十二社神社(藤岡町赤麻)

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 江川に架かる上江川橋の西側、江川児童公園内に鎮座する十二社神社(藤岡町赤麻3479)。
『主祭神 國常立尊
 創立は不詳である。明治三六年(1903)の十二社神社碑によると、天正年間(1573~92)に皆川山城守の遺臣、小野某の一行が来訪し、江川邑を開拓。勝地を選んで天神七代地神五代を勧請し、十二社神社と称して鎮守の神と崇めたという』(「栃木県神社誌」より抜粋)

『天神七代地神五代 距今三百有餘年天正の際 皆川山城守遺臣 関口某、小野某、某外数人輩来開江川邑首選勝地勢請祭日 十一月十九日 三月二十一日 草創当時一小祠也 慶長五年(1600)始造営社殿植松杉樅数百本寛文十二年(1672)改正本殿 明治二十六年(1893)六月修復 同三十五年(1902)九月、有空前暴風社前之大木為倒朴而壊坪殿本社邑人相謀再建境内九百余坪、田畑二段三畝植松一千株という。境内神社に 八坂神社、熊野神社』(「藤岡町史」より抜粋)
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 鳥居の脇には十二社神社の由緒を記した石碑と八坂神社。
『十二社神社碑
距今三百有餘年天正之際皆川山城守之遺臣■口某小野某外數輩來闢江川邑首撰
勝地勧請天神七代地神五代稱曰十二社神社以為鎮守蓋以敬神之意■範後昆者乎
然而當時草創僅一小祠也慶長五年■造營社殿植松杉樅數百本寛文十二年改造本
殿明治廿六年六月復修本社及拜殿荘厳■■丗■年九月有空所之暴風社前之大木
為倒仆而壊拜殿本社■得全於是邑人相謀更新拜殿本■三月工事吉竣輪煥倍舊神
徳愈顯夫敬神者至誠之極也人心苟■至誠忠孝何以得全乎■社■之遺意■外于比
矣今也殿■広壮比於之隣里無遜邑焉況神池豊乎■■九■余坪田■二反三畝歩是
皆係有志寄附今又植杉苗十千株以為後■■■江川戸數廾三實不■赤麻一部小字
而協同一致能維持如比之大社鳴■又可謂體祖創社也矣■記梗概以告後人云爾
           赤麻少學校長荻原小■郎謹撰併書』
 多少読み取りの怪しい部分もあるけど、内容を大雑把に纏めると、栃木県神社誌の記述のようになる。
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 拝殿と境内社。藤岡町史には境内社は八坂神社と熊野神社があると書かれているので、こちらは熊野神社になるのだろう。その手前には改築記念碑。
『明治二十六年(1893)に社殿の改築がなされて以来百年あまりが経ち、この社殿も老朽化して修復の必要に迫られました。そこで、その資金として氏子の修復積立貯金を昭和六十三年(1988)四月より始めました。
 平成四年(1992)六月の協議によって改築をすることに決定し、直ちに着工しました。社殿の規模は従来のものと同じで総工費は壱千弐百五拾万円、平成五年五月二日に落成しました。
 この間、宮司の鈴木氏や神社庁の指導をうけ、氏子も一致して進めてきました。
 社殿の落成は誠に喜ばしく慶賀にたえません。ここに、氏子一同の限りない発展を祈念し記念碑を建立します。
 平成六年四月吉日』
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 横から。
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