貴船神社(寄居町用土)

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 寄居町立用土小学校の東側に鎮座する貴船神社(大里郡寄居町用土2857)。
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 由緒書き。
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『伊勢神宮第62回式年遷宮記念 貴船神社「本殿の屋根瓦修理・旗竿の新調」事業記念碑
 むらの鎮守である貴舩神社の創建は 天平元年(巳年・西暦七二九年)三月とあり 「村社貴舩神社誌」では貞観年間(八五九年~八七七年)のこととある
 以来 千三百年に及ぶ歴史の中で代々の氏子・崇敬者は高龗神と闇龗神の二柱をお祭りしながら そのご加護を感謝してきた
 現在の社殿は定かではないが 江戸時代に建立されたものと思われる その後三~四百年程が経過し 大正・昭和の時に修理・修復をしてきた証が随所に見られる しかし長年の度重なる風雪に晒された事で 本殿の屋根瓦が著しく破損し 雨漏りや神事が中断されるという不都合や檜旗竿の破断が生じ修復不能のため 新調が急務になった
 この度 伊勢神宮第六十二回式年遷宮記念の一環として貴舩神社「本殿の屋根瓦修理・旗竿の新調」事業を立ち上げた
 その結果多数の氏子・崇敬者の方々の敬神の心とご協力によって多大な温かい御浄財をお納め戴いたことにより 修理・新調事業を実施
 神明奉祀の誠を具現化できた
 平成二十六年四月二十日 目出度く完成報告会が厳かに催行された
 ここに「貴舩神社修理・新調記念碑」を建立し概要を記して後世に伝う
                 平成二十六年四月二十日
                    宮司 田村哲夫 撰文』
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 拝殿。
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 昭和十五年四月十九日造立の狛犬。
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 斜めから。
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 んー、なんだろう。神輿殿かな?
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 地神碑を中心にいろいろと。
 ところでこれ、地神碑と社日碑のどっちで呼ぶのが正しいんですかね。どっちでもいいのかも知れないけど。
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 庚申、仙元、天神の文字が見える。
 義勈(勇の異体字)と刻まれたきのこのような形のこれは……なんだろう。石燈籠だろうか。
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 青面金剛。
 元文二丁巳天四月二日と刻まれているので1737年の造立。
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 神楽殿。
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 方水庵梅布翁碑と刻まれているが、誰だかわからない。いやまぁ由緒書きに書いてあったけど。それよりも奥に見えるトトロのようなものに目を引かれる。

 以上で7月25日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA20-40mmと50-150mm II。K-7にFA28mm。X30。
 さて帰ろうかと思い、シートの後ろに放り込んでおいたバッグを取り出そうと思ったら……無い。暑いからと何箇所かで窓を開けたまま駐車して撮影していたから、その間に置き引きされたようだ。バッグの中にはウェットティッシュとポケットティッシュ、単三電池、筆記具くらいしか入れてなかったので特に痛いと言うことはないのだが、それなりにショックではある。見え難い場所に置いておいたのに、よくまぁ見つけていくものだ。それほど車から離れるわけではないとしても、僅かでも目を離している時間があるようならしっかり閉めておくしかないね。
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諏訪大神社(寄居町用土)

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 埼玉県道265号寄居岡部深谷線と県道175号小前田児玉線が交わる用土郵便局前交差点の北西160m程の位置に鎮座する諏訪大神社(大里郡寄居町用土1695)。
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 社号標石の脇に、町指定文化財である獅子舞の案内板。
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『諏訪神社建築記念碑
当神社は應和年間(961~964)武州用土諏訪山に建御名方神を祀る社として創建された
以来地域の守護神として広く尊崇を集めてきたが 慶長の頃神社を護持する氏子崇敬者により現在地に遷座された この間幾多の社会変動等困難な時局の中にあっても 敬神崇祖の念は変わることなく 祭りの厳修をはじめ獅子舞その他数々の神賑行事を斎行してきた 元文五年(1740)に神殿を 明治二十九年(1896)に拝殿をそれぞれ改築した その後長い歳月を経て社殿の破損が甚だしく 改築の機運が高まり 皇紀二千六百六十一年の吉き年をも記念して 氏子崇敬者多数の寄進により改築を実施 平成十三年(2001)九月十六日めでたく完成 竣工遷座祭が厳かに斎行された
ここに諏訪神社改築記念碑を建立し概要を記して後世に伝う
 平成十三年九月十六日
   宮司 黒澤圀臣 撰文』
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 拝殿。
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 狛犬。
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 末社殿。
 左から手長神社、稲荷神社、稲荷神社の三社が祀られている。
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 神楽殿。

八幡神社(武蔵野)

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 武蔵野自治会館の隣、埼玉県道175号小前田児玉線に面して鎮座する八幡神社(深谷市武蔵野1862)。
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『武藏野神社碑
               埼玉縣知事從四位勲三等齋藤守圀篆額
抑至誠以敬神祇祭神祇即我國古來美風而其義可固謂深遠也埼玉縣大里郡花園村大
字武藏野之郷自古奉祀神祇焉在字中宿村社曰八幡大神社字宮地村社曰十二社大神
社字東宿地曰大荒神社字正法寺曰諏訪大神社字善道寺曰稻荷大神社字十二所曰稻
荷神社字下宿曰稻荷神社字東林曰山神社字上宿曰道祖神社八幡大神社境内有五社
稱八坂大神社稱琴平大神社天手長男神社伊奈利大神社淺間神社十二社大神社境内
有三社八幡大神社八坂大神社天手長男神社即是也而諸神之肇也蓋莫知其原然居是
者自父祖遡曾高而上皆尊奉而禋祠焉不敢廢也然今也世移時變一郷欲克彰崇敬之實
所須不盡其施設整善之途也會官布合祀令諭以神事不可忽焉於是氏子信徒等胥謀乃
得允許明治四十一年九月二十二日擧大荒神社而下六社配祀諸八幡大神社翌年三月
稔七月二十日協心戮力篤竭享祭之禮致敬神之誠矣社域肅穆人心更安神乃益靈矣神
明庇護長福予斯二弗復容疑也項者欲建合祀之碑來諸記於予因敍梗概如此
 大正十四年十月二十日
                   埼玉縣囑託肥塚泰造撰辡書』
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 拝殿。
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 額に記された八幡大神の文字の脇には正三位犬養毅謹書ともある。
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 狛犬。
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 末社殿。この裏が駐車場になっている。
 左から秋葉神社、蚕影神社、琴平神社、稲荷神社・山神社、八坂神社、天手長男神社、伊奈利神社、浅間神社、道祖神社、諏訪神社・古峰神社、大荒神社。
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 天神宮と辨財天。
 天神宮の後ろにも石祠があるが、何神社なのかは不明。
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 仙元大日神。
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 社殿裏から。

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 八幡神社裏側の道を100m程北に行った突き当りのT字路脇に鎮座する冨士浅間大神

諏訪神社(小前田)

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 秩父鉄道小前田駅の200m程西南に鎮座する諏訪神社(深谷市小前田1)。
 鳥居の柱には大正六年四月建立と刻まれている。
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 参道。
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 拝殿。
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 賽銭箱の上に設置された由緒書き。
 永禄五年(1562)に長谷部兵庫吉長によって当地に遷されたと記されているが、では創建はいつなのかと検索をかけてみたら、応和年間(961~964)に奥羽地方より移住してきた住人達によって現在の寄居町立桜沢小学校の辺りに塚を築いて諏訪神社を祀ったのが始まりで、その後、文明年間(1469~87)に花園城主藤田掃部左衛門氏行が信州の諏訪大社より正一位南宮法性大明神の分霊を勧請して社殿を建立したとのこと。ところで藤田掃部左衛門の名が氏行だったり氏家だったりするのだが、どっちだ? 昔の武将はわりとちょくちょく名前が変わってたりするから、どっちでもいのかな。
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 狛犬。
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 向拝虹梁に施された彫刻。
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 こちらはなんだろう?
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 海老虹梁の……鷹かな。
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 本殿。
 本殿にも彫刻が施されているのだが、保護の為に金網が巡らされていてよく見えない。
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 蚕影神社。
 扁額には■(「神」の下に「虫」)影神社と記されていたり、案内書きには繭影神社と書かれていたり、なんだか名前が安定しないけど読み方は同じ「こかげじんじゃ」。
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 和魂神社と八坂神社・琴平神社。
 和魂神社(にぎみたまじんじゃ)では小前田地区の戦没者を祀っているのだそうだ。
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 浅間神社と天手長男神社。
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 久那斗神・八衢比古神・八衢比賣神と釜山神社。
 案内書きには釜山神社はここから南西に8km程離れた釜伏峠にあり、嘗てそこにあった関所の主である新田氏や大口真神を祀ったものだと記されている。新田氏に縁のある人がこちらに移り住んだ際に勧請したものなのだろうか?
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 白山神社。
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 神明神社と春日神社。
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 その裏手にも祠が並んでいるが、何神社なのかは不明。

