白山神社(西飯岡)

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 西飯岡と富岡の境付近に鎮座する白山神社(桜川市西飯岡1287)。
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 参道入口手前右側に二十三夜供養塔。
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 鳥居。
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 拝殿。
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 平成元年二月造立の狛犬。
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 本殿脇には左右三基ずつの石祠がある。由緒書きには境内末社として稲荷社、天満宮、山神社、金山彦神社、大杉神社、鹿島神社の六社が記されているが、どの石祠が何神社なのかは不明。
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 創建千二百年記念碑。
 表面。
御創建1,200年記念(奈良784御鎮座)
白山神社
 岩瀬町大字西飯岡字白山一二八六番地
御祭神   伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
      伊弉冉尊(いざなみのみこと)
境内神社  八坂神社
      愛宕神社
境内社   稲荷社、天満宮、山神社
      金山彦神社、大杉神社、鹿島神社
御祭礼   元旦祭一月一日
      新年祭一月二十四日
      (春の大祭)
      愛宕神社祭礼一月二十四日
      節分祭二月三日
      八坂神社祭礼七月二十四日
      大祭十一月十四日
      新嘗祭十一月二十三日
     (秋祭り)
氏子戸数  一〇五戸
境内地面積 五九四平方米
社有林   一一九〇平方米
(中略)
 平成九年七月吉日 建立
 西飯岡氏子中
 裏面。
沿革
奈良 延暦三年九月十九日創立(七八四年)本殿創立に着す
   然し、累年の凶作により荏苒として中断本社の形式のみを存す
平安 康平五年(一〇六二年)
   源義家公奥羽征討の際当地にて戦勝祈願、戦勝後本社建立
鎌倉 建仁二年(一二〇二年)
   本社改築および拝殿の建立
   本殿玉垣建立参道の整備を行う
明治 明治三十一年(一八九八年)
   本殿屋根改修工事及び拝殿の修繕工事を行う
   愛宕神社の修繕も行う
   明治三十二年六月三十日(一八九九年)
   内務省令第二十九号無格社に列す
   明治三十六年六月三十日(一九〇三年)
   本殿拝殿周囲の玉垣工事を行う
   八坂神社御輿殿建立
大正 大正三年(一九一四年)
   神社昇格に関する調書提出
   村社に昇格登録九月十六日
昭和 昭和二年(一九二七年)燈篭二基奉納
   奉納者 鈴木喜三郎、稲川水之助
       稲川高之助、鈴木なか
   昭和十年(一九三五年)拝殿増築工事行う
   昭和四十三年(一九六八年)境内北側石積工事を行う
   奉納者 鈴木優
   昭和五十年(一九七五年)愛宕神社鳥居建立
   奉納者 稲川宇源治、稲川武夫
   昭和五十二年(一九七七年)本殿上屋改築工事
   昭和五十八年(一九八三年)愛宕神社改築工事
平成 平成元年(一九八九年)拝殿改築、拝殿本殿参道整備
   本殿前石垣工事 奉納者 稲川武夫
   子供御輿一基  奉納者 稲川好文
   狛犬一対    奉納者 鈴木優
   平成八年(一九九六年)八坂神社社殿改築
   八坂神社登坂石段工事 奉納者 稲川武夫
   平成九年(一九九七年)一、金五拾万円也 奉納者 稲川八重子
   平成十七年(二〇〇五年)御本殿・上屋御修繕工事 白山神社氏子中
 施工者 稲川石材商会  代表 稲川浩

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 境内社と平成十七年十月に建てられた本殿改築竣工記念碑。
 鳥居の柱には「昭和五十年一月二十四日建之」と刻まれている。
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 八坂神社と愛宕神社。

 以上で6月17日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm、FA31mm。X30。
 ウォーキングカウンターは19,776歩。
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八坂神社雷神社(長方)

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 観音堂から道なりに東へ向かって行くと、左手側に八坂神社雷神社(桜川市長方)が見えて来る。
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 詳細は不明。
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観音堂(長方)

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 鹿島神社の東側、墓地の脇に位置する観音堂(桜川市長方)。
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 額は掛かっておらず、お堂の中には不動明王や如意輪観音、地蔵菩薩、釈迦誕生仏などが見えるが、南無観世音菩薩と書かれた提燈が二つ掛けられているので観音堂だろう。
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 地蔵菩薩と如意輪観音、それと二十三夜塔やその他。
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 観音堂の入口少し南側の道端に馬頭尊。

鹿島神社(長方)

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 長方北区公民館北東の三叉路脇に二十三夜塔があり、そこから50m程西に向かうと鹿島神社(桜川市長方676)の参道入口がある。
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 三叉路脇の二十三夜供養塔。寛政十一己未年(1799)十一月吉日の造立。
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 一の鳥居。
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 二の鳥居。
 柱には「平成十九年四月吉日」と刻まれている。
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鹿島神社
 天文十二年(千五百四十三年)小幡村鎮守神社を竣設し鹿島郡鹿島神社より御玉御幣束を写しました。
 小幡村家内安全村人の健康と繁栄を本として祈願しました。
 内の鳥居は木造けや木材の八幡鳥居である。
 鹿島神社最初の鳥居型と思われるが、老朽化により建て改られて来ました。
 再度老朽化が進み建て改が必要となり、長方北区集落住民により、内の鳥居を建立するに至りました。
 平成十九年五月吉日 長方北区長

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 参道。
 途中左手側に祠が見えたが、鳥居の額には「氏神社」と刻まれていたので隣家の屋敷神であるのだろう。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 本殿。
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 末社。

青麻大権現(長方)

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 文殊院境内に鎮座する青麻大権現(桜川市長方647)。
 詳細は不明。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 天台宗寺門派熊野山文殊院。
 地図を見ると奥の建物が文殊院となっているが、「いわせものがたり」を見るとこちらの不動堂が文殊院であると記されている。滋賀県大津市にある園城寺(三井寺)の末寺であるそうだ。
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 文殊院の西100m程の道端、民家の入口脇に鎮座する勝善神。祠の方はなんだろね。
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 そしてその少し東側に石祠があるが、何神社なのかは不明。

丹宮稲荷神社(長方)

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 星宮神社から茨城県道216号岩瀬二宮線を西へ580m程向かった所に鎮座している丹宮稲荷神社(桜川市長方)。
 地域的に見て丹宮は「にのみや」と読むのかと思っていたのだが、「たんご」と読むのだそうだ。また昔は「たんぐう」様とも呼んでいたと地元の方に教えて頂いた。
 「いわせものがたり」によると、慶安の頃、笠間藩主井上河内守正利の命により行われた、低地から高地に用水路を引く逆さ堀工事の責任者であった海老原丹後を祀った神社であると言う。地元の方の言うには、課外授業でこちらに来る小学生が毎年いるとのことで、逆さ堀のおかげで土地が開発されたことはとても大きなことだったと言うことが窺える。
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 八坂神社と丹宮稲荷神社。
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 八坂神社の脇に石祠が鎮座していたが、何神社なのかは不明。

星宮神社(長方)

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 明治天皇岩瀬星ノ宮御野立所の西側に鎮座する星宮神社(桜川市長方1146)。
 詳細は不明だが御祭神は石裂命であるとのこと。古くは虚空蔵菩薩を本尊としていたようだ。
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 一の鳥居。
 柱には「平成五年十二月吉日」と刻まれている。
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 二の鳥居。
 こちらは平成十八年十二月の建立。
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 拝殿。
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 平成四年三月造立の狛犬。
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 なぜか半鐘が掛けられている。
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 本殿覆屋。
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 拝殿傍の末社。何神社なのかは不明。
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 七福神。
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 平成十八年十二月建立の鳥居。
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 大日如来祠と虚空蔵菩薩祠。
 虚空蔵祠の前には寅と丑。
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 大日如来。
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虚空蔵菩薩
由来
本尊は福徳知能を授け 開運 出世 無病 延命 所願成就願を叶い賜う
人間生れて最初の厄歳十三才の参拝にて御慈悲を頂き全智全能を与へていただきます
      一、無量の福徳を与へん
      二、智慧光明は日月を越え
      三、福徳の広大は宇宙にも勝る
 ※然らばあなたの求むる物は満たされ心に不滅の光がともされるであろう

明治天皇岩瀬星ノ宮御野立所(長方)

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 国道50号岩瀬バイパスと県道148号線が合流する長方交差点の西150m程、県道216号線脇に位置する史跡明治天皇岩瀬星ノ宮御野立所(桜川市長方)。
 標石の側面には「史迹名勝天然記念物保存法ニ依リ史迹トシテ昭和十一年三月文部大臣指定」と刻まれている。
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星の宮公園 憩の広場
名勝桜川をへだて霊峰筑波加波の連山を眺められ歴史的に由緒あるこの星の宮の台地を町民一般の憩の広場として永く保存する為にこの碑を建立する
 左奥に見えるのは大正三年十二月に建てられた忠魂碑。
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 明治天皇駐蹕之地。
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 六地蔵。

山王神社(岩瀬)

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 岩瀬駅の北東200m程、岩瀬郵便局の南側に鎮座する山王神社(桜川市岩瀬69)。
 由緒書きは無いが、「いわせものがたり」によると古くは本新田神社と称していたが現在は山王神社と称し、御祭神は大山昨命と山王権現であると言う。
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 二の鳥居を境内側から。
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 拝殿と狛犬。
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 斜めから。
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 八坂神社。
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 稲荷神社。
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 二十三夜堂。
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 堂の壁には十二支の彫刻が施されており、南面に未・午・巳、東面に辰・卯・寅、北面に丑・子・亥、西面に戌・酉・申が配置されている。要するに北面の中央に子があり、そこから右回りで順に子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥となっているわけである。
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 大正二年十月十五日に建てられた神饌幣帛料指定記念碑と昭和十一年十一月十五日に建てられた改築記念碑。
 神饌幣帛料指定記念碑は背面に「字番近免二〇一四ノ一 原野七反二畝二十四歩 明治四十一年十二月二十九日 氏子中」と刻まれている。

市神(岩瀬)

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 日比谷稲荷神社の北東70m程、五月女歯科医院脇の道端に鎮座する石祠と二十三夜塔(桜川市岩瀬)。
 石祠には「市神」、二十三夜塔には「二十三夜斎璽 天保八丁酉歳 十一月廿三日 西新田邑 渡邊三良兵衛」と刻まれている。天保八年は1837年なので180年前か。
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龍田神社(岩瀬)

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 日比谷稲荷神社の北西150m程の位置に鎮座する龍田神社(桜川市岩瀬)。
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龍田神社御縁起
明治五年正月十七日開祖太田定吉比古命は常陸國西茨城郡岩瀬村字古田二百三十五番地に居を構へ生業とし農商を創む
明治五年四月四日に至り
 天御柱命
 國御柱命
御二柱の神を鎮家興氏の守護神と仰ぎ大和國龍田の宮より勧請し邸内に祠を建て世世信仰厚く祭祀に怠り無し
昭和十六年四月四日鎮座七十周年祭を執行するに當り開祖定吉比古命直子比賣命を合せ
 祖御柱命
とし合祀奉る

水子地蔵尊(岩瀬)

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 日比谷稲荷神社から約250m程西に位置する水子地蔵尊(桜川市岩瀬)。
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 水子地蔵尊。
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 地蔵尊と……なんだろう、観音様かな。
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 馬頭尊。
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 「いわせものがたり」には真乗院という日蓮宗の寺があると記されているのでこちらが真乗院かと思ったのだが、隣にある集会所のような建物が岩瀬教会と言う日蓮宗の施設であるようなので、こちらは地蔵堂なのかも。
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 石祠二基。
 社名が記されていないので、何を祀っているのかは不明。

日比谷稲荷神社(岩瀬)

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 岩瀬駅の西北、第四真壁踏切から70m程北に鎮座する日比谷稲荷神社(桜川市岩瀬)。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 平成三年造立のお狐様。
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 谷嶌源隼人霊と刻まれた石碑。
 谷島家の祖である谷島隼人の供養塔だろうか。新田義貞に縁のある家柄だったとのことなので、源は源氏のことだろう。
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大神宮(岩瀬)

