地蔵堂(結城)

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 紬の里結城パークゴルフ場の北側、道路端に鎮座する地蔵堂(結城市結城2874)。

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 紬の里結城パークゴルフ場の隣に鎮座する神社(結城市結城2877)……なのだが、社名を記したものが見当たらず、またググってみても出て来ないし結城市誌にも記述が見当たらないので何神社なのかは不明。
 古墳っぽい感じにも見えるが、古墳サイトを検索しても記述は見当たらないので違うのだろう。
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 ……ゴルフ場の職員さんに訊けば判ったのかも知れないかなぁ?
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慈眼院結城家御廟(結城)

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 松月院の西側、大谷瀬町集会所脇に位置する慈眼院結城家御廟(結城市結城2709)。
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 左の塚の上に二十基の五輪塔があり、右の祠は八尺堂。
 そしてこちらも結城百選の一つ。
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『史跡 慈眼院結城家御廟
 かつてこの地は、小塙・乗国寺末の福聚山慈眼院という曹洞宗寺院の境内で、結城市歴代の御廟としてふさわしいものでした。
 戦国時代の結城家十六代政勝は、鎌倉時代からの名門結城家の将来を託した嫡子・明朝に先立たれ、世の無常を感じてか、出家し、自ら大雲藤長と名乗り有髪の僧となり、一五五三年(天文二二)慈眼院を創建しました。
 御廟は、周囲に堀を構え、塚状に土を盛り、土塁を廻らし、床面には大谷石を敷き詰め、さらに塚全体に玉石を並べるなど、排水に細心の注意が施されています。
 その中に前壇を設け、初代・朝光から十六代・政勝に加えて明朝、さらに、妙仙ほか無銘の二基を含めて、二十基の花崗岩製の五輪塔が図のように並んでいます。
 御廟成立の時期については、次のような説があります。
(一) 政勝が隠居後、各所にあった先祖の墓を移して、惣御廟を築造した。
(二) 十八代秀康が、越前に転封するにあたり、結城家に関わる諸寺院を越前に移転す
   るに際し、各寺院等の歴代の墓を移して、御廟を築造した。
(三)秀康の転封後、この地方を治めた代官(伊奈備前守忠次)が、領民懐柔策の一環と
  して、結城氏歴代の御廟を築造した』
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 ぐるりと並ぶ五輪塔。
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 八尺堂。
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 扁額には「慈眼院八尺堂観音」と書かれている。ぽぽぽとか言い出したりはしない筈。
 扇形の扁額には御詠歌が刻まれているが、崩し字はわかり難いなぁ。「罪とがの 雲ははれ●●八尺堂 ながめはここに 朝日かがやく」かな? ●●の部分はなんだろね。
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 大谷瀬町集会所の裏には八尺堂朝日観音旧所在地の碑。

松月院(結城)

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 田川右岸に位置する曹洞宗窪田山松月院(結城市結城2716)。
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 こちらもまた結城百選の一つ。
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 本堂。
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『松月院の由緒
窪田山松月院と称し、曹洞宗に属する禅寺である。本尊は釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩の三尊佛である。
開基は結城家十七代晴朝公である。御簾中の松月院殿慈室妙永大姉の菩提を弔うために、見龍山乗國寺四世信及前豚大和尚に請して、戦国時代に開山創建した。
松月院の寺号は、松月院殿の御戒名が謂われである。
天正十三年(一五八五)御簾中が逝去されたので、晴朝公は御簾中の菩提のため、寺領十石を寄進した。
慶長六年(一六〇一)十八代秀康公は、越前の國(福井県)六十七万石に国替えとなり、晴朝公はこれに従い越前の國に移り、鎌倉時代から四百三十年続いた関東の覇者、結城家の時代が終わった。
晴朝公は遠い国から故郷を想い、焼香料等を本寺の見龍山乗國寺に納め、結城家祖先と松月院殿の供養を依頼している。
徳川時代になると、幕府より歴代将軍の名をもって、窪田山松月院に対し十石の朱印寺領が与えられた。
窪田山松月院は、本寺の見龍山乗國寺と共に古来から結城家と密接な関係にあり、由緒正しい禅寺である。
 平成三年(一九九一)当院二十一世臥雲仙舟大和尚の発願により檀信徒が協力し庫裏客殿を建立、山内整備を進めた。
  (参考文献=乗國寺文書)』
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