豊栄神社(黒田)

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 彩甲斐街道と秩父往還の交わる黒田交差点から南東500m程の位置に鎮座する豊栄神社(深谷市黒田1497)。
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 拝殿。
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 狛犬。
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『合祀記念
        熊谷中學校教諭秀奄田島榮七篆額
本村社 豐榮神社は其の起原を詳にせすと雖も古くより 赤口社 聖天社と稱し當地の鎮守として字赤口(俗に元社地と称し赤口の池の北にあり明治九年検地の際字上南原に編入せらる)にあり氏子の索敵する所なりしか傳へ曰ふ豐臣氏の鉢形城を攻むるに方り兵燹に罹りしを以て此の地に遷し奉りしものなりを明治維新の後 赤口神社(祭神を埴山姫命とす) 二柱神社(祭神を伊邪那岐命伊邪那美命の二神とす)を改稱し氏子を合同して村社となせり其の後明治三十九年十二月 勅令に遵ひ 神意を承けて兩社を合せ 豐榮神社と改め奉り氏子の協議に由りて拜殿を新築したり同時に從來各所に散在せし無格社 神明大神(撞賢木厳之御魂天疎向津比賣神) 地神社(埴山姫命) 養蠺神社(宇氣母智神) 磯崎大神(大名牟遅神 少彦毘古那神)を合せて 瑞穂神社とし 八坂神社(建速須佐之男命) 淺間大神(木花佐久夜姫神) 愛宕神社(火産霊神)を合せて 荒御霊神社と改め境内に遷して奉祀することとな■■後の記念のために經歴の大要を述すと云爾
 明治四十一年八月需に應して奈良吉三郎謹誌』

 撞賢木厳之御魂天疎向津比賣神(つきさかきいつみたまあまさかるむかつひめ)とは天照大神の荒御魂のことで、瀬織津姫命とも同一視される神である。
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 町指定無形文化財である黒田のささら獅子舞案内板。
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 獅子頭新調記念碑。
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 末社殿。
 左から荒御霊神社、戸隠神社、瑞穂神社。
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 鳥居脇に神輿庫。

八幡神社(永田)

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 浅間神社の500m程西に鎮座する八幡神社(深谷市永田664)。
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『合祀記念
     官幣大社氷川神社宮司従六位足立 達篆額
夫敬神崇祀者我國為自上世之美風也恭■  列聖尊崇神祇修類禋★禮行望秩
★典以為政教之其源焉然而中世以降異端邪説誣世惑人遂至叓斯美風漸衰于上
而微于下也豈可勝慨嘆虖天運順環明治維新大正★後昭和之世制度革進百叓燦
然而最敬神★儀崇祀★道上下大起所謂類于上帝▼于六宗望于山川偏于群神者
踰越子上世矣於戯復盛矣哉埼玉縣大里郡花園村永田之里奉祀神祇者四曰天神
稲荷社在天神前曰愛宕神社曰嚴島神社在西上皆無格社也曰八幡社在宮林是為
村社也明治四十一年二月奉遷前三社於其境域唯袷稲荷社于境内蠺影神社更四
十三年五月亦合祀大字北根村社稲荷神社于八幡社尚有無格社曰八坂大神社曰
琴平社移祀於其域内今茲三月改稱社號曰八幡大神社皆悉所得官允也既修社殿
完整設△饌幣★公薦礿禘之禮典嘗烝★儀弍頗極荘嚴稜威赫奕照輝四方云昰蓋
可謂因郷民一致▽心戮力厚敬神★儀而盡崇祀★道者也嗟嘑本村之美風既如斯
矣而春祈秋報不敢為怠即天佑神助國運之隆昌郷黨之繁榮不期而所知耳豈可不
慶賀乎頃者村民胥議欲樹合祀記念碑以傳于後也祀職長谷部直記君曾嘱攵余更
復使氏子惣代齎簡而来余怘襪線懵乎史實然與君同職交誼不淺曷得辭焉弗顧陋
文乃叙梗㮣以塞其責云旹昭和四年龍集己巳春四月初旬
       郷社吉見神社社司勲七等須永富夫謹譔敬書』
■=「隹」の下に「心」
★=F.E.M.C.のマークを逆さにしたような形。「出」の異体字だろうか。
▼=偏に「ネ」、旁は「囱」の下に「土」
△=偏に「イ」、旁は「夊」の下に「女」
▽=偏に「日」、旁に「十」。「協」の異体字だろうか。
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 拝殿。
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 神楽殿。
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 神代神楽の案内板。
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 和霊神社。
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 厳島神社。
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 末社殿。左から愛宕神社、天満天神社、稲荷・蚕影神社、八坂大神社、古峯神社。
 少し離れて右にある祠は琴平神社。
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 遠景。
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 参道入口脇に建てられた石燈籠。

