御嶽神社(乙女)

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 小山市消防団第十分団三部前に鎮座する御嶽神社(小山市乙女字下川岸)。
『寺内萬吉翁謝恩碑
抑も我が日本は國常立尊初めて國土を開らき給ひしより天神七代地神五代を経て人皇神武天皇に至り爾来皇統連綿として二千五百八十餘年渝ることなく富士の高嶺のいや高く大瀛の水洋々八洲を環り常盤に堅磐に苔むすまても榮え行くこそ目出度き極みなれされは敬神尊祖の精神は千早振る神代の時より培かはれし處▲して世界に誇るへき我が國民性なり寺内萬吉翁は誠によく此國民性を發輝せる人なり翁は文久元年六月三日を以て下都賀郡野木村友沼河岸に生る考榮助妣志■翁は實に其長男▼り幼にして頴悟十三歳に至るまて漢學を修行し博覧強記にして往々世人を巻舌せしめたりき十五六歳の頃に至りて両眼眊み視力次第に衰ふ一兩年を經て一層甚だし茲に於て翁は平常持する處の信仰心を振ひ起し神の靈験に依り自己の悩みを脱せんと欲し上都賀郡永野村御嶽山に上りて修行すること數年常人のよく成し能はさる七瀬の川▲水垢離を執り更らに木曽御嶽の本山に至り殉教的忍苦奮闘をなしたる結果遂に靈験を得て御嶽行者となる歸来翁は友進講を開らき祖先の遺産を守りつつ東奔西走能く其靈験を説き孜々●して社會を教導す地方の信徒本縣を初め茨城埼玉群馬の諸縣に及び一千餘人に達すと昭和三年十一月官は翁▲中司典を授く翁斯道に身を奉してより實に五十年其世を善化せしめ民を救濟せるの功績は誠に偉大なりと云ふへし恰も好し今秋聖上陛下御即位の大禮を擧げさせらるるに當り謹んでこれを記念し奉ると共に信徒一同は翁の為めに謝恩碑を建立せんとし文を余に嘱す即ち翁か経歴を記して後卋に傳ふと云爾
昭和三年十一月十日』
 記号部分はなんと読むのかわからない部分。
 ▲は「ふ」のようにも「子」のようにも「み」の左半分だけのようにも見えるのだが、それでは文として繋がらない。「に」なら繋がるのだが、きちんとした文字で「に」と記されている部分は他にもあるのでどうにもわからない。
 ■は「胞」のようにも「肜」のようにも見えるが、ここだけ妙に崩した感じの字になっているのが不可解。
 ▼は▲と似ているようにも見えるが、むしろ「ろ」の左右に「丶」が付いているような感じだ。
 ●は妙に崩れた「そ」のようにも見えるが、文の流れとしては「と」なんだろうなぁ。でもきちんとした文字で記されている「と」もあるしなぁ。
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 末社。
 石祠は不明。右の石碑には「蛙息圴御主神 大正五年五月吉日」と刻まれているのだが、蛙息圴御主神ってなによ?
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