熊野神社(野木町野渡)

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 曹洞宗満福寺と浄土宗光明寺の間に鎮座する熊野神社(下都賀郡野木町野渡752)。
 鳥居の柱には明治二十三庚寅歳十二月吉日と刻まれてるので、1890年の建立。
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『御祭神   伊弉諾尊
 創立年月日 大宝三年(703)と伝う
 紀州熊野の人川島對馬、故ありて諸国を歴遊、当地に至りて住居を定め開墾して一村落を起し次第に人口を増やしたるも土地を鎮むる神社なきを以って生国紀州なる熊野神社を分霊奉戴して此所に祀れるなりと』

『熊野神社祭典日程
 三月十五日  事始めの祭
 四月八日   出社祭
 四月十四日  歸社祭
 四月十五日  例祭
 四月十六日  雹祈祷祭
 四月二十五日 後祭
 十一月十五日 小祭
 十二月十五日 神嘗祭』

『四月八日(出社祭) 早朝から氏子が神社に集まり、協力し合って野渡コミュニティセンター前にオカリヤ(お仮屋)を建てたり、神輿や山車の飾り付けをしたりします。これを「花葺き」と言います。また、あらかじめ受けてきておいた榛名神社や妙義神社や古峰神社のお札を道の辻々に立てるのもこの時です。準備が終わると、熊野神社の御神霊がオカリヤに移される、いわゆる出社の神事が行われます。引き続いて当番耕地の中でこの一年の間に新築した家を宿に祝宴が催され、ここで初めてササラ獅子舞が披露されます。三月十五日から続けられてきた厳しい練習の成果が問われる時でもあるので誰もが真剣です。また、当番耕地ではこの日から十四日まで当番でオカリヤの番をします。
 四月十四日(大祭) 神事の後、ササラ獅子舞が宿とオカリヤで一シバずつ舞われ、続いて祭りのハイライトである神輿渡御が行われます。当番耕地の山車を先頭に、他耕地の四台の山車、露払い、区長、氏子総代、金棒引き(道案内役の女の子二人)、棒使い(三人)、獅子、笛吹きと続き、更に五年後再び当番が回ってきた時に獅子舞や棒使いをやる予定の子供たちがそれぞれ三方にのせた供え餅や菓子を持って列に加わり、神輿が最後に渡御してきます。二時間ほどかかって全耕地を回って神社に帰ってくると社前でまたササラ獅子舞が一シバ舞われます。かつては「宮こもり」といって、当番耕地の人々はこの日神社で一夜を明かしたそうです。
 四月十五日(大祭) 八日から続いてきた祭典も、この日の神事で一応の区切りとなります。この日もササラ獅子舞が、宿、神社、区長、さらにまた神社で一シバ舞われます。
 四月十六日(オヒマチ) 八日同様神社に氏子が集まり、オカリヤを取り壊したり、祭りに使ったものを片付けたりします。この日神社では祈念式典が行われますが、これに先立ち当番耕地では板倉の雷電様に代参を出します。昔は代参者が帰って来てから式典を行っていたそうですが、現在は雷電様の参拝を午前九時と定め、熊野神社の式典もこの時刻に行うようになっています。またかつては、この後男女それぞれ宿を決め盛大な祝宴が催されたそうです。酔いが回ると、若衆がおしろいをつけ赤い長襦袢を着て村中を走り回り、みんなを笑わせたということもあったそうです。
 なお、十七日も何かしら理由をつけてオヒマチにしてしまうことがあったようです』(「野木町史」より抜粋)
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 二の鳥居。
 天保四癸巳歳(1833)二月九日の建立。
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 三の鳥居。
 平成二十年(2008)十一月の建立。
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 鳥居の脇に石神。
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 飛越獅子。
 昭和二十四年(1949)四月の造立。
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 ちょっとだけアップ。
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 日露戦争記念碑と大東亞戦記念碑の間に弘化二乙巳年(1845)正月建立の三峯山神社。写真には写っていないが左端には一旦有緩急義勇奉公碑もある。
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 参道左手側に浅間神社。こちらは浅間神社と愛宕神社、馬力神社が合祀されている。
 鳥居と旗柱台は平成九年(1997)二月の建立。
『浅間神社由来之碑
抑是に鎮まり給ふ淺間大神は元新田の巽古河町に通ずる道路に接し二丈餘の盛土に三十餘の石段あり其の上に西に向ひて鎮座し右に冨士守稲荷神社左に小御嶽神社を末社として奉齋し境内三反三畝十九歩に■老樹鬱蒼として生立ち中にも丈餘の杉と樅は遠き昔戊物語るの如く矗然として天空に聳えたり爾来新田耕地の人々この大神を氏神として崇敬すること厚く毎年舊六月一日を以て祭典を執行し來たりしが時茲に明治三十九年法規の改正にあひ止■く字内の無格社稲荷神社神明宮と共に村社熊野神社に合併するに至り從來所屬の境内地全部を戊同社の財産に合併せも而して其の後趾地の盛土を切り崩せしに埴輪曲玉及太刀等戊發掘せしかむ一部は其の筋の手を經て東京博物舘に又一部は野木尋常高等小學校第一分教場に寄贈し今尚保管せらる以上沿革の大要を記して後世に傳ふるものなり』
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 左から御嶽山神社、白龍神(明治三十八年(1905)三月)、冨士守稲荷神社(明治二十四年(1891)二月)、参明藤開山。
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 小御嶽神社と狛犬。
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 参道右手側に神明宮。
 明治四十二年(1909)九月の建立、鳥居は昭和五十五年(1980)十一月建立。
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 参道右手側に大杉神社。
 正面にあるのは鳥居寄附名碑。その左側で南側を向いているのが大杉神社。亦、鳥居寄附名碑には大正十一年四月とあるので、この鳥居は1922年に建立されたのだろう。
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 大正九年(1920)十一月造立の狛犬。
 台座もなかなかに凝っている。
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 アップで。
 片やイケメン、片や疲れたオジサンと言った風情がある。
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 子狛犬。
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 昭和三年(1928)十一月造立の狛犬。なんか怪獣っぽい。
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 背中に乗った子狛犬。
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 拝殿。
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 本殿脇の狛犬。
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 目付きがちょっと怖いかも。
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 倉庫かな。神輿や山車が納められているのだろう。
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 二宮尊徳像。
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 末社。
 左から湯殿山・月山・羽黒山神社(慶應二丙寅年(1866)九月)、不明、秋葉山・愛宕山神社(明治二十四年(1891)十一月)、帯屋塚・神明塚稲荷神社(明治三十九年(1906)九月)。

 以上で11月2日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA15mmとDA21mm、DA35mm Macro、DA40mm。Coolpix P7100。
 Lightroom5の使い方も少しはわかってきたような気がしないこともないが、どうもしっくり来ないなぁ。まぁまだ試用期間は残っているし、もう少し使ってみようかな。
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