浅間神社(永田)

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 秩父鉄道永田駅の北西500m程の位置に鎮座する浅間神社(深谷市永田)。
 正面の石段は張り出しが少なく、かろうじて爪先が引っ掛かる程度。塚の上に上るのなら左側から。
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 庚申塔。
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下田稲荷神社(永田)

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 台山稲荷神社の350m程南に鎮座する下田稲荷神社(深谷市永田)。
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台山稲荷神社(北根)

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 国道140号線彩甲斐街道の脇、セブンイレブン深谷北根店の南側に鎮座する台山稲荷神社(深谷市北根)。
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 お狐さま。
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天満天神宮(境)

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 境ふれあいセンターの敷地端に鎮座する天満天神宮(深谷市境227)。
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甲子大黒天(境)

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 セブンイレブン深谷境店の東350m程の道端に鎮座する甲子大黒天(深谷市境)。
 駐車場は無いので道端に停めて素早く参拝。

 改築記念碑の裏には以下の文が刻まれている。
『古来当字は敬神の念いよいよ篤く常に神佛の信仰に意を注ぎ来りしは我が里人の美風たり殊に当大竹廓は熊谷宿より八幡に通ず鎌倉街道に面し旅人の往来繁きが故に農耕文化の早くより開けし処なり其の農耕の神たる甲子大黒天神を奉祀し来るものなり然るに其の社祠永年の風塵に損傷甚だなりし時恰も土地改良事業施行に当り里人相謀りて御祠の改築移転を見るに至れり依って石文を刻み後昆に伝へんと卜す
 昭和四十七年壬子年四月甲子
  玉津島神社宮司
       宮本忠雄撰文』

 先週参拝した大黒橋傍の大黒天はここから北西に1km程。他にもあったりするのかな。

荒川神社(荒川)

