秋葉神社(東向島四丁目)

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 国道6号線向島五丁目交差点そばに鎮座する秋葉神社(墨田区向島4-9-13)。
 祭りの準備中と言うか、待ち時間的な雰囲気だったのでささっと参拝と撮影を済ませることに。
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『秋葉神社御由緒
祭神 火産霊命 (千栄秋葉大権現)
   宇迦御魂命(千代世稲荷大明神)
 昔この地を五百崎の森と云い千代世稲荷大明神が祀られていた。草創は正応二年(1289)と伝える。江戸時代の初め善財という霊僧この森に庵を結び精修数年の後、秋葉大神の神影を彫みこれを社殿に納めて消え去った。元禄の初め修験者葉栄が神感を得てこの社に詣り祈願の利益をうけ、当時請地村の長百姓岩田與右衛門を通じ寺社奉行に願出で上州沼田城主本多正永の報賽にて、元禄十五年(1702)秋葉稲荷両社と稱して社殿を造営し又千葉山満願寺を興して別当となった。
 爾来鎮火の霊験・産業縁結びの神徳により諸大名はじめ士庶人の信仰を受け、享保二年(1717)に神祇管領より正一位の宗源宣旨を受けるに至った。明治元年(1868)神佛分離令の施行により、秋葉神社と稱し別当万願寺を廃した。大正十二年(1923)の震災に社殿倒壊し、昭和五年(1930)復興したが、昭和二十年戦災にかかり昭和四十一年氏子崇敬者の奉賽により現社殿を再建した。
 昭和六十一年十月十八日建之』
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 狛犬。
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 拝殿。
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『<墨田区登録文化財>石燈籠
 本殿に向かって一番近くにある石燈籠一対は、松平下位守吉里の室、源頼子が寛保元年(1741)奉献したものです。吉里は将軍綱吉の寵臣柳沢吉保の子です。
 この石燈籠の右横にある一基は、前橋城主酒井雅楽頭忠挙が宝永六年(1709)に奉献したもので、その手前にある一対の石燈籠は、関東郡代伊奈忠宥が宝暦八年(1718)に奉献しました。
 鳥居に近い石燈籠一対は、上州沼田城主で老中も勤めた伯耆守本多正永が宝永元年(1704)に奉献したものです。なお、この一対は<墨田区登録文化財>に登録されています。
 当社は安藤広重の「名所江戸百景」にも紅葉の名所として描かれ、「江戸名所図絵」には「秋葉大権現社、弘福寺より三丁あまり東の方請地村にあり、遠州秋葉権現を勧請し(略)境内林泉幽邃にして四時遊観の地なり」とも書かれています。一方鎮火の神として将軍家や諸大名の崇敬があつかったといいます。
 平成五年三月』
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 境内社。
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