の神楽奉告祭の際にこの神楽が奉納されるとのことだが、十一月二十三日って再来週だなぁ。
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 二の鳥居。
 島木部分に、丸に橘紋が付いている。
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 参道左手側に石祠。何神社なのかは不明。
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 狛犬と拝殿。
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 神楽殿。
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 本殿裏にはお狐様に挟まれて石祠が二基並んでいる。左の石祠には大黒天、右の石祠には布袋尊の像が置かれていた。
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 お狐様。
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 末社。
 左の祠は大棟にΩのような形のレリーフがあるが、はて、なんだろう。

厳島神社(新和田)

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 大川の西岸に鎮座する厳島神社(古河市新和田437)。
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 左から浅間大神、猿田彦大神、浅間大神×3、不明、天津祖猿田彦大神。
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 庚申塔。
 右のものは寛政十二年庚申十一月吉日と刻まれているので1800年のもの。
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 拝殿兼社務所。

日枝神社(北山田)

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 大川用排水路の東岸に鎮座する日枝神社(古河市北山田273)。
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 一の鳥居。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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『日枝神社
鎮座地 茨城県猿島郡三和町大字北山田二七三番地(現 茨城県古河市北山田273)
祭 神 思兼命
     高皇産霊神御子。深慮遠謀智慧判断の御神徳をそなえ給う。
配 祀 猿田彦命、底津蒼海命、大日霊命
合 祀 水神社、旭神社、大杉神社を合祀し、明治三十九年(1906)現在地に総代、
   氏子奉仕して遷座。
祭 祀 例祭、北山田氏子により日枝神社秋祭を行う。十一月十五日。
由緒沿革
 延喜三年(903)四月十九日近江国志賀郡坂本村山王大権現の分霊を勧請し北山田部落の鎮守として奉斎。山王大権現と尊称しておったが明治二年五月、日枝神社と改称。
 明治六年(1873)四月八日村社に列格。
 昭和二十七年(1952)十一月二十四日宗教法人設立』

 何故に御祭神が思兼命なんだろう。近江国志賀郡坂本村と言うのは現在の滋賀県大津市坂本町で、そこの山王大権現と言うことは日吉大社のことだろうから、御祭神は大山咋命と大己貴命になりそうなものなのだが。
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 朝日神社と水神宮。

八坂神社(東山田)

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 八坂神社から北西に向かって歩いて行くと、民家に挟まれる位置に鎮座している八坂神社……の筈。
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 地図には八坂神社と記載されているのだが、薬師如来と書かれた扁額が掛けられている。薬師如来の垂迹神は素盞鳴尊だから、神仏判然令の際に八坂神社に変ってしまったのだろうか。

八坂神社(東山田)

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 宿集落改善センターの隣に鎮座する八坂神社(古河市東山田400)。
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 庚申塔と十九夜供養塔。

三日月神社(東山田)

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 茨城県道56号つくば古河線と県道125号中里坂東線の合流する東山田交差点から少し東へ向かうと、篠原商店脇の道端に三日月神社の看板があるので、そこを入って行くと民家の脇に三日月神社が鎮座している。
 庭にいたおばあさんに話を聞いてみたら、この神社はこちらの家の方が先祖代々お祀りしているものだそうで、栃木県にある三日月神社にお参りに行かれたこともあると言うことなので、そちらの方からの分霊なのかも知れない。また、この日は自分の他にもこちらにお参りに来られた人がいたそうなので、広く崇敬されているのだろう。
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 案内板。でも創建時期や由緒等は書かれていないのでよくわからない。御祭神は月読尊だろうか。
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 篠原商店(東山田3999-2)の敷地の端に鎮座する大師祠。その後ろに三日月神社の看板が見える。
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 こちらの自販機で少しコーヒーブレイクを取り、次の神社へ。

東山田香取神社(東山田)

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 大綱農村公園内に鎮座する東山田香取神社(古河市東山田4772)。
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『東山田香取神社改築記念碑
 当社は、国土平定、国家鎮護の神霊・経津主命を鎮斎する下総国一の宮・香取神宮(千葉県香取市に鎮座)の御分霊を奉斎して、当地域の鎮守様としたものです。創建は不詳なれど、元禄十三年(1700)銘の御神宝の奉納幣束(奉修香取別当桜昌院住職阿闍梨覚俊建之)、あるいは文化十四年(1817)銘の別当香取山桜昌院現住法印ならびに三ヶ坪氏子中が奉納した「香取大神宮」扁額などの遺品から推測すると、今からおよそ三百五十年前の江戸時代前期には創建されたと考えられる御社であります。
 此の度本殿・拝殿等の老朽化に伴い、氏子一同の総意により前面改築と相成り、建設委員会を構成して御浄財を募り、厳か、かつ麗しく社殿および社務所新築を決定し、平成十六年(2004)六月より積立金および篤志寄付を開始し、三ヶ年の募金による建設を計画しました。
 平成十七年十月五日地鎮祭を施行、平成十八年十一月二十六日、御神徳を仰ぎ称え慶び沸き出す中に竣工、奉告祭を挙行し、奉祝・祝賀の宴を催すに至りました。今般の事業完遂は、御祭神の御加護と氏子崇敬者皆様の御奉賛の誠を捧げたことによるものであり、茲に益々の御神徳の発揚、地域発展、子孫繁栄を祈り、関係各位の御芳名を記し永く後世に顕彰するため記念碑を建立するものです。