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 西区公民館脇に鎮座する大神宮(桜川市岩瀬219)。
 大日霊貴命を祀り、室町時代の創建と伝えられるのだそうだ。
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 参道左手側には・・・・・・あー、聖徳太子と稲倉魂命でいいのかなこれ。
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 鳥居の貫には「大神宮鳥居修繕費一金参拾万円也 平成7年2月吉日 西区川那子喜一」と刻まれたプレートが打ち付けられている。
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 本殿覆屋。
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 大神宮の西隣に八坂神社。
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 末社。
 社名が記されておらず、また祠に菊花紋が刻まれているので神明社あたりかなと思っていたが、「いわせものがたり」によるとどうやら稲荷社であるようだ。
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 大神宮橋架替記念碑。

鍬田神社(鍬田)

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 岩瀬小学校の西側に鎮座する鍬田神社(桜川市鍬田557)。
 鳥居の柱には「明治三拾二年九月廿日」「大字鍬田氏子中」と刻まれている。明治三十二年は1899年。
 由緒等は不明だが、御祭神は経津主神であるそうなので、元は香取神社であったのかも。
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 拝殿。
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 本殿。
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 本殿裏から。
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 本殿裏には石祠が二基並んでいる。
 社名は記されていなかったが、鍬田神社の境内には富士塚があるとのことであり、また拝殿の中にも平成十一年十月に富士神社を新改築したと記した板があったので、こちらは富士神社であるのだろう。
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 昭和天皇御即位記念の碑と庚申塔。
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富岡城跡(富岡)

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 桜川に架かる立野橋西側の交差点より300m程北へ向かった所に富岡城跡(桜川市富岡)があるのだが、周囲を一周したもののどこから入れば良いのかわからなかったので、後で調べてからもう一度来ようと。
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 どうやらこの標柱の近くにある細い道から入れたようだ。
 確かにそれっぽいのはあったのだが、すぐ藪になってしまっていたのでここは駄目だろうと思った所が正解だったとは○刀乙
 ちなみに城跡の中にある八坂神社が目当てで、城跡自体はまぁ割とどうでも良かったりする。縄張りとかよくわからんし。
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 西側から。

天満宮(大古屋町)

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 国道50号佐野バイパス南側、秋山川の畔に鎮座する天満宮(佐野市大古屋町)。
 以前の鎮座地からは西北に100m程移動したことになる。去年移転工事中とのコメントを頂いていたのを思い出し、帰りがけに参詣。
 鳥居の柱や鈴緒の六角桐枠には「平成二十八年十一月吉日」と刻まれており、半年程前に新築されたばかりであるようだ。
 七年前の記録はこちら
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 拝殿正面。
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 産泰神社。
 こちらは以前と変わらず、そのまま移築されたようだ。
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 浅間宮。
 こちらも平成二十八年十一月に新築されている。
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 左奥から大正二年十二月二十五日建の天満宮仮宮建築記念碑、大正十年三月二十二日建の天満宮拝殿新築記念碑、平成二十八年十一月吉日建の新築記念碑。
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 地蔵菩薩、不動明王、十九夜塔、地蔵菩薩。
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 青面金剛。
 ストリートビューを見ると以前からこちらにあったことがわかるが、覆屋は天満宮移転時に合わせて新築されたのだろう。
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 以上で6月10日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm、DA FISH-EYE 10-17mm、50-150mm II。X30。
 ウォーキングカウンターは7,603歩。

二宮尊徳顕彰碑(青木)

