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雷電神社(中四丁目)

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 中五丁目の香取神社から大中落悪水路に沿って東へ向かい、東武日光線の踏切を越えたら二つ目の十字路で左へ折れると右手側に雷電神社が見えて来る。
 この辺りは妙観横町と言うらしいが、雷電神社の南側に位置する妙観院に由来しているのだろうか。
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『田宮の雷電神社
 幸手市中四-二十一-十
 中世の幸手は田宮庄または田宮町といい、その中心がこの神社で、日本武尊の伝説も残されている、幸手で最も古い神社の一つです。田の中に金色の雷神が落ち、これを祀り田の中の宮、田宮としました。
 雷神は、水との関係が深く、特に農家の人々の信仰を集めました。
 また社の裏には瘤神社・疣神社・疱瘡宮と書かれた石が建てられていて、皮膚病に悩んだ人々の、素朴な信仰の姿も見ることができます。
 この神社は、明治以前は幸手宿の総鎮守でした。』

 日本武尊の伝説とは、日本武尊が東征に際して薩手が島に上陸し、田宮の雷電神社に農業神を祀ったと言うもので、この「薩手が島」が幸手市の名前の由来になったのだと言われているそうだ。
 また、こちらの御祭神は武甕槌命だとのこと。一瞬なんで? とも思ったが、考えてみればミカヅチとは雷のことだし、建御雷神とも書かれるから不思議ではないのだね。それに、日本武尊は東征に来ていたのだから、軍神でもあるタケミカヅチ神に戦勝祈願をしてもおかしくはないか。
 wikipediaを見ると、御祭神は別雷之命を主祭神として、配祀神に倉稲魂命と菅原道真が祀られているそうだ。あれー? 幸手市役所の環境課のページに『高野永福寺の由来を記した龍燈伝記によると、弥生時代後期の約1800年前に、日本武尊が「薩手が島」に上陸し、田宮の雷電神社に建御雷の神を祀ったことが「さって」の呼び名の由来とされています』と書かれているのだけど。うーん?
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 狛犬。
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 別角度から。
 阿吽の配置が逆になっているのはそれほど珍しくも無いが、どちらも体が右向きになっているのは初めて見た。
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 更に別角度から。
 右奥に見える、赤い屋根の民家らしき建物が妙観院であるようだ。
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 二十三夜塔。
 右側の石は庚申塔の類だろうか。
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 境内社。
 左側は不明。右側は稲荷社。
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 拝殿と本殿。
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 本殿裏手に瘤神社、疣大権現、疱瘡宮。
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 御嶽塚。
 麓には稲荷大明神。中腹には猿田彦大神や参明藤開山。
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『本山者係嘉永年間創築益當
 時之習以神仏混淆之式爲勸
 請降而明治維新之後厳禁神
 社中合祀仏體依悉除之随而
 體裁大壊爲今茲信徒協力勸
 于近郷隣里之有志修復之併
 祀八海山三笠山兩神工事完
 成矣本日恭舉遷座式以爲天
 ××平五穀成就家内安寧子
 ××久祈攸云爾』
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 左二つは不明。右端は両部江戸水神宮。
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 御嶽塚頂から境内を一望。
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