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 国道140号線秩父往還道と埼玉県道296号菅谷寄居線、埼玉県道86号花園本庄線が接続する荒川交差点の南東170m程、高野山真言宗荒澤山寿楽院の東隣に鎮座する荒川神社(深谷市荒川985)。
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 鳥居。
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 合祀遷座記念碑。
『荒川神社ノ記
埼玉縣大里郡花園村大字荒川ニ古來鎮座ノ神祇
其数村社二無格社五曰ク字大明神村社大明神社
境内琴平神社曰ク字稻荷林村社伊奈利大神社境
内天手長男神社曰ク字下宿無格社八坂大神社曰
ク字南大塚無格社山之神社曰ク字鉄糞無格社淺
間大神社曰ク字川端無格社伊奈利大神社同天満
天神社トス
曩ニ官合祀ノ令ヲ布キ諭スニ神事ノ忽セニスヘ
カラサルヲ以テス即チ氏子崇敬者相議シ村社大
明神社村社伊奈利大神社ヲ無格社天満天神社境
内ヘ移轉合祀シ天満天神社ヲ境内神社トシ社号
ヲ村社荒川神社ト號シ本殿拜殿社務所ヲ建設シ
明治四十一年四月四日遷座式ヲ擧ゲラレタリ大
正四年御大禮奉祝ノ為メ記念事業トシテ境内外
ノ設備ヲ完整センカ為メ同年九月二日官ノ允許
ヲ得テ更ニ中央ノ位置字寺ノ脇二反八畝二十七
歩ヲ撰定シ境内ト為シ之ニ移轉シ無格社伊奈利
大神社同天満天神社ヲ村社ノ本殿ヘ淺間神社ヲ
山之神社本殿ヘ境内神社タリシ琴平神社天手長
男神社ヲ八坂大神社本殿ヘ合祀移轉シ何レモ境
内神社ト為シ大正六年四月七日遷座式ヲ擧行セ
リ而シテ土地八反九畝余歩資金八百余圓ヲ造成
シ基本財産ト為シ明治四十二年九月氏子百二十
余戸ヲ以テ組合ヲ組織シ村社荒川神社初穂組合
ヲ設定セリ明治四十一年七月一日神饌幣帛料供
進神社ニ掯定セラル同四十年三月陸軍大臣ヨリ
明治三十七八年戰役戰利兵噐ヲ奉納セラル爾来
神威益々荘厳ヲ添ヘ郷黨ノ繁榮愈々加ハリ衆庶
始テ寧シ今回合祀碑ヲ建テ後世ニ傳ヘントス余
ニ文ヲ嘱ス余亦氏子諸子ノ敬神ノ篤キニ感シ終
始ヲ略綜シ記ト為スト云爾
 大正七年十二月
      縣社高城神社社司福井守賀謹誌』
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 拝殿。
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 狛犬。
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 八坂神社。
 フカペディアの荒川神社の項を見ると、主祭神である素盞嗚尊の他に大物主命と櫛明玉命が配祀されているようだ。
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 山ノ神社。
 大山祇命の他に木花咲耶姫命が配祀されているそうだ。 山ノ神社と書かれた額の横には、冨士浅間神社三十三社拝礼や高山八社拝礼と書かれた板も打ち付けられている。
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 庚申塔。

 以上で7月19日参拝分終了。
 帰宅する途中に甲子大黒天にもお参りしておこうと思ったのだが、丁度祭礼が行われているところだったので、今回はパス。
 使用機材はK-5IIsにDA15mm、DA20-40mm、DA70mm、50-150mm II。X30。

足髙神社(武蔵野)

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 桑名野神社の南西850m程の位置に鎮座する足髙神社(深谷市武蔵野3283)。
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 八坂社脇の掲示板に貼られていた由緒書き。
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 八坂神社。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 本殿裏手側に天手長男神社と天神社。
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 浅間大神、山神社、不明。
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 稲荷神社。
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 お狐さま。
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 稲荷社と塞神宮の間に弎㠀大神と仙元大神。ちなみに弎㠀は三島。
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 塞神宮。
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 地神碑と浅間大神。
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 御嶽三神。
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 辨財天x2。

桑名野神社(大谷)

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 熊野神社の南西570m程の位置に鎮座する桑名野神社(深谷市大谷)。
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『碑誌
大字大谷ニ桑名神社ト桑野神社ト称スル二社座セルヲ昭和二十四年四月十五日合社シテ桑名野神社ト改名シ奉リ境内社トシテ天手長男神社琴平神社八坂神社大國主神社嚴嶋神社淺間神社地神社七社ヲ奉斎ス尚本殿拜殿上屋神樂殿水舎等改築及社號標ヲ建設シ奉崇拝ノ記念トナス
 昭和二十七年十二月』

 こちらには記されていないが、主祭神は倉稲魂命であるそうだ。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 神楽殿。
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 末社の鳥居。
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 左奥から冨士浅間神社、天手長男神社、琴平大神社、不明、地神碑、不明、大黒天、不明、辨才天、不明、大日神。
 琴平社の隣の石祠は八坂社だろうか。また、大黒様と弁天様を挟んでいるきのこっぽい形のものは石燈籠のようなものだと思うのだが、んー。

 参詣した時には気付かなかったのだが、ここから100m程南西に諏訪社があるようだ。やはりこちらもあとでお参りしておこう。

熊野神社(大谷)

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 稲荷神社から南西におよそ550m程の位置に鎮座する熊野神社(深谷市大谷)……と思いきや、
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 扁額には蠺影神社と書かれている。あっるぇぇ~?
 ねじれて干乾びた木が、まるで大注連縄のようだ。
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 どうやら、社務所兼集会所かと思っていたこちらが熊野神社であるようだ。と言うか、中に祠が置かれているのだろうな。

稲荷神社(大谷)