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 JR水戸線羽田街道踏切の傍に位置する二宮尊徳顕彰碑(桜川市青木)。
 青木神社から国道50号へ向かう途中に鳥居が見えたので立ち寄ってみたら、神社ではなく顕彰碑だった。隣に石祠がいくつかあるけれど。
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 案内板。
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報徳先生碑
報徳先生姓二宮名尊徳相模足柄郡栖山村人也先生以報天地功徳為教其所至則闢荒蕪救民窮故人稱曰報徳先生先生至青木村立枚窮之方修㾱堰闢荒田以化窮致富村民至今稱先生之徳不忘也當其時青木村幕府士川副氏之采邑也村西北有川曰櫻川川底細砂如灰木石不支築堰引水洪水必壊随修随壊遂㾱不修以故茅筏填田民怠村貧村民之父老与川副氏謀懇請先生設之方計諭民勤苦以斬茅闢蕪先生又堀東山採石且促民以聚木石於両岸先架川作茅屋民竊笑曰築堰何用架屋為及屋成先生使民上屋断其繫繩民皆危疑莫敢應之先生忿曰我断之繩断茅屋一震而陥先生立屋上曰汝等何危之哉乃命投木石急填屋上然後就屋上以築堰堰開大小二門通排水之利其後數遇洪水堰不複壊或詰先生以築堰作屋之由先生曰川底細砂非木石所能支獨茅屋可防雨漏豈有不支砂之理哉是吾築堰所以沈茅屋也始先生興此役多具酒餅嗜餅者供餅嗜酒者飲酒唯禁過飲以不使至㾱役弱者不課役怠者退之力不堪者以半日休且雇錢数倍於半日是故役夫忘勞云自㾱堰既復田間穿渠通水灌漑充足隣村髙森亦頼其餘水於是田産滋殖戸口倍息民貴勤業節儉向風俗淳厚皆先生之徳澤也先生以天明七年七月廿三日生父曰利右衛門年十六喪父母養在伯父家一日慨然曰天下可救者貧民也有暇則掴草鞋換錢以惠貧氓辞伯父至小田原為藩重臣服部氏奴其家兒通學毎僕従之傍聴以得通四書又誦佛經益悟救窮之義後先生應服部氏之託理其家政為小田原藩主所聞任先生以治支封宇津氏邑政天保十一年幕府擢為吏受印旛沼開拓之命不果用而去嘉永七年屬日光奉行當神邑九十村荒蕪開拓之任授居于今市驛官舎安政三年十月廿日罹病不起享年七十有一明治十年先生孫尊親創興復社十三年中村藩主相馬充胤上奏報徳記尋   朝廷贈先生以從四位且給典復社金一万五千圓充其用資先生應聘任救窮典復之計者甚多曰小田原藩曰烏山藩曰谷田部藩曰下舘藩曰中村藩其事詳於報徳記中嗚呼先生之勤儉墾闢之事跡不獨牧民者収効誠足以傳後代亦使村民能守先生之教而不變則将田土之膄者益膄風俗之美者益美矣頃者村民謀建碑以表其徳來徴余文余亦聞先生之徳不忍以不文辞之夙所欽仰乃喜而為書
   明治三十年一月     正三位子爵押小路實潔尤書      草野為刻字

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 石祠四基。
 左端は牛頭天王。他は不明。
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 出征軍馬碑と二十三夜供養塔。
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 庚申塔と聖徳太子。右奥には殉国之碑。

青木神社(青木)

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 山倉神社の北西700m程の位置に鎮座する青木神社(桜川市青木1190)。
 社号標石から鳥居まで約120m、鳥居から拝殿まで約190mなので、合わせて300mを超える長さの参道である。
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 鳥居。
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 参道。
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 拝殿が見えて来る。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 横から。
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 北側の末社。
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 南側の末社群。
 前列右端の石祠には天満宮の文字が確認できたが、他は不明。

 由緒書きは設置されておらず、ググってみてもさっぱり。

山倉神社(犬田)

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 犬田神社の南西約900m、山の上に鎮座する山倉神社(桜川市犬田)。
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 鳥居。
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報本反始
       正五位本居豐穎題額
山倉之祠在下総香取郡神徳昭明愈久愈顯常陸茨城郡犬田
邑人深崇奉之移祀于邑西字道仙然不詳其在何時後漸衰頽
■存祠宇明治十年會本邑大疫為之伏病枕者其衆而毒燄蔓
延不得撲滅者殆三星霜人皆患之懇禱本祠以禳焉未幾毒燄
全熄人心始安衆因議新祠宇崇祀弗懈尓後闔里無復罹疫疾
者矣今玆戊戌十一月有志諸子胥謀率先捐貲新搆社殿迨竣
功卜日致祭以表誠敬之意焉諸子乃欲勤其事於碑益勧邑人
歳時修祭且遺後人俾之繼其志也來求文於余余謂嗚呼神之
為徳其盛矣乎葢祭祀能盡誠敬之心則神享之享之則有福自
今以徃闔里之人庻幾淂永免疫癘之患以躋仁壽之域乎諸子
之志實存于此是不可不表也因叙其梗槩如此
 明治三十一年十一月   水戸 水野晩香撰
             笠間 近藤高克書
                   草野為刻字
 ■部分はなんらかの異体字であるのだろう。IMEパッドで入力しても出て来ない。
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 二つ目の石段。意外と傾斜が強め。
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 参道。
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 境内と拝殿。
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 拝殿斜めから。
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 句碑。
 何と刻まれているのかはさっぱりだが、石倉翠葉(石倉重継)と言う人の句であるそうだ。

