三崎稲荷大明神(見沼区片柳)

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 大宮共立病院の南東に位置する森の端に鎮座する三崎稲荷大明神(さいたま市見沼区片柳)。
 鳥居の額には「正一位三崎稲荷大明神」、柱には「文政十三庚寅(1830)二月吉辰建焉」とある。
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 水盤は文政十二年己丑(1829)六月の造立で、三つ盛り火焔宝珠紋と「雨露順凮潤萬作 蒼天静■仰黎民」と言う文字が刻まれている。■の部分は「气」の中に「日」。
 片柳の稲荷大明神でググってみても二つほどしか引っ掛からないが、そのうちの一つに「坂東家の稲荷社」とある。共立病院の北側に旧坂東家住宅見沼くらしっく館があり、そちらは入江新田(後の加田屋新田)を開発し、その後も代々名主や村長を務めた坂東家の旧宅を復元したものだそうである。入江新田を開発した坂東助右衛門尚重は江戸の北新堀(現在の日本橋箱崎町)で商人(屋号は加田屋)をしていたが、延宝三年(1675)に見沼入江を開発したとのことなので、その頃にこちらに移り住んだのだろう。さて、こちらは千代田区三崎町にある三崎稲荷神社からの分霊であると思われるが、三崎稲荷神社の鎮座地は北新堀からそう遠くは無い。ではこちらの神社は坂東助右衛門が勧請したものなのだろうか。
 ……と思ったが、元記事の写真をよく見ると、祠の形が違う。八年前の記事だし、その後で建て替えたのかも知れないが、しかし現在のこの祠は築八年以上は経っているようにも見える。もしかして違う神社だったりするのだろうか?
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 天明二壬寅年(1782)造立の天王宮と天保三壬辰年(1832)正月造立の疱瘡神。
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