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 大谷第四自治会館脇に鎮座する稲荷神社(深谷市大谷1666-1)。
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 一の鳥居左側に花魂大神。
 背面には「大谷第四花卉組合有志」「昭和五十四年四月八日 初供養」と刻まれているので、草花の供養の為に建てられたものであるようだ。
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 七の鳥居の両脇にお狐さま。
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 拝殿。

大黒天(境)

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 玉津島神社前の道を西へ770m程向かうと、櫛引排水路に架かる大黒橋の傍に大黒天(深谷市境)が祀られている。
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 大黒天。
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玉津島神社(境)

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 折之口八幡神社前の道を西へ1km程向かった所に鎮座している玉津島神社(深谷市境81-2)。
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『玉津島神社
 社名「玉津島」は、県域では珍しくその本社たるべき社は和歌山県和歌山市和歌浦町に鎮座する。衣通姫命が祀られている。
 創建は明らかにできないが、別当を努めた真言宗不動山明王院大聖寺を開山した実裕が寛永九年(1632)に入寂していることから、既にこのころには当社も祀られていたと思われる。
 当社は境の鎮守としてはもちろん、安産の神として古くから信仰されていて、祈願成就の証として柄杓を奉納する風習がある。
 境内にある境内神社は
  天手長男神社 道祖神社
  八坂神社   御嶽神社』
 衣通姫命の横に「いておりひめ」とルビが振られているが、正しくは「そとおりひめ」である。いとおり、ならまだ読み間違えかなとも思えるが、何故いておりなんだ。
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 鳥居。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 境内社。
 左の石祠は天王宮(八坂神社)。中央と右の祠は社名を記したものが見当たらなかったのでわからなかったのだが、ググってみたところ、中央の赤い屋根の祠が道祖神社で右の祠が蚕影神社であるようだ。
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 しかしどちらの中にも二つの祠があり、どれがなにやら。
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 御嶽塚。
 塚の頂には御嶽山國常立尊・八海山國狭槌尊・三笠山豊斟渟尊の木曽御嶽三神碑と摩利支尊天碑が建てられている。
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 天手長男神社。

 参詣した時には気付かなかったのだが、ここから200m程西にある境ふれあいセンター敷地の端に天満天神宮が祀られているようだ。ちなみに玉津島神社の境内にあるのは境第二ふれあいセンター。
 また後で行ってみることにしよう。

八幡神社(折之口)

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 折之口ふれあい公園脇に鎮座する八幡神社(深谷市折之口148)。
 鳥居の柱には宝暦十年庚辰三月吉祥日と刻まれているので、1760年の造立。
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 二の鳥居。
 石額には稲荷大明神と刻まれている。
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 拝殿。
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 末社殿。
 三社が祀られているが、それぞれ何神社なのかは不明。
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 拝殿脇の末社。やはり何神社なのかは不明。
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 表忠碑。
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 合祀記念碑。
 裏側に合祀の経緯を記した碑文が刻まれているが、枝やら蜘蛛の巣やらで近寄り難い。神社の創建年代や由緒などは記されておらず、とりあえず八幡神社と春日神社、稲荷神社、八柱神社、稲荷神社の五社が合祀されていることはわかった。
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 合祀社殿、と呼べばいいのかな。
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 合祀されている四社の社殿。
 おそらく左奥から春日神社、稲荷神社、八柱神社、稲荷神社。
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 鹿の彫刻があるので、こちらはおそらく春日神社。
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 稲荷大明神と刻まれた石額が置かれているので、稲荷神社で間違い無いだろう。
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 側面には凝った彫刻が施されている。
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 八柱神社と稲荷神社。
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赤観音(長在家)

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 道の駅かわもとの南約150m程の位置に鎮座する赤観音(深谷市長在家)。
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『長在家、下原の赤観音は、安産、養蚕の仏として信仰されていました、養蚕の盛んなころは大勢の参拝者で賑いました。
 また、この赤観音には、大蛇(龍)がお腹の大きい女の人に姿を変えて安産を祈願した話など多くの伝説が残されています』
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 獅子型の留蓋瓦。
 観音堂の大棟の上には三つの鳩を象った瓦も見えた。

稲荷神社(長在家)

