大白天神社(緑区間宮)

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 見沼代用水東縁に架かる大白天橋から少し東へ向かった所に鎮座する大白天神社(さいたま市緑区間宮495)。
 大天白ではなく大白天? Wikipediaの天白信仰の項目を見ると、天白神は天一神(北極星)と太白神(金星)を併せて祀ったものとする説があるので、太白天から丶が取れて大白天になったのかな、などとも思ったのだが、ググってみたらこちらの御祭神は天穂日命であるのだとか。
 天穂日命と言えば、葦原中国平定の為に出雲へと遣わされたものの逆に大国主神の配下になってしまった神様だ。まさか大国主神が大黒天だから、じゃあ天穂日命は大白天ね、とか阿呆な理由じゃ……いやいやいや、無い無いそれは無い。まぁ、普通に考えて八王子と八将神の関係性からだろう。天穂日命は歳殺神に相当するようで、歳殺神は金星(太白星)または火星(熒惑星)であると言う。

 4月20日追記。
『間宮は間宮東・西組と坂山に分かれ、前者で大白天神社、後者で氷川神社を別に祭っている。「風土記稿」その他には、大白天神社が鎮守となっているが、全村で祭るものではない。その大白天神社は、昔は隣村の北原にあったという伝説がある。北原の村鎮守は稲荷社であるが、その稲荷社と一緒に祭ってあったという。それがいつの間にか、間宮に移っている。そこで御幣を北原へ戻しておくと、知らぬうちにまた移っている。何回やっても同じことなので、そのままにしてあるのだという。少し前までは、元旦には、北原の人は、間宮の大白天神社までおまいりしていたそうである』(「浦和市史 民俗偏」より抜粋)
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 拝殿。
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 社殿裏から。
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 社名を記したものは無いが、左の木祠に収められた像の胸には梅鉢紋があり、右の木祠には陶器の狐。そして水盤には宝珠紋があるので、天満宮と稲荷社であると思われる。

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 大白天橋のそばにある祠。はじめはこちらが浅間大神(さいたま市緑区間宮522)かと思ったのだが、どうも変だなと感じ、改めて地図を見てみたら、違うじゃーん。浅間大神はこの藪の向こうじゃーん。はて、どこに浅間大神への入口があったのだろう。いやそもそも、コレなに。
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