天満社(仁連)

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 ミニストップ古河仁連店の東側、十間通りのすぐ南に鎮座する天満社(古河市仁連882-7)。
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 二の鳥居。
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 三の鳥居。
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 四の鳥居。
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 五の鳥居。
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 平成四年(1992)十月造立の狛犬。
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 不動明王かな。
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 平成十八年(2006)十一月造立の狛犬。
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 大正十辛酉年(1921)九月二十五日造立の狛犬。石工は境町の秋元喜三郎とある。
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 拝殿。
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『仁連天満社改築祈念之碑
 あくまで天高く豊穣に恵まれ、地平らかにして天成るこのとき、氏子をはじめとする多くの崇敬者の信心と協和によって仁連天満社がここに堂々と改築をみた。永年の風雪に耐えながらも老朽化著しい社殿を拝すに忍びず、改築の英断から四年半の年月を要しての丹精込めた事業であり慶賀の至りである。
 本社は古く、学問の神である菅原道真公を祭神とし、弘安年間(1280年頃)に創建されている。永享年間(1430年頃)には兵火により宝物共々焼失したが寛永年間(1630年頃)に再建され、同十七年(1640)には時の大将軍徳川家光から圭田三石を賜わるとともに、その命により祭典も行われるようになった。元禄年間(1700年頃)には仁連村の町昇格謝意により奉納相撲も行われるようになり近年まで続いた。
 また本社は、享保六年(1721)六月、神祇官領吉田氏伝宣により神階正一位に、明治六年(1873)四月一日、当時の幸島村村社に列格、同四十一年(1908)には、同地内無格社であった、厳島・八幡・浅間・鷲・大杉・神明・香取・八坂の各社を、大正二年(1913)には同雷電神社を合併・合祀している。昭和二十七年(1952)十一月には宗教法人の認可も受け、連綿たる歴史と由緒を誇る天満社である。
 この度の改築にあたっては、崇高なるご神徳とともに、約六百戸氏子の終始揺るぎ無い一致団結した努力、限り無い天満社への思いが、そのまま結晶となって事業の成功へと導いたものである。
 本碑は、仁連天満社の改築事業記念とともに、当地のますますの平安と繁栄を祈りつつ建立するものである。

 鎮座地 猿島郡三和町大字仁連八七九番地
 祭 神 菅原道真公
 配 祀 市杵島姫命 誉田別命 木花開耶姫命
     少彦名命 大杉社 天照皇大神
     経津主神 須佐男命 別雷命
 例祭日 十月二十五日(大祭)
 氏 子 約六百戸
 平成四年十月吉日』
 ちなみに猿島郡三和町が古河市と合併したのは平成十七年(2005)九月。
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 合祀社。
 左から雷電神社、大杉神社、辨天神社、浅間神社、香取神社、鷲神社、八幡神社、八坂神社、神明神社の九社が合祀されている。辨天神社は改築記念碑にある厳島神社のことだろう。
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 こちらで奉納相撲が行われていたのだろうか。
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 東の鳥居。
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 東の鳥居。
 昇陽之門と呼ばれているようだ。また境内北側には玄武門と刻まれた出入口があるが、そちらには鳥居は建てられていない。
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