稲荷神社(西区宮前町)

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 宮前インターチェンジ西側脇に鎮座する稲荷神社(さいたま市西区宮前町1881)。
 こちらの宝珠紋はちょっと珍しいタイプ。
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『稲荷神社御由緒
さいたま市西区宮前町一八八一
□御縁起(歴史)
 当地は鴨川右岸の大宮台地上に位置する。応永二十九年(1442)の足利持氏判物に「武蔵国足立郡上内野郷」と載るのが初見で、近世初頭に内野本郷・上内野村・下内野村・清河寺村に分村した。当社はこのうちの上内野村に祀られる。
 当社は、化政期(1804-30)に編纂された「風土記稿」上内野村の項に、村の鎮守であった氷川社と並んで「稲荷社 是も村民の持なり」と見える。
 当社は、「郡村誌」に「地味 赤七分黒三分稲麦に宜しからす稍茶甘藷に適す水利不便時々水旱に苦しむ」と載るように、昔から田は天水のみが頼りで、干ばつの被害を受けやすかった。こうした農業に不適切な地であるため、五穀豊穣を祈願する村人の気持ちは他の土地よりも強かったと思われる。このため、先の分村にあたり、当時農耕神として信仰の厚かった稲荷大神をこの地に勧請したのであろう。
 かつての当社の配置は、境内を取り囲むように南端に鳥居、北端に本社、東端に末社琴平神社、西端に末社淡島神社があった。平成元年に社殿を新築したのを機に本殿と鳥居を境内の北西に遷し、末社の二社を本殿内に合祀した。
 現在本殿の西脇には、稲垣利右衛門なる人物が寛政二年(1790)に建てた淡島神社の石祠がある。
□御祭神と御神徳
 ・倉稲魂命…五穀豊穣、商売繁盛
□御祭日
 ・びしゃ講(三月初午に近い土、日曜日)』
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 淡島神社。
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 石祠の左面には
『淡島神社銘■宇
■主心水浮菩提影現宁甹有
稲垣利右衛門者予弟子也雖
■一向宗深■金剛乗寶堂也
木曽有之仁也会也捨財而造
淡嶋宮淡者少彦名命也丁拾』
 右面には
『衆病悉除 諸難頓竭
 付麼節時 青松懸月
寛政二寅戌霜月吉日
■總持興徳十六世芳巌金剛黙仙
   施主  稲垣利右衛門』
 と刻まれている。背面は確認しなかったが、もしかしたらそちらにも文字が刻まれていたのかも。
 ■の部分は見えなかったり読み取り難かったり。他にも見間違えている部分もあるかもしれない。
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