大前神社(藤岡町大前)

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 バンビ幼稚園のすぐ北側に鎮座する大前神社(藤岡町大前383)。
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 天保四癸巳年(1833)四月造立の狛犬。
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『延喜式内大前神社沿革史
鎮座地    栃木県下都賀郡藤岡町大字大前字磯城宮三八三番地
       大前神社はその先磯城宮と号す
祭神 主祭神 於褒婀娜武知命
   配 神 神日本磐余彦彦火火出命
社殿 本殿 幣殿 拝殿 神楽殿 社務所
   手水舎 鳥居三基 狛犬三対 灯籠
祭日 祈年祭 二月二十四日 例祭 四月三日
   新嘗祭 十一月二十四日 夏祭 七月二十四日 元旦祭 一月一日
由緒 当神社は創立年代は未詳であるが人皇六十代醍醐天皇勅撰を蒙り延喜五年(905)八月式内社に列せられ延喜式内の稱号をたまわり下野国十一座の一社として神名帳に登載されている。
社伝によれば天慶二年(993)平将門の乱の際村中ことごとく兵火に焼かれ当社も焼失したが間もなく再建された。
而し室町時代再度の火災により社運が衰い祭祀廃する事数百年であったと言う。
天正十九年(1591)徳川家康入府の際再建され、元和八年(1622)当地が古河領となり領主永井直勝は社地五反歩田四反七畝を寄進し永井氏佐倉に移封された後も武の神として近郷近在より崇敬されたと言う。
明治三年(1870)栃木県管轄となり近郷の総鎮守とされて明治五年十一月郷社に列格した。
現在の鎮座地は明治十二年(1879)四月移転されたもので旧社地跡は北方約四百m離れた台地であった旧社地跡の記念碑も土地改良によって北方約百mの畑地に移されている。
下野国誌によれば「オオサキ」と稱しているが当社近隣では「オオマエ」とよんでいる。
尚当社境内と近隣に九世紀と考えられる「タタラ」跡が三基確認され鎔工傍らに住みたる夛くの■も見られ字天国府字国造字城坊などの地名もあり古代よりの社歴を物語る。
 茲に見聞を記し沿革史を建立す。
 昭和六十三年四月三日』

 於褒婀娜武知命と面倒くさい字で記されているけど、大己貴命だろう。神日本磐余彦彦火火出命は神武天皇。
 ■の部分は「釒」+「宀」+「下に突き抜けた巫」。なんて読むんだコレ。
 碑文中では天慶二年(993)と書かれているが、天慶二年は939年。

『不詳なるも延喜五年(905)勅撰の下野国式内社十社の一つとなり、延喜式神明帳によると都賀三座(大神神社、大前神社、村檜神社)を奉祀したものと推察される。天慶二年(939)平将門の乱に焼失、再建となったが、鎌倉、室町時代仏法仏法益熾に神道廃する傾向強く、その神祇を知る由もなき位に荒廃、江戸時代に至るに及び所霊地を給い元和元年(1615)一村をあげて再建、元和八年(1622)古河城主永井直勝社地五反歩、外に田畑四反七畝を除し祀に貸す。明治五年(1872)八月、県吏社地に査定し同年(1872)十月二十五日、郷社。
 旧敷地北前七一四番地より明治三年(1870)四月、現在地三八三番地に移る。現在の建物は、明治十五年(1882)九月再建、殿宇昔と同様宏壮神助篤く明治、大正、昭和と参詣するものあとをたたず、大祭日には、近郷近在の選手達による騎手大弓の大会が開かれ氏名つきの大看板が毎年かかげられたという。
 境内神社に二荒山神社、皇孫神社、下野式内(十二社神霊)浅間神社』(「藤岡町史」より抜粋)
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 二の鳥居。
 手前の石段脇に台座跡があり、また大前神社沿革史碑にも鳥居三基と記されているので、以前はもう一基の鳥居があったのだろう。
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 昭和六十三年(1988)四月造立の狛犬。
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 二の鳥居脇の石碑。
『式内國幣大前神社拜殿改作記    鷗村森保定撰
神人異徳幽明殊塗然鬼神二氣之■造化之迹而人物之所資生
也故原始要終則神人同氣幽明一致是其故何也自古神化為人
人死為鬼一往一來循環无窮孰知其端倪抑鬼神之為徳靈妙不
思議能知人之所不知能人之所不能豈得以其無聲臭忽之乎哉
宜其天神地祇屬正祀者世率敬事之以致如在之義蓋非人情歸
厚各自知報本及始安能至此曩大前神社之擢郷社也殿宇頽廢
祭儀難擧郷人深慨之有志數輩胥議首鐻金無論村裡遍勸募資
財區内以新造拜殿起功于去年一月至本年四月落成焉閲月凡
十六經日凡四百八十費金千圓強其間拮据周旋幹事者之勞不
可得而没也因記其由並鐫其姓名於碑陰以諗後人云
 明治十二年巳卯九月中浣
       醵誤鐻金下脱凡字強字衍 山士家光奥書』
 ■の部分は「雨」冠の下に「神」
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 拝殿。
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 ダイナミックな表情の狛犬。特に右側のものは牛股権左衛門を思い出す。
 台座には昭和参年と刻まれているので1928年の造立。
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 拝殿斜めから。
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 拝殿と空中幣殿で結ばれた本殿覆屋。
 幣殿の両脇にも狛犬が置かれているが、「危ないから上るな」との注意書きが設置されている。
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 末社。
 十一基の石祠が並んでいるが、いずれも社名が記されておらず、何神社なのかは不明。
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 神輿庫。
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 末社。
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 末社。
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 弁財天。
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 富士塚の頂に浅間神社。
 その麓の石祠三基は左から昭和天皇、大正天皇、明治天皇を祀っている。
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 神楽殿。
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 神楽殿の裏に二荒山大神。
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 地蔵尊とか庚申塔とか十九夜供養塔とか。
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 如意輪観音と青面金剛。如意輪観音は宝暦十一辛巳天(1761)三月の造立。
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 青面金剛。

 7月17日追記
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 栃木市立藤岡第一中学校の北、スーパーとりいやの隣に建てられた鳥居
 柱には大正二年四月三日建と刻まれており、1913年に建立されたようだ。こちらが一の鳥居になるのだろうか。
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 大前神社のほぼ真北100m程の位置に建てられた旧社地跡記念碑。しかし本来の旧社地は更に300m程北なのだから、この旧社地跡碑って意味無いよね。
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