中山神社(見沼区中川)

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 中山神社(さいたま市見沼区中川143)の一の鳥居
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 参道は途中で埼玉県道1号さいたま川口線を横切って伸びている。
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 二の鳥居。
 一の鳥居からはざっと300m程だろうか。
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 拝殿に置かれていたリーフレットを1枚頂いて来た。
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『中山神社御由緒
鎮座地 埼玉県さいたま市見沼区中川143番地
御祭神 大己貴命、素盞嗚命、稲田姫命
御神徳 縁結び・夫婦和合・子授け・金運招福・商売繁盛・災難除去・厄病除け
    無病息災・厄除開運・衣食住守護・五穀豊穣
歴 史
 当社は、さいたま市大宮区高鼻町に鎮座する「武蔵一宮氷川神社」と同市緑区宮本(三室)に鎮座する「氷川女体神社」を結ぶ線上のほぼ中間に位置することから、古くより関係の深い社として「中氷川神社」とも呼ばれていた中川の鎮守です。この三社については、各社共に素盞嗚命(氷川女体神社では三穂津姫命を祀る)・稲田姫命・大己貴命の三座を主祭神に挙げながらも、それぞれ筆頭とする祭神を高鼻の氷川神社は素盞嗚命で男体社に、宮本(三室)の氷川女体神社は稲田姫命で女体社に、そして当社は大己貴命で、先の二神の子孫に当たるとして氷(簸)王子社というように、この三社で「延喜式」神名帳・武蔵国足立郡四座の内の「名神大社氷川神社」であったとする説もあります。
 社伝によると、当社の創建は人皇十代崇神天皇の御代二年と伝えられています。また天正十九年(1591)十一月に、徳川家康から社領十五石の御朱印地を賜った格式のある神社です。
 現在の社号は、明治四十年(1907)七月に当地中川をはじめとする片柳村の西部に位置する南中野・新右衛門新田・上山田新田・南中丸の各大字に祀られていた神社が当社に合祀されたことにより、それまでの社号であった「氷川社」を鎮座地中川の「中」と江戸期の新田開発以来、氏子付き合いを続けてきた上山口新田の「山」を合わせて中山神社と改称したものです。

特殊祭事
 十二月八日に行われる鎮火祭は、古くから当社の重要な祭りとして位置付けられ、現在は御火塚前に薪を積み火渡り神事が行われます。素足で火渡りをすると火防・無病息災の神徳にあずかるといわれ、境内は氏子をはじめ多くの参拝者で賑わいます。

さいたま市指定文化財建造物「中山神社旧社殿」
 旧社殿は、板張り床の外陣に至る階段を設け、祭神が鎮まる母屋前方の屋根を、角度を変えて軒先よりさらに長くして、反りを付した板葺の二間社ですまた、社殿側面の床板には脇障子や端の反り返った欄干がついていた痕跡が見受けられます。このような造りを「流造り」といい、一間社で社殿正面の階段や脇障子のないものを「見世棚造り」といい社殿のもとになる型です。この旧社殿は簡素な板葺の「見世棚造り」が二間社となり、階段などを装飾して「流造り」に発展していく過渡期の建造物といえます。桃山期のものと考えられ、県内に現存する社殿でも古い型式に入ります。市内では最古のものであるため、建築学上大変貴重な資料となっています』
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 明治三庚午年(1870)造立の狛犬。
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 拝殿。
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 本殿。
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 旧社殿。
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『大宮市指定文化財建造物 中山神社旧社殿
 指定 昭和四五年八月十一日
 中山神社は、古くは氷川社と称し大己貴命を祀る旧中川村の鎮守で、大宮市高鼻町の氷川神社と浦和市三室の氷川神社の中間に位置するため、中氷川神社とも呼び慣わされてきました。明治の終わりに山の山村神社などを合祀して現在の社名に改めました。境内では十二月八日に神事の「鎮火祭」が執り行われていましたが、現在は社殿前に建立された「御火塚と記された小さな石碑がその名残を留めているにすぎません。この鎮火祭の火によって「中氷川」の氷が溶けてしまし、この地を中川と呼ぶようになったともいわれています。
 旧社殿は、板張り床の外陣に至る階段を設け、祭神を安置する母屋前方の屋根を、角度を変えて軒先よりさらに長くして、反りを付した板葺の二間社です。また、社殿側面の床板には脇障子や端の反り返った欄干がついていた痕跡が見受けられます。このような造りを「流造り」といい、一間社で社殿正面の階段や脇障子のないものを「見世棚造り」といい社殿のもとになる型です。この旧社殿は簡素な板葺の「見世棚造り」が二間社となり、階段などを装飾して「流造り」に発展していく過渡期の建造物といえます。桃山期のものと考えられ、県内に現存する社殿でも古い型式に入り、市内では最古のものであり、建築学上大変貴重な資料です。
 平成三年三月』
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 御火塚。
 四隅の石は力石で、貫目や奉納日などが刻まれている。
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 神楽殿。
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 末社殿。
 左から神明社、飯成社、淡嶋社、疱瘡守護社、磐神社、石上社、竈神社、稲田宮主社。
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 稲荷神社と荒脛神社。
 武蔵一宮氷川神社の境内に鎮座する門客人神社は、古くは荒脛巾神社と称していた地主神であったと伝えられているそうだが、こちらでは荒脛の名のままである。
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 正一位稲荷大明神。
 左側の祠には表に「成田山」、側面に「安政三辰(1856)二月廿八日」と刻まれた石碑が収められている。成田山と言うことは、不動明王だろうか。
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