犬田神社(犬田)

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 岩瀬駅の南西約1km、北関東自動車道の北側に鎮座する犬田神社(桜川市犬田696)。
 由緒書きが無いのでググってみたところ、桜川市岩瀬商工会などによって運営されている「いっつ・あ・さくらがわーるど」と言うサイトにこちらの神社の記述があった。それによると、古くは経津主神と武甕槌神、気吹戸主神の三柱を祀り香取神社と称していたが、八幡神社を合祀して犬田神社と改称したとのことである。また奥州討伐に向かう源義家が当神社に立ち寄ったとの言い伝えもあるそうなので、永保三年(1083)には既にあったと言うことになるのだろう。後述する御神木の案内板には源義家が立ち寄ったのは1090年(寛治四年)と記されているが、後三年の役は1083年から1087年(寛治元年)までの間なので、1090年に立ち寄ると言うことは無いと思うのだがどうなのだろう。
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 鳥居の柱には「平成二十三年十一月十五日建立」と刻まれている。
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 拝殿。
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 昭和四十五年六月造立の狛犬。
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 後ろから。
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 拝殿斜めから。
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 扁額。
 中山利生が防衛庁長官だったのは平成四年(1992)十二月から平成五年八月の間だから、その頃のものかな。
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 本殿後ろから。
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 神輿庫と末社群。
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御神木「欅」の歴史
 御神木「欅」は、樹齢約一二〇〇年と伝えられる。一〇九〇年、源義家公征奥の途中当社に祈願、その折、この欅を眺めて「幾代をか経りし欅の三の椏に、みつの湛の久しかるべし」と歌を詠ぜられた。また明治中期の記録によれば、「樹高約三十米、中途から三枝になって洞あり、水をたたへ『御手洗』と呼ぶ。日干天祈雨の際、この水を汲みだすと験必ずあり。」と里人に崇められた。(以上社伝、県神社史による)しかし、積年の風雨に耐えて超古木となるも近年樹勢俄かに衰え、平成八年春頃完全に枯れ果ててしまい、茲に崇敬者一同相諮り根元より二米を保存し、上屋にて覆い、御神木「欅」の歴史を未来永劫後世に伝承するものである。
 平成九年十一月十五日
           犬田神社 宮司
           仝 崇敬者一同

御嶽神社(青柳)

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 岩瀬駅の東側にある水戸線東区踏切を越えて南へ向かって行くと、突き当たりで御嶽山の入口に到着。目的地である御嶽神社(桜川市青柳)は標高230mの御嶽山々頂に鎮座している。
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 右に向かうと滝行所を経由する緩やかなコースで、左に向かうとやや傾斜のあるコース。
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 うっかり左のコースから登ってしまい、軽く息を切らせながら分岐点に到着。ここから右に下って行くと滝行所、まっすぐ行くと御嶽神社へ。
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 左上側にも道があり、そちらは木の階段が設置されていないコース。
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 一の鳥居。
 柱には「昭和十四年四月二十八日建之」と刻まれている。
 ここまでひーこら言いながら登って来たのだが、近所の方にとっては気軽な散歩コースのようで、ご年配の方が軽やかに歩いて行かれるのを見ると体力の無さを実感する○刀乙
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 二の鳥居と三の鳥居。
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 鳥居の右側に熊魂霊神……かな? その隣に中子稲荷大神・三日月大神・笠間稲荷大神。
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 拝殿と狛犬。
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 斜めから。
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 左から御嶽神社五十年記念碑、華表奉献碑、三笠山神社・八海山神社、成田山・金比羅山 四国西国坂東秩父百八十八ヶ所、御嶽山・金山大神・阿留摩哉大神 覚明霊神・普寛霊神・一心霊神。この他にも○○霊神と刻まれた石碑が十四基だったか十五基だったか、社殿の周囲に配置されている。
 御嶽神社五十年記念碑には大正十三年四月と刻まれているので、この御嶽神社の創建は明治七年(1874)と言うことになるのだろうか。
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 御嶽神社から少し下がった所に休憩所。
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 境内。
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 滝行所へ。
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 滝行所。
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 ちょろちょろと流れ落ちる滝の水。
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 不動明王。

熊野神社(青柳)

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 岩瀬駅の東南750m程、青柳ふるさとコミュニティセンターの傍に鎮座する熊野神社(桜川市青柳125)。
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 入口左側に百観音供養塔があり、その脇に……なんだろ? 神輿庫かなにかかな。
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青柳糸桜記念植樹の碑
和名抄に青柳の名見ゆ。青柳氏住むに及び邑となす。永享十年(五三一年前)室町時代六代将軍、足利義教の世関東管領足利持氏に中郡荘磯部邑神主祐行花見物語献上持氏世阿彌元清に謠曲桜川を作らしむその中に「なほ青柳の糸桜」記事あり 磯部稲村神社享保年中の縁起書桜川八景十二品中に青柳の糸桜あり 此地鹿島街道筋桜川の辺中郡の要塞たり。桜樹令五〇〇年を超ゆるもの稀なり 糸桜(枝垂桜)は彼岸桜の変種なり
     菊畦联歌 金英君(牧野公)
    見渡せば青柳むらや桜川
      田舎も春の錦なりけり
熊野神社 伊弉冊尊、事坂男尊、速玉男尊を祭祀す。稲荷神社、疱瘡神社、日本武尊神社、八坂神社を末社となす。永正年中、青柳氏紀州熊野神社の分霊を迎へたと伝へらる。諸神能之桜樹竝碑を守護するを祈る。
二世の桜樹枯死するを痛み郷の人達胥謀りて明治維新百年を記念し三世の若木を磯部より移植する。子孫克く遺志を継ぎ愛護維持に努められんことを。
  昭和四十四年 四月
        磯部稲村神社宮司    磯部祐親
        青柳和泉守後裔四十三卋 天賀谷政男 代建立
        青柳区長        青木茂

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 二十三夜塔群。
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 一の鳥居。
 柱には「大正十二年十一月 天賀谷源五郎」と刻まれている。
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 石段。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
 境内は草が生い茂っている。
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 本殿覆屋。
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 日本武尊神社と八坂神社。
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 拝殿の南側に石段があり、奥へと続いている。
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 その石段脇に疱瘡神社。
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 石祠。
 上記の碑によると境内社は日本武尊神社と八坂神社、疱瘡神社、稲荷神社の四社なので、こちらは稲荷社なのだろうと思うのだが、奥にもう一社あるので確定ではない。
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 赤い木祠。実に稲荷社っぽいが、先の石祠とこちらのどちらが稲荷社であるのかは不明。どちらも稲荷社である、と言う可能性もあるけれど。

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 青柳ふるさとコミュニティセンターの向かい側に鎮座する戸川稲荷神社(青柳131)。熊野神社のすぐ目の前だし、新たにエントリーを立てずに纏めちゃっていいかな、と。
 鳥居の柱には「平成十二年八月吉日建立 天賀谷静男」と刻まれている。
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八剣神社(水戸)

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 爪黒神社の北西480m程の位置に鎮座する八剣神社(桜川市水戸123)。
 八剣神社と言う名から見て御祭神は日本武尊だと思うのだが、由緒書きが無い為詳細は不明。
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 一の鳥居と二の鳥居。
 一の鳥居は昭和十八年に建てられたものだが、二の鳥居は不明。
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 西国坂東秩父百観世音、庚申塔、二十三夜塔。
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 石段。
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 拝殿正面。
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 斜めから。
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爪黒神社(上城)

