大月町御嶽神社(里宮)

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 大月町の威怒神社の北にお姫様神社、東に御嶽神社があると言うことなので、威怒神社の隣の集会場に車を停めて、まずは近そうなお姫様神社探索へ。
 写真の場所からまっすぐ進めば御嶽神社、左へ進むとお姫様神社に行けるらしい。ちなみに情報源はいつものごとく楚巒山楽会様のところから。
 …が、しかし、どこまで行ってもお姫様神社が見つからない。深井製作所の南東にある池の脇で二股に分かれているが、左に進むと深井製作所の裏手に出、右は墓場の前を抜けてなお進んで行くとやがて藪に阻まれる。藪漕ぎをして進んでみても、やがて無意味なことに気付いて戻ることに。
 仕方が無いので近所の方を見つけて話を聞いてみると、その人は長くこちらに住んでいるがお姫様神社なんてものは聞いたことがないとのこと。ただ、おしめさま神社というものはかつてあったが、深井製作所の建設時(平成四年)に潰されてしまったか、或いは残っていたとしても薮に呑まれて判らなくなってしまったとのことだった。と言うことで、お姫様神社の探索は無理ー。
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 石灯篭まで戻り、東へまっすぐ進んで行くと奥に参道の入口が見えて来る。
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 道は整備されていて歩きやすい。
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 しばらく歩くと石段が出て来るので、これが見えて来たら御嶽神社まではすぐ。
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 左側にしっかりした石段が見えたらそこを登って行くと突き当たりに御嶽神社の里宮がある。
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 拝殿。かなり崩れかかっているように見えるが…
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 見えるどころか半壊している。
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 狛犬。
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 狛犬の脇の石段の先には奥宮に続く参道が伸びている。
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 階段の脇には首の取れた狛犬が。
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 信之霊神、金陵霊神とあるのは御嶽教関連かなにかかな。
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 建坐王神廟記なのか建王廟坐神記なのかよく判らないが、どうやら由来らしきものが彫られているようだ。
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 新井家は先祖代々御嶽大神信仰家にして権中教主源吾霊神は十四歳にして既に信仰の道に云々…とあるが、なんだろうこれ。御嶽教関連なのは間違いないが、こちらの神社を建てた人のことを記してあるのかな? 上に彫られている文字は源吾霊神坐碑、だろうか。
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 さらにその奥に石碑と石灯篭が見える。こちらの石碑は二霊神坐碑とあるようなので、これまた御嶽教関連だろう。
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 こちらの石祠の額には御嶽山と刻まれているが、これが奥宮と言う訳ではない。

 長くなりそうだから、奥宮は次のエントリーで。
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いらっしゃいませ

 この記事を書いていた頃は、今見直してみますとあまり調べてもおらず雑だなぁと思わないでもありませんが、楽しんで頂けたならば幸いです。

 本文中にお姫様神社と言う名前が出てきておりますが、今考えますとこれはお神明様の転訛ではないかと思えます。つまり、神明神社がおしんめいさまと呼ばれ、それがおしめさま、延いてはおひめさま、お姫様と伝わってしまったのではないかとも考えられます。

No title

地元の社寺のことが知りたくでこちらにたどり着きました。
散策の模様が詳しく書かれていてとても素晴らしいと思いました。
ブログは長く続けておられるんですね。
せっかく見つけましたので、いろいろとゆっくり読ませていただきます。
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