三島神社(下谷三丁目)

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 臨済宗妙心寺派覚法山了源院の北隣に鎮座する三島神社(台東区下谷3-7-5)。
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 昭和二十九年(1954)五月造立の狛犬。
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 拝殿。
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『三島神社
御祭神 大山積命
配 祀 身島姫命「木花開耶姫命」
    和足彦命「石長姫命」
    上津姫命「雷神」
    下津姫命「龍神」
御由緒
 当神社は凡六百七十年前弘安の役(1281)勇将河野通有の發願により其の一族が伊豫國越知郡に鎮座する日本總鎮守大山積命を武藏國豊島郡に勧請して金杉村上野山内の自邸に奉齋し此の地方一帯の守護神と定め社殿を建立したのに始まると謂ふ其の後歳月を經て此の地方が段々と開けて土地の人々も此の神の御神徳を尊び現に氏神産土神として崇敬し彌高き靈驗を拜して居ります
御祭日 六月十四日、十五日』
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『三島様の石橋跡
この横の道路は往昔より吉原土手に通ずる本通りで小高い土手であった頃三島神社に参詣するには石橋を渡ったのである。街が発展して土手がなくなった明治の末期よりその石橋を境内に敷き人々から親しまれた「三島様の石橋」を永く保存するものであります。
(注)樋口一葉の「たけくらべ」に三島様の角をまがりてよりこれぞと見ゆる家もなく……はこの道路で土手と小川が有った頃』
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 火除稲荷社。
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『火除稲荷社
御祭神 保食命
例祭日 三月六日(御縁日 毎月六日)
御由緒
往昔奥州街道に沿う町並みとして発達せる武蔵国豊島郡金杉村のこの地に御先稲荷を感情したるあり後 正保三年(1646)東叡山寛永寺の建立に当り この地をその日除地として定められて以来火除稲荷と称し奉り三島神社の地主神であります。
家内安全、商売繁盛、火災守護の大神として町人から崇敬されています』
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 雷井戸。
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『三島神社の雷井戸
昔武蔵国の原野は雷が多く里人は常におそれていた。時たまたま神社の境内に雷が落ちたので神主が雷を井戸にとじ込めた処雷は「井戸から出して呉れ」と哀願するので「二度と此地に落ちない」と約束のもとに許してやったと云う
爾来此地に雷が落ちないと伝えられている。この井戸の発掘年代は不詳なるも相当な古井戸で危険防止の為に蓋をしてあるが現在も満満と水をたたえて雷除の井戸として信仰されている』
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『三島神社華表之碑
孝靈帝時歳荐旱雨天皇肅禱三神穀禾穰熟億兆和煦天皇
感禎祥詔祠于伊豫三島裏神帝命皇孫越智命世為祭主爾
来毎内賊外冦神威赫奕歴朝敬意淳厚圓融帝特賜■日本
總鎮守弘安之役河野通有憑籍靈威殲元虜為勲首凱旋夜
夢神告祠武之野乃相地安於豐島郡東叡山徳川氏剏覇府
于乢亦寄祀田後有故遷根岸寛永年間信徒萬千其最篤為
金杉邨甞撫禮賽路遠更築殿社于市闤禋祀矜式神亦享安
囘禄弗瀰祲癘弗漫異時則寒村僻落今則櫛比稠繁頃■議
獻■華表且勒貞石永弗諼恩銘曰
  石門矗峙 與神威祟 不朽欽仰 有志繄功
朙治三十七年五月
       東京市長長尾﨑行雄書並題額』
 一つ目の■は「号」偏に「乕」。つまり「号乕」。これは號の異体字であるようなので、現代では号。
 二つ目の■は「口」「乚」「月」が縦に並んでいる。
 三つ目の■は「石」偏に「岡」。つまり「石岡」。
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