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 秩父鉄道武川駅の北東約700m、道の駅かわもとの南約600m程の位置に鎮座する稲荷神社(深谷市長在家204-1)。
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『深谷市指定有形民俗文化財
 石臼参道(いしうすさんどう)
      昭和五十三年八月三十日指定
 昔、小麦や豆などの穀物を粉にするには石臼を使っていた。いつのころからか、要らなくなった石臼を、村人が神社へ納めた。この石臼を境内参道の敷石にしたもので、約三五○個ほど並べられてある。この様な例はあまり無く貴重なものである。
 稲荷神社の三月の例祭では「豆腐まつり」と言い、各家庭で豆腐を作って奉納したものである。その大豆も、ここに奉納された石臼で碾いたものであろう。
 境内には、文久元年(1861)に田島金岳ほか一三人で建てた「春の夜や籠り人ゆかし堂の隅」の芭蕉の句碑がある』
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 参道と拝殿。
 参道を広く収める為に斜め構図にしてみたが、もう少し下から狙えば良かったかな。
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 アップで。
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 お狐さま。
 台座には「喜寿記念」「兄 小川金五郎 当七十七才」「弟 小川浅治郎 当六十八才 大正十年七月七日 真巻八十二書」「奥州白河 彫刻師 大竹音松」などと刻まれている。喜寿記念だから七月七日に奉納されたのだろうか。それと、真巻八十二書ってなんだろう?
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 お狐さま二号。
 いや、台座には明治四拾年吉祥日と刻まれているから、こちらが一号かな。伊勢参宮記念に奉納されたもののようだ。
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 向拝虹梁に施された彫刻。鳳凰の奥や龍の下にも狐の姿が見える。
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 社殿斜めから。
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 拝殿西側の獅子山……じゃないな。狐山? に一対のお狐さま。
 先代様なのだろうか? 特に破損らしい破損も見えないけれど。
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 末社。
 左の三つは仙元宮、冨士浅間社木蕐開耶姫命、小御嶽太神。右の石祠二基は不明。
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 飛房大神と子大権現。
 飛房大神ってなんだろう? と思い検索してみたら、群馬県富岡市中沢にある鳥総神社が飛房(とびふさ)大明神とも呼ばれていたとのことなので、それなのかも。ちなみに鳥総神社の御祭神は市杵島姫命であるそうだ。
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 鳥居向い側の道端に建てられた石燈籠。
 慶應二丙寅年如月吉祥日と刻まれているので1866年のものだが、なぜこんな所に。

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 稲荷神社の東40m程の場所に武川村招魂社。
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 招魂社の前、用水路のそばに鎮座する石祠。
 側面には「辨財天 馬場檢校 昭和四十九年十月吉日再建」とある。

出世稲荷神社(花川戸)

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 東京メトロ銀座線浅草駅から出るとすぐ目の前にそびえるEKIMISEの屋上、浅草ハレテラスの一隅に鎮座する出世稲荷神社(東京都台東区花川戸1-4-1)。
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『正一位出世稲荷大明神縁起
 当神社、正一位出世稲荷大明神は、古く京都伏見稲荷大社よりご分霊を勧請し、長らく当敷地内の一祠にお祀りしてありましたが昭和六年十一月、浅草駅ビル開業に際し、改めて屋上に奉安申し上げ、お客様並びに当ビルの守護神として、あがめ敬ってまいりました。

 ご祭神は、
宇迦之御魂大神(商売繁昌・衣食住司の徳)
大己貴神   (縁結び・金銀財宝・文化向上の徳)
大田之神   (道引・悪魔退散・地鎮の徳)
大宮能女神  (和合・手習い・学問の徳)
保食之神   (出世向上の徳)
の五神で、これを世に五成(いなり)大明神と申します。

 私達は出世稲荷大明神のご神徳により、その恩顧を蒙らぬ日は一日もなく、商売繁昌・家内安全・交通安全・学業成就・芸能向上など諸願の霊験があらたかで、あまねく信仰をあつめております。
 ちなみに当ビルでは、大祭を五月十三日と定め、盛大なお祭りをとり行っております。
 東武鉄道株式会社』
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 お狐さま。
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 社殿。
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 ハレテラスの反対側には時計台。
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 EKIMISE外観。

 以上で7月11日参拝分終了。
 この日は元々神社巡りの予定は無く、友人に誘われてハレテラスのエキビアで真昼間から飲みまくりの予定だったのだが、偶々そこに稲荷神社が鎮座ましましていたのでじゃあお参りして行こうと。
 使用機材はFUJIFILM X30。
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