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 JR水戸線岩瀬駅から南東へ1.8km程、山の麓に鎮座する爪黒神社(桜川市上城863)。
 幟枠には「文久二壬戌星九月吉辰」「橋本村氏子中」と刻まれている。文久二年は1862年。
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 平成二十七年(2015)十二月に奉納された狛犬。
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 逆から。
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 境内。
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 拝殿。
 拝殿の大棟には「爪黒神社」とあり、本殿覆屋の大棟には左三巴紋がある。社名の由来は由緒書きにも記されていなかったが、爪黒と言う名はどのような理由でつけられたものなのだろうか。
 余談だが、社殿の裏手から山を登って行くと橋本城跡があるのだそうだ。
 拝殿脇に石祠があるが、何を祀っているものなのかは不明。
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 社殿屋舎銅板葺替記念碑。
鎮守 爪黒神社略記
鎮座地 岩瀬町大字上城字番場極八六三番地
祭 神 磐長姫命
                   ┌足名椎命
     ・神系 大山祇命(山の神)──手名椎命(手摩乳命)
                   └磐長姫命
                   └木花咲耶比売命
     ・境内社 手摩崎神社(手摩乳命)・八坂神社(素盞嗚命)
          稲荷神社 (倉稲魂命)・千勝神社(猿田彦命)
御神徳 この神は大雨が降っても、大風が吹いても磐のように、動く
   ことのない力を長く続くことから、城館の守護神として崇敬さ
   れていたが、転じて健康で丈夫な子を、生むことが出来る安産
   神でもある。
    また橋本の氏子区域内には、古くから「お茶とササゲ」を栽
   培しない風習がある。これは神と人とを結びつける、神人合一
   伝承のひとつでもある。
創 建 応永三十二年九月十七日(五七三年前)
祭 礼 例祭十一月十五日・(旧祭礼九月十七日・十一月十七日)
由 緒 社伝によると、中郡庄太田郷(岩瀬町犬田)の地頭太田伊勢
   守貞経、応永年中(一三九四~一四二七)橋本山に城郭(橋本
   城・別名吉所城)を構え、その鬼門に当る大手先に、伊豆國雲
   見嶽磐長姫命(静岡県賀茂郡松崎町雲見浅間神社)を奉遷し、
   城の守護神としたのが、爪黒神社の創めである。
            (神社明細帳・県神社誌・緒家古文書)。
略年譜
   ・永正十七年(一五二〇)、下館城主水谷氏の家臣片見伊賀守
   清信橋本城にはいり、本社修覆し、神鏡一面を奉納する
   ・慶長年中(一五九六~一六一六)、浅野弾正長政検地、社地
   五反歩余御見捨地(年貢免除)
    宝暦十二年(一七六三)八月、橋本、谷中両氏子中にて社殿
   修覆、国家安全、氏子繁昌を祈願(「幕府巡検記」)禰宜権大夫代
   ・慶安元年(一六四八)・寛文十二年(一六七二)本社建立
   (「境内御改書上帳」禰宜 源大夫代)
   ・嘉永四年(一八五一) 石造明神鳥居建立
   ・文久二年 幟旗立石建立 橋本村氏子中
   ・明治六年(一八七三)、谷中村鎮座諏訪神社を爪黒神社に合
   祀し、村社に列格。
   ・明治四十一年(一九〇八)、奉納石造御神灯一対建立。
   ・大正十年(一九二一)十一月十五日、幣帛供進指定村社に昇
   格を記念し、社号標を建立。
   ・昭和二十四年三月二十五日、境内国有地無償譲与。同年本殿
   上屋瓦葺替。
   ・昭和三十四年五月、拝殿新築
   ・昭和五十八年十一月、社殿改修
   ・平成四年、本社上屋葺替修覆
   ・平成九年十一月十五日、本社上屋、拝殿、境内社屋根銅板葺替
       平成九年十一月吉日
          右  爪黒神社宮司 萩原義照 識
             同   禰宜 鷺谷英寿

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 手摩崎神社。
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 手摩崎神社の傍に赤い石祠があるが、何神社なのかは不明。
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 こちらの石祠も不明。
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 車でやって来るとまず間違いなくこちらに到着することになると思うが、社殿や鳥居の向いている方向を考えると正しい入口はこちらではない。
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 と言うことで、こちらが入口。
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 参道。
 ここを歩いて行くと、上記の鳥居前に出る。
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