星宮神社(岩舟町静和)

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 東武日光線静和駅の南側、第224号踏切傍に鎮座する星宮神社(下都賀郡岩舟町静和2364-21)。
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 拝殿。右隣には静和愛宕公民館が建てられている。
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『星宮神社の由来 ─沖之島鎮守の神鎮守─
 当地星宮神社は、その昔安土桃山時代(1521~1555)一○五代後奈良帝の御代永年中に星宮大明神として創建されたと伝えられ、今よりおよそ四百四十年の長い歴史を有し以来今日まで氏子等の信仰も厚い。
 その後、幾度かの修理を経て明治三十八年四月七日愛宕神社・神明宮・諏訪神社・猿田彦神社を合祀して村の社に神・霊を合わせ並べてまつった。
 年月が立つに従い社殿の腐敗は甚だしくこのままには捨て置き難い現状だった。氏子一同は社殿の再建を熱望していたが多額の費用と労力を要し着工できず今日に至った。
 終戦後神社の隣接地の樹木は伐採されて中学校が新設されますます神社の尊厳も薄らぎ社殿の損壊も甚だしいので、氏子と協議しこの際神社を部落の中央である庚申塚(干支の一つでかのえ申で三猿または青面金剛を刻んだ庚申供養の塔)をこの地に移し現在に至っている』

『主祭神 磐裂神・根裂神
 当社は、大永年中(1521~28)の創建と伝えられている。主祭神は雷神様として篤く信仰され、火防と道の守り神である火産霊神・大日孁貴神・建御名方神・猿田彦神を配祀し、例祭には神徳奉賛の祭典が斎行されている。拝殿・明神鳥居(大正一五年一○月一七日)は、共に氏子達の浄財によって奉納されたものである』(「栃木県神社誌」より抜粋)
 現在は靖国鳥居になっている。
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 社殿後ろに並ぶ庚申塔など。
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 青面金剛。
 元禄九丙子天(1696)十一月造立。
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