小村田氷川神社(大宮区上小町)

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 小村田通り上小交番前交差点の少し東に鎮座する小村田氷川神社(さいたま市大宮区上小町1110)。
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 一の鳥居。
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 二の鳥居。
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 昭和十五年(1940)造立の狛犬。
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 拝殿正面。
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 斜めから。
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 御神木の木斛。天然記念物として文化財指定もされている。
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『大宮市指定文化財天然記念物 上小町氷川神社のモッコク
 所在地 大宮市上小町一一一○
 指 定 平成六年九月二日
 モッコクは、温暖な地方の山地に生育し、高さが一○~一五メートルまで成長する常緑高木です。庭木としても多く植えられます。葉は長楕円形で厚く、滑らかで光沢があります。雌雄異株で、雌株は、夏には枝の上部に小さな白い五弁の花が下向きに開き、直径一センチの丸い実をつけます。
 実は、秋が深まると赤く熟します。
 樹皮はタンニンが多く含まれるため、茶色の染料に使われ、樹皮を剥いだ材は鮮赤色で櫛や床柱に用いられます。
 上小町氷川神社は、むかしから村人の篤い信仰に支えられ、また近所の子供たちの遊び場として親しまれてきました。樹齢が百五十年前後と推定されるこのモッコクも、かつては傍らで少女たちの花いちもんめのメロディーを聴きながら、少年たちの馬乗りの背あてとしてどんなにか活躍したことでしょう。いまは懐かしい風景となってしまいました。
 地域の生活と共に成長してきたこのモッコクを、これからも見守っていきましょう。
 目通り  一・八四メートル
 根回り  五・七○メートル
 枝張り 東三・五○メートル
     西五。七○メートル
 樹齢  推定一五○年
 平成七年三月』
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 左から氷川神社合祀之碑、冨士浅間大菩薩、幟籆建設記念碑、日露戦役従軍記念之碑、幟枠?、愛宕大権現。
『氷川神社合祀之碑
敬神祇重人道古今之常經而所以我國體尊嚴而風俗純粹也本郡三橋村大字上小村田村社氷川
社蓋創建寳暦以前得官允明治四十一年五月合祀無格嚴島社八坂社西南稲荷社西北稲荷社東
南稲荷社明年三月又合祀中小村田村社諏訪社及無格稲荷社合各社地得畑四畝壹歩林地九段
拾九歩有資金四百餘圓足以修祠殿具祭器祭神祈年使郷人享福矣非氏子總代及有志者盡敬神
之誠得焉能至于比哉爾令爾後闔郷民人相和益致敬勤業夙夜不懈則神明照臨降鴻休必矣乃為
詩以頌之曰
 神明隆徳澤 崇敬得千祥 人和穀豐熟
 謳歌満闔郷』

「懈」の部分は碑文では「忄觧」となっているが、意味は同じなのでとりあえずコレで。
 上小村田村社氷川社の創建は宝暦(1751~63)以前で、明治四十一年(1908)五月に無格社厳島社と八坂社、西南稲荷社、西北稲荷社、東南稲荷社を、翌年三月に中小村田村社諏訪社と無格社稲荷社を合祀した、と。
 幟枠っぽいものには「正一位 文政五壬午年三月吉日 武刕足立郡上小村田邑 別當壽福寺 願主横溝平兵衛 同惣氏子中」とあるので1822年のもの。凹みの部分になんとか大明神との文字が見えるのだが、撮影した時には気付かなかったのではっきりとはわからない○刀乙 愛宕社の石祠の側面には「文化四丁卯天六月廿四日建之」とあるので1807年のもの。
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 神楽殿。
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