重殿社(緑区中野田)

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 国道122号岩槻街道脇、曹洞宗明照寺の南側に隣接して鎮座する重殿社(さいたま市緑区中野田1671)。
 こちらの前に木傘神社を参詣しようと思っていたのだが、どうやら区画整理に伴い移転してしまっていたようで、発見できなかった。ストリートビューで位置の確認をして安心していたら、まさか地図と変わってしまっていたとは。帰宅後に調べ直してみたら、旧地と浦和美園駅との中間辺りに移転したようだ。うぅ、木笠神社を探して周辺をうろついていた時に近くまで行っていたのに……ナンタルコトダー ○刀乙
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『重殿社 御由緒
 さいたま市緑区中野田1671
□御縁起(歴史)
 中野田の地名は湿地を意味するヌタに由来するという。
 当社は「風土記稿」中野田村の項に、曹洞宗明照寺の境内に「重殿権現社」と載り、「村の鎮守なり、当社は古くよりありて重殿山と唱へしが、当寺中興の時今の如く構の内となし、これをも山号となせり、(以下略)」とある。明照寺については、当地を領していた春日八郎景定が、側室の月宮院慶誉明正の追福のために中興したと伝わることから、当社は、景定が没したという元和元年(1615)以前には、既に祀られていたことがわかる。
 創建の由来については重殿が蔵王殿の転訛とされることから、明照寺にかかわった修験との結び付きがあったと考えられる。また、重殿は「水殿」(スウドノ)に通ずるともいわれており、低地に開かれた耕地が度々綾瀬川からの出水を被っていたため、川を鎮める神として祀られたことが推測される。
 主祭神は日本武尊であるものの、本殿には、その経緯は明らかではないが、厨子に納めた騎乗の八幡大明神像が安置されている。その厨子の底部と裏面には、各々「御縁日十五日正常奉込弥陀如来守護所 遷宮勧請松翠欽白」「奉造立神体当寺五世翠岩桂造 享保十四年(1729)己酉五月十五日造工江戸白銀町佛師徳水」と記されている。これに見える阿弥陀如来は八幡大明神の本地仏である。
□御祭神と御神徳
 日本武尊・・・武運長久、厄除け、縁結び
□御祭日
 元旦祭(一月一日)  春の祭礼(四月二十四日)  祇園祭(七月十三日)
 大祓(七月二十四日) 秋の大祭(十月十五日)   大祓(十二月二十四日)』
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 参道。
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 拝殿と末社。
 末社は何神社なのかわからなかったが、ググってみたら稲荷社であるとのこと。
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 斜めから。
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 境内社の鳥居でありながら、重殿社の鳥居と同じくらいの大きさの両部鳥居。
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 社名を記したものは無く、大棟や扉に真言宗輪宝紋があるので何神社なのか見当も付かなかったのだが、ググってみたら愛宕神社であるとのこと。修験者から神官へとなった者などが輪宝紋を使っていたそうなので、愛宕神社なら納得。案内板にも明照寺は修験との結び付きがあったと書かれていることだし。ただ不思議なのは、両部鳥居だの真言宗輪宝紋だのと真言宗との関わりが見て取れるのに、明照寺は曹洞宗であると言うこと。
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 北辰妙見社と大六天社。
 大六天社は天保十五甲辰年(1844)三月の造立。
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 庚申塔と青面金剛。
 青面金剛は宝永三丙戌天(1706)霜月六日の造立。台座に逆卍と輪宝紋。
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