下リ松八幡宮(結城)

IMGS3146s.jpg
 下り松中央会館の隣に鎮座する下リ松八幡宮(結城市結城7086)。
IMGS3160s_20170308222014cc4.jpg
 拝殿。
IMGS3170s_20170308222014468.jpg
 斜めから。
DSCF8750s.jpg
 本殿脇の石祠。何神社なのかは不明。
IMGS3162s_20170308222012a84.jpg
 左から報徳碑(明治四十二年三月建碑)、開拓百年記念碑、開拓百五十年記念碑、八幡神社公民館新築寄付者芳名之碑、支那事変記念 馬頭観世音。
『報徳碑
仲尼曰君子進徳修業忠信所以進徳也修辭立其識所以居業也余徴諸
赤荻翁知其然矣翁諱俊彦下總結城人其先結城家之重臣也結城家移
封于越前也有其臣留而歸農者其領袖稱十人士翁家乃其一也世擧里
正毎爲其首班聲望夙著翁資性忠誠而剛毅能長吏務兼通稼穡之道徳
川氏之末造變災荐臻迨天明凶歉後逋租歳加民不勝負荷若我下松聚
落亦衆庶漸散田園荒涼翁慨然誓欲恢復之且案請藩余先世勝進公知
翁有奇材允之翁感激拜命日夜勵精殆忘寝食捎私財撫流民以故加越
地方之民來歸者頗多翁乃授耒耜給衣食使竭力於稼穡不出數歳荒蕪
之地化爲沃壌收穀富饒習俗敦厚公嘉賞其功勞賜時服許帯刀其給七
人口俸葢異數也初翁之起業意味有富田元次郎者性朴直爲翁致力翁
擢爲組頭元次郎承翁旨率勵移民爲翁所愛云翁嗣忠記承後生忠和忠
和即俊秀之父也翁萬延元年三月二日病歿享年六十有八先是下松之
民歆仰翁之徳業畫共像崴時相會掲之以祀名曰報恩講翁嘗詠國詩二
什使忠和題肖像畫幀一以宣藩主之恩一以誡里民之奢也里民至今體
之勤儉成風資産益裕而戸口漸滋矣頃者里民胥謀欲樹石勒其徳業以
効報恩之誠來請余文余嘗領此地誼不可辭因叙其梗概授之且掲其所
詠國詩以代銘曰
   文政乃頃者野原之下松拓久者上能恵美也鳬
   草垣乃事遠傳邊而不奢耳働計婆社末者繁昌
         從五位伯爵   松平直之 題 額
         從三位子爵   水野勝知 撰併書』
スポンサーサイト

神明稲荷神社(新福寺)

IMGS3103s_20170308215814971.jpg
 新福寺東街区公園の北側に鎮座する神明稲荷神社(結城市新福寺4-2)。
 鳥居の柱には「平成四年十二月吉日」と刻まれている。
IMGS3122s.jpg
『神明神社由緒沿革
 御祭神
  豊受皇大神 トヨウケスメオオカミ
  倉稲魂命  ウカノミタマノミコト
 社伝によれば当地荒野にして村人開拓開墾し、新福寺の平安と益々の発展を祈念し天保八年(一八三七)に神明神社を創建する。爾来幾星霜 大正元年八月同地稲荷神社を合祀する。神明神社(豊受皇大神) 稲荷神社(倉稲魂命)は食物根源の神で、衣食住をつかさどる神として遍く尊崇されて居ります。その霊験は実に広大無辺で地域住民の生活々動に限りなき御恩頼を垂れ賜い、夢うつゝにも忘れる事のできない尊い大神であります。
 此の度結城南部第一土地区画整理事業に伴い社地を謹撰し、社殿、神域を氏子地域住民一丸となり整備し、新福寺地域住民の鎮守「心のふるさと」として、神威赫々、その御神徳を未来永劫に称えるため、茲に記念碑を建立するものである
 平成四壬申歳拾貳月吉日
  撰文 神明神社 宮司 小貫 隆嗣』
IMGS3110s_201703082158138de.jpg
 拝殿。
IMGS3138s.jpg
 横から。
IMGS3124s.jpg
 新福寺児童館脇に十九夜堂。
IMGS3128s_20170308220627b9a.jpg IMGS3132s.jpg
 中には聖観音立像が祀られている。

川木谷八幡宮(結城)

IMGS3077s_20170308195701e9c.jpg
 川木谷野球場の北側、川木谷土地区画整理顕彰会館の敷地内に鎮座する川木谷八幡宮(結城市結城10050)。
 台輪の付いた靖国鳥居と言うのは珍しい気がする。
IMGS3100s_201703081957004f3.jpg

IMGS3086s.jpg
 十九夜塔。
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード