下宮八幡宮(宮前町)

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 雀神社の北東に鎮座する下宮八幡宮(古河市宮前町6-8)。
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『下宮八幡宮・牛頭天王社・稲荷神社
ご祭神 譽田別命(下宮八幡宮)
    素盞嗚尊(牛頭天王)
    倉稲魂命(稲荷神社)
ご創建とご奉遷
 当三社は天文年間(1532~54)旧栃木県谷中村字下宮(戸数二百有余、人口一千二百有余)の守護神として鶴岡八幡宮(鎌倉市)、津島神社(津島市)より勧請し創建されました。
 明治十四年(1881)の頃より始った足尾銅山の発展と共に、銅山の鉱毒渡良瀬川に流入し、河川の汎濫、堤防の破壊、作物等の被害甚しく、谷中村は全不能の地と化しました。同三十八年(1905)県庁は谷中村を買収、この間本県選出代議士田中正造翁は帝国議会へ鉱毒の被害、谷中村復活に質問書を提出、同三十四年(1901)十二月に意を決し本事件に関して直訴を決行しました。同四十三年(1910)河川改修により氏子各地に移住、更に同四十五年堤外も買収され四百有余年の歴史を有する氏子は悲惨しました。
 現在の社殿は明治十一年(1878)の改築で、大正二年(1913)現在地にご奉遷、爾来年序を経て修覆、平成五年(1993)七月改築落成したものです』
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 鳥居の左脇に力石。
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 鳥居をくぐって左手側に津島牛頭天王社。
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 狛犬。
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 向い側には稲荷神社。
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 平成十一年(1999)十二月造立のお狐様。
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 拝殿。
 右奥の赤い建物は神輿庫か神庫だろうか。
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 享保九甲辰年(1724)九月造立の狛犬。
 胸部に文字が彫られているものを見たのは初めてかも。
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 狛犬。
 台座には皇紀二千六百年記念とあるので、昭和十五年(1940)の造立になるのかな。
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『篆額 文學博士 藤懸静也書
元谷中村ハ栃木縣ニ属シ下宮惠下野内野ノ三大字ニ別レ延長三里
余ノ大堤防ニ圍マレ戸数三百八十二人口二千二百有余西南ハ渡良
瀨川北ハ赤麻沼北東ハ巴波思川ニ添ヒ堤内一千有余町歩堤外二百
有余町歩我下宮ハ戸数二百有余戸人口一千二百有余土地肥沃ニシ
穀類豊穣濕地ニハ葮菅ヲ生ジ魚族亦豊富ナリ然ルニ古河家經營ノ
足尾銅山鑛毒ノ渡良瀨川ニ流入スルコト明治十四年ノ頃ヨリ始マ
リ銅山ノ發展ト共ニ次第ニ甚シク且ツ山林濫伐ノ結果頻年河川ノ
汎濫ヲ來シ屢々堤防ヲ破壞シ堤内外ニ於ケル作物及ビ草木ノ被害
年ト共ニ激甚ヲ加ヘ全不毛ノ地ト化シ了ラントス此ニ於テ仝三十
八年縣廳ハ谷中村ヲ買収シテ潴水地トナシ既ニ本縣選出代議士田
中正造翁ハ仝二十四年第二帝國議會ヘ質問書ノ提出ヲ始メトナシ
鑛毒ノ被害且ツ谷中村復活ニ身ヲ堵シ之ニ當リ終ニ仝三十四年十
二月ニ至リ意ヲ決シテ鑛毒事件ニ關シテ直訴ヲモ決行スルニ至レ
リ更ニ仝四十五年内務省ノ各河川改修トナリ堤外モ買収セラルゝ
ニ至レリ四百五十有余年ノ歴史ヲ有セル住民ハ各地ニ移轉シ大正
二年我等祖先以来崇敬措カザル八幡宮牛頭天王稲荷ノ三社ヲ奉ジ
此ノ地ヲトシテ遷座ス仍テ有志相諮リテ此ノ碑ヲ建ツ爾云
    皇紀二千六百一年  八幡神社々掌 鏡川計次撰文并書』

『篆額 元衆議院議員 佐藤注之助謹書
抑當八幡宮ハ今ヲ距ル四百十餘年ノ天文中守護神トシテ相州鎌倉ヨ
リ勧請シ村民ノ崇敬極メテ厚カリシガ明治以前本村名主某宅火災ニ
罹リ記録焼失シテ由緒詳ナラズ明治四十三年渡良瀬川改修ニ因リ氏
子古河町ニ移住ノ際現地ニ奉遷ス現社殿ハ明治十一年ノ改築ニカゝ
ルト云フ尚社地并所属地等ニ関シテハ明治十七年地籍改正以降全ク
不明トナリ為ニ無資格トナリ今日ニ至ル一同深ク之ヲ憂ヘ社格ノ獲
得ニ奔走セシモ終戰直後全國ノ神社ハ一齊ニ社格ヲ返上シ其要ヲ認
メズ昭和二十年八月十五日突然陛下ニハ聯合國ノポツダム宣言ニ則
リ終戰ノ詔勅ヲ下シ給ヘ其御趣旨ニ曰ク能ク忍苦ニ耐ヘ少ナキヲ分
チト詔ヘリ同二十一年一月憲法起草ノ令ヲ下シ給ヘ依テ政府ハ朝野
ノ識者數名ヲ以テ編纂シ仝十月議會ヲ通過シ仝十一月三日明治節ヲ
トシ憲法發布ノ式典ヲ擧行セラル茲ニ全ク非軍國的並ニ遠永平和ノ
基礎ハ確立セリ然ルニ國民道儀ノ頽廃其極ニ達シ吾等深ク之レヲ憂
ヘ基金ヲ募リ一同毎朝一善一仕ヲ神明ニ誓ヘ廣ク教化ニ努メ祖國再
建ノ速カナラン事ヲ希ワト爾云
   昭和二十一年十一月吉日建    針谷源三撰文并書』
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 末社。
 左から大黒天、大杉大明神、金毘羅大権現、根本山神、大杉大明神、■勝神・麻勝神・降■神、不明。■の部分は日と一と寸もしくは丁が縦に合体しているような文字で、旱のようにも見えるが、よくわからない。
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 下宮八幡宮の西隣、古河職員宿舎東門脇に建てられた「史蹟 古河藩野渡御蔵趾」碑。
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 古河藩野渡御蔵跡案内板。
 こちらの案内板は古河職員宿舎の西門側、雀神社の脇に設置されている。
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