毘沙門山古墳(中里)

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 JAおやま西部共乾センター(小山市中里528-1)のすぐ南側に位置する毘沙門山古墳(小山市中里)。
 この前の道を西へ1km程向かうと中里神社がある。
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『栃木県指定 史跡 毘沙門山古墳
 所有者 増山徹
 昭和32年8月27日指定
 この古墳は帆立貝式の前方後円墳で、墳丘は南東に面している。前方部と後円部の南側から南西部の裾部が削平されているが他の部分は原形をほぼ保っている。古墳の正確な規模は不明であるが、周湟確認調査によると推定全長41.2m、後円部径34m、高さ5.18mで周湟幅は約1.2mである。この時の調査で周湟内から壺形、甕形、高杯形の土師器や円筒埴輪片が出土しており、これらの出土遺物から築造時期は5世紀後半と考えられる』
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『小山市の南西部、巴波川と与良川との間に広がる中里・鏡の地区には、方約1キロメートルの範囲にかつては5基の前方後円墳と7基の円墳が、5世紀末から6世紀に造営され群在し、寒川古墳群とよばれた。
 いずれも標高20メートル程の沖積地に立地している為、農耕適地として開墾や圃場整備が進められる
中でつぎつぎと削平され、現在は県指定史跡毘沙門山古墳(全長41メートルの前方後円墳)を残すだけとなっている。
 5世紀代にはすでにこの地域を握った首長層が居住し、この勢力は後期古墳にも持続したと考えられる、この旺盛な力があればこそ大化の改新の後、この地を中心に「寒川郡」が下野国の一部として成立したことが理解されています』
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 東側から。
 墳頂に祠があるのが見えるが、何を祀っているのかは不明。毘沙門山古墳と言うくらいなのだから、毘沙門天なのかな。
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