宮前氷川神社(西区宮前町)

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 さいたま市立宮前中学校の西側に鎮座する宮前氷川神社(さいたま市西区宮前町1634)。
 境内駐車禁止の看板が設置されていたが、なにか見えるなぁ
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『神地廣域記念碑
上内野氷川神社其起古矣舊内野一郷淸河寺西新井内野本
郷西内野上内野諸村之鎭守也神域廣豁古木欝葱臨鴨川風
致甚佳然而神徳顯著郷人尊信之最厚水旱癘疫祈之以脱禍
害焉歳月之久有郷土變移町村更革之事祠域蹙隘信徒減少
今僅餘上内野一村故乏祭祀修繕之資祠宇將屬荒癈信徒等
慨之久明治九年地租改正之際官又割神域六段四畝歩以爲
國有當時總代見村好太郎等胥謀請官欲還附以充祠宇保存
之資官容其請還所割之地參段貮畝歩時維大正七年十二月
十一日也於是祭祀修繕得其貲而境内風致亦稍復焉頃者信
徒相謀集財築拜殿因欲記其事績以傳後昆需余文夫敬神者
我邦古俗美風也人人誠心能奉神効力能勉業則神之如護可
必也聊記其梗概以表之云
     大正八年十月十五日
       北足立郡日進村長齋藤仙藏撰文竝書』
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 鳥居。
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『氷川社 御由緒
 さいたま市西区宮前町一六三四
□御縁起(歴史)
 当地は、室町期の文献に「上内野郷」あるいは「内野郷」と見え、中世より開けた地であった。近世初頭には内野本郷村・上内野村・下内野村・清河寺村に分村した。当社は、こうした上内野郷(内野郷)の中にあって、中世の郷の惣鎮守の可能性を持つ神社で、大正八年(1919)の「神地広域記念碑」に「旧内野一郷清河寺西新井内野本郷西内野上内野諸村之鎮守也」とあり、実際、昭和二十年(1945)ごろまでは、当社の大祓にはこれらの村から代表が必ず参列したものであったという。
 江戸期までは、東側に隣接して真言宗明寿山神宮寺があったが、明治初年の神仏分離に伴い神職になった。
 本殿は、二間社流造りの見世棚で、素盞嗚尊と奇稲田姫尊を祀る。明治三年(1870)に、当社について調べた「大宮組合神社詳細取調帳」によると、本殿の左が男体、右が女体とあり、神体として八寸ほどの古い仏像二体と、天保期(1830-44)に造られた一尺ほどの男神女神それぞれの座像が、奉安されていたようである。ただし、この当時には既に神宮寺から復飾した神職の神谷家に遷されていた。
 「明細帳」には、境内神社として門客人社・稲荷社・天神社・愛宕社・水神社・祖神社の六社が記されているが、現在、門客人社・稲荷社・天神社・愛宕社の四社は一つの境内社にまとめられ、水神社は石祠で残っているが、祖神社については不明となってしまっている。
□御祭神と御神徳
 ・素盞嗚尊……武運長久、厄除け、商売繁盛
 ・奇稲田姫尊…良縁結び、家内安全、五穀豊穣
□御祭日
 ・大祓(七月三十日に近い日曜) ・例祭(十月十四日)』
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 拝殿。
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 社殿横から。
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 門客人社・稲荷社・天神社・愛宕社を合祀した祠と水神社。
 水神社は平成十四年(2002)十月に再建したと刻まれている。
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