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大雷神社(拾六間)

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 新堀(北)交差点から南へ下り、大きく二又に分かれる手前の歩道橋脇から東へ入って行くと、徳蔵寺の隣に大雷神社が鎮座している。
 参道の両側は徳蔵寺の墓地になっており、その墓地の西側に観音堂と閻魔堂、北東側に徳蔵寺がある。
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 二の鳥居。
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 参道の左手側に手水舎、突き当たりに拝殿。
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 額に記された文字は大電八公宮。
 以前参拝した新島の大雷神社も古くは大電八公社(だいでんはくしゃ)と称していたとのことだが、こちらとはなにか縁があるのかな?
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 狛犬。
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『嘉永四年辛亥冬十一月継上
 父記内清房之志建之
 孝子落合喜左衛門清渕
 昭和五十六年 辛酉十一月再継上
 祖先之志継建之』
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『熊谷市徳蔵寺・大雷神社社叢ふるさとの森
 昭和五十九年三月三十日指定
 身近な緑が、姿を消しつつある中で、貴重な緑を私達の手で守り、次代に伝えようと、この二つの樹林が、「ふるさとの森」に指定されました。
 徳蔵寺は、真言宗の寺院として、六〇〇年ほど前に建立されたと言われ、薬師如来と十二神将軍の石像は、古くから人々の深い信仰を受けています。
 大雷神社は、源平時代(1056年)に父の命を受けた源義家が、征途にあたり、この付近に十六間四方の兵舎を築き、五穀豊穣を祈り水神を祀ったのが起源とされています。
 周囲の都市化が進むなか、天に向う大樹の森は、かけがえのない緑です。
 林相としては、主に、カヤ、イチイガシ、マツ、クスノキ、スギ、ヒノキなどで構成されています』

 ふむ、元々は水神を祀っていたのか。とすると、大電八公は元は大天白だったのかも知れないな。雷神も大天白神も農耕や水に関係した神様であるし。
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 神輿社と神明社。
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 神明社前の狛犬…なのだけど、片方は唐獅子? いや、まぁ、吽形が狛犬で阿形が獅子だから間違ってはいないのだけど。
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 合祀社。
 産泰神社と天神社、稲荷神社、八坂神社、諏訪神社、御手長神社が合祀されている。
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