鷲神社(八千代町沼森)

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 若三叉路交差点と沼森十字路交差点の間、国道125号線のすぐ南側に鎮座する鷲神社(結城郡八千代町沼森803)。
 ググってみると、南北朝時代に高師冬の陣城であった鷲宮砦の址に建てられているのだそうだ。案内板には応永十六年(1409)に創建と書かれているので、高師冬の死去した観応二年(1351)から58年後と言うことになる。とすると、神社創建以前から天日鷲命を祀る小祠でもあったのだろうか。
 ちなみに鷲宮砦は延元五年(1340年。南朝歴では興国元年)五月、南朝方の駒城を陥とした高師冬が引き上げると、南朝軍により八丁砦(現在は四所神社の辺り)、善光寺砦、関本砦と共に奪われたのだそうだ。また元亀三年(1572)に北条氏照軍の攻撃を受けて廃城になったとのこと。
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『八千代町指定文化財 指定第二十一号 鷲神社鳥居
 平成四年二月二十七日指定
 種 別 有形文化財 建造物
 所在地 八千代町大字沼森字登戸七九九番地
 管理者 高橋進(鷲神社宮司)
 作者名 額・・揮毫者 土浦神竜寺二十代住職大寅
 製作年 鳥居・・元禄十四年 額・・天保九年
 鷲神社は、応永十六年(1409)源家綱によって創建され天日鷲命を鎮座したという。
 鳥居は御影石(花崗岩)を用いた明神造りである。柱の文字から、元禄十四年(1701)神主高橋出羽掾代に造立されたことが分かる。
 額の表には「鷲宮」と草書体で浮き彫りされ、裏面の文字から天保九年(1838)に掛けられたことが分かる。この額は、相模正が土浦の国学者色川三中を通じ、大寅に依頼して完成したものである。
向かって左の柱に
「干時元禄十有四辛巳天十二月十八日、神主高橋出羽掾」
右の柱に
「奉造立鷲大明神石柱華表一基、為郷中□全諸家満足□」
額の側面に
「天保九戌正月高橋相模正高橋養朴」』
 石鳥居は高さ359cm、幅470cm、柱の直径35cmであるそうだ。
 案内板の奥に見える祠と石祠は何神社なのかは不明。
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 額。
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 浴槽のような水盤……だよね? 手水舎は無いけど、置かれた位置的に見て、多分そうだろう。
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 拝殿正面。
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 斜めから。
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 本殿。
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 末社。こちらも何神社なのか不明。
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 駐車場の近くの道端に稲荷社らしき小さな神社もあったが、もしかしたら個人所有の小祠なのかなと言う気もしたのでパス。
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