村檜神社(岩舟町小野寺)

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 諏訪岳南東麓に鎮座する村檜神社(下都賀郡岩舟町小野寺4697)の一の鳥居

『当社は、孝徳天皇の大化二(646)年九月二九日の創建と伝えられる。熊野大神・大山咋命二柱を祀り、佐野庄小野寺十郷(小野寺・上岡・下岡・三谷・新里・吉江・下津原・駒場・鷲巣・畳岡)の総鎮守として崇敬され、大同二(807)年に皆川村小野口の八幡宮を当社に合祀して主祭神と仰いだ。
 また清和天皇の御代(858~76)、皆川村字八幡沢に八幡大神を勧請したが、この地が不浄のため、光孝天皇の御代(884~87)に勅して当地に合祀し、陰暦八月一五日を以て大祭日と定めた。醍醐天皇の延喜年間(901~23)には、全国二八六一社の延喜式内社に加列した。
 藤原秀郷公は、唐沢山築城のおり当神社が鬼門に当ることから守護神として厚く崇敬し、また天慶二(939)年の平将門の乱に武勲を挙げた際、村檜神社の御神徳の賜物と感得し、御幣を捧げかつ弓矢・永代七〇貫文を奉納し(「下野国誌」)、篤く神威を讃えた。
 現在の社殿(本殿)は室町後期の建物で、三間社春日造檜皮葺で国重要文化財の指定を受けている。小野寺領主・唐沢城主・足利義持等がその造営にあたったといわれている。下野国式内三之宮として今もなお多くの人々の崇敬を集めている』(「栃木県神社誌」より抜粋)
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 神社入口。
 石燈籠の左から大慈寺の駐車場に入ってそちらに駐車。参道を上って行くと社務所の裏手に広いスペースがあったので、もしかしたらそちらが村檜神社の駐車場だったのかも。因みに神楽殿脇までは車で上って行くことも可能。
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『岩舟町指定文化財(天然記念物) 村檜神社社叢
昭和47年4月1日指定
 646年(大化2年)に熊野大神と日枝大神をむかえて祀られた村檜神社の祭神は誉田別命です。
 延喜式内社の一つに数えられ、本殿は三間社春日造、屋根は檜皮葺で1553年(天文22年)に建てられたものです。
 1908年(明治41年)に、国の重要文化財として指定されました。
 神社の境内は広大で、参道両側の杉などの社叢は樹齢1000年にも及ぶと思われます。
 平成13年3月』
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 狛犬と記功碑。
『記功碑
神社興隆の根元は敬神思想の喚起と經營の確立にあり當社は式内の古社として深き由緒を有し下野十一社三の宮として有數の社なりしも財産過少にして經營に困難し來りしに明治三十九年字上耕地四六九六番の一國有上地林五町十一歩の公売発表をせらるるや時の大字惣代中田喜一郎野尻常三郎島田耕作野口藤治*倉平吉之五氏能く氏子民心の統一を計り萬難を排して遂に金七百三十圓を以て其の拂下を貫徹し立木賣却代金を控除し金四百四拾貮圓拾七銭也之資金と山林五町十一歩の神社財産を造り以て當社永遠の基礎を確立せられたる功績洵に感銘之至りなり茲に該事業之経緯を録し以て後昆に傳うるものなり』
 *の部分は桼か枩だと思うのだが、これともまた微妙に違うのでなんとも。
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 神橋と二の鳥居。
 右側の建物は村檜会館。社務所と宮の下簡易郵便局も兼ねている。
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 石段。
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 神門。
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 参道左手側の末社。何神社なのかはわからない。
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 神門を拝殿側から。随神門ではなく、寄合所と言った感じだ。
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 社殿。
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 横から。
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 ユーモラスな表情の狛犬。
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 横から。
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 猿田彦尊と末社。石祠の額部分には「體」の文字が刻まれており、その左側にうっすらと「山」らしき文字も見える。右側は剥がれ落ちていてわからないが、おそらく男體山だろう。
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 末社殿。
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 西宮神社。
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 横から。
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 末社と京路戸峠案内板。
 唐沢山神社まで歩いて行くことができるようだけど、そんな時間も体力も気力も無い。
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 神楽殿。
『一○月一七日の例祭と元旦祭には依田流太々神楽が奉納される。村檜神社太々神楽講社が結成されたのは安永二(1773)年九月。時の大宮司寺内式部大夫昌俊が始めたもので、以前より奉納されていたものを講社に組織化し、代々、社家が奉納してきたが、現在は氏子に伝授されている。この神楽は無言にして神楽歌等一切なく、笛・太鼓・鼓に調子を合わせて舞うのが特徴である』(「栃木県神社誌」より抜粋)

 7月22日追記
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 村檜神社前から県道75号線を少し北上すると、西側に農村公園入口が見えて来る。
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 鳥居が三つ見えるが、左側は奥都城のものなので、そちらはパス。
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 石造の額には「延喜式内 村檜神社」の文字が。
 このまま真っ直ぐ歩いて行くと、舗装された参道に出る。
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 社名を記したものは見当たらないが、おそらく雷電神社か愛宕神社、もしくはその合祀社であると思われる。
 場所的にはこのへん
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 石祠と雷電神社・愛宕神社移転記念碑。
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