 明治  六年 東山田村社
 明治二十二年 八俣村社
 明治二十七年 神社法人設立
 昭和五十三年 農村公園指定

神社概要
 鎮座地 古河市東山田四七七二番地
 御祭神 経津主大神
 合祀社 天満社 日枝神社 山神社 雷神社 稲荷神社
 財 産 境内地 六二三三平方メートル
 社 殿 本殿 拝殿 社務所 八三・六三㎡(二五・二五坪)
 祭 礼
  天神祭  一月二十五日 六月二十五日
  春 祭  三月 十五日
  秋 祭 十一月二十五日
  大 祓 十二月二十五日』
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 拝殿と社務所。

今宮神社(東山田)

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 古河市立八俣小学校の東側、赤松公民館に隣接して鎮座する今宮神社(古河市東山田1901-1)。
 車止めがあるので車では表から入れないが、裏に回り込めば境内に乗り入れられる。
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 拝殿。
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 三宝荒神。
 丸に橘紋が付いているが、井伊氏にでも縁があるのだろうか。
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 加波山神社と青面金剛塔(文政七庚申(1824)霜月)。
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香取神社(東山田)

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 八坂神社から少し西へ歩くとすぐに香取神社に到着。
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八坂神社(東山田)

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 茨城県道17号線と県道126号線の合流する谷貝東交差点のやや南東に鎮座する八坂神社(古河市東山田2316)。
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 拝殿。
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 神輿殿。
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 山神三社・聖徳太子祠。

福原稲荷神社(東山田)

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 福原農村集落センター(古河市東山田2611-1)の脇に鎮座する福原稲荷神社。
 社殿脇の新築記念碑には平成五年七月二十八日と刻まれているので今から19年前、1993年に建てられたものであるようだ。創建時期や由緒は不明だが、笠間稲荷の神璽が見えたので笠間稲荷神社からの分霊なのだろう。

三王神社(東山田)

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 荒川商店(古河市東山田3141)の東側、小立野公民館に隣接して鎮座する三王神社
 ググってみても詳細は不明だが、三王は山王の変化したものだろうなぁ。
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 拝殿。
 左側に見える祠には雷電神社・大杉神社と十六夜念仏供養塔(元文二丁巳天(1737))が納められている。
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 社殿裏に天御中主大神・神伊弉冉那美大神・神伊弉冉那岐大神・高御結大神・神御結大神・天照皇大神・素盞鳴大神。

香取神社(谷貝)

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 茨城県道17号結城野田線と茨城県道126号尾崎境線の合流する谷貝交差点のやや南に鎮座する香取神社(古河市谷貝686)。
 こちらも香取神社と八幡神社が合祀しており、香取八幡神社と呼ばれることもあるのだそうだ。御祭神は経津主命と誉田別命。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 社殿斜めから。右側の部分は社務所かな。
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 御神木の榎。
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 社殿の裏手に回ると境内社などが並んでいる。
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 左から天満宮、神明社、辨財天、稲荷大明神。
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 富士塚。
 塚の周囲に七つの浅間大神、塚の頂に浅間神社。
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 左から熊野神社、雷電社、庚申供養塔、庚申塔、青面金剛。
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 享保拾四年十月十九日と刻まれているので1729年造立の青面金剛。
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 左から……あー、なんだろうコレ。庚申塔かな。その右横に地蔵菩薩、倶利迦羅大龍、二十三夜待塔(正徳三癸巳年(1713)九月)、巳待塔(享保七壬寅年(1722)三月)、庚申塔(延宝八庚申年(1680)十一月)。
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 ググってみたら、御幣を担いだ一猿の庚申塔というものと同種のようだ。神奈川県横須賀市のみに見られるタイプのものであるらしいのだが、その辺りから移り住んで来た人達が奉納したものであろうか。享保年間に造られているのも特徴の一つであるそうだが、こちらのものもまた享保元丙申天九月四日と刻まれているので、1716年に造られている。
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 元禄八年(1695)十一月造立の地蔵菩薩と享保七歳在壬寅(1722)五月造立の倶利迦羅大龍。
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