藤岡神社(藤岡町藤岡)

IMGS6710s.jpg
 東武日光線踏切西側に建てられた、藤岡神社の一の鳥居。ここから150m程西側に城山八幡宮が鎮座している。
DSCN9389s.jpg
 藤岡神社(藤岡町藤岡3976)やや手前から。
IMGS6723s.jpg
 二の鳥居と大欅。
IMGS6720s.jpg
『主祭神  天照大御神
 配 神  別天つ神
      神代七代
      月読命
      建速須佐之男命
      思金神
      伊斯許理度売命
      玉祖命
      天児屋命
      布刀玉命
      天宇受売命
      天手力男神
 三大祭日 祈念祭  二月二十三日
      例祭   四月十九日
      新嘗祭  十一月二十六日』
IMGS6765s.jpg
『由緒沿革
 天慶三年(940)の創立にして天正五年(1577)四月本殿拝殿とも焼失につき同十八年(1590)社殿再建の上藤岡鎮守と崇む。
 その后元禄七年(1694)本殿建替、正徳二年(1712)吉田家より正一位の神位の許可あり。文正中紫岡神社と改め明治八年(1875)藤岡神社と改称す。
 昭和五十六年(1981)一月、富士山本宮浅間神社、秋葉山本宮秋葉神社、伏見稲荷大社、諏訪大社、出雲大社、日光東照宮総本社の承認を得て常宝殿に奉祭す』
IMGS6739s.jpgIMGS6740s.jpg
 狛犬。
IMGS6729s.jpg
 三の鳥居。
IMGS6754s.jpgIMGS6757s.jpg
 狛犬。
IMGS6761s.jpgIMGS6760s.jpg
 えぇ、なんと言いますか……。
IMGS6732s.jpg
 四の鳥居。
IMGS6778s.jpgIMGS6776s.jpg
 狛犬。
IMGS6828s.jpg
 拝殿。
『主祭神 大日孁貴命
 配 神 伊弉冊命、月読命、天児屋根命、天宇受売命
 天慶三年(940)九月相馬次郎将門滅亡の折、武蔵権頭興世の家臣六名、讃岐太郎竜蔵慈福入道円深、潜竜斉繁桂、頼秀坂法光、賢坊正喜、円蔵法歓喜、常陸の戦場より敗北し、一旦本国の平方へと帰ったが、高瀬船にて坂東川を逆上し、同十九日、藤岡へと帰り着き藤かつらのつるをたよりに上陸、荒れ果てた城を眺めつつ今の八幡宮境内にて自害、やがて八幡宮内に葬られ六所大明神として奉祀されたとも、また寛仁戌午年(1018)三月、常陸国筑波山より遷座せし神とも伝う。天正五年(1577)四月、兵火にかかり焼失、同十八年(1590)再建、元禄七年(1694)堂宇を立替、正徳二年(1712)吉田家より正一位の神位を受く。文政四年(1821)紫岡神社と神号の告文、明治五年(1878)村社、翌六年(1879)境内一町五段五畝三歩、同八年(1875)藤岡神社と改め祭神も表記の六神とした。境内神社に稲荷神社、東照宮』(「藤岡町史」より抜粋)

 …あれ? 家臣六名と言いつつ五名しかいないし、六神と言いつつ五神しか書かれていないぞ。ホワーイ? まぁ、ここに書かれていないもう一柱の神は伊弉諾命であるのだけど。ところで、ここに書かれている八幡宮と言うのは城山八幡宮のことになるのかな、やっぱり。
IMGS6800s.jpg
 常宝殿。
IMGS6814s.jpgIMGS6815s.jpg
 狛犬。
IMGS6805s.jpg
『常宝殿
 主祭神 木花之佐久夜毘売
 配 神 邇邇芸命
     大山津見神
 主祭神 火之迦具土神
 主祭神 宇迦之御魂神
 配 神 佐田彦神
     大宮能売神
     四之神
     田中神
 主祭神 建御名方神
     八坂刀売命
 配 神 事代主命
 主祭神 大国主命
 主祭神 徳川家康公
 配 神 源頼朝公
     豊臣秀吉公』
 上記の由緒沿革記には浅間神社、秋葉神社、伏見稲荷大社、諏訪大社、出雲大社、日光東照宮と記されていたから、その順序で記されているのだろう。
IMGS6797s.jpg
『藤岡神社碑     正二位勲一等伯爵松方正義篆額
藤岡神社舊稱六所大朙神奉祀伊弉諾尊伊弉冉尊天照皇大神月讀尊天兒屋根
命天宇豆女命爲藤岡里鎭守南距渡良瀬川數十歩在下野國都賀郡郡今分爲上
下里屬下郡按舊志景行朝諸國府中祀六所明神謂之總社葢上下野州及武藏常
陸等總社皆是也而祭神各有異同延喜神名帳不載今莫得而考焉天承五年四月
藤岡城主佐渡守清房爲佐野宗綱所攻祠罹兵燹至十八年再建宮殿元禄七年更
新之正徳二年請神爵于京師神祇伯陞正一位文政四年欲改號藤岡神社而官不
允代藤岡以紫岡明治八年申前請始得官准因改今名里民合辭慶之曰遭遇聖代
宿願始建比不獨神徳之光抑亦我郷之榮也卽相議欲勒事於石以傳不朽未果今
玆壬寅夏里人柿沼某來屬余文不得辭撰銘詞與之
紫藤爛兮河水浼  構宮殿兮方土鎭  藤引蔓兮流不斷
蒙神者兮民以衎  神號顯兮適我願  碑而篆兮示永遠
明治三十五年八月 勅撰議員正四位勲三等文學博士重野安繹撰』
IMGS6788s.jpgIMGS6789s.jpg
 金比羅大権現と…なんだろう、水神宮と大神宮かな。その隣に文化元甲子(1804)四月建立の大黒天。
IMGS6785s.jpg
 常燈明には妙義大々講中や榛名山大々講中とも刻まれている。
IMGS6784s.jpg
 浅間神社。
IMGS6769s.jpg
 月山神社・出羽神社・湯殿山神社。その左に句碑。
IMGS6783s.jpg
 神楽殿。
 再建記念碑には昭和三十四年五月十日建之と刻まれているので、1959年。
IMGS6821s.jpg
 北の鳥居そばの案内板。
『天慶三年(940)の創立にして、旧くは六所大明神と称せられ、藤岡町の総鎮守神とされています。御祭神は伊弉諾尊、伊弉冉尊、天照皇大神、月読命、天児屋根命、天宇受賣命の六神を奉斎しています。
 天正五年(1577)藤岡城落により社殿兵火により焼失、同十八年に再建されます。正徳二年(1712)京都神祇伯より正一位の神号を受け、文政四年(1821)紫岡神社と称せられるも、明治八年(1873)藤岡神社と改称します』
IMGS6830s.jpg
 聖徳太子と大山祇命。
 安政二年乙卯二月と刻まれているので、1855年のもの。
DSCN9394s.jpg
 北の鳥居。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード