大倭神社(西区三橋六丁目)

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 三橋総合公園の北西に鎮座する大倭神社(さいたま市西区三橋6-411)。
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 拝殿。
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『御由緒 宗教法人大倭神社
御祭神 
 素盞嗚尊、倉稲魂命、應神天皇、伊弉諾尊、伊弉冉尊、大日孁貴命、
 猿田彦命、建御名方命、市杵嶋姫命、保食命、菅原道真公、天照大御神、
 奥津比古命、日本武尊、少彦名命
御由緒
 当社は古来氷川神社と稱し、其由緒に関しては正確な資料は無いが、口碑の伝へによると、景行天皇の御代日本武尊が東征の途次、当地に足を駐め、素盞嗚尊を奉祀したと云はれ其後徳川時代正徳年間(1711~15)に時の地頭安藤治右ヱ門、代官中村左ヱ門、祢宜刑部等力を合せ祠堂を横へ、神苑を埋めたりと稱せられ、明治六年(1873)四月村社となった。明治丗九年(1906)神社合祀令の発布により明治四十年地内大字本村無格社稲荷社、大字西谷津無格社八雲社境内社三峯社、字扇島無格社稲荷社、字下手無格社八幡社、字八幡下無格社八幡社、字神明無格社神明社、仝庚申社、字西耕地無格社須賀社、仝境内社諏訪社、同字無格社嚴島社、字花ノ木無格社庚申社、仝稲荷社、同村大字側ヶ谷戸字間ノ谷村社天神社、仝境内社神明、荒神、御嶽、疱瘡合社、仝稲荷社仝三峯社の十七社を合祀。明治四十三年(1910)四月氷川社の社号を大倭神社と改称す』
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 庚申塔。
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『大宮市指定有形民俗文化財 大倭神社の庚申塔
 所在地 大宮市三橋六-四一一
 指 定 昭和四十八年一月五日
 この辺りは江戸時代には上下内野村と呼ばれていた地域で、ここには村の鎮守である氷川神社が祀られています。明治四十年に村内の社を合祀し、同四十三年に社名を大倭神社と変更、現在に至っています。
 平安時代頃から宮中で行われていた庚申信仰は、江戸時代になって庶民の間に広まります。六十日に一回の庚申の日に寄り合い信仰を行いますが、心づくしの料理を持ち寄っての庚申信仰は大きな楽しみでもあったことでしょう。この庚申塔は、江戸時代中期の享保六年(1721)三月に当村上組の人々により造立されたもので、二五六cmの高さ、造形美などで市内で最も優れた庚申塔です。青面金剛像が傘の上に坐し、塔身中央には愛らしい二童子が彫られています。
 現在は、氏子総代が年末に注連縄を張り替え、お守りされています。将来にわたり伝えていきたい庚申塔です。
 昭和六十三年三月』
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 庚申塔の傍らには末社。
 左は大神宮。右は文字部分が崩れていてよく読み取れないが、諏訪社かも。
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 末社。
 左の石祠